ブラッククリスマス。(その11)
深い霧の中、黒スーツの女性は首無し男と対峙していた。
一つに束ねた長い黒髪を翻しながら、首無し男に蹴りを一撃食らわせていた。
首無し男は、何度も地面に体当たりしながら転がった。
この女性は、ずっと素手で蟲たちと対峙していて、傷一つ負わずに戦っていた。
黒毛虫の群れがあっても、腕を群れの中に突っ込んで、黒毛虫たちを掻っ切った。
女性のスーツに何か光る物を見つけた。
黒のネクタイに十字のプローチが付けられていた。
それが、時々反射して霧の中でもどこにいるのかすぐにわかった。
私は、しばらくその光景をずっと見ていたが、隣で横たわっている真夜がうめき声を発して気が付いた。
「真夜!大丈夫?」
「……うっ灯花ちゃん…」
真夜はさっきよりも血の気が失せていた。
「真夜!しっかりして!今、誰か変わらないけど女の人が助けに来たよ!」
「女性…もしかして…美鈴お姉さま?」
「えっわかるの?」
「…微かに匂いがしますの…」
「真夜、もう無理しちゃ駄目!」
真夜の体調が良くない。
真夜の身体に触れると体温が下がっているのが分かった。
私は、真夜に羽織を掛けた。
「真夜…」
真夜の身体をさすって体温を上げる。
出口はもうすぐだ。
再び真夜を支えて、歩き出そうとした時。
黒毛虫の残党が私達を襲いかかって来た。
だけど、黒毛虫は時間が止まったようにピタリと動かなくなった。
凍ったように固まっていた。
ピキピキとガラスのひび割れる音が響いて来た。
すると、だんだんと砕けて地面に落ちた。
戦っていた女性を見ると、女性を囲って大きな氷の塊が出来ていた。
氷の中は、黒毛虫が大量に凍っていた。
どうやら、女性は私達を助けてくれたようだ。
「お姉さまの、お力ですわ…氷鬼ですの…鬼火と違って一帯を氷つかせる術ですの」
「氷鬼…」
女性は、あたり一帯の黒毛虫を排除したようだった。
でも、地面からじわりじわりと湧いてくるようだった。
首無し男は、何度でも立ち上がった。
女性は、容赦なく首無し男の腕を引きちぎった。
「…っ!」
私は、背筋が凍った。
だんだん首無し男のほうが可哀そうになって来た。
さっきからタコ殴りだ。
すると、どこからかノイズの音が聞こえて来た。
探してみるとそれは、自分の制服の懐に入っていた。
「なんで、これが…」
懐から出て来たのは、ボイスレコーダーだった。
ジリジリとノイズ音が鳴り響いていた。
真夜から、受け取ったあと机に返したはずだった。
なのに、なぜこれが?
すると、ノイズ音が大きく鳴り響いて来た。
ノイズ音と共に子供の声と大人の声が聞こえて来た。
「ジッジジー、--、ハッピーバースデートゥルーハッピーバースデートゥルー!」
誕生日の歌?
「ハッピーバースデートゥルー!ジジッジハッピーバースデートゥルー!」
「ハッピーバースデー!ジッジジー、-、」
「ハッピーバースデー!パパ!おめでとう!ジジッジー、#$%&‘+*L>ジジッジ」
ノイズが激しくなってそこで途切れてしまった。
「…………。」
このボイスレコーダーには、ちゃんと大事な人の声が残っていた。
あんな社内の声ではなく、本当は幸せの声を録っていたんだね。
ふと、何かが這いずる音がした。
それは、あの女性がもぎ取った腕が地面を引きずって動いていた。
よいしょ、よいしょと少しずつこちらに向かっていた。
「…………。」
本来ならば、腕だけになっても警戒しなければならないけれど。
私は、その腕に近寄った。
「この、ボイスレコーダーは、貴方の大事な人の声が入っていました。…お返します」
腕の目の前に、ボイスレコーダーを置いた。
「勝手に持ち出してごめんさい。」
私は、静かにその場を離れた。
彼は、しっかりとボイスレコーダーを手にした。
力を込めて握りしめていた。
彼にとって、どんなに大事な物だったか知らされた。
すると突然、視界が灰色になった。
「えっ?」
目の前にあった腕は、色を失っていた。
「あっ!」
首無し男は、ぼろぼろと灰の砂へ変わっていった。
永遠に動き出す死体が崩れたとなると、その核が倒されたということ。
天狼さん…膿蟲を倒したのかな?
無限に湧き出す黒毛虫の群れはすっかりいなくなり、屋上には、大量の灰だけが残されていた。
終わったの?
そう思った矢先に、屋上の地面が割れた。
地震があったように、派手に揺れた。
「きゃあ!なっなっ!」
バランスを崩して、尻餅をついた。
地面がどんどん割れていく。
これって!どいうこと!
いきなり、ここが崩れるなんて!
わあああ!
地面が目の前で割れて、その衝撃で社内にあった大量の書類が上へと舞った。
パラパラとまき上がって、雪のように降って来た。
私は、割れた地面に落ちそうになった。
「やばい!やばい!」
すると、急に後ろから担ぎ上げられた。
黒スーツの女性だった。
「わあ!」
女性は、ひょいひょいと地面を蹴って行った。
そして、倒れている真夜を抱き上げた。
この人すごい!
細い腕なのに、すごい力持ちだった。
そう思った瞬間。
舌を噛むぐらいの勢いで走り、さび付いた柵から、私達は落ちた。
私は、崩れていくビルを見ながら深い霧の中へ落ちて行った。
天狼は、膿蟲を見つけた。
あらゆるビルの屋上を駆けて行って、ようやく見つけた。
膿蟲は、少女が持っていた。
少女は、まだ十代の娘だった。
「何よ!あんたら!パパは渡さないんだから!」
少女は、屋上の隅でずっと隠れていた。
大きめの黒いフードを被って、人の目を忍んでここに来たのだろう。
少女を囲んでオオカミ達はうなり出した。
少女が持っている首は、間違いなく膿蟲が入っている死体だ。
私は、オオカミ達に指示を出した。
「お前たち、ここは下がれ」
「ですが!」
「良い、相手は子供だ」
「…幼い子供だとしても、相手は親蟲と契った人間です。お気を付けを…」
「わかった…」
オオカミ達は警戒しながらさがって行った。
この少女は、普通の人間だ。
蟲に寄生されていない人ただの少女だ。
私は、少女に近づいた。
「こないで!知ってるから!お前は、人食い狼だって!」
「…そうだ、私は人食い狼だ」
「だったら!こないで!」
「だが、今の私は人を救う狼だ」
「うそだ!」
少女は震えながら、ナイフを取り出して威嚇してきた。
「うそではない」
「うそよ!」
「なぜなら、私はお前を救いたい」
「…っ!」
「うそだうそだうそだ!じゃあ何で!パパは死んだの!」
少女は泣きじゃくりながら訴えて来た。
「パパはどうして死んだの!どうしてパパが死ななきゃいけないの!みんなが殺したからだよ!」
「…………。」
「パパは、首を吊って死んだの!会社で!遺書まで残して!」
「…………。」
「何で!パパが死ななきゃいけなかったの!教えてよ!人食い狼!」
「……それは、私にも知らぬことだ」
「ほらね、やっぱりお前は何もできない。パパは渡さないから!絶対に!」
私は、少女に目の前まで近づいた。
「近づくな!この化け物!これで刺すから!殺すから!」
少女は、勢いよく私を刺した。
「……っ!」
私は、そっと少女を抱き寄せた。
「お前の父がどうして死んだのかは、私には分からぬ。でも、お前が父を大事に思っている事は分かる」
「っくう!」
「父が好きか?」
「…っうん!」
「なら、その父がお前を人殺しにさせたのか?」
「ちがうちがう!これは!ひながっやったの!ひなだけがやったの!ママは何も知らない!だから!」
「わかった。わかった…」
少女を落ち着くように背中を撫でて、ゆっくり放した。
「ならば、ひな。父を真に思うのならこれは、いらんな?」
私は、胸に刺さっているナイフを取り出して伺った。
ナイフには、血がべったりとついていた。
「…うん」
「いい子だ」
私は、ナイフをぽいっと投げ捨てた。
すると、少女の手にしていた首が動き出した。
「パパ?」
虚ろの首が突然、涙を流した。
それを見た、少女は首を抱きしめて泣いた。
「パパっ!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
こちらが焦ってしまった。
まさか、死人が涙を流すなど…
向こうで何かかあったのかもしれない。
「……ひな、父を眠らせよう…もうこれ以上ここにとどまっては、お前を愛する父が父ではなくなる。その涙を見たのなら、それがお前の父の痛みであり、嘆きだ。もう、楽にさせてやってくれまいか?」
私は、諭すように伺った。
「………うん。パパ、ごめんね…こんな娘でごめんなさい!」
少女は、泣きじゃくりながら、ゆっくりと首を差し出してきた。
私は、懐にある小太刀を取り出した。
首の左耳の中に寄生している膿蟲を斬った。
すると、首はゆっくりと灰へと変わって行った。
崩れて、少女の手から落ちた。
「…………あ、り、が、とう…」
それは、父親の魂からの言葉だった。
最後の形が崩れる時、薄っすらと口元が笑った。
それは、少女の目にも入ったようだった。




