幕間 陽炎のその後。
灯花達が廃トンネルから出た直後のことだった。
廃トンネルの先は瓦礫で塞がれて通れなかったはずだが、その瓦礫の先から会話が聴こえて来た。
「ちょっと聞いてよ~~!」
「ウマし!」
「やあウサギさん、また随分と痩せたね。ダイエットはほどほどにしないとだめだよ」
「これがどこがダイエットよ~~!頭だけよ~!」
「ウマし!」
「それで、僕が大人しくお留守番をしていた間に、収穫はあったのかい?」
「あったと思うの~?」
「さあどうだろうねぇ、ウサギさんの事だから時間がさえあれば、成果はあったと思うんだけど?」
「わかっているじゃない」
一人はオカマ口調の人物、もう一人は一定の言葉しか使わないようだ。
そして、最後の一人は優雅な話し方をする人物。
陽炎は、彼らの会話に入ってみることにした。
「何だか楽しそうでござるな、拙者も仲間に入りたいでござる」
闇影からぬっと現れた陽炎に、彼らは臆することなく言葉を出した。
「あ~ら聞いていたの~趣味悪~い」
「ウマし!」
「これはこれは…」
ワゴン車の前には、ウマの着ぐるみと頭だけのウサギの着ぐるみ、そして、ヒツジの着ぐるみがいた。
「…主らは、ここを遊園地と間違えておらんか?」
陽炎の素朴な疑問に対して答えたのは、ヒツジの着ぐるみだった。
「いいや、間違ってはいないよ。僕たちにとってはここが仕事場なんだ」
陽炎はその言葉を聞いて目を細めた。
彼らは、この廃トンネルことを言っているわけではない、あくまで、この土地で開いた幽世を遊園地として考えている。
「そうでござったか…これは失礼した。だが、子供達はもう帰ってしまったぞ?」
「おやおやもう帰ってしまったのかい?それは残念だ。一緒に遊びたかったのに……だけど、君はいただけないな。ここは遊園地の舞台裏、関係者以外立ち入り禁止だよ?…迷子かな?」
ヒツジの流暢な口ぶりに、陽炎は鬼の仮面の下でニヤリと笑った。
「拙者はこう見えても警備員なのでな…盗人がいれば取り締まるが?」
陽炎は背に差している刀に腕を回した。
すると、ヒツジの着ぐるみは軽く笑い言葉を出した。
「ふふっ…盗人なんて人聞き悪いことを言わないでくれよ。僕たちはあくまで、ここに遊園地があるから応援に来たまでだよ。ほら、キャストは多い方が楽しいだろう?……まあでも、僕らがもう少し早くここにたどり着いていれば、もっと楽しかったはずだけど…残念だったね」
「なにか仕掛けるつもりだったのか?」
「もちろんだよ!でも、いつだってアクシデントは付き物だよね。予定より早くに遊園地は閉店してしまった。僕としては、物足りない遊園地。ウサギさんは楽しんでいたみたいだけど、仕事熱心過ぎて、ほら見て…瘦せこけちゃって!」
ヒツジの着ぐるみは頭だけのウサギを見ては、可哀そうだと言わんばかりの泣き真似をした。
それをツッコミを入れるウサギ。
「痩せてないわよ」
ヒツジの着ぐるみは、次はウマの着ぐるみを見ては、また泣き真似をした。
「おウマさんも可哀そうに…働き過ぎてこんなんだよ!」
ウマの着ぐるみは、己の筋肉…いや着ぐるみを見せつけて来た。言わばポージングって奴だろう。
「ウマし!」
陽炎は呆れ、刀から刀身を抜くと言葉を出した。
「わかったわかった…お主ら、話は地獄で聞こうぞ」
その言葉を聞いたヒツジの着ぐるみは、やれやれと言わんばかりにポーズをした。
「わからない鬼だねぇ」
陽炎は、黒糸を瞬時にこの空間に張り、鈴を鳴らした。
背に差している刀に腕を回す姿勢は、あくまで振りで本題は拘束。
布を絞めつけ破く音がトンネル内に響いた。
陽炎は着ぐるみ達から綿を溢れ出させるとそのにおいを嗅いだ。
間違いなく、地獄蟲のにおいだった。
「主ら、随分と臭いな」
すると、頭だけのウサギは騒ぎ出した。
「ま~~臭いだなんて!!失礼しちゃう!」
次にヒツジが言葉を出した。
「そうだよ、僕たちは汗をかく仕事なのに酷いな」
ウマもポーズを決めたままだった。
「ウマし!」
彼らは拘束されても余裕の言葉を述べ続けた。
この状況は陽炎の方が分が悪かったという証拠でもあった。
彼らの余裕は、確信があってのもの。
「…………」
夜闇より深い闇が、陽炎の頭上に広がっていた。
「……キャストが多すぎのも、暑苦しいものだな」
陽炎が吐露すると頭上から、ぶんぶんと蜂の瞬く音が響いた。
蜂蟲の中でも質が悪いのは、黒蜂と言う種。
一般的に言うと大型のスズメバチの何倍の攻撃性が強い蜂。
その蜂の巣を持ってこられるとはな…。
陽炎は鬼の仮面の下で、息を吐いた。
山犬達が廃トンネルに入った時には、灯花達が入っていた状況とは全く違っていた。
瓦礫によって塞がれていたトンネルの先が、幽世によって開いていた。
この土地の幽世は崩壊したが、この場所に新しくできた幽世だった。
正俊達はその幽世に突入した。
そこには、驚くべき光景が広がっていた。
辺り中に黒蜂の死骸で埋め尽くすされていたのだ。
幽世から一匹も出なかったのがむしろ不思議なくらいな、悲惨な状態だった。
正俊はこの惨状に口の橋が吊り上がった。
「やべぇじゃん、ここ…」
「正俊、気を引き締めろ。並の状況じゃない…」
勝馬が警戒する中、黒スーツの女性は鼻を押さえた。
「においが酷いわ、鼻がもげそうよ…それに…」
彼らが警戒するのもその筈、トンネル中に黒糸が張り巡らさせていたからだ。
一度触れれば、バッサリと肌が切れる。
正俊達は、それを避けつつトンネルを通った。
だが、奥へと進むには黒糸を切らねばならなかった。
正俊は山犬の二人に合図しては、刀から刀身を抜いた。
黒糸に刀身が触れようとした時、辺りを張っていた黒糸が、突然、緩んでは影の中にしゅるりとに消えて行った。
「……っ!」
正俊達が警戒する中、あるにおいが漂って来た。
獣のにおいだ。
それも、人狼特有の。
正俊達が陽炎と出会うのはその数分後だった。
陽炎は、黒蜂の死骸の山の上で正俊達を待っていた。
「遅いでござる!拙者は今、イライラモードマックスリューハートでござるぞ!」
「……………」
「………………」
「…………」
山犬達の間で沈黙が続いた。
そして、正俊が思い出したと言うようにポンと相槌を打った。
「ああ~わかった!モザイクハートの奴だよね!毎週日曜日にあるやつ!」
陽炎は、正俊の言葉に星を見つけたように目を輝かせた。
「よくわかったでござるな!さてはお主、キラキラハートが好みでござるな~!」
急に振られた言葉に正俊は戸惑った。
「へっ…?キラキラハート?」
「えっ!キラキラハート知らないの!?」
黒スーツの女性は正俊が知らなかったことに驚き、正俊も同僚が知っていたことに驚いた。
「えっ!?」
「え…」
正俊と女性は、互いに戸惑った。
その場の助け舟として、勝馬が前に出た。
「そろそろ本題に入ろうか、お前達。……あなたはいったい何者です?この状況があなたが?」
警戒しながらの勝馬の問いに陽炎は行動を起こした。
「ぐふふふっその前に、まずは…」
陽炎は正俊達に近づき、右手を差し出した。
「携帯貸して欲しいでござる」
「え」
今度は勝馬が戸惑った。
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