ホワイトクリスマス。(その5)
天狼は、再び歩き出した。
まだ、迷い込んだ者がいる。
天狼は、カウンターから上の階層へと足を運んだ。
階段を登ると、松葉杖の男が階段の上に座っていた。
天狼は、松葉づえの男に見覚えがあった。
「…隆二殿?」
1年C組の元担任。
田中隆二。
専門教科は、体育。
バイク事故のため入院していたが…重い病気にかかり、再入院。
天狼は、虚ろの男にそっと、肩を叩いた。
「隆二殿…」
男は、名前を呼ばれて、ゆっくりと顔を上げた。
「あなたは…」
天狼は、男の隣に座り、様子を伺った。
「隆二殿、なぜこんな所に?」
男は、天狼の言葉にゆっくりと答えた。
「……おれは、駄目な先生なんだ…」
天狼は、隆二殿の言葉に驚いていた。
まさか、その言葉を聞くとは思わなかった。
隆二殿は、私と事故ったあと、私に生徒を頼むと言って入院した。
己がこんな状態だと言うのに、最後まで生徒たちのことを想っていた。
天狼は、そんな隆二殿に惹かれた。
私も生徒たちを持っている。
武道の師として、教え込んでいるのだが、大半は生徒たちの個性を優先としているため、私が教える事と言えば、己を守るすべばかりだ。
誰かを救うことは、二の次だと生徒たちに言ったことがある。
それくらい山犬たちの現状は厳しいものだった。
天狼は、柴田りんを亡くしている。
りんの相方を務めていた私だ。
その責を私が担う。
りんが最後まで守り通した、灯花を守らねばならない。
灯花が迷い子となってしまったのも、運命となった。
天狼は、隆二殿に言った。
「隆二殿、あなたは良い師となれる。その想いがあれば、いくらでも生徒たちを導ける。これから、そうなれば良い」
隆二殿は、ゆっくりと目を見開いて私を見た。
「あなた…誰ですか?そんなことを言ってくれる人なんか…俺には…」
「私は、天狼。隆二殿の志が私を導いたのだ。胸を張られよ」
「てんろう…」
隆二殿は、じっと私を見ていた。
私は、ご覧の通りのなりだ。
見られるのは、慣れているが…恐れられるだけは避けたい。
「隆二殿…私は…」
「あなたは…犬の神様なのですか?」
「……犬ではなく、狼のほうだ」
ちょっと、むっとした。
私は、そんな可愛らしいものじゃないし、人から常に恐れられてきた存在だ。
「これはこれは、とんだ失礼を…」
隆二殿は、軽く謝罪をした。
「わかればよい」
天狼は、すぐに水に流した。
「隆二殿…幽世にいてはならん。すぐに己がいるべき所へ戻るのだ」
「そうしたいのですが…私はもう…駄目なのです」
「…隆二殿…」
「私は、教師なのですが…先日、校長から長い休暇をいただきました…」
隆二殿は、重い病気だと聞いた。
それが、幽世にいる原因なのだろうか…
「自分としては、骨折した程度の怪我でした。ですが、病気が見つかったと聞かされました…」
隆二殿は、ひどく落ち込んでいるようだ。
「隆二殿…」
「私は、痔なのです…」
「……はっ?」
「手術が必要なほどの、いぼ痔なのです!」
天狼は、言葉が出なかった。
「…………。」
「校長にそのことを伝えたら、ゆっくりじっくりと治すように言われました。笑顔で言われました…しかも、治ってからも、ゆっくり家族旅行でもと言われました。それって、私が教師として失格だったからでしょうか?それとも、いぼ痔ごときで手術しようとした私が悪かったのでしょうか…」
「…………。」
天狼は、少し悩んだ。
隆二殿は、重い病気だと思っていた。
まさか、痔だったとは…
それに、校長もなぜに長期の休暇を?
天狼は、隆二殿に答えた。
「とにかく、隆二殿はその病気を治すことに専念してくれ。教師うんぬんは、治ってから悩むといい」
隆二殿は、ゆっくりと立ち上がった。
「そうします…」
お尻には、少しばかりか血が付いていた。
「りゅ、隆二殿…大丈夫か?」
隆二殿は、ゆっくりと私に告げた。
「大丈夫です…私は教師ですから…あなたの言う通り、まず自分を治します。話はそれからですね…」
少しばかり気を上げられたようだ。
これで良かったのかは分からないが、現世に戻られるようだ。
「私の悩みを聞いてくださって、ありがとうござしました。それでは、天狼様もお気をつけて…」
隆二殿は、軽くお辞儀をして、松葉づえを使いながら戻って行った。
天狼は、田中隆二を見送った。




