初めての合コン。
「合コンとは戦である。」
「男と女が集い、同姓同士の醜い争いが起きることから、戦である。天下取れるのは、ほんの一握り。だがしかしー、出会いがなければ戦は起きないー。出会いを求めろ若者よ!そして醜く争え!血祭りじゃーー!」
姉の、醜い争い好きな大学のサークル仲間からの言葉で、合コンは始まった。
合コン決行日。
私は、清楚な恰好をされられていた。
姉から、頭からつま先まで毒牙にかかり、今までとは別人となっていた。
腰に巻く青のリボンが特徴の白のワンピースを着て、ぼさぼさのくせっ毛の黒髪の長い髪は、時間をかけてストレートにし、化粧をガッツリほどこした。
テーマは清楚なお嬢様。
男慣れしてない奥手な女子大生。
高校生とバレたらそく追い出されるので、出来るだけ大人っぽく振る舞う事になった。
顔が子供ぽいのは、私童顔なんですぅーみんなからよくいわれるんですぅーと言えば万事うまくいく。
出来るだけ上目遣いすることが重要。
姉は気合を入れて、真っ赤なパーティードレスをまとっていた。
化粧も厚化粧だ。
この合コンは、普通の合コンと違って、会場内は男女で向かい合いながら一つのテーブルを囲むことはなく、自由に動き回れるようだった。
その分、来ていた人数も多かった。
姉によると、他校の大学や短大の人たち社会人や一般の人とか、とにかく知り合いを呼ぶだけ呼んだらしい。
結構、大掛かりな合コンだった。
私は姉の腕をつかんで、はぐれないようにするのが背一杯だった。
「ちょっと、そんなにくっつかないでよ、シャキッとしろシャキッと!」
姉から背中を、遠慮なしにバンバン叩かれた。
「ちょお痛い!痛いよ!ねーちゃん!」
「ほら!あんたも誰かに話しかけてみな!」
私に、そんな勇気あるかというと無いに等しい。
学校でも、積極的に誰かと話すことなんてなく、一人で常に過ごしている身ではその行為は、かなり緊張するのだ。
最近の話題とか流行っているものとかNGだ、ひきこもりにはさっぱりわからない。
わかる話は、アニメ関連やゲームなどしかわからないし、この場でそれを持ち出すと引かれる可能性だってある。
周りの人たちは、なかなかシャレて来ている人ばかりで、姉のようにパーティードレスを着てくる人だっている。
話題についていけないのは明らかだった。
「無理!無理だよ!話題ないから無理ー!」
姉は、少し呆れた顔をして私に言った。
「なに言ってんの!話題はなんでもいいの、あんたが話しやすい話題でいいのよ。じゃないと話が始まらないし相手だって、その話が話しやすいかもしれないでしょ?」
確かに、姉の言う通りだ。
「それに、ここの人たちはそんなあんたが思っているほどのじゃないわよー、ほらあそこ!」
姉は、そう言って指を指した。
指す方を見ると、魔女っ子に着ぐるみに全身タイツの人に、色んな恰好した人たちが混ざっていた。
アニメのキャラを、真似て成りきる人もいた。
いわゆるコスプレイヤー。
オタクではないとできない。
確かに話は合いそう…
「アニメ研究部だったけー、まあー面白そうだし行ってみれば!」
「うん…」
戸惑いはあるものの、あとは話しかける勇気だけだ。
「そゆことで私、サークルの仲間とこ行かなきゃだから!頑張んな!」
姉から、また背中を押される。
痛いほど、強く押されることはなかったが、私の待ったなしでそそくさと行ってしまい、一人になってしまった。
私は会場内をうろうろしていた。
話しかけようとはしたが、会話に入る勇気がほんとに出ない。
声をかけようとして、失敗する。
口から出たのは「あ」と「う」だけで、目の前を去られてしまう。
私ダメだ!
彼氏を作る前に、日常会話ができないって!
うぅーー、だんだん帰りたくなってきた。
ため息をついた。
そういえば、のどが渇いた。
ジュースでも飲んで落ち着こう…
会場内の飲食類は、バイキング形式である。
おいしそうな食べ物が、ずらりと並んでいるからお腹が空いてきて、好きなものを取っては空いている席に座った。
すると、会場の男の司会者が壇上に上がった。
冒頭で話していたのはこの人だ。
「みなさーん争ってしますかー!!それではこの合コンを盛り上げるために、ある企画をしましたー!それはーつがい探しゲーム!!」
つがい探しゲーム?
「みなさーん!会場内に入る前に男女くじを引いたと思います!それに描いている動物のつがいをさがしてくださーい!例として、おれが持っているのはオスのわんちゃんの絵が描いているくじです。
そのつがい、メスのわんちゃんのくじを引いた人を探します。メスのわんちゃん持っている人、いませんかー!っておまえかよ!」
壇上に上がってきた人は、男性だった。
きっと司会者の仲間だろう。
一気に会場が盛り上がった、笑いが飛び交っている。
「本当は、女性がくじを持っているはずですがー、今回は例なので仕方ないです。」
「不本意ですがー、こいつとつがいになりましたー!つがいになったら、生き物はー子孫作らなくてはなりません!生き物界の常識ですねー!たとえ男でも…って!くっつくなー!」
「こうして、子供ができましたとさ」
「できたとか言うなー、気持ち悪い!」
「子供が出来たら国に報告してください、受付はこちらで受け付けています。」
壇上の近くで、受け付けと書いているプラカードがある。
そこに行けばいいのか。
「受付にはこの封筒を配ります、この封筒に引いたくじを入れて、子供の名前を書いてください。この際にくじには、引いた人の名前をしっかり書いてくださいね。書かなかった場合は無効としますので、ご注意をしてください。ちなみに海斗くんのくじはフルネームで、書いておきましたので大丈夫です。名前は海斗くんと私の名前を一文字取って鳴海にしましょう!いい名前ですねー!」
「勝手につけてるんじゃねー!!」
「この封筒は、このピンクの箱に入れて終了です。」
「たいへん、気持ち悪いですが…これが一連の流れです。このピンクの箱に入っている封筒は抽選しましてー選ばれたペアにはなんとー豪華賞品が当たります!」
なるほど、合コンらしい企画だ。
話しかけながら、己のパートナーを探し出して交流を深めようという、考えはいい企画だと思う。何より話しかける理由ができる。
私もくじをきちんと引いている。
手持ちの小さなバックから、くじを取り出す。
そのくじに描いている絵は……描かれていたのは、ゾウリムシだった。
「ではスタート!……ではありませーーん!くじには外れがありますー!!」
司会者は、勢いよく啖呵を切った。
「私は醜く争ってもらいたいんですー、やすやすとつがいを作れると思ったら大間違いーーー!!」
会場はさっきとは違い、戸惑った空気になってしまった。
司会者の言葉に、そのサークルメンバーたる姉が登場した。
ねーちゃん!なんで!!
サークル仲間たちでも、それは聞いてなかったのか、ざわざわ騒ぎ出した。
姉は、問答無用で司会者の首を絞めながら、なにしてくれてんのーー!!と叫んでいた。
それを制すもう一人の男性、司会者になにかとアプローチを浴びせていた人だ。
司会者は言った。
「だっだってーー!くじ描いたのは全部俺だもん!おまえにわかるかー!朝までこれを描く気持ちが!」
「わかるかー!」
「おまえ!カブトムシのオスメスのところで悲しくなるのだぞ!虫でも交尾が出来るんだぞ!おけらだってアメンボだって!みんなみんな交尾はしているんだぞーーー!!!うわああーーーん!!」
姉は再度首を絞めようとするが、制すのはあの男性。
「ちなみにどんな外れを?」
「微生物、細菌あたりかなー!もう単体で増える奴。一人で増えりゃいいんだよ!」
「てんめええーー!!」
「皆さん聞いた通りです。微生物、細菌が描かれているくじは外れとなっていますので!それでは始めてください!」
ドタバタな展開になってしまった。
サークル仲間たちは、司会者を囲って何やら姉筆頭に絞め始めていた。
相当、ぶちぎれている様子だ。
その様子を見て、愉快にしている男性。(この人が企画の号令を笑顔で言い切った)
うわあー。
あまり見ない方がいいのかも……
つがい探しゲームが始まってから数分が経っていた。
順調に探す人がいれば、最初から外れを引いてしまったのだろう。
浮かない顔している人がちらほらといた。
しかし、外れを引いて引き下がる人たちではない、私たちは合コンに来ているのだ。
色んな人に声をかけまくって探している人を邪魔しているの見かけた。
司会者の言う通り醜く争っている。
こんな人もいた。
カウボーイのコスプレのおっさんがいて、その人はくじに描かれている絵がわからなかったらしい。
近くにいた、黒スーツの眼鏡のイケメンの人が教えていた。
「なあ、これなんだ?」
「ああこれですか、O157です。大腸菌の一種ですよ。体内に入ると食中毒を起こし激しい腹痛と下痢を起こすと言われています。感染経路ですが、おもに感染者の便からです。便をした後、手を洗わずに人から人へと感染していくんです。食事をする前によく手を洗ってするよう言われているのは、この事があるからですよ。」
そう言って、眼鏡のふちをぐいっと上げるのが少し怖い。
あと、黒い手袋をしているから、説得力があるというかなんとうか。
「ちなみに、あなたは一度経験済みですよ、覚えていませんか?腐りかけの生肉食して、倒れられたのです。」
カウボーイのコスプレのおっさんは、おっそうなのかで軽い口調で答えた。
「その時、あなたの近くにいた人たちが、同様に次々と倒れらて大騒ぎになったんですが、丁度宴会を開いていて、感染が早かったんです。本当に覚えていません?あなたからの感染ですよ。」
またもや、軽い口調でおっさんは答えた。
「そうだったけなーそれで、メスはいるのか?」
「………いません。」
怒り口調の眼鏡さん怖い。
私はずっと、食事をしていた。
並ぶ料理が、なんとも魅力的だった。
普段食べることがない、ローストビーフや生ハムがあって、誘われるように取りに行ってしまう。
くじは外れだった。
ゾウリムシ。
分裂だっけ。
仕方ない!だってゾウリムシだもん。
仕方ない!ゾウリムシ一人でふえるもん。
仕方ない!ゾウリムシを理由に話しかけづらいもん。
そう思いながら、ローストビーフを取りに行く。
しかし、ローストビーフは人気のため人が多かった。
ローストビーフの元にたどり着くには、一歩遅かった。
お皿にあった最後の一枚をカエルの着ぐるみに、先越されてしまった。
分厚い着ぐるみのはずなのに、箸を器用に使って、かっさらっていった。
……カエル…カエルに先越された。
ちょっと許せないのがタッパーを、持参していることだ。
なんて奴だ…
タッパーガエルとなずけよう…
そのまま、タッパーガエルはあらゆる料理をタッパーに詰めていった。
もちろんデザートも、容赦なく詰めている。
詰めたタッパーは、紙袋に入れている。
そうして、ずっと眺めているとタッパーガエルと目が合った?
被り物がでかすぎて、焦点があっているのかわからない。
でも、直感でわかった。
タッパーガエルがちょくちょくこちらを見てくるのだ。
ちら。
ちら。
こういう時、どうしたらいいのだろう…
見なかったことにしたほうがいいのかな…
ちら。ちら。
ちら。
ああーこっち見てる。
ちら。
ああーじっと見てる。
じっと見てるー
ああーこっち来てる。
こっちに向かって来てる!
タッパーガエルはこちらに向かっている。
私は焦った。
ずっと見ていたし、失礼だったかもしれない。
焦って動けないでいると、タッパーガエルは目の前にいた。
目の前にすると以外にでかい被り物。
少しのけぞった。
謝った方がいいのかわからないが、ここは謝った方がいいのかもしれない。
「あ、あの、す、!?」
タッパーガエルは紙袋からをくじ取り出し、私にその絵を見せた。
蜘蛛の絵が描いてあった。
しゃべらなくてもわかった。
「ちっ違います。」
慌てて私は、自分のくじを出して見せた。
タッパーガエルは違うとわかると、踵を返し去ってしまった。
あんまり、じろじろ見るもんじゃないよね…ちょっと怖かったし。
ああーまた取って、詰めてるー
食事を済ますとトイレに行きたくなってくる。
もはや当初の目的は、忘れていた。
早く終わらないかなと思うばかりだ。
姉はそれっきりで、合コンが終わるまで会えないだろう。
会おうと思えば、会えるのだが今はとても忙しそうだ。
私が行ったら、邪魔になりそうだし、それこそ怒られる。
彼氏を作る。
果たして、私にはできるのかな。
遠い遥か彼方、夢のまた夢だろうなー。
だれも、私なんか気にも留めないだろうとそう思った時。
用を済ませてトイレから出たところで、しゃべりかけられた。
男性3人。
チャラそうな雰囲気がある、3人組だった。
「ねえねえー君可愛いねー!」
「俺らとしゃべらない!」
「くじなんだった!」
と私を囲むように迫ってきた。
しゃべりかけてもらったは、いいかもしれないけど、なんだか嫌な予感するし不安だ。
これも合コンなのだから、男に囲まれても仕方ないし、必ず一対一で話すわけがないだろうし。
だから、このどうしょうもない不安は、私が単なる引きこもりのせいであって、みんなはこれを平然とこなしているのだろう。
…だから仕方ない。
私は、そう自分に思い込ませる。
そう思って、たどたどしく答えた。
小さな声だったと思うし、うつむいて声を出したと思う。
その、私の反応に男たちは笑い出す。
何が、そんなに面白いのかわからない。
そんな時、3人組の一人が私の腕をつかんで引っ張られた。
私は、あの時ことを思い出した。
店員からも、こんな風に強引に連れていかれた。
周りを見渡しても、だれも気にも留めないし見て見ないふりをする。
そこには、笑い声だけしか聞こえなかった。
そのことを思い出し、なにか声を出さないといけないのに口元は開く力が出せず重く閉ざしてしまった。
私は、抗いもできずにそのまま連れていかれた。
連れていかれたのは、パーティー会場だった。
戻って来れてよかったと、少し安堵する。
だけど、連れていかれた場所は、あまりいい場所ではないようだった。
テーブルには酒とタバコとズラッと並べてあった。
学生のイベントとは、いえ一般の人も混じっているのだった。
知り合いの知り合いを呼んだ結果だ。
3人組の男はそのテーブルに着いた。
私もテーブルに着かされ、そのまま抱き寄せられた。
男の人から、酒の臭いが鼻についた。
知らない男の人とこんなに密着するなんて、初めてでドキリっとしたが、酒の臭さとタバコの臭いで気持ち悪い。
腰にまで腕をまわされ、身動き出来ずにいる。
少しの抵抗として、男の胸の前に手を置いて、これ以上の密着は阻止できた。
腕を掴まれた時から、この人たちが何を言っているのかわからなくなっていた。
聞いても歪んで聞こえる。
気持ち悪さが胸に広がっていく。
女性も、このテーブルに着いているが隣に座っている男性と、タバコを吸いながらくっついていた。
こちらなんて、気にもしていない。
これが合コンだろうか?
だとすると、来なければよかった。
すると、男はお酒をグラスに注ぎグイっと飲み干した。
また、お酒を注ぐと私の前に差し出された。
姉から、きつく言われているし、言われなくても飲まないし、まず、飲めない。
飲みたくないと、顔をそらしたが迫るようにグラスを押し付けられる。
腰にまわされている、腕が力がきつく入る。
飲まないとどうなるかと、脅されたようだった。
恐る恐る、グラスに手をかける。
自分が震えているが、いまわかった。
一口つけたが、それを許してもらえず何度もすすめてくる。
これ以上、なにかされるくらいだったらと思い、そのグラスを一気に飲んだ。
むせてしまったが、男の腕の力が緩んだ。
顔が一気に熱くなるのが分かる。
そして、体がだんだん鈍くなってきていることもわかった。
男は酔いが回ってきたのか、触り方が異様な感じだった。
べったりと体の輪郭をなぞられた。
これ以上は、させてはいけないと警告が頭の中で響いた。
これは、最後の警告だと思った。
ずっと、こうしているとお酒のせいで頭まで鈍くなり、おかしくなりそうだった。
ベタベタと髪や太ももを触られて、気持ち悪くて我慢できなかった。
逃げよう!
そう思ったら男を突き飛ばしていた。
男と離れた隙にテーブルから離れた。
それから、走ろうとしたがうまく走れず、ふらふらとしていた。
身体が重い。
脚に力が入らず、床に手をついてしまう。
息が上がって息苦しい。
後ろを振り返ると男が迫って来てた。
私が離れたことで、男の仲間がこちらを見て笑っていた。
泣きそうになった。
うまく動かない脚を引きずってその場から離れた。
頼りない脚でふらふらして、人やテーブルにぶつかって転んだ。
派手に転んでも、誰も私が追われていることに気づいていなかった。
私が、ただの酔っ払いだと思っているのだろうか。
なんだか笑われているような気がした。
目頭が熱くて視界が悪く、また人にぶつかってしまった。
もう立てる気力がわかなかった。
床に手をついて捕まるのを待ったその時。
「大丈夫か」
誰かが、手を差し伸べられた。
とても澄んだ声だった。
その手は、大きくて肌が白くて指の線が細いのに触れると思ったよりごつごつしていて、力強くて、あんなに身体が重くて、ふらふらだったのにその手に掴まっただけで、一気に持ち上がった。
足が床に立てた頃には、視界が開け眩しく感じた。
目の前には、銀髪の獣耳が生えた男が立っていた。
何故か私は、その人を見たらどうしょうもなく涙があふれてきて、重く閉ざして開けなかった声を出した。
「たすふぇて…」
その言葉はとても小さかっただろうし、ろれつが回らなかったのに、それでも、相手にはきちんと届いた。
なぜなら、優しく微笑んで。
「わかった。」とそう言ってくれた。
その人は、白の着物で黒の袴を着ていて銀色の羽織りで私を隠し、追ってきた男と向かい合った。
「関心せんな、娘を泣かせるとは」
「なんだてめー!その子オレのなんだけどー!つーかまたオタクかよ!マジでこの合コン!キモ過ぎだろ!」
「恥を知れ」
銀髪の男は男と向き合ったまま、微動だにしなかった。
「てめぇ!マジでキモいんだよ!」
男は銀髪の男に脅しかけようと、胸ぐらを掴もうとするが、急に男の目の前が陰った。
男の後ろには、殺気というべきだろうか。
そんなオーラを出している、ウサギの着ぐるみとウシの着ぐるみが立っていた。
ウサギさんとウシさんは男の肩を掴んだ。
掴まれた男は、先ほどの勢いはなくなっていた。
「兄ちゃん、いい趣味しているじゃねーの。ねぇーウサギさん」
「お兄さん、いい草食系の身体じゃないの。ねぇーウシさん」
「なっなんだお前らは!」
被り物は笑っているのに陰って見える。
「おれら?おれらはウシさんとウサギさんだけど?それより兄ちゃん、おれらと遊ばない?」
「お兄さん、わたし追いかけっこは得意なの!走るの…好き?」
「はっ放せ!放せよ!」
男は暴れるが、掴まれている肩はびくともしてない。
「遠慮するなって、少し遊ぶだけだから」
「くふふふ可愛い子ね、追い詰めたくなる」
ウシさんとウサギさんは一緒に男を担いだ。
「この兄ちゃんおれらと遊びたいそうだ。もらっていってもいいかい!」
ウシさんは先ほど違って明るく銀髪の男に言った。
「ああ構わん、好きにしろ」
銀髪の男はそう答えた。
「では、遠慮なくもらっていくわ!」
そうして、ウシさんとウサギさんは一緒に仲良く男を担いで、会場の奥へと消えた。
銀髪の男は私に向き直った。
「もう大事ない、あの者らが対処してくれよう」
そう言ってくれたが、銀色の羽織りの袖を掴んで私は放さなかった。
きっともう限界だったかもしれない。
涙が止まらず身体も熱くて、頭も鈍くなっていた。
羽織りの袖を引っ張りながら、ずるずると床に座り込んでしまった。
銀髪の男は何度も、大丈夫だもう大丈夫だと言って肩をそっとさすってくれた。
私はその声を聞きながら、身をゆだねた。
いいにおいがする。
とても澄んでいて、洗い立てのシャツような落ち着くにおいだった。
銀色の羽織りの肌触りが良くて、すごく滑らかで気持ちいい。
ずっと触れていたい。
銀髪の男に私はくっついていた。
散々泣きはらし、ぎゅーうと腕を掴んで放さなかった。
さっきの男と同じように、自分から抱き着いてしまっていた。
なんだか今は気分がいい。
気分が良くて気持ちよくて離れたくない。
今度は、私から絡んでいるようだった。
それでも、銀髪の男は何も言わず私をずっと介抱してくれていた。
パーティー会場から離れ、外に出ていた。
会場近くの駐車場。
そこには、小さな喫煙所があってその近くにベンチがある。
私達は、そこで座っていた。
外の夜風が気持ちよくて、風に乗ってくる多少のタバコの臭いは気にならなかった。
銀髪の男は何人かでこの合コン来ていたらしくて、たびたび会話が聞こえてきた。
その内容は聞き取れなかったが、きっと私のことだろう。
すると、銀髪の男は私に水が入ったグラスを渡して来た。
ほんのさっきも、ここに来る途中に飲まされた。
「もう少し飲むと良い、まだ苦しいだろう」
私は、グラスを受け取り水を飲んだ。
「ゆっくり飲むと良い。そうゆっくり」
言われた通りにゆっくりと飲んだ。
飲んだ後も私は、この人にくっついたままだった。
きっと、ひどい顔だろう。
せっかく、化粧したのにぼろぼろになってる。
顔を見せたくなくて、羽織りに顔をうずめた。
銀髪の男は、かなりのイケメンだった。
一目見た時、外国人のコスプレイヤーだと思った。
肌が白く端正で、獣ような眼で夜明けの空のような紫色の瞳だった。
髪は長く背中まで伸びる銀色。
なにより驚いたのは頭にある獣耳。
それと、尻尾。
細かく作りこまれていて、その耳と尻尾は動くのだ。
耳はぴょこぴょこと動くし、尻尾はふりふりと。
おかげで、この人のへの警戒はなかった。
着ている着物は肌触りが良くて、かなり上品な着物だ。
真っ白の着物に黒の袴。
銀色の羽織りには蓮の刺繍が施されていた。
見た目は痩せていて、細い身体だと思ったが着物下はしっかり筋肉がついていて力強い肌を感じた。
和服に獣のキャラはいいと思う。
好きなアニメやゲームに必ず出てくるキャラであり、性格はやんちゃなのが多い。
でも、この人は冷静沈着。
それでいてすごく優しい人だと思う。
その証拠に触れる手はとても優しい。
優しく頭を撫でてくれる。
「落ち着いたか?」
そう言われて、顔を見上げると優しく微笑んでくる。
欠けた月の下で、月の光を浴びながらのそれは、とても眩しくて惹かれてしまった。
「きれい」
私は、おもわず言ってしまった。
男の人に、この言葉は失礼だったかもしれない。
「あっあの、その、……すみません」
私は、うつむきながら言った。
顔を上げて言えるほどの立場ではない。
「私は気にしてはない、それに私に対しての褒め言葉だろう、謝る必要はない。どうか顔を上げてくれ」
言う通りおずおずと顔を上げた。
だけど、目線だけは合わせることが出来なかった。
きっと顔は真っ赤だ。
「気分はどうだ、少しは良くなっただろうか?」
少しづつだが頭が冴えてきた。
今、こうしている事もだんだんと恥ずかしくなっている。
「は…い…」
掴んでいる羽織りを放そうかとした時。
「手間を取らせたな、国光。」
「いいえ、私は務めをはたしているだけです」
と話をしているのは、黒スーツのイケメンだった。
片手で眼鏡を上げていて、もう片方の手には白い箱を持っていた。
短髪の黒髪で、赤ふち眼鏡の奥にきつめな細い眼がある。
その眼は銀髪の男と同じ獣の眼をして紫の瞳を持っていた。
肌も白く、右目の下にほくろがある。
雰囲気は、とても真面目な感じだった。
黒いスーツに、黒のネクタイ、黒の手袋で遊びが一切なくて怖く感じた。
まるで喪服だった。
そんな彼が、私の前に膝をついた。
紫の眼を伏せて言った。
「失礼、お怪我されているようでしたので、その手当をさせていただいてもよろしいでしょうか。」
一瞬、何のことだと思った。
脚を見ると膝に血がにじんでいた。
白のワンピースにかすったような、血がついていて驚いた。
男が持っていた白い箱は救急箱のようだった。
「してもらいとよい」
そう言って、私の頭をそっと撫でた。
この人が言うのなら、大丈夫だと思った。
「…おっお願いします」
おずおずと答える。
「では失礼、すぐに終わりますので」
それはあっという間に終わった。
あまり痛みもなく、男の人に脚を触られているのに嫌でもなく手際よく終わった。
救急箱に道具をしまいながら、男は言った。
「擦り傷と少し挫傷した程度ですので、ご安心を。あと酔いも引いたご様子で、問題ないでしょう。」
「礼を言う国光」
一安心したな、と銀髪の男は安堵したようだった。
「ですが、先ほどのご様子ですとずいぶんな方に絡まれたようですし、今日の所は帰られた方がよろしいかと思われます」
「そうか…ならば仕方あるまい、娘」
とぽけっとしていた私は、振られた話にビクっとなった。
「はっはい……」
「今日の所は帰ると良い、また絡まれたくなかろう」
「そっそうですね…そうですよね」
まだこの人と、一緒にいたいなーなんてダメだよね…
絡まれて、飲まされて、酔っぱらって、自分から絡んでいるなんて…ほんとはダメだよね。
それに高校生ってバレたら、ただじゃすまないよね。
黒スーツの男は、そんな私の思考をよそに話を続けた。
「お連れの方がいらしゃるのですか」
「あっはい…」
ねーちゃんになんて言ったら…
怒られるに決まっている。
「よろしければ、私がお呼びいたしましょう。お連れ方は何処にいらしゃるのです?」
姉は、この合コンの企画したサークル仲間だ。
司会進行役でもある。
そのことをたどたどしく話すと。
「わかりました。その方の名前は」
「朝峰杏子です」
「わかりました、朝峰様ですね。ご確認のためあなたの名は?」
「…朝峰灯花です。えっと私の姉です」
「なるほど…ご姉妹で来られたのですね」
ギロっと眼鏡の奥が光った。
ばばバレたかな、高校生ってバレたのかな。
姉妹だってわかっても、高校生だってわからないはず…
「これ国光、怖がらせるな。怯えておるではないか」
とそっと私の肩をそっと触れる。
「……失礼、怖がらせるつもりはなかったのですが。私は、久遠国光です。そちらの方は天狼です」
眼鏡を上げながらそう答えた。
「てんろう?」
変わった名前だった。
コスプレイヤー名としてはいいかもしれない。
「そうだ、呼び方は好きに呼ぶと良い」
「ええと天狼さん?」
「うむ」
天狼さんの耳がぴょこぴょこした。
ええと、さん呼びの方がいいみたい。
「それではお二人方、ここでもうしばらくお待ちを」
久遠さんは、そう言い残して会場内へと行った。
二人きりなって、ようやく気付いた。
私ずっと、天狼さんの羽織りを掴んでままだった。
「ああの、すいません。えっとはっ羽織りずっと…」
慌てて放す。
放した所はしわがついてしまっている。
「構わん。それよりも身体が冷めてきているだろう、この羽織りを着ると良い」
銀色の羽織りを私に掛けてくれた。
羽織りの重さが肩に広がりその重さが暖かく感じる。
「あ、あの、その、…ありがとうごさいます」
自信がなく下を向いて小さく言ってしまった。
…いいにおい。
羽織りのにおいが私を包み込む。
「灯花と言ったな」
「えっあっはい」
話しかけられ少し戸惑ってしまう。
「そんなに緊張するな。それとも、私がそばにいては嫌か?」
そんなことを言われて私は慌てた。
男の人と話す機会なんてお父さんか担任の先生くらいだったから、なんて話したらいいのか悩んでいたら誤解されてしまった。
「いいいいえ!そんな、めっそうもないです!とんでもないです、むしろずっとここにいたいほどです!」
勢いよくぶちかましてしまった。
あわわっわー!
言ってもうたー!
慌てて自分の口を両手で押さえた。
天狼さんは、最初は驚いた顔していたが次第にくずして少し笑って言った。
「そうか、それは良かった」
さっきよりも私かなり顔が赤いと思う。
恥ずかしすぎるー
天狼さんは私の眼を見て言った。
「では、灯花は私が怖くはないのか?」
予想もしなかった言葉に押さえていたはずの口が開いた。
「ふぁ?」
言っている意味がわからなかった。
「えっと、天狼さんを?」
「恐ろしくはないのか?私はこんななりだが…」
と天狼さんは耳と尻尾を動かす。
私は理解した。
そうか天狼さんもオタクだから…
ならば言わねば!
オタク魂が火がついた。
「めちゃくちゃ大好きです!」
きゃあ~言っちゃったー!
人狼のコスプレはなかなか見れないし!
しかも、かなり凝っている!
「そっそうか…」
私は続けて言った。
こういうのは、ちゃんと言わなきゃいけないと思った。
「とても格好いいし素敵です!どストライク!100点満点です!だから、天狼さんのこと怖くないです!」
オタクってだけで風当たりがひどいのに、ここまで成りきることはすごいと思った。
「私は天狼さんのこと好きですよ!」
好きなことを真剣に取り組んでいるという事がすごいし、むしろ私みたいにオタクを隠して自分までも隠している生き方はダメだと思った。
「私、天狼さんの事ずっと応援しますね!」
この人を見習って行かなきゃ。
「ん?天狼さん?どうしたんですか?」
天狼さんの様子が変だ。
ずっと下を向いている。
私変なこと言ったっけ?
「…………はっ!」
また勢いで言ってしもうたー!
こんどは頭を抱えた。
言ってもうたー!
言ってもうたー!
言ってもうたー!
そう頭の中で叫んでいる内に、小さな笑い声が聞こえた。
その笑いの主は、肩を震わせて笑っていた。
「くっくっくっくふっ」
「あの、その、笑わないでください。」
こっちは真剣に言ったのに。
めっちゃ恥ずかしいこと言ったのに…
「ああすまんな、私の様な者は人によく怖がれてな。それに、こうもはっきりと言われたのは初めてかもしれん」
天狼さんは、顔を上げて私をじっと見て言った。
紫の瞳がきれいで見とれてしまう。
欠けた月が照らす銀色の髪が透き通っていて、美しく輝いている。
確かに、この人は怖い。
人ではないような色をもっているし、独特な雰囲気がある。
天狼さんが、助けてくれなかったら、私はこの人をきっと怖い人だと思ってしまうだろう。
コスプレをしているからとかそうじゃなく、この人自身から出てくる怖さがある。
今はその紫の瞳に宿ってはないけど、冷たさや鋭さがあるのだと思う。
「……私は天狼さんを知って良かったと思います。だって知らなかったら天狼さんの事、きっと怖い人だと思っていただろうし…ほんとに良かったです」
ちゃんと触れて、話して、確かめて分かること。
「って笑わないでください!」
この人はくすくすと笑う。
「このごうこんとやらを来て良かったな、場違いかと思ったがそうでもなかったな。案外悪くない」
そう言って私の頭を撫でる。
さっきよりも力入れて撫でているから、天狼さんの手の暖かさが伝わった。
わわっわわー!
「てって天狼さん!」
「なんだ、嫌か?」
うかがうように聞いてきた。
「なっ!」
これは素直に言うべきか、ウソも言えないし言うしかない。
「嫌ではないです!」
そう言うと、天狼さんはまた笑った。




