長い帰り路(その9)最終。
朝、父親の叫び声で目覚めた。
「ど、どうしたの!お父さん!」
「朝からなによ!うるさいなー!」
「…………。」
慌ただしく、父の元に行く母、姉、そして、私。
父が家の玄関で、すっ転んでいた。
原因は、玄関前で大人しく控えている犬がいたからだ。
父は大の犬嫌い。
見るのも、触るものダメ。
昔、犬に噛まれて以来、トラウマを抱えている。
それで、玄関前にいる犬がいて、見事にひっくり返っていた。
「母さーん!助けてーー!!犬がいるーー!ひぃいいいーーー!!!」
「あらー、お父さんすごい。ひっくり返ったムカデみたい。」
父が大変なことになっても、ぶれない母。
「でかい犬よねー!どこの家の子だろう?」
大型犬より一回り大きい犬を撫でて、姉は言った。
「杏子!その触った手で、お父さんに触るなよ!」
「ええー!ほら!」
「ひいぃ!」
私は、そんな家族の前で、オオカミに言った。
「すみません、騒いでしまって。」
オオカミは、ワンと鳴いて、玄関の前にあった紙袋を差し出した。
「これを届けてくれたの?」
「ワンッ!」
紙袋の中身は、新しい制服だった。
私の制服は以前、りんさんの治療のために失くしていた。
「わあ!ありがとうございます。助かります!」
お礼を言うとオオカミはすっと立ち去った。
「賢い犬だったねー!」
「そうだね…」
実際、人狼とは言えない。
「もう!お父さん会社休む!」
おい!そこまでか!
「こんな日は厄日だ!」
呆れて何も言えない。
「今日は、狩りに出て肉を焼きまくるんだー!」
「なら、あのドラゴン倒しに行くー?」
「行く行く!」
この夫婦は…
朝からため息をつきたくなる出来事だった。
3日前、りんさんは亡くなった。
最後は、私の腕の中で眠るように動かなくなった。
人狼は死ぬと、オオカミの姿に戻ることを知った。
そのあと、りんさんの遺体は国光さんに渡った。
渡る時、国光さんは自分の上着を遺体にかけて抱きかかえた。
そばに控えていたオオカミ達は国光さんについて行ってしまい、私と天狼さんと二人の男性はその場に残った。
私はその場に泣きじゃくり、天狼さんはずっと私のそばにいてくれた。
二人の男性もまた、静かに控えていた。
しばらくして、私が今でも潰れようとした時。
天狼さんは私に寄り添うように言った。
「灯花、うちに来ないか?」
「…え?」
「今後のことがある、一度落ち着ける所に行こう」
「でも…」
私は、りんさんを死なせた悪者だ。
「天狼様の言う通りだ。嬢ちゃん」
「一度、貴方の身の安全を確保しなくては」
「……はい」
ここは、素直に従った方がいいと思った。
「待ってな、今車をまわし来るから」
男性一人行ってしまった。
今の人どこかで見たことがあるような…
そしてこの人も…
「灯花、立てるか?」
立とうしたが、足に力が入らなかった。
「あれ…」
そんな私の様子に天狼さんは、私を引き寄せた。
「天狼さん?」
「じっとしていてくれ」
天狼さんは私を抱き上げて、腕一つで抱えた。
私は天狼さんの首に腕をまわした。
思った以上に力が入らず、自分の体重を天狼さんに預けてしまった。
それでも、天狼さんは気にもせず、寂しい月の夜道をゆっくり歩いて行った。
どうやらそのあと、私は眠ってしまったらしい。
気づけば、和室の部屋で眠っていた。
部屋を見渡すと前回と同じ部屋ぽいかった。
着ている服が違っていた。
真っ白な寝間着に着替えていた。
襖が開く音がして、ゆっくり起きた。
本当は起きたくないけど、よその家だからそうゆっくりできなかった。
「あら、起きたの?」
えっと…確か、月子さん?
紫の着物を着ていて、おっとりとした雰囲気ですぐにわかった。
「…月子さん?」
月子さんはこちらを向いて優しく微笑みを向けてくれた。
「まだ、ゆっくりしていていいのよ。ここにお水用意しておくから、のどか乾いたら飲んでね」
「…あ、ありがとうございます。でも、私もう大丈夫です」
「無理しないで、天狼様から聞いたわ。色々と大変だったね。ここを自分の家だと思っていいのよ、遠慮しないで」
「……すみません」
「謝る必要はないわ、むしろ謝らなきゃなのはこっちよ。私たちの都合で振り回して、本当にごめんなさい。ここにいる以上、私が灯花ちゃんを守るから、ね」
月子さんは優しく私の頭を撫でてくれた。
「灯花ちゃん、まだ顔色が悪いからもう少し寝ていなさい」
「……はい、わかりました。」
「私、隣の部屋にいるから、何かあったら呼んでちょうだい」
月子さんはそう言って部屋から出て行った。
月子さんには悪いけど、これ以上眠ると嫌なことが思い出しそうで怖い。
でも、月子さんの言う通り、身体の調子が悪いのも事実。あんな風に人は死ぬのだと、身に染みてわかった後だ。体に力が入らないし、気力も湧かない。
そんな時、再び襖が開く音がした。
…月子さん?
人の足音ではなく、軽やかな足音だった。
それは、私の布団の近くに来ては、大人しく丸まっていた。
……えっ?
真っ白い獣。
それが、オオカミなのはわかったが、それは誰なのかはわからなかった。
えっと…どちら様?
オオカミの姿になられると、一体誰なのか分かりづらい。
責めて私の知り合いであってほしい。
知らない人に声かけて、疑われて斬られるだけは避けたい。
白いオオカミ。
もしかして?道司さん?
道司さんも白いオオカミだった。
道司さんだったら、声ぐらいかけてもいいよね?
何も言わずに人の寝床にいるんだもの、いいよね。
「えっと…道司さん?」
「…………道司の方がよかったか?」
「えっ?この声って、まさか…天狼さん!」
驚いて、がばっと起き上がった。
「私だが?」
真っ白いオオカミの正体は天狼さんだった。
見慣れていないから、ちょっと違和感。
でも、ほんとに天狼さん?
じぃーと様子を見ると、天狼さんは私の間近に来ては、ぐりぐりと頭を押し付けてきた。
「なな、なんですか!」
大型犬より大きいオオカミが圧し掛かってきて、一気に布団に押し倒された。
「ちょお!ちょっと待って!天狼さん!」
そんなに重く圧し掛かってきてはないが、いきなりの接触に驚いた。
柔らかい毛並みがくすぐったい。
次第に、ほほをぺろりと舐められて慌てた。
「ちょっと待って!天狼さん!くずぐったい!」
ぺろぺろ舐められた。
「もっもしかして!間違えたこと気にしてます?わあ!」
首筋まで舐めようと掛かってきて。
「もう!やめてください!」
オオカミの顔をぐっと押した。
ようやく、止まったと思ったら、押さえていた手をぺろりと舐められた。
「っ!」
本当に天狼さん?
疑いたくなる。
気が済んだのか、天狼さんはきゅんと鳴いて私の脇で大人しくなった。
「……天狼さんですよね?」
もう一回、圧し掛かろうとしてきて、慌てた。
「はい!そうですよね!ですよね!天狼さんですよね!分かりました!」
再び、天狼さんはきゅんと鳴いて大人しくなった。
……………………なんなの。
犬なんて飼ったことがないので、この行動がなんなのかさっぱりだ。
むしろ、犬と一緒に考えたらダメのか?
……。
…………。
………………。
試しに少し触ってみる。
ふわふわで柔らかな肌触り。
気持ちいい。
ふと、りんさんのことを思い出した。
りんさんも柔らかな毛並みだった。
口は悪かったけど、それでもかっこいい人だった。
私がしっかりしてれば、りんさんは死なずに済んだのかな。
そう思うと涙がぽろぽろと零れた。
泣いたって、りんさんは戻っては来ないし自分の不甲斐なさが招いたことに変わりはない。
それでもどう思ったって、涙が溢れて止まらなかった。
「天狼さん…私、泣いていいのかな……」
天狼さんは私の涙を舐めて言った。
「泣いてくれ、そのために私はいる。」
「うっぐっ………」
天狼さんをぎゅっと抱きしめて思いっきり泣いた。
泣きやんだ後は、ぽつり、ぽつりとこぼした。
りんさんが死んだのは私のせいだと。
もっと自分がしっかりしなかったからだと言った。
天狼さんはそれを否定し、子供をあやすように言った。
「りんが死んだのはお前のせいではない。これ以上は己を責めたらならん。…灯花、ならば聞くが、りんは山犬として立派だったか?」
「…りっぱだった。」
「そうだ、りんは最後まで山犬として立派だった。お前を最後まで守った、そうだな?」
「うん」
「そのりんが最後まで守り通したお前が、杭いてどうする。そのために命懸けで助けたわけではないぞ」
「…うん、うん!」
「わかったならば、この天狼に笑いかけてはもらえぬか?」
「…えっ?」
「お前が無事でよかった」
「…っ!」
りんさんも天狼さんも無事でよかったと言ってくれた。
ああ、なんて優しい人なんだろう。
少しでも、何か出来る事ないかな…
目の前にいる、優しい人狼に出来る事をしたいと思った。
「…はい」
オオカミを優しく抱き寄せて笑った。
うまく笑えたかな?
涙でぐしゃぐしゃだけど、変顔でも笑えたらいいのにな…
その後は、泣き疲れていつの間にか寝てしまった。
恐れていた悪夢を見ることなく寝れたことに私は安堵した。
次に目覚めた時には、天狼さんはいなかった。
探してみようかなと思ったが、やめた。
人が多くて、屋敷の中がごたごたとしていた。
そんな時に、国光さんが来てくれた。
すぐに帰る支度をするように言われた。
いきなりの事で驚いたが、私がいてまずいことがあるのかなと思った。
私は、何も言わずに指示に従った。
制服はぼろぼろだし着れなかったが、月子さんが着物を貸してくれた。
桃色の花柄の着物だった。
それと、無くしていたカバンを渡してくれた。
山犬の人が拾ってくれたらしい。
ありがたや。
もちろん、携帯の電池は切れている。
なんてこったい!
月子さんは着物を着つけてくれたが、お客さんがいるからとすぐにどこかに行ってしまった。
それぐらい、今忙しそうだった。
私は、迷惑かけないようにそそくさと屋敷から出た。
たくさんの黒スーツの人たちがいて、少し怖かった。
国光さんが車をまわしてくれている間、ずっと見られていた。
ピリピリとした緊張感が漂っていた。
国光さんに呼ばれて車に乗った。
私は、後ろ髪を引かれる思いで、走り行く風景を見ていた。
そうして、私は無事、家に帰って来れた。
マンホール少女の正体。
わかりやすく解説します。
少女は、普通の小学生でした。
でも、少しだけ周りの子と違った所がありました。
それは、学力が普通の子と低かったことです。
母親は、そのことをひどく叱りました。
ある日、母親が行方不明になりました。
少女は、父親と共に母親の帰りを待っていました。
しばらくして、母親は帰ってきました。
いつも怒る母親ではなく、優しい母親として帰ってきました。
母親が既に亡くなっていることを知らずに。
少女の母親は、少女が周りの子と学力が低いことに気づき、自分を責めていました。
そのことを母親は、少女の父親に話そうとはしませんでした。
母親は、夫が不倫をしていることを知っていたからでした。
知りながら、夫を愛しつつ憎しみを抱えながら、少女を育てていったのです。
そのせいか、ついに少女に手をあげてしまったようです。
母親は、そのことで自分を責めてしまい、少女を置いて家を出て行きました。
そんな、悲しい家族のお話です。




