長い帰り路(その3)
りんさんは、私から唇を離すと言った。
「これ以上、されたくなかったら…言うことを聞け」
さっきまでの甘い笑顔ではなく冗談抜きの真剣。
確実に脅しに来ていた。
彼は、瀕死の状態だ。
息が荒いのは、血をあまりにも流しすぎたため。
私は血の味を噛みしめながら、従うしかなかった。
「わ、かった」
「いい子だ」
りんさんはうめきながら、私を放した。
私は変に冷静だった。
いや、彼に冷静にされたのだ。
どろりと血が滴るのをただ黙って見ているしかなかった。
嫌な自分がいた。
りんさんは自分で止血を始めた。
私だと、すごくもたつくのに彼は慣れた手つきで傷口を縛った。
彼から踏ん張る声が漏れたが、私は何もしなかった。
りんさんは止血を終えると言った。
「俺は、あれを倒さなきゃいけない…だけど、俺一人だけでは力が足りない。精々、焦がす程度だ。」
「…………。」
「だから、お前にはここから出て仲間を呼んでほしい。」
「…でもここは…」
普通じゃない。
「ああ、幽世だ。おかしな世界だろ…だけど、完全じゃない。必ず、ぬるい所がある」
「ぬるい?」
「そうだ、現世と幽世が混じっている所だ。そこが穴で…かさぶたみたいで…あやふやな所」
「わっ分かりにくいよ!」
「お前ならわかる」
「分からないよ!それなら、りんさん!一緒に逃げようよ!ここから出よ!」
切に願うように言った。
「…それはできない。俺は、山犬だから無理」
「なんで!」
まったく理解できない。
「俺が選んだ道だ。どんな道だろうとも走り抜くのが山犬だから…山だろうが、川だろうが、崖だろうが、関係なく走る。そして、俺は俺の好きな道を走る」
「いやだよ、そんなのりんさん…すごく傷ついてるよ。すごく痛いよ…」
「ふっあはは!ぐっふっつ!」
彼は笑おうとして咳き込んだ。
「やっべえー!もっと色々しとけばよかった」
「……っ」
少し動揺したがそれどころではない。
冗談では済まされないこともある。
「怒んなって!俺は大丈夫だから…助けを呼んでこいって言ってんの!頭悪いなー!」
「悪かったわね!頭悪くて!」
私がやるべきことがようやくわかった。
「わかったから!ちゃんと呼んでくるから!だから!生きてよ!」
私の言葉にりんさんは目を見開いたが、すぐに笑った。
ようやく私は、りんさんをちゃんと見た。
天狼さんに似ていると思った。
瞳の色が紫色だったから、笑い方がほんとうに似てるから。
「…っ」
涙が零れたがすぐに拭った。
「わかったのなら…ほらよ!」
渡されたのは、携帯だった。
「携帯!」
最初から携帯で助けを呼べば…。
「幽世では圏外だよ。ここを出ないと繋がらない、もし繋がってもそれはかけたい相手ではない」
それは別の誰かってこと。
「確実にここを出ろ。そして助けを呼べ!いいな」
でも、幽世と現世は似ている所がある。
もし幽世でかけてしまったら?
「不安げだな、感覚だよ!自分の五感を信じろ」
かなり不安なんですけど!
「つべこべ言わずにとっと行け!」
そうだ、今はやるしかない!
「うん!」
携帯を持って走ろうとした時。
「なあー灯花、ここを出たら付き合わね?」
「こんな時に何言っているのよ!このばか!」
「ざんねーん!」
「私行くから!生きてね!絶対!助けるから!」
りんさんを振り切って私は走った。
「はあーやっと行ったか…おれ、かっこわりいぃ…」
家までちゃんと帰すって言ったのにこのありさま。
まじで萎える。
「じいちゃん…ごめん」
手を上げる力が無くだらりと落ちた。




