ブラッククリスマス。(その5)
私達は蟲たちから逃れて、資料室で潜めていた。
川村君とは無事、合流することができたが、山犬である、彼女は負傷してしまった。
何とか、三人でこの幽世から脱出できるだろうか?
「その犬。名前は、なんて言うんだ?ポチ」
川村君は、彼女に失礼な言い方をした。
「貴方のような方に、お答えする必要ございません」
耳が垂れた黒オオカミはプイっとそっぽを向いた。
「お前、なんか知ってる?」
川村君は私に聞いて来て、何て言えばいいのかわからなかった。
とりあえず、わかることだけを言った。
「ええと…彼女は、オオカミで…」
「それは、さっき聞いた。」
「えっと…ストーカー?」
「よし、ストーカー犬。お前は、この訳が分からない廃ビルを知っているのか?」
「なんて呼び方!ストーカーは認めますけど、犬はやめてくださいまし!」
ストーカーは認めるのか…
「…まや…」
「えっ今なんて?」
川村君が聞き返した、私もよく聞こえなかった。
「…まや。紫苑時真夜ですの。」
「よし、まや犬。聞かせろ」
「失礼通り越して、噛み殺したくなりましたわ!」
彼女は、うなるように牙をむき出しにした。
また言い合いになりそうだった。
私は、彼女に声をかけた。
「えっと、紫苑時さん?」
名前を呼ばれて、彼女は大人しくなった。
「真夜で、よろしければ呼んでくださいまし、朝峰様」
「わかった。でも、私の事も灯花でいいです」
「では、灯花様と」
「様はつけないで、私そんなに偉くないし」
私がそう言うと真夜は、長い尻尾を振りながら言った。
「では、灯花ちゃんと呼んでもよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ真夜」
「はい!」
真夜は、川村君に向かって言った。
「そこの愚かな人間、よく聞きなさい!」
川村君が反応した。
「なあんだとお!」
「何ですの?」
どっちもお互い様だと思った。
また、言い合いになりそうだった。
「二人とも、ケンカはダメだよ!今は、どうするか考えよう」
「ふん、わかりましたわ。灯花ちゃんの言う通りですわね」
「だったら、教えてくれよ」
「特別に、お答えいたしますわ」
真夜は、幽世のことを川村君に話した。
川村君は少し驚いた様子だったが、少しは納得できたようだ。
「どうりで俺、屋上にたどり着けなかったのか。俺ずっと、廃ビルを駆けずり回っていたぜ」
「貴方が生きていたなんて、運が強いお人だこと」
「これでも、危なかったぞ!あの毛虫の大群に追いかけられるわ、かじられるやらでヤバかったぞ!ってなんだよ!」
真夜は、川村君の身体に近づいて、鼻を擦った。
「じっとしてくださいまし、今貴方のことを調べていますの…」
「はっ?何を…」
真夜は、川村君の身体の匂いをかいでいるようだった。
「くすぐってーぞ!このまや犬!」
「黙りなさい!…蟲が入りこんだ感じは無さそうね」
「虫?あの毛虫か?」
「気を付けなさい、あの蟲はとても凶暴よ。普通に人を喰う時もあれば、巣に持ち帰ったり、人の体内に宿ることもあるわ」
「マジかよ!俺、大丈夫か!」
川村君は、自分の身体を触って確かめていた。
「自分自身で調べても分からないわよ、だからこそ、わたくしが調べてあげましたの」
「なんで、わかんだよ」
「においですわ」
「俺そんなにくせーの?」
「ええ、においますわ、貴方の口からハンバーグ定食の匂いが」
そういえば食べたな…
「そんなことまで、わかるのかよ」
「ええ、わかりますわ」
「蟲のにおいは、すぐにわかります。そして、死体に宿る膿蟲のにおいも」
「死体?ウジ?なんだそれ」
「貴方が助けようとした方ですよ」
「…助けようとしたって!あの屋上の?俺そいつを…」
川村君は、そもそもその人を助けるために屋上に上ったんだ。
そういう所は、本当に尊敬する。
「その方は既に、亡くなられておりました」
「なんで知っているんだよ、まさか!」
「最後までは、知りえません、わたくしはすぐに灯花ちゃんを追ってここまで参りました。そして、わたくしがここに入る前に、その方に蟲のにおいがしていたことしか存じておりません」
「何なんだよ!蟲って言うのはよ!気味悪ぃ」
「蟲は死体に宿りますわ。そして、蟲に寄生された死体は生きたように動き回りますのよ。あの黒い毛虫たちを引き連れて」
「うそだろ…俺、なんのために…」
落ち込む川村君に、私は口を開いた。
「……そんなことないと思う、川村君はすごいよ」
「えっ?」
「人を助けるのに蟲とか死体とか、関係ないと思う。それを真っ先にした、川村君はすごくすごいよ」
そう言われて、川村君はほっとしたようだった。
「そうか、そうだよな、助けるのに理由はないもんな!ありがとな!」
「うん」
「大体のことは、わかった。あとは、どうやってここから出るのかってことだな…そう言えば、まや犬!」
ちょっと不機嫌そうに真夜は答えた。
「…何ですの?」
「お前さ、においでわかるなら奴らの行動もわかるんじゃね?」
「ええ、わかりますよ。蟲たちのにおいは特にわかりますわ、でも、残念なことに先ほどの戦闘で嗅覚を麻痺いたしております。先ほどみたいに、うんと近づかないとわからないんです」
「なんだよ!つかえねーな!」
「…だからこそ、今のわたくしは役には立たないんですの」
「…川村君、言い過ぎだと思う」
自分を置いて行けと言うほどだ、よほどこたえたのだろう。
「…悪かったよ」
「気にしておりません、事実ですので…」
しばらく、沈黙が続いた。
ずっとこの場にいることはできないし、大群に襲われたら、ひとたまりもないし、膿蟲に見つかれば、今度は窒息死するかもしれない。なんとか、蟲たちを避けることはできないだろうか?
私は、前に幽世に迷い込んだ時のことを思い出していた。
あの時は、りんさんがいてくれたから、幽世から出られたんだと思う。
幽世からの出方は、ほぼカンが頼りだった。
りんさんは、言っていた。
不安定な場所があると、かさぶたのような所があると言っていた。
それは、未だにわからない。
そして、今回もわからない。
ため息をつきたくなった。
…でも、気になることがある。
ここは、最初、廃ビルだった。
奥に進むにつれてだんだんと会社へと現実味を帯びてきている。
この資料室もそうだ、どれも本物にみえる。
だとしたら、本来たどり着くはずだった、屋上へ行けるのでは?
すごく気になった。
私達は最初、屋上にいる男性を見かけて上ろうした。けど、中に入ると上に続く道はなく、地下へと続く道しかなかった。
膿蟲が屋上にいるなら、餌になる私達を屋上で襲えばいいのになぜ?どうして、近づいて来た?
「…もしかして…」
「ん?どうした朝峰」
「もしかして、屋上に何かあるのかな?」
「屋上?屋上は行けなかっただろ、上に行く道なんてなかったんだし」
真夜は何かに気が付いたみたいだった。
「灯花ちゃん、さすがですわ。よく気づきました!」
「何がだよ、俺にはさっぱりだ」
「屋上に行けば出口ですわ!きっと!」
「出口本当に?」
屋上が出口なんて、考えてなかった。
「それほんとかよ!」
「可能性はありますわ!屋上こそが今回の幽世の入り口ですわ。そして、出口も同じく」
ちょっと希望が湧きて来た。
「それだと、どうやって屋上まで行けるかどうかだな…」
「そうですわね…」
途中で蟲たちに出くわしたら、逃げるしかない。
体力がある限りそれは、続くだろう。
でも、尽きてしまえば私達は蟲たちの食卓に上ってしまうだろう。
私は、ふと思ったことを真夜に聞いた。
「真夜は、あの時膿蟲を刺したはずなのに、どうして倒せなかったの?」
「それは、膿蟲の残り香を刺したことになります」
「残り香?」
「わたくしたちは、膿蟲のにおいを頼りに戦っております。においで的確に膿蟲を倒します。そうじゃないと、いくら肉体を切っても倒したことにはなりませんわ、肉体はいくらでも再生しますし、指一つでも永遠と動き続けましょう。残り香は、あの膿蟲が残したにおいでしょう、わたくしはまんまと騙されてしまい、不覚を取りました…」
「じゃあ、その膿蟲は一体どこに?」
「膿蟲は死体に必ず存在しますわ。そして、あの場で膿蟲がいなかったことになります…」
考えられるのは、一つ。
現れたのは、首無し男。
あの場で膿蟲がいなかったとなると、膿蟲は別の場所にいることになる。
膿蟲は死体に必ず存在するとなると、あの場でなかったパーツは…
「頭だろ」
答えを言ったのは、川村君だった。
「頭に奴らのボスがいるんだろ!そいつ潰したらここから出られるのか?」
「さようでございますわ。でも……いいえ!わたくしがお二人方を導いて差し上げます!」
「なんだか、すごいやる気だな!いいぜ!何なら、奴らのボスをやっつけようぜ!」
「…できれば、の話だと思うけど…」
冷静になれば、無理な話だ。
「だがよー、やられっぱなしは性に合わないぜ!やるなら奴らを倒して出たいぜ」
「でしたら…このわたくしめに…」
真夜は、先ほどと変わって真剣なおもむきで私達に告げた。
「お二人方にお願いがあります。どちらかお一人に、この真夜の生け贄になってくださいまし。」
「「…はい?」」
真夜から唐突な言葉に私と川村君は、その場で固まってしまった。




