ホワイトクリスマス。(その15) 夢の灯花(4)
赤い着物姿の男は、腹を抱えながら個室にいた。
男のうめき声を聞きながら、灯花は半目になって個室の前に立っていた。
「本当にだいじょうぶ?」
うなっているってことは相当、苦しいんだろうな…
個室から、苦しまぎれの声が響いて来た。
「君に、心配される覚えは…ないね。ところで、かくれんぼは、順調かい?」
「ごしんぱいなく」
「ぐっ…そうかい…でも、楽しくなさそうだね…」
灯花は、素直な感想を述べた。
「だって、二人しかいないだもん…楽しくない」
男は、くすりと笑った。
「ふっかくれんぼっていうのは、鬼に見つからないのが遊びじゃないのかい?」
「えっ?」
「鬼に見つかってしまえば、喰べられちゃうからね」
「…………。」
男の顔を見なくても、不気味に笑っているのがわかった。
「だから、隠れるんじゃないかな?」
男が何を言っているのか、灯花にはわからなかった。
「逃げて、隠れて、逃げて、また隠れて、息を潜めて…鬼から逃げて、また隠れて…鬼に見つけられて喰べられるまで…ずっと、ずっと、続けられる遊び」
灯花は、後ずさった。
男の不気味な声音にゾッとした。
「…………。」
「君は、鬼じゃないね。あの子にウツったようだね」
「…うつる?」
それってどいうこと?
男はケラケラ笑うだけで、何も答えてはくれなかった。
灯花は、怖くなって一歩ずつ後ずさり個室から離れた。
そして、ある程度離れると、糸が切れるように振り返って男子トイレを走って出た。
灯花は、後ろを振り返らず廊下を走った。
トイレから出ても、黒い蝶は群がっては来なかった。
かわりに廊下のところどころに、黒い毛虫が落ちていた。
さっきまで、平気だったのに泣きたくなった。
わんわん!
わんわんのあの温かさを感じたい。
灯花は、泣きそうになりながらも不気味な廊下を走った。
明かりが点いているのに、どこか影のある廊下は、蟲が湧いていた。
蠢く音を響かせて、灯花の怯えている様子を見て、けらけら笑っているように感じた。
「…っ!」
急に頭の上に黒毛虫が降って来た。
「いや!」
振り払いながら走ると、廊下の突き当りに開いている扉が見えた。
灯花は、飛び込むようにその扉の中へと入った。
中は、電気が点いていなかった。
廊下から漏れる明かりだけで周りを見渡した。
ここは、大きな部屋ではないようだ。
部屋の中央には、ベットが一つだけあった。
灯花は、そのベットに近づくとおばあちゃん家にある、あの匂いが鼻に着いた。
これってお線香?
ベットには、白い布がかぶせられて横たわっている誰かがいた。
「…………。」
灯花は、白い布を取ろうと手を伸ばすと誰かのすする泣き声が聴こえて来た。
「…っ!」
泣き声を辿って、視線を動かすとベットにしがみつく黒い人影がいた。
黒い人影は、ベットのシーツを握り絞めて泣いていた。
「#%$#@!お、かあさんを…置いて、いかないで…」
灯花は、黙ってそこに立っている事しかできなかった。
「%##%$!#&%$‘@!おかあさんを…置いて行かないで!」
黒い人影は、ずっと泣いていた。
「…………。」
おかあさん…
灯花は、お母さんが恋しくなった。
灯花の顔は、崩れてぐしゃぐしゃになった。
滝のように涙が溢れた。
灯花がここで泣いたって、誰も慰めてくれないし、助けてはくれない。
灯花は、泣くじゃくりながら、ゆっくりとその場を動いた。
黒い人影は、灯花が泣いても、こちらに気にも留めずにずっと泣き叫んでいた。
同じ言葉を何度も吐いて、ずっとあのままだった。
灯花は意を決して、白い布を取った。
「あっ…」
ベットの上に横たわっている人の正体がわかった。
そうか…
だから、あの子はお母さんに…
灯花は、白い布を戻して、入って来た扉へと向かった。
部屋を出る前に振り返って、黒い人影を見た。
変わらず、ずっと泣いていた。
「待っててね…」
灯花は、その言葉を残して部屋を出て行った。




