長い帰り路(その2)
私は、暗闇の中で息を殺しながら潜めていた。
カチカチカチカチカチカチカチカチ。
カチカチカチカチカチカチ。
どこで聞いたことがある音が聞こえた。
カッターナイフの音にすごく似ていた。
最悪だ。
こんなことなら、りんさんのそばにいればよかった。
変な意地なんて張らなければ、こんなことにならなかったのに!
りんさん、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!
後悔してももう遅い。
私を食べようとする化け物がいる。
…くっ。
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ。
カチカチカチカチカチカチカチカチ。
カチカチカチカチ。
音が間近に近づいているのがわかる。
りんさん!!
私の中で彼の名前を叫んだその時。
ギギギギギイイイィィィィーー!!!
酷い叫び声と一線の光が見えた。
それが刀だと分かった時には、りんさんが私を抱きしめる様に支えていた。
「…りん、さん?」
「言ったろ!俺がいるって!」
「うんっ……うん!」
思わず、りんさんに抱き着いてしまった。
「無事でよかった。」
「うん!」
りんさんは、私を強く抱き込んだ。
遠くから音がする。
私には真っ暗で見えないけど、りんさんにははっきり見えるようだ。
カチカチカチカチ。
カチカチカチカチカチカチカチカチ。
まだ倒せてない。
カチカチカチカチカチカチカチカチ。
だんだん音が近づいてくる。
どうやら、一撃では倒せず再び近づいて来ていた。
「あれを使うしかないか…」
りんさんがぼそっと呟いた。
カチカチカチカチ。
音が間近に近づいて、りんさんが刀を振り下ろす。
鉄と鉄が反発する音が響いた。
キーーン!
「ちっ!」
りんさんの舌打ちが聞こえたあと、思いがけない衝撃が来た。
一瞬身体が軽くなったと思ったら、背中に息ができないほどの衝撃が来た。
「うぐっう!」
何が起きたのかがわからない、さっきまでりんさんにきつく抱きしめられたのにそれがなかった。
息をしたくて、肺に空気を入れる。
血生臭い空気を吸ってしまった。
私は強く咳き込んだ。
何度か咳き込んだあと、青い火が見えた。
それは、徐々に青い火炎となって大きく広がった。
ギイイイィィィー!!!
「俺の血肉でお前を喰ってやる!」
火が灯ったおかげで何が起きてるのかようやくわかった。
りんさんが青い火をまとって、蟲と対峙していた。
とても大きな蟲がりんさんの前に広がっていた。
カミキリムシような体格でそれを何倍も大きくした蟲だった。
蟲は焼かれて苦しそうに暴れていた。
それを追い打ちをかけるように青い炎が蟲を焼けつくす。
ギイイイギイイイーー!!
蟲は青い炎を消そうと暴れまわって、黒い大穴に逃げて行った。
青い炎は空間を焼いていたが徐々に消えて行く。
青い火を頼りにりんさんを見た。
りんさんは私を近くに来ては腕を強い力で、引っ張られた。
「りん、さん!」
私を引っ張って歩いて行く。
青い火が消えて、再び暗い道を歩むことになったが徐々に明かりが見えてきた。
外かと思ったが違った。
私達がいる所は、駅前ではなく、道路でもなく、コンクリートで作られた空間だった。
長いトンネルのように見えるが天井が鉄で出来た網目になっていて、そこから明かりが漏れ出ていた。
網目の上は月が出てる夜空が見えた。
地下施設のようで、ここに水が流れたらまさしく下水道。
私はまたおかしな所に迷い込んだようだった。
さっきから、ずっとりんさんの様子がおかしい。
痛いぐらい腕を掴まれて、今でもこけそうな歩き方だ。
「りん、さん、りんさん、りんさん!」
呼んでも返事がない。
辛くなって、下を見たら赤い液体がポタポタと落ちていた。
「えっ!?」
それをたどると、りんさんから漏れ出ていた。
「…り…ん、さん?」
落ちる量が数的ではない。
「りんさん!」
私は足に力いっぱい入れて、りんさんを止めようとした。
「りんさん!!」
「うぐっ!」
りんさんからうめき声が聞こえて、はっとする。
やっぱり、怪我してる。
それもひどい怪我!
「りんさん!止まって!止まってよ!りんさん!」
「うるせ!黙ってしたがってろ!」
りんさんがいつも以上に怒鳴って来た。
「ダメだよ!ダメだよ!!」
負けじと言う。
ここで何も言わない訳がない。
「りんさん!怪我してる!早く治療しないと!りんさん!」
泣きじゃくる私にりんさんは、それでも無視して歩んで行く。
「りんさん!いや!いやよ!お願いだから!やめてよー!」
私の叫び声にりんさんは止まった。
そして、崩れた。
「りんさん!」
月の明かりを頼りにりんさんを見ると酷い姿をしていた。
全身血まみれだった。
顔色も悪く、目が虚ろのりんさんがいた。
口元は何度も吐血をして真っ赤だ。
「なんで…こんなこと!」
「うるせーよぉ」
りんさんはこんな姿なのに笑って見せた。
「ばか!」
「なんだよ…おれ、かっこよかっただろ」
「ばか!」
こんな時に、何言ってるのよ!
泣いてる場合じゃない!
止血しなきゃ!
でも、布がない!
私は制服を脱いだ。
その行動にりんさんはぎょっと驚いていた。
「おい、なにして…」
「布がないの!これで我慢して!」
制服のシャツを脱いだ。
下はキャミソールだからだいじょうぶ。
りんさんの黒スーツを脱がして、どこから出血してるか確かめた。
肩から腹までぱっくりと割れていた。
「なん、で…」
手元が震える。
ぼろぼろ涙が零れる。
でも、なんとかして止血しなきゃ。
シャツを歯で噛み切って、傷口に当てた。
仕方がわからないでも、縛らなきゃ。
「もういい…灯花」
私の手を取ってりんさんは笑いながら言った。
「いや!」
振り払って止血しようとするが、手をしっかり掴まれて振り払えない。
「放して!」
「いやだ」
「こんな時に!このばか!」
「こんな時だから…」
「知らない!」
ぐっと掴まれて、離してくれない。
「聞いてくれ、灯花!」
「いやよ!」
「聞いてくれ!これは山犬とっても大事なことなんだ!お前が聞いてくれないと駄目だ!」
「いやよ、聞きたくない…」
「頼む。」
「天狼さんみたいに優しく笑わないで!」
「くっそ!こんな時でもじいちゃんかよ…でも上等!」
「えっ?」
ぐっと引き寄せられた。
りんさんの顔が間近にあった。
肌と肌がくっついていた。
なんかやわらかい?
りんさんがゆっくり顔を離す。
「アホ面だな…」
…はい?
???
りんさんがニコっと笑った。
「なんだよ!まだわかんないのかよ!終わってんなー!」
「へっえっ?」
「なら…もう一度…」
もう一度、りんさんの顔が近づいた。
なんで顔がどアップに?
なんで…口が熱いの?
なん!
気づいた時には、遅かった。
がっつりキスをされていた。
「んんっーーー!」
なにしてんだああああ!
キスをしたまんま叫ぼうとして失敗した。
がっつり口をはめられて余計深くなった。
どうすればいいどうすればいいどうすればいいどうすればいいどうすればいい!
キスなんて初めてだからどうすりゃああいいいんだあああああ!
えっちょ!
頭をがっつり掴まれて押し倒された。
えええええーーー!
どうすればいいどうすればいいどうすればいいどうすればいいどうすればいいい!
押し倒されたことないからどうすりゃああいいいんだあああああ!
口の中がおかしくなってる!
おかしくなってる?
おかしくなってるううぅー!
本来、こんなことされたら抵抗するべきなんだろう…
上げたての魚でも抵抗するのに…この時の私は、出荷された魚だった。




