ホワイトクリスマス。(その16) 夢の灯花(5)
廊下に出ると黒い毛虫の雨が降っていた。
「…っ!」
幼い灯花が、これを通るのはとても危険だった。
それでも、灯花は、意を決して飛び込んだ。
「痛い!」
黒い毛虫が足の皮膚を噛んだ。
足が痛くて床に転んでしまい、黒毛虫の群がる床に手をついてしまった。
「っつ!」
身体に黒毛虫が這いあがり、痛みで身動きが出来なくなるまで数秒もかからなかった。
声にならない叫びが廊下に響いた。
すると、視界に人影が映った。
黒い雨をゆっくりと歩く人がいた。
女の人の声が聞こえて来て、気づいた時にはその人に抱き上げられていた。
「灯花、見つけた」
一つに束ねた黒髪に黒いスーツを着た若い女性が、私を呼んだ。
「灯花」
胸についている十字架のプローチが目に入った。
「…………。」
どこかで会ったことがあるような気がした。
女性の周りには、時が止まったように黒い毛虫たちの動きがピタリと止まっていた。
白い息が漏れた。
温度の急激に低くなった証であり、辺り一面が凍りついたことによって起こる現象。
女性は、灯花をそっと降ろして、指を鳴らした。
すると、透明な氷がひび割れて崩れて行き、中にいた黒毛虫たちは、割れて屑になった。
灯花は、その現象を眺めていた。
おぞましい黒い雨が一瞬にして、輝く透明な雨になった。
キラキラと光るそれは、青い氷の雨。
「きれい…」
灯花の黒く曇っていた心も雨と一緒に流された気がした。
その様子を見ていた女性は、ふと笑いかけた。
「灯花、無事じゃなかったけど、無事」
声をかけられて、灯花は気づいた。
「いたい!いたい!うわああん!」
駆け巡る痛みは、流れていなかった。
泣き目になって自分の身体を見た。
あちこち噛まれたあとがあり、血がだらだらと流れていた。
「ふああん!なんじゃこれ!」
その場にへたり込んだ。
「ふああん!」
そんな灯花に女性は、膝をおると目線を合わせて言った。
「だいじょうぶ…痛みはすぐに引く、今のあなたは、迷い子。あっちあなたは、国光さんが治してくれるから…だいじょうぶ」
そんなこと言われても、痛いものは痛いに決まっている。
わたしが泣きじゃくると女性は言った。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
薄っすらと微笑んで、灯花の頭をゆっくりと撫でた。
女性は、灯花が泣きやむまで、ずっと頭を撫でてくれていた。
女性の言う通り、痛みはすぐに引いた。
しばらく、呆然としてしまったが、多少血だらけになった程度で収まった。
灯花が落ち着いたと分かれば、女性は立ち上がり灯花を置いて歩き出した。
灯花は、慌てて女性について行った。
「天狼様を見なかった?」
突然の問いに驚いたが、女性は灯花を置いて行ったわけではなかった。
「てんろう?」
「白い犬さん」
わんわんのことだとわかった。
「見たけど、はぐれちゃった…」
「うん」
「…………。」
話が途切れちゃった。
女性は、あまり話上手ではないようだ。
女性と、はぐれないように、小走りしながらついて行った。
廊下は静けさが戻ったが、あまりの静かさに不安がこみ上げる。
二つの足音が嫌に響いた。
灯花は、女性と一緒に天狼を探した。
女性は、廊下の掲示板を見ていた。
掲示板はどうやら、病内地図のようだった。
今いる階層は、4階だった。
灯花が天狼と一緒にいた時は、階層を上がった覚えがなかった。
いつの間にか、自分が移動していることがわかった。
女性は、ぼそりと小さくつぶやき、再び廊下を歩き出した。
「この病院、歪んでいる」
灯花は、女性のつぶやきを聞いていた。
ゆがんでいる?
女性のあとを追いながら、言葉の意味を考えていた。




