コスプレ人狼!
タバコの臭いが風に乗ってくる。
駐車場の近くのベンチに座っていると、喫煙所から白い煙が漂ってきた。
会場の空気に疲れたのか、一息つけようと喫煙所に人が集まってくる。
タバコの箱を叩いて、タバコを取り出し火をつける。
その手慣れた吸い方が、にじみ出る渋さがある。
吐き出した煙が、子供を追い出すかのように、夜を白く濁らせる。
喫煙の一人の男性が、疲れた様子で空を仰げながら息を吐く。
「帰りてえ」
そうぼやいていた。
その様子を見ていた私は、ちょっと共感してしまった。
すぐに帰りたいわけではないが、なんとなく思ってしまう。
引きこもりの性か。
「煙たいか?場所を移すが」
天狼さんが、そんな私の様子に伺ってきた。
「あっいえ、ここでいいです。えっと慣れているので大丈夫です。天狼さんはどうですか?」
「私も構わないが、本当に良いのか?」
「はい、うちは両親とも吸っているので、これくらいだったら大丈夫です」
「そうか」
「天狼さんは、吸わないのですか?」
「私か?昔は吸ってたが、私の周りが身体に悪いとうるさく言われたのでな、今は吸ってはない」
「そうなんですか。ああでも私もそうかも、両親にタバコやめろっていつも言ってるほうです。ほとんど聞いてくれないけど」
「そうか。だが言われた方がいいかもな、おかげでやめられる」
「そうだといいんですが…」
天狼さんとは少しずつだが話せるようになった。
かなり恥ずかしい言葉を吐いてしまったが。
「灯花ああ!!」
太い女の声が聞こえた。
しかも、私の名前を呼んでいる。
「灯花ああ!!」
会場から出てきたのは、真っ赤なドレスをまとった姉である。
「ねーちゃん…」
私は、姉に駆け寄ったが頭をぶった叩かれた。
「ごふっ」
その問答無用のなぐりぷっりに、天狼さんも唖然。
「このバカ!心配かけんな!バカ妹!」
「………ねーちゃん…いたい…」
痛いすぎるよ、ねーちゃん…
姉の後ろに久遠さんが立っていた、きっと事情を話したんだろう。
「すみません、うちのばかな妹がお騒がせしました。本当にすみません。こんなばかな妹を助けて下さって本当にありがとうございました」
あの姉が天狼さんに頭を下げた。
私も姉に続いて頭を深々と下げた。
「すみませんでした。そして、助けてくれてくれて本当にありがとうございました」
本当に天狼さんがいなかったら私はどうなっていたか、思い出すだけで怖気がする。
「顔を上げてくれ、私はただその場にいわあせただけだ。本当に大事が無くて良かったと思う、だから頭を上げてくれ」
「妹を放置した私が悪かったんです。どうかお礼を言わせてください」
「…灯花は良き姉を持ったな」
「えっ」
「兄弟がいることはとても良いことだ、どんな形にしろ思い思われることは尊い。姉妹共に仲良くな」
「天狼さん…」
天狼さんは、本当に優しい人だな。
「今日の所は、お帰りをしたほうがよろしいと我々は判断しました。朝峰様、この後はいかがなさいますか?」
久遠さんは、眼鏡を上げながら伺った。
頭を上げた姉はそうですね、と言って、急に携帯の着メロが鳴った。
姉は天狼さんと久遠さんに許可をもらい、電話に出た。
私は天狼さんと目が合い、ちょっと照れてしまった。
天狼さんの優しい笑みが、とても素敵だったからだ。
姉の電話が終わると困った顔で言った。
「すみませーん。妹もう少し預かってもらっていいですか?」
おいおい!帰るじゃないのか!姉よ!
その姉の言葉で、天狼さんと久遠さんは一瞬、目が点になった。
「この合コンの企画した責任者がちょっとやらかしたみたいで、私その処理しなくちゃなんです。すみませんが妹のことお願いします。すごくわがまま言ってるのは分かります。でも、私どうしても抜けられないんです。できるだけ早く終わらせますので!」
なんてずうずうしいんだ!姉よ。
しかも、天狼さんにアピるな!
久遠さんが口出す前に天狼さんが、わかったと一言言ってその場を収めた。
姉は私を取っち捕まえて、天狼さんに聞こえない声で言った。
「ものにしろ!」
「はあ!」
「ばか!声がでかい!」
姉は片手で私のほほを掴んだ。
痛い痛い!
「いい!この期会を逃したらだめよ!食ってかかりなさい!」
「ふあい!」(なんだって!)
「いい男じゃない!眼鏡か狼かどっちでもいいから食え!妹よ!」
「ねいはん!」(ねーちゃん!)
姉はガッツポーズを私に見せてから天狼さんに向き直って、よろしくお願いいたしますと言って会場へと行ってしまった。
ねーちゃん…どっちかというとこっちが食われそうなんだけど。
天狼さんにメロメロになりそう…
「そういう事だ、国光。灯花は私が預かる、お前はしばらく席を外してくれ」
「はあ、そうですか。それでは好きにさせてもらいます。ああ、これはあなたの持ち物ではないのですか?落ちていたので拾ったのですが」
久遠さんから渡された物が小さな手持ちバックだった。
「はっ私のです!」
それを受け取ると、慌てて中身を見る。
何も取られてないか確かめた。
あれだけ貴重品は、きちんと持たなきゃいけないって誓ったのに落とすとは…
何も取られてないことを確認して一息つく。
「ああの、その、ありがとうごさいます。すごく助かりました。本当にありがとうごさいます」
久遠さんに深々と頭を下げる。
「いいえ。それよりも今後はお気をつけてくださいね。色々と…」
「あっはい…」
怪我の手当てに姉を探し出してもらい、あげくに落とし物をしてもらって、本当に申し訳がない。
「本当にありがとうございました」
それでは、と言って踵を返して久遠さんも会場へと行ってしまった。
再び、二人きりとなった。
天狼さんとベンチで座っていた。
喋ることもなくただずっと座っていた。
むしろ喋る内容を考えていた。
天狼さんもずっと黙ったままだし。
何か喋らないと。
「えっと、その、普段は何をしているのですか?」
「ん?普段か。」
私と同じでゲームかアニメかで過ごしているのかな。
「ふむ、まず朝起きて朝の鍛錬から始まる」
えっ!
「その後、山中を走り滝打ちをする」
ふあ!
「日が昇ると剣の稽古をし、再び山中を走り、滝打ちをする」
はい?
「それから、剣の稽古をし、夜の務め果たす」
……成りきってやがる!
天狼さん!あなたの素の話ですよ!
仕方ない。
一度役に入ればなんてやらだ…
「えっと、天狼さんは稽古をしているのですね」
「そうだ、私は皆の師として稽古しているのだ」
「師って師匠のことですか!すごいですね!」
「うむ」
天狼さんが言うと、本当に想えるからすごい。
「えっと私は、普通にアニメとかゲームとかして過ごしています」
私は、手持ちバックから携帯を取り出してからアニメ画像を見せた。
「こんなのとか、こんなのとか好きです」
異世界ものアニメとか、色々なアニメ画像を天狼さんに見せた。
「ほうこれは、あにめと言うのか?面白いな」
天狼さんの反応に少し驚く。
まるで、アニメを見たことがないような反応だったからだ。
役に成りきっているからそう反応なんだろうけど…
まさかね。
「良かったらアニメを見ます?1話ぐらい見れるかも」
「あにめを見れるのか?」
「いいですよ!どれがいいですか?」
携帯を見せて選んで貰う。
「すごいな絵が動いているぞ!声も出るのか?」
「…そうですね」
始めてみた様な反応。
天狼さんは楽し気に携帯にくいついて見ていた。
興味深々に私に聞いてくる辺りがしっくりくる所がある。
年上だからかだろうか。
20代にそこそこに見えるし、肌つやもまだまだ若いし、肌白いし。
化粧しているから?
ぴと。
指でつんしてみた。
ふにふに。
ほっぺたの肌の感触。
化粧はしてなさそうだけど…
カラーコンタクトはしているけど。
銀髪は染めているぽいし。
でもなんだか違和感がある。
銀色の獣耳はある。
じゃあ、銀髪に隠れている耳は?
耳を探そうとしたら急に手を掴まれた。
紫色の瞳と目が合う。
「え?」
「くすぐったいぞ」
天狼さんに手を掴まれて、微笑みかけられた。
「私ったら!あの、その、えっと、ああのすっすみませんでした。かっか勝手に触ってしまって!」
顔が近い!
「私が気になるか?」
ふひゃああーー!
「いいや、その、ちがっう、あのでも」
しどろもどろになってしまう。
「私の何が知りたい?」
天狼さんは掴んだ手を自分のほほに当てた。
ふんにゃーー!
ようやく冷めた身体が再び一気に沸騰した。
天狼さんの柔らかな肌が手に染み込んでいく。
やわらかい!やわらかいぞ!やわやわやわーー!!
「うん?」
「えっとその……」
じりじりと迫られて後ろに身を引こうとした時、手持ちバックに身体が当たった。
一瞬、あることを思い出した。
「ええと、そう!くじ!くじです!くじ!」
「くじ?」
「そうです!くじは何でした?」
私は、手持ちバックからくじを取り出して、天狼さんに見せた。
「ああ、そういえばあったな」
天狼さんは着物の袖からくじを取り出した。
くじの内容は。
蜘蛛の絵だった。
あれ…これどっかで…
「そちらはなんだ?知らない物体だな」
「私のはゾウリムシですよ。微生物です」
「びせいぶつ、ってことははずれか?」
「そうみたいですね」
「そうなのか…」
「そうですね…」
しまった!話が終わってしまうじゃないか。
「あっでも、天狼さんのくじはまだチャンスはありますよ」
「まあ、蜘蛛だからな」
「?…探さないですか?」
「あんまりこうゆうのは好みではなくてな、同じくじを引いた者には悪いが縁がなかったと思ってもらいたい。」
えっなんか意外。
でも、気持ちは分かる。
あんまり乗り気ではないのは私も同じだ。
そういえば、蜘蛛のくじどこかで…
…………………あっ
カエルだ。
タッパーガエルだ!
脳内に着ぐるみのカエルを思い出した。
今も料理を取っているんだろうか?
「あの!天狼さん」
「うん?どうした」
「よろしかったら…カエルさんに会ってみます?」
天狼さんに、タッパーガエルのことを話した。
天狼さんは、せっかくだからと理由に会うことにした。
会場内に戻り、私たちはタッパーガエルを探した。
熱気がある会場は少し気後れしてしまいそう。
ああいたいた!
タッパーガエルは、今も料理をタッパーに詰めていた。
ウィンナーを詰めているようだった。
会場内の料理を片ぱっしに、詰める気なんだろうか?
「カエル殿、少し良かろうか」
天狼さんはタッパーガエルに話しかけた。
タッパーガエルはこちらを向いた。
異様にちょっと怖い。
自然と天狼さんの近くに寄る。
天狼さんは、くじをタッパーガエルに見せた。
すると、タッパーガエルは天狼さんの両手を掴んだ。
うお!
なんだか、嬉しそうだ。
天狼さんは少し戸惑っていた。
大丈夫かと私に目配せしていた。
たぶん、大丈夫と私は少し頷く。
天狼さんは、そのままタッパーガエルに連れて行かれた。
きっと、例の受付だろう。
紹介したのは、私だがちょっと気になる。
天狼さん大丈夫かな。
あんまり、乗り気しない人みたいだし…
大体、タッパーガエルの中の人は、女性なのか男性なのか分からない。
カエルだから、大丈夫なのかな。
私は、そう思いながら後ろから様子を伺っていた。
しばらくすると、天狼さんは戻って来た。
天狼さんは、腕を組んだ。
「なかなか、苦労が多いカエル殿だな」
「ふあ!話したんですか!」
「うむ」
いつのまに…
「でっででで!どうでした!」
「そうだな…意外といい奴だったな」
「まとめ過ぎて分かりませんよ!」
「なら自分から話しかけるんだな」
「な!」
天狼さんは意地悪です。
話しかけなかった、自分が悪いけど。
「ところでカエルさんはどこに…」
「ああ、ほらそこ」
天狼さんの視線が、バイキングほうを見て言った。
ああーまた取ってるし…
食料を取っている時点で、苦労しているのは分かる。
期会があったら話しかけてみようかな…
そう思った時、急に目の前が真っ黒になった。
「ひゃあ!」
会場内の電気が、一気に落ちたのである。
会場内に携帯の光が飛び交う。
何事かと周囲は慌て出したが、一時的の事だった。
ただの停電か何かだろう。
そう思ったのは、言うまでもない。
だが、そばにいた天狼さんは違っていた。
私は携帯を取り出そうとしたが、強い力で腕を引っ張られて取り出す暇もなかった。
その力強さに息をのんだ。
さっきとは違って穏やかな天狼さんではなくて、何かに急いているようで怖かった。
天狼さんは、携帯も持たずに暗闇を歩き出した。
周りの携帯の光だけでは、誰かにぶつかりそうなのに天狼さんは、まるで見えているようにずんずんと歩く。
「天狼さん?」
いったい、どうしたの?
まさか、暗がり怖いわけがないだろうに。
天狼さんに、引っ張られながら歩んで行くと人の声とは違う声がした。
犬のうなり声だった。
その声は、周囲の人たちにも聞こえたようだった。
犬を連れているのだろうか?
それも一匹二匹ではないようで、あちこちから聞こえた。
その異様な、うなり声におもわず声をかけた。
「天狼さん!」
「すまない、巻き込んだな。だが、お前は私が守る」
「え?」
そんな急に何かある、プラグ立てないでくださいよ!それに、守るなんて一度は言われてみたいランキング十位に入るものを言われても。
突然壇上のライトだけが点いた。
「ああやっぱり、停電じゃなくて出しものだったんだ!」
舞台の上には、真っ白いウェディングドレスをまとった人が立っていた。
真っ赤なバラのブーケを持って壇上にたたずんでいた。
今から結婚式でも始めるのかな?
ベールで顔は見えないが、きっときれいな人なんだろうな。
周囲の人たちも、その花嫁のたたずまいに見とれていた。
「天狼さん、きれいな花嫁さんですよ!」
天狼さんに、声をかけても彼は気にせず歩いている。
彼は、檀上の方へと向かっていた。
真近で花嫁さんを見たいのかな?
………くすっ
……………………くすっ
…くっふ
ふふふっ
花嫁さん笑っている?
なんだか不気味な笑い方。
………ふっふっふふふ
……うふっ
…わたし…きれい
その最後の言葉に、背筋がぞくりとした。
小さく呟いただけなのに、会場内に響いた。
なんて冷たい声なんだろう。
この場いる誰もがそう思っただろう。
この花嫁、不気味すぎる。
固唾をのんだ瞬間だった。
この場の空気に耐えられなかったのか、男が声を上げた。
「おーい!出しものするならさっさと出せや!」
一つ声を上げれば、周囲の人も声が上がった。
「そうだそうださっさとしろや!」
「早く!」
「早くしろ!」
そんな声出た時。
花嫁の様子が変わった。
ブーケを落としたのである。
真っ赤なバラが弾けた。
熟れた果実が潰れた様な音がした。
花嫁の白いドレスに、赤いインクが弾けたようになってしまった。
バラだけでそんなになるだろうか?
なんだか嫌な感じする。
天狼さんは、急に立ち止った。
その立ち止りに、天狼さんにぶつかってしまう。
うぐっ!
「ごっごめんなさい!」
「いや、こちらこそ本当にすまん。せっかくの宴を壊してしまったな」
優しい言葉をかけてくれるが、どこか落胆しているような声だった。
「天狼さん?」
暗闇のせいで、天狼さんの表情が見えなかった。
代わりに見えたのは天狼さんの大きな手が見えた。
「えっ?」
大きな手で目を覆われた。
「目を閉じておいてくれ、なにか聞こえてもふさいで無視してくれ。自分はただの石だと思ってじっとしてくれ」
天狼さんは、私の手を取って私の耳を塞がらせる。
「おまえは良い子だ」
その言葉を最後に耳を閉じた。
目と耳を閉じた状態で、嗅覚と感覚とだけが残った。
それは天狼さんのにおいと、抱きしめられた感覚だった。
背中に暖かなぬくもりが感じたからだ。
だが、それも一瞬のこと。
ふわりとした心地いい感覚は消え、今は肌に着く冷たい空気を感じる。
寒い。
あれだけ熱気があったのに肌が痛いほど寒い。
いったい何が起こっているのだろう?
天狼さんにじっとしているように言われたが…なんだか変だ。
どうして私は、こうしているのだろう?
別にしなくても、良かったのはないのだろうか?ただの出しものにどうして見てはいけないの?
謎。
目を開けようと思ったが瞼が重く感じ、開けるのをやめた。
いい子はちゃんと言う事聞かないといけないから。
いい子。
いい子?
そういえば、私は悪い子だ。
だって私は親に黙って合コン来てるし、しかも高校生なんだけど。
やばくね。
バレたらやばくね。
ちょっとぐらい見てもいいよね。
悪い子だし。
そう思ったら、チカっと光った。
瞼は閉じていたのに光ったような気がした。
私は瞼を開けた。
会場内は、明かりが点いていた。
点いていたこそ驚いた。
目の前には、真っ白い女の人がいた。
あの花嫁が私の目の前いる。
顔が近い。
肌は血が通ってないような真っ白く、唇には真っ赤な口紅が塗っている。目には虚ろな眼でとても冷たい、目の前に私がいるのに私が映っていない見てはいない。
生きている感じは、無くまるで人形だった。
マネキンが目の前にいると思っていいだろう。
呼吸がまともにできないほど、目の前の人がどうしょうもなく怖い。
金縛りにあったように身体が動けなかった。
「……わたし…きれい?」
花嫁は真っ赤な唇をピクリとも動かさず声を出した。
耳を塞いだはずなのに聞こえた。
その異常さに後悔した。
見るんじゃなかったと。
すると花嫁の真っ赤な唇の端から、ひたっと赤い液が垂れた。
「ねえ、わたしきれい?」
もはや、耳を塞いでも聞こえてしまう、その問いに私は答えた。
うそをつく暇なんかない。
逃げ出したい衝動で答えてしまった。
「きれいよ」
………ニタァ
人形のようだった女の無表情の仮面が割れた。
笑った
赤い唇が裂けるほど、女は笑った。
パックリと耳まで裂けるまで。
裂けた口から赤い液体が垂れて、真っ白いウェディングドレスを汚していく。
赤い液体が飛び散り、私の顔にピタピタと付着していく。
その赤い液体は、とても生臭い臭いがした。
どろどろしていて赤黒い。
ああーこれは。
だがもう遅い。
喰われる!
反射的に目を閉じた。
痛みに身構えるがその痛みは来なかった。
「じっとするよう言ったんだが、全く悪い子だ」
その声を頼りに目を開けると、天狼さんの困った表情が見えた。
でも、どこかしら安堵のしたような表情でも見えた。
私は天狼さんの腕の中にいた。
正確には天狼さんの片腕の中にいた。
天狼さんのもう片方には、太刀が握りしめられていた。
さっきまで太刀なんて持っていなかったのに、今はしっかりと握りしめていて、その太刀は血で濡れていた。
天狼さんの着物にも血がついていた。
そんな天狼さんの様変わりに驚いた。
「ひっ!」
驚いて暴れようとしたが天狼さんに力強く抱き込まれてしまった。
ぐるし。
片腕だけで苦しかった。
ぐえっ
暴れれば暴れるほど苦しくなる。
でも分かっていても、怖くて仕方なかった。
「いっ!」
「灯花、私が怖いか?」
そんな言葉に戸惑った。
どうしたらいいのか、わからなかった。
「ひっ…いっ」
泣きじゃくる私に、天狼さんは顔を近づけた。
覆いかぶさるようにゆっくりと近づいて、私のほほをぺろりと舐めた。
「ひゃあ!」
熱い吐息と、舌の感触が肌に伝わった。
恐怖が吹っ飛ぶほどの衝撃だった。
顔が熱くなるのが分かった。
私の、その様子に天狼さんはふと笑った。
けれど、その笑みはすぐに消えた。
鋭い瞳になって真っすぐ前を見ている。
私達の前には、花嫁が暴れているのだ。
天狼さん以上に異常な者。
たとえ美しく着飾っても、中身は怪物であることは変わりない。
「ギィガアアアアアーー!」
女が顔を両手で塞いで叫ぶ。
女の手が異常に大きく指が長く、爪が針のように尖っていた。
ウェディングドレスは血で染まっていて、女が暴れるほどドレスがぼろぼろになっていく。
その様子に、私は天狼さんに自ら抱き着く。
これは、見てはいけなかったんだ。
天狼さんの言う通りに、石のようにじっとしていれば良かったんだ。
でも、後悔しても遅い。
異常は目の前にある。
会場内には、多くの人がいたが今はいなくなっていた。
華やかだった周囲は荒れていて料理や食器類が散乱していた。
長いテーブルがひっくり返るほど暴れたんだろう。
今、私達の前には花嫁がいる。
だが、ただの花嫁ではない。
花嫁の顔は、ひどく口が裂けている。
口裂け女。
都市伝説だった話が、目の前で起こっていた。
そして、私たちの後ろには何人か人が立っていた。
人と呼べるだろうか?
彼らは獣の耳と尻尾を持って異様な立ち振る舞いだった。
そう彼らは、人狼だったのだ。
私の隣にいる天狼さんと一緒の人たちが後ろにいた。
皆手元には刀を持ち、口裂け女と対峙していた。
「いい女が台無しだな!こりゃあ!」
カウボーイ姿の男性、見覚えがあった。
「さっさと終わらせようぜ。」
灰色の髪でヤンキーみたいな人だ。獣耳に銀のピアスしてる。
「男が逃げちゃったじゃないの!どうしてくれんの!」
大胆に胸元が開いているメイド服を着ている金髪の女性。肩に掛かるくせっけが強い髪を払った。
「………腹減った」
狼の着ぐるみを着ている。
「天狼様いかがなさいますか?」
黒スーツの男性は久遠さんだった。
「皆好きなよう…」
天狼が答えた。
「喰え」
その言葉が引き金だった。
一瞬だった。
瞬き一つで花嫁は散った。
叫ぶ暇なんかなかっただろう。
四肢を割かれ中から臓物が出てきた。
臓物の中から怪しく光るモノが出てきた。
「ギチギチギチギチ」
ムカデの様な形で先端には蛍の様な光を放っていた。
その虫は1mぐらいの大きさだった。
あれが女の腹の中にいたのかと、気持ち悪さがいっぱいになる。
「天狼様、膿蟲が出て来ました。」
久遠さんがそう言うと。
「小物だな。」
天狼は言い返した。
「親じゃない…つがいの片割れか」
灰色の髪の人が口元に付いた血を舐めながら言った。
「また厄介な」
ため息交じりにぼやきながらカウボーイハットを被りなおす男性。
「お前たち詮索は後だ」
天狼さんは私を放した。
私の後ろには金髪メイドさんが立っていた。
「すぐに終わるから…ね」
金髪の女性は、ウインクをしながら言った。
天狼は膿蟲の前にした。
太刀を構えなおし、銀色の筋が通る。
「血を啜れ(すす)、肉を齧れ(かじ)、骨を絶て、御霊は死に帰れ」
一線が走った。
膿蟲が真っ二つになり、黒い液体が飛び散った。
天狼は太刀に付いた液体を飛ばし、懐から懐紙を取り出した。
「もう大丈夫よ、お嬢ちゃん」
金髪メイドさんは、そう私に言ってから自分が持っていた刀を鞘に納めた。
「じい様も隅に置けないなあ…」
「……物足りない」
カウボーイの男と狼の着ぐるみの人も、刀を鞘に納めこの場を立ち去った。
「灯花」
名を呼ばれて振り向くと、天狼さんに再び優しく抱きしめられた。
「怪我はないか、すまんな怖い思いさせてしまったな。こんなに震えさせてしまった。本当にすまなんだ」
天狼さんのその優しさが身体の隅まで入り込んだ。
ポロポロと涙が出てきて、止まらなかった。
「うっ…ひっ…く」
じわりと温かさが広がる。
「…天狼様」
久遠さんが呼びかけるが。
「よい、後は私がする。お前たちは件のことを頼む」
「御意」
天狼は太刀を国光に渡し、灯花に向き直った。
この場にいた者は、私達を置いて去って行った。
「まさかあの暗示を解くとはな…だが、この術は解けまい」
「天狼さん?」
天狼さんの様子は、涙でよく見えない。
だけど、天狼さんの声はよく透き通っていた。
「今宵の逢瀬は楽しかった。宴は残念な形となったがこれも私の運命。次に目覚めた時には現になっているだろう、悪夢はここで終わる」
「え?それっ…ひゃ!」
それどういう事ですか!と言おうとしたが、突然首筋を舐められた。
「許せよ、これは対価だ。私に見初められたのが運が悪かったな」
「あっ!」
首筋に痛みが走った。
その痛みは、一瞬の事で次第にそこから熱を帯びた。
私今何されたの?
身体が熱くなっていく。
上手く身体が動けなくなって、足に力が入らなくなった。
倒れこむように身体が崩れた。
天狼さんに支えられてゆっくりと床に崩れた。
身体の感覚がおかしくなっている。
しびれたように指先の感覚が無い。
何が何だか分からなくなった。
ただわかるのは私は今、天狼さんに食べられていることだけがわかった。
「…ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ…」
そんな声が頭に響いた。




