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助けてください!天狼さん。  作者: 落田プリン
第四章 走らなきゃだめですか…天狼さん。
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天狼さんと再会。(その3)

 和室で上品な畳部屋。

一目見て、旅館で泊まるような部屋だ。

その部屋の隅で、私は膝を抱えた。

未だに天狼さんの言葉が耳に残っていた。

続きが欲しければ、床へ来い。刺激をやるぞ…。

その言葉は、ある意味侮辱。

だが、私の本質を見抜かれたと言えば、穴があったら入りたい。

「……天狼さんの、ばか」

ぐっと目をつぶっては、その思考もろともかき消そうとしたが、濡れた頬と首元が起きたことを思い出させた。

すると、頭上にある気配を感じた。

この感じ…。

「いやはや、灯花たんを泣かすなどと不届き者でござるな~」

声の主に私はそのままの体制で答えた。

「一人にしてください…オタ面さん」

今、あなたの相手はしたくないし、顔も見られたくない。

だけど、私の言葉を無視をして、オタ面さんは手を伸ばして来た。

「ふむふむ、可哀そうに…拙者が慰めてやろうぞ!」

「いい加減にしてください」

「ぬう…」

私に触れようとしたオタ面さんは、手を引っ込めた。

だけど、代わりに寄こしたのは、白い布切れだった。

「これで拭くといい…」

「……ありが、とうございます…」

私は渋々、それを受け取った。

唾液で濡れた頬と首を拭いた。

オタ面さんはそのまま私の横に座り、あぐらをかいた。

結局、そばにいるんですね…。

一人にしてと頼んでいるのに、離れてはくれない。

正直、鬱陶(うっとう)しい…。

私は一つため息をついては、オタ面さんに聞いた。

「…今まで、どこにいたんですか?」

鬼のお面をしているオタ面さんの表情は伺えない。

だけど、その様子からは少し笑っているようにも見える。

「拙者は、拙者のやるべきことをしたまでのこと」

「そうですか」

聞いても話してはくれなさそうだ。

いつものことだけど。

「しかし、また派手なことが起きたでござるな~」

「派手なこと?」

「天狼坊ちゃんのことでござるよ。床に就いていることも聞いたでござる」

「そうですね…」

「ぐふふっ…これだから、童貞の(こじ)らせ坊主は…ぐふふっ…」

「なんですか…それ。天狼さんのことを言っているんですか?天狼さんは童貞…なんかじゃ…」

ないと思う…。

さすがに、27歳で…そんな…。

「童貞でござるよ」

お面を付けててもわかった。

真顔で答えるな。

「ねぇこれ、私が聞いていい話なの?」

モテモテだと思っていた。

好きな人がいてもおかしくないのに…なんで…。

「童貞と言うより、めんどくさい男だと言っているぞよ」

「悪口なら他所に行ってください」

「まあまあ、拙者の愚痴だと思って聞いてくれでござる」

「…………」

灯花は膝に張っている絆創膏をいじっては、陽炎の言葉に耳を傾けた。

「天狼坊ちゃんは、見たまんま坊ちゃん育ちでござるよ。だが、決して甘やして育ったわけではないぞよ。天狼の名に相応しく、厳しく育てられたでござる。そのせいか、天狼の名ばかりこだわってな…」

私は首を傾げた。

「天狼の名?天狼が名前じゃなくて?」

「天狼と言う名は…個を表す名でござる。通り名だと思っていいでござるよ」

私は反射的に、オタ面さんのお面を見た。

「じゃあ天狼さんの本当の名前があるってこと!」

オタ面さんは深く頷き言葉を出した。

「うむ、久遠司狼(くおんしろう)と名でござる。久遠は永久の久に永遠の遠、司狼はそのまま、司る(おおかみ)

「久遠、司狼…くおんって、聞いたことある。…うちの学校で名乗っている名前がそう」

「それが天狼坊ちゃんの(まこと)の名でござるよ」

学校では、久遠先生として名乗っていたのに、実名を隠すように天狼を名乗っていた。

「なんで、天狼って名乗って…」

「それが、生まれ落ちた使命だからでござるよ。天狼は神の名。この世の狼達を統べる王」

「王…」

山犬さん達が天狼の名に敏感だった理由は、天狼と言う神様に反応したからだった。

「山犬達が警戒し極秘に扱う理由がこれでわかったでござるな」

オタ面さんの話で天狼さんのことをやっと知れた。

本当に身分違いの人だったのだ。

……でも。

「王様だから、天狼だから…先生をやめるのですか…」

一番気になることを私は言葉にしていた。

「それは天狼坊ちゃんが決めたこと。拙者はただの鬼門の番人ぞ」

「…………」

そんな切るような言葉を出されたら、こちらが言葉を失う。

私は再び、膝の絆創膏を見る。

いじり過ぎたのか、少しずつ剝がれてきていた。

陽炎はそんな灯花を見ては、言葉を続けた。

「だが、名ばかり気にして、灯花たんに迷惑かけたのは頂けないでござる」

その言葉を聞いて、灯花は反射した。

「……っ!それは、私から関わろうとして…」

「いいや、面と向かって伝えなかった天狼坊ちゃんが悪い。そして、見舞いに来た灯花たんを辱めたのも悪いぞよ。言ったでござろう?童貞の拗らせ坊主とな。相手を拗らせては困らせる坊主(こども)だと」

「天狼さんが、子供?」

「ぐふふっ…大人になっても、まだまだ子供だということでござる。要は拗ねているでござるよ。天狼の名に相応しくない行動を取ってしまったから、拗ねておる。」

「拗ねてって…そんな…」

「ぐふふっ…まったく、めんどくさい男に育ったでござるな~……さて…」

オタ面さんは、その場から立ち上がった。

「……?どこに行くのですか?」

私は自然とオタ面さんに聞いていた。

「灯花たん、これだけは言っておくでござる。その右目に入っているモノは、白猿(はくえい)()ぞよ。禁忌の箱に封じているモノ全てを取り出すことも、入れることが出来る四次元ポケットでござる」

「そんな、未来型ロボットの機能が……!」

「だが、モノを知らぬと取り出すことも、入れることも出来んぞよ。それに、何度も出し入れするほど、灯花たんの目は持たないでござる」

「えっ?」

「失明すると言っているでござるよ」

「はあ~~!!」

私はとっさに右目を押さえた。

痛みも何ともない右目。

失明と言う言葉に顔を青ざめていくのがわかった。

「これ以降、禁忌から何かを取り出すのはやめるでござる。それに、拙者はもう取り出せないでござるし、助太刀も出せぬでござろう」

「と、取り出せないって…」

「箱から取り出したモノをどうやって、また取り出せるでござるか?一堺(いっかい)一現(いちげん)、一度の潜りで一度だけの具現でござる。この法則が原則でござるよ。それ以上の事をすれば、これ以上の負荷も掛かるし、代償もある」

「…………」

「簡単に言うと道路と一緒でござる。誰も逆走して走らないでござろう?もし走れば、事故が起きるし、事故が起きたら代償(ペナルティ)があるでござる」

今の説明でようやくわかった。

「わかりました…気を付けます」

「ではな…あと、拙者を呼び出した代金は、ツケておくでござる」

「ツケってまさか…」

禁忌の箱での同伴に対価として、コスプレを要求してして来たのである。

私はまだその対価を払っていない。

「そのまさかでござる。ぐっふふふ…灯花たん、借金が増えつつであるな~楽しみでござる…」

「ぅっ………」

背筋からぞぞぞと悪寒がした。

いったい…私にどんなコスプレをさせようと考えているのだろう…。

絶対、ろくなコスプレじゃあない。

灯花が身を引いていると、陽炎は自分の着崩れを見つけてはそれを直してから、部屋から出て行こうとしていた。

曼殊沙華の刺繍が施した着物が軽く翻った。

私は最後にオタ面さんに言葉を掛けた。

「あの!オタ面さん…!その、えっと…気持ちが少し楽になったと言うか…どうして、天狼さんがああなったのか、わかったので…だから…ありが、とうございます」

オタ面さんに対して、素直になれない所があってか、(つまづ)きながらの言葉になってしまった。

これで伝わっただろうか…?

オタ面さんは、私に背を向けたまま言葉を出した。

「なに、数少ないオタク仲間が落ち込んでいたから声を掛けたでござるよ」

そう言い、オタ面さんは部屋から出て行った。

「……オタク仲間って…まったく…」

灯花は静かになった部屋で、少しだけ、はにかんだ笑みを浮かべた。

そして、膝に張っていた剥がれかけの絆創膏を一気に剝がした。

読んでくれてありがとうございます!(o*。_。)oペコッ

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