長い帰り路(その7)
天狼がたどり着いた所は、体育館ほどの広い場所だった。
地面には模様が入ったマンホールの蓋が複数にあった。
「なるほどな…」
ここで、マンホールから堕ちて来たものを喰っていたのだろう。
ここから出れなくなるほど、肥大してしまったから、親蟲はここにいる羽目になった。
だとすると…
もう一体の膿蟲はおとりだったのだな。
「だとしても、一石二鳥だな」
親蟲と膿蟲どちらとも滅せることができる。
いつも膿蟲ばかり出て来ては、親蟲は逃げてばかりだ。
こんな機会そうそう無いだろう。
黒蟲が親蟲の周りに湧き出した。
天狼は太刀を構えなおして、肥大した親蟲と対峙した。
ギギィギギィイイイイーー!!
長い触覚を振り回して来た。
身軽にかわして、隙を見て親蟲の触覚の片方を斬り倒す。
「うん?これは、硬いな…さすがの、りんだと苦戦するな」
「それを斬って言いますか。天狼様」
後ろから男の声が聞こえた。
「その声、正俊か」
黒服姿の背の高い男は刀を持って湧き出した黒蟲の群れを一気に斬った。
「りんは、どうした」
天狼が言うと、正俊は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「そうか…」
今の反応を見てわかった。
沁み渡る痛みが走る。
「ちょっと!待ってくれよー!じいちゃん!」
「っ!!」
いきなり、りんの声がして驚いた。
「りん!」
りんは負傷していた。
それでも懸命に折れた刀を持って戦っていた。
「りん!」
「じいちゃん!そんな顔すんなって!俺は大丈夫だから!」
その言葉に情けない姿は見せられないなと思った。
「ああ分かった!この天狼!お前と番いとなる!」
「そう来なくちゃ!じいちゃん!」
りんは嬉しそうに笑った。
「天狼様の足引っ張るなよ!りん!」
「言われなくても!勝馬兄貴は引っ込んでくださいよ!」
黒服姿の男は黒蟲をかわしながら、鬼火を放った。
青い炎は黒蟲を一瞬で灰になり、親蟲の足元を焼いた。
「なんだって?」
勝馬はりんを見下ろした。
「うそうそ!すみません手伝ってください!」
「わかればよろしい。」
りんが慌てて勝馬に謝罪をした、あれだけの強い火炎だ。
力を貸してもらわなくてはな。
正俊は頭を掻きながら言った。
「あれ、何て言う虫だっけ?」
りんが答えた。
「カミキリムシっすよ!」
「ああ、あれって焼くとうまいんだっけ?」
「食うっすか!」
「ほら前に、誰かが揚げたらうまかったって言っていたぞ?」
「よく腹を下さなかったな…俺はお断りだ」
勝馬が嫌そうに言っていた。
天狼はそんな会話を聞きながら、目の前の親蟲とその後ろに鎮座する膿蟲を見た。
「お前たち、話は終わりだ。…りん!お前は親蟲を討て!正俊、勝馬はりんの援護を。私は膿蟲を討つ」
「わかった!」
「「承知」」
りん達の返事を聞いた。
天狼は気を引き絞め、太刀の先を鎮座する膿蟲に定めた。
山犬は、夜の仕事には必ず、二人で組まないといけない。
それは、誰が決めたのかは俺は知らない。
でも、バカみたいに前しか見ない俺にとっては、すごく安心できることだった。
俺の足を止めてくれる番いが何より欲しかった。
それでいて、天狼様と番いになれたことは何より自慢だ。
だけど、ホントに俺で良かったのかはわからない。
今想えば、俺よりましな奴はいくらでもいたはずなのにな…
ホントの俺は、すごくだっせー奴なんだ。
ごめんな、じいちゃん。
そんな想いが、心の中で響いた。
「りん!」
名前を呼ばれてはっとする。
じいちゃんが俺を呼んだ。
「りん!お前は親蟲を討て!」
「…わかった!」
ダサくても山犬であろう。
そう思った。
「りん!俺の刀をやる。それで討て!」
刀が飛んで来て、驚いた。
「あっぶね!勝馬兄貴は!」
「俺を誰だと思っている?俺の鬼火で十分だろう!」
「かっけーな!勝馬は!じゃあ俺のバスターブレイドで応戦してやる」
正俊兄貴は相変わらずだ。
俺は目の前の親蟲を見た。
「さっきはよくも俺を振ってくれたな!だがもう逃がさないぜ!きっちり受け止めてくれよ!」
刀を握りしめ、刃の先を親蟲に向けた。
親蟲はバタバタと暴れて、青い炎を消そうとしていた。
触覚の片方はじいちゃんが斬ったが、もう片方は鞭のように暴れていた。
あれは邪魔だな。
ギギィイイイイー!!
鞭のような触覚の動きを見て、小さく身を縮めて鞭に当たらないように親蟲の隙間に入って、親蟲の前足を斬った。焼けてだいぶ、もろく斬れた。
前足が斬れて、動きがのろくなったが、親蟲の鋭い刃が俺に向かって襲ってきた。
間一髪で正俊兄貴の刃で抑えてもらっていた。
ああっぶね!
「ほんと、世話が焼ける弟だ」
「うるせーよ!」
弟と思われてちょっと嬉しかったのは内緒。
「正俊!」
勝馬兄貴が呼んだ。
「あいよっ!」
正俊兄貴は親蟲の頭を上へと蹴り上げた。
その瞬間に、青の炎が親蟲の懐に入り、腹を焼いた。
「りん!」
正俊兄貴の声でどこを斬るべきかわかった。
親蟲の腹を下から裂いた。
そして、邪魔だと思っていた。
親蟲の上に登って、触覚をついでに斬った。
刀が折れるか、イチかバチかと思ったが上手く付け根を斬れた。
斬れたあとは、最後の俺の鬼火で親蟲を燃やし尽くした。
ギギギギィイイーー!!!
最後は徐々に灰になっていく、蟲を見届けながら刀を落とした。
膿蟲は、死体に宿る。
天狼は、目の前の女性を見た。
両腕を無くしていた。
女性は人形のようにずっと立ちっぱなしだ。
瞳は虚ろで何も映っていない。
「あ……あ………ああ、あああ…あ、あ」
死体が喋るわけがない。
これは、魂からの叫びだ。
膿蟲の匂いがした。
一番濃い匂いがする所が、宿っている箇所だ。
膿蟲の大きさはそれぞれだが、器に合わせて入っているため、斬りづらい所が多い。
この女性の膿蟲はうなじにいるみたいだな。
ならば首を斬るのみ。
太刀を構えると女性は動き出した。
無い腕から黒い液体を垂れ流し、薄くて小さな金属をパラパラと落とした。
体内から金属?
「ああ、……ああ、あああ…あああーー!!!」
女性は泣き叫んでいるようだ。
女性は勢いよく黒い液体と薄くて小さな金属を飛ばした。
天狼は太刀で叩き斬ったが、いくつか逃してしまう。
肌を少し切る程度で、治まった。
天狼は薄くて小さな金属をつまみ見ると、どこかで見たことがある刃だった。
ひと刃だけでも、十分切れがよくて、少し力を入れただけで肌が切れた。
「あ、ああ、あ、あああーー!!!」
再び飛ばしてくる小さな刃を今度は、鬼火で燃やす。
青の炎で金属が一気に溶けた。
威力は先ほど変わらず、弱く感じた。
だが、人一人殺せるだけの能力は十分にある。
「……己を責めるのはもう十分だ。」
太刀を構えなおして、天狼は言った。
「血は啜れ、肉は齧れ、骨は絶て、御霊は死に帰れ」
「あ、ああ。」
一線を描くように太刀を振り下ろし首を斬った。
同時に膿蟲の首も斬れた。
灰が舞う空間で、女性の声がした。
最後の言葉でもあり、無念の死への思念でもある。
「…私が、悪いんです。私の悪い癖が悪いんです」
やはり、この女性は己を責めていたのだな。
「………ごめんなさい。私が悪いんです。私がもっと…いい母親に…」
女性の声はパタリと止まった。
そしてそのまま、灰と共に消えて行った。
死してなお、救われぬのだな…。
我々が出来ることは、繋がりを断ち切ることだけだ。
「じいちゃん!」
名を呼ばれて、振り返る。
あちらも終わったようだ。
正俊に肩をまわしてる、りんを見つけた。
「よくやった、りん!」
「じいちゃんも!」
「正俊、勝馬もよくやった」
「天狼様に比べたら、まだまだですよ」
「そうです」
三人とも、ぼろぼろだ。
「お世辞はいらんぞ、私もこのざまだ」
あちこち、着物が切れている所があった。
私もまだまだだな…
「さて、我らも帰ろうか」
天狼と人狼たちは、崩れ行く世界を見た。




