長い帰り路(その8)
私は、黒塗りの車の中で、国光さんに怪我を治療してもらっていた。
あちこち打ち付けていて、ひどい痣だらけだった。
先ほど首を斬りつけられてしまい、結構な血が出ていた。
見た目ほど、ひどくはなく傷は浅かったが、化け物の相手をする武器で生身の人を斬ることは、紙を切ることと等しく下手したら首が斬り落としていたそうだ。
そのことを国光さんから聞いて、ゾッとした。
あの人は、本気で殺すつもりだったことに驚いた。
国光さんに言われた。
人狼でも、誰にでも優しいわけではないと。
人ではない分、安易に正体を晒すわけにはいかないこと。
国光さんに謝罪されつつも、心が痛かった。
車の外から、オオカミの遠吠えが何度か聞こえた。
窓から外を見ると、大型犬より一回り大きいオオカミ達が集まっていた。
こうして見ると、まるでサファリパークみたい。
一匹のオオカミがライオンに見えてくる。
みんな、りんさんの帰りを待っているのかな…
頑張って幽世を抜けたんだから、助けだってちゃんと呼んだんだから。
帰って来てよね、りんさん…
私が幽世を出てから、随分時間が経つ。
あちらとこちらでは、時間が違うらしい。
幽世は時間が歪みやすく、いつこちらに側に帰ってくるか分からないらしい。
それでも、帰ってきてほしい。
ひたすら祈った。
すると、車の外からオオカミ達の騒ぐ声が聞こえた。
帰って来た?
窓から外を見ると、オオカミ達が一斉にどこかに駆けて行った。
「国光さん!」
「どうやら、戻って来たようですね」
「っ!!」
私は車から出て、オオカミ達の後を追った。
途中、こけそうになりながらも走った。
「みんな、早いよ!」
もう置いて行かれそう…
私の走りが遅かったのか、国光さんが私に追いついてしまった。
「ご無理をしない方がよろしいかと…これ以上は貴方が倒れてしまいます」
「でも!で、でも!りんさんが!」
早く行かないと!
「…わかりました、貴方の足では時間が掛かります。……失礼」
「わあ!」
ひょいっと国光さんの腕一つで抱え上げられた。
国光さんは、早足でオオカミ達の後を追った。
国光さんの歩みは早かった。
私達は森の中に入り、落ち葉の絨毯を早足で駆け上がった。
国光さんすご!
すいすいと山道を登るから、さすがは山犬。
私だったら、絶対どこかで転ぶ。
いくら地元の森でも、ここまで山を登ってきたことはないから知らない道ばかりだった。
山道を進むと道が整備された道路に出た。
あれ、この道。
どこかで見たことがある道があった。
確か、幽世で見た森の道だ。
あの時は、鉄網で道が出来ていたけど、この道はコンクリートで固められた道だった。
道を通っていたら、マンホールを見つけた。
普通のマンホールだ。
国光さんはそのマンホールを踏んでも何ともなかった。
終わったんだな…
あの女の子、いい所に行けたらいいな…
この月夜と森の道路とマンホールがある景色を少しだけ覚えていおこうと思った。
いつか忘れるだろうけど、今だけはこの終わる思いを味わいたかった。
道路を突き進むと、オオカミ達が集まっていた。
オオカミ達が囲む中で男性の声がした。
「やっぱ、下水はくっせーなあー!早く風呂に入りてぇー!」
「同感」
道路に設置されていた、マンホールの蓋が開いていて、そこから二人ほど男性が出て来ていた。
そして、後から出てきた彼の姿を見た。
私は国光さんから降りて駆け寄った。
「りんさん!」
「えっ?うおっ!!」
抱き着くようにりんさんのそばに寄った。
りんさんは、血だらけでぼろぼろだった。
「りんさん!りんさん!りんさん!」
「わあ!落ち着けって!灯花!」
これが落ち着いてられるか!
「ばか!ばか!ばか!ばかあ!」
「えぇ!今度は罵るのかよ!」
「ほんとにばか!私がどれだけ心配したか!ばかあ!」
「悪かった、悪かった…ほんとに悪かったな」
頭を強く撫でられた。
髪の毛ぐしゃぐしゃになったけど、気にしなかった。
すると、背の高い男の人が言った。
「なに、あんたらそんな関係?」
「正俊、ここは気を利かせるべきでは?」
「なっ!ちっ違いますよ。」
慌てて言った。
その時に顔が赤くなるを感じた。
「そうだよ!ちげーよ!そんなんじゃねーよ…」
りんさんはぷいっとすねたように言った。
「勝馬さん、聞いてくださる。この子ったらいい歳して中坊並みにいじけてるわ!」
「あら正俊さん、仕方ないんだ、ろくな青春を送れなかった末路だ。可哀そうに…」
「うるせっ!」
近所の奥さん風にボケをかます、男二人にりんは一喝する。
それを見ていた、オオカミの一匹はぺろりとりんのほほを舐めた。
「同情されたくないんだけど!」
二人の男はりんの様子に笑った。
オオカミ達も尻尾を振っては楽しい様子だった。
りんは怒っていたが肩を落としていた。
「たっくよ!人の恋路をなんだと思って…」
「こいじ?」
「うるせーよ!」
また、バサバサと頭を撫でられた。
「わあ!」
あっそういえば!
「りんさん!大怪我してる!早く病院に行こう!はや、ひゃあ!」
後ろから、ぐっと抱きしめられた。
えっ?
「天狼、さん?」
匂いと見たことがある腕が見えて、なんとなくわかった。
腰に回された腕がしっかりしていて、りんさんから放された。
「えっ?えっ?天狼さん?」
なんなの?
天狼さんの顔が伺えない。
なんだかいつもの天狼さんじゃなくて、とても暗い雰囲気を帯びていた。
りんさんから放されて、さっきまでの楽しい空気がガラリと変わった。
変に静かになった。
風が吹いて、落ち葉がぱらぱらと鳴り響いた。
「灯花…すまない」
「えっ?何のことですか?」
天狼さんもりんさんを助けに行っていたなんて、知らなかった。
頭の中はりんさんのことばかりだったから、助けに行ったのは、山犬の誰かと思っていた。
だから、天狼さんには今回の事は関係がなくて、そんな悲しい声で言う必要もなくて…
「…あの、天狼さん?」
どうして、私をりんさんから引き離すの?
オオカミ達や男性達でりんさんが隠れてしまった。
「天狼さん?どうしたんですか?」
何も言わない天狼さんに不安を感じた。
「本当にどうしたんですか?天狼さん!何か言ってください!」
「……お前を巻き込んだのはこの私だ。だからこそ、お前には負い目をおわせたくない」
「何を言って……。」
「りんを助けることはできなかった」
「えっ…」
何を言っているのかわからなかった。
国光さんが先ほどまで持っていなかった刀を手にしていた。
鋭く光る刃に嫌な予感がした。
「そんなこと、ある、はず…りんさん…普通に話をして……」
そう普通に話をしていた。
大怪我をしていて、たくさん血を流していたんだ。
今でも死にそうな荒い息をして………いなかった。
「えっなんで…うそですよね。そんなことあり得ないですよね。だって、それじゃあ……死体が動いていたなんてこと…」
そんなことあり得ない。
「うそですよね…うそですよね、天狼さん。私、それじゃあ…まに…」
間に合わなかった。
そう言おうとして、言えなかった。
ぎゅっと私を天狼さんが力強く抱きしめられたから。
そんなのってないよ…
ああでも…そいうことか。
私は保健の先生のことを思い出した。
先生は化け物になった娘さんにどうしてあそこまでしたのか、わからなかったがようやくわかった。
娘さんは、生きてるように動いていたのだろう。
普通に会話して、過ごしていたのだろう。
でも、すでに死んでおり、膿蟲に寄生されているから化け物になった。
地獄蟲がどれだけ残酷なモノかわかった。
「…天狼さん、私を放してください。」
天狼さんは私をずっと抱きしめたままだ。
「天狼さんってば!放して!放してってば!」
私が叫んでも聞いてはくれず、もがくとますます抱き込まれた。
「りんさん!りんさん!りんさんってば!」
ぽたぽたと涙が零れた。
自分がどうして泣いているのか分からなかった。
「天狼さん………天狼さんは、私の味方?」
ぽつりとこぼした。
「……無論」
「だったら!りんさんを!助けてください!天狼さん。」
天狼さんは私の瞼から落ちた涙を掴んで言った。
「わかった」
天狼さんは私を放した。
…!!
一気に身体が軽くなった。
天狼さんは懐から、小太刀を取り出して投げた。
カッキーーン!
金属に当たった音が響いた。
小太刀に当たったのは国光さんが持っていた刀に当たった。
刀は国光さんの手から離れて飛んで、離れた所でコンクリートに刺さった。
「どういうつもりですか?天狼様」
「…お前たち下がれ」
「ですが!!」
「下がれ!」
「っ!!」
皆が一斉に下がった。
目の前が広がり、りんさんの姿が見えた。
青白く、目が虚ろの死体があった。
もう、生きてはないんだ…
でも。
私はりんさんに駆け寄った。
「りんさん!」
「お前、バカだろう」
「…………。」
「もう、分かっているんだろ?俺は…」
「りんさんは、立派な山犬でしょ!すごくカッコよかったよ!」
「っ!!」
りんさんの瞳が大きく見開いた。
「助けてくれてありがとう!」
私はりんさんを抱きしめた。
りんさんは暖かった。
「やっぱ、お前…まな板」
「…………。」
「ひっうそです、うそです、そんな顔するなって!首を絞めようとするな!ぐうえっ!」
「あっ私ったら…」
うっかり殺しそうになった。
あっでも、死んでいるっけ。
「おおおまえ!こえーぞ!俺死んでいたからよかったものの、人を殺しているぞ!」
「りんさんが、一番失礼なことを言ったからです。よかったですねー死んでて」
「おまっその目やめろ!そして、俺の身体を殴るな!」
私は半目でりんさんの身体をぐーで殴っていた。
死んでいるから、痛みなんてないだろ。
「サンドバックやめろー!やめろって!灯花様やめてください!」
「最初から、その口の利き方をしてください!」
「恐怖政治かよ!」
「ぶっうはははは!」
「笑う事かよ!でも、くっはははは!」
自分でもびっくりするぐらい笑ってしまっていた。
「…っ!」
いきなり、りんさんの腕が伸びて来て、抱き寄せられた。
「…お前が無事で良かった。ありがとう生きてくれて」
「うん!」
りんさんの重みを感じて、異変に気付く。
りんさんの身体が小さくなっているようだった。
あれ?
そう思った時には、りんさんの身体はオオカミの姿になっていた。
亜麻色の毛並みですごくふさふさしていた。
「あれ?りんさん?…りんさん!りん、さん…りん」
そして、りんさんはそのまま眠ったように動かなくなった。
天狼さんはオオカミ姿になったりんさんに近づき、ひと撫でしてから、りんさんが負った傷に手を差し入れた。
「…つ!」
驚きの光景だったが、これは意味がある行動だと思った。
天狼さんが掴みだしたのは、膿蟲だった。
ひと拳ぐらいある真っ白な幼虫だった。
奇妙な触手が何本も生えていて、とても気持ち悪かった。
天狼さんはその膿蟲を青い炎で燃やした。
一瞬で燃えて、灰になった。
「…………。」
どうしようもない気持ちが溢れて来た。
私は、りんさんに抱き着いて泣いた。
本当に立派な山犬だった。
とても、カッコよかったよ。




