指切りトンネル。(その33)最終。
登った先は、見知った場所だった。
筒状の空間にコンクリートの表面が削れた壁、後ろには瓦礫の山が積み重なっていた。
瓦礫の周りには、立ち入り禁止の黄色の柵や機材やなど、業者が入った跡があった。
つまりここは、廃トンネル内で、幽世に堕ちる前の場所に戻ったということだ。
「……戻ってこれた?」
灯花がそう問うと川村が答えた。
「そうじゃねーの?じゃなきゃ困る」
「そうだね…」
灯花は周りを見た。
持ち上げすぎてへとへとになっている川村君。
そんな川村君を案じているオオカミさん。
今でもぶっ倒れそうな隼人さんに、先に登ったオタ面さん…後で、説教してやる。
それと最後に、つまらなそうに欠伸をしている硯鬼。
皆を見渡し、灯花は言葉を出した。
「みんな、いるね」
灯花はたっぷりと息を吐き、一気に力を抜いた。
「はあ~~~~~……」
一気に抜けすぎて、後ろにひっくり返りそうになった。
「ひゃあ!」
「朝峰!」
「…っ!!」
灯花の真後ろには地面がなかった。
暗い穴の中に再び落ちそうになった時。
「よっと…!」
力強い手によって、落ちることはなかった。
「隼人さん…」
「まったく、お前は…」
呆れた様子で隼人は灯花を見下ろした。
「あはは…すみません…」
隼人の手を握り返しては、元の姿勢に戻った。
川村もまた灯花に手を伸ばしていた。
隼人に先を越されて、伸ばした手を誤魔化すように、手首を振っては言葉を出した。
「勘弁しろよ、また上げるのはごめんだ」
すねたように言葉を出してくる川村に、灯花は言葉を返した。
「ごめんってば」
「おっさんが上がって来た時は、ロープを放しそうになったしな」
「それは、オタ面さんに言ってよ…」
「ま、いいけどよ。無事にみんな上がってこれたわけだし…」
川村はそう言って、茶色の毛並みのオオカミの方を見ては、オオカミの頭をガシガシと掻いた。
オオカミはキュウと小さく鳴いた。
灯花が落ちそうになった穴は、3メールほどの深さがあった。
そして、その穴の奥には、何かを祀るような小さな家があった。
瓦礫の石で家の屋根が潰れていた。
「これって…祠?」
この祠で、山の神を祀っていたのだろうか?
灯花がそう思っていると、陽炎は硯鬼入り瓶を片手で持ちながら言葉を出した。
「その祠には、もう神はいないでござる」
「…倒しちゃったですもんね」
「ぐっふふふっ…拙者は、最強でござるよ~」
「最強て…」
「あの神は、かつては名のある神であったでござろう。だが、時が経つにつれ、忘れられ廃れた。あのように悪鬼のようになってしまったのは、とても残念でござる」
「なんだか可哀そう…忘れられて、この薄暗いトンネルに祀られてあるなんて…」
灯花がそう言葉を出すと、陽炎は崩れた瓦礫の方を見ては答えた。
「仕方ないでござるよ、人も土地も変わりゆくものでござる。ところで灯花たん、拙者をおっさん呼ばわりしたあの小僧は先に行ったでござるよ?」
「えっああー!!置いてかないで!」
灯花は、先に出口の方へと向かった川村達を追いかけた。
「若いの、そちも行くがいい」
向けられた言葉は隼人に向けられた。
「あなたはいったい…?」
「拙者は、鬼ぞ。鬼に追われたいか?」
「…いえ」
隼人は陽炎に対して訝しげな様子を見せたが、灯花達の事もありその足を渋々動かした。
陽炎は一人、自分のペースでトンネルから出ることにした。
「ぐふふふ…人は恐ろしいなぁ…なあ?山の神よ」
その言葉を残して、陽炎はその場から去った。
静かになった祠に、パキリと何かが割れる音が鳴った。
それは、祠に祀っていた動物の骨が割れた音だった。
灯花は、トンネルの出口付近で座り込んでいる川村を見つけた。
「川村君、どうしたの…?」
灯花が近づくとそこには、地蔵様が立っていた。
「あ、このお地蔵様…」
確か、私と川村君がきれいにしたあのお地蔵様だ…。
あったことをすっかり忘れていた。
灯花がお地蔵様をのぞき込むと川村は言葉を出した。
「晃がお地蔵様に感謝しとけってさ…」
「晃って…あのオオカミさんの名前?」
「ああ…そんでもって、俺らが無事に帰ってこられたのは、お地蔵様の導きがあったからだってさ」
「えっそうなの?」
「ほら、月夜がきれいだろ?」
川村は顎でしゃくっては、灯花に示した。
「そうだね…月が眩しいね」
トンネルに差し込む月明かりは、道を照らすには十分な明るさだった。
「それに、風が気持ちいいねぇ!」
ずっと、カビと埃と血生臭い所にいたから、新鮮な空気はすごく気持ちよかった。
森林をなびく風とか、なおよかった。
ああ外だあーって、感じた。
灯花は気づく。
「その、晃さん?は、どこにいるの?」
川村はお地蔵様に手を合わせて、言葉を出した。
「ちょっと散歩。えっと…隼人だっけ?隼人、お前に用があるってさ」
「隼人さんなら、もう行っちゃったよ?」
「……ならいい」
「それより…いいの?晃さんのこと…」
「いいんだ…さっき散々話したから、いい…」
「そっか…」
灯花は川村に並んで、お地蔵様に感謝の祈りを捧げた。
隼人は重い身体を引きずっては、晃の元へと向かった。
一歩一歩ずつ歩く度に、血の気が引いているのがわかった。
まずいな…これは…。
これでは、刀を振るえない。
相棒となった山犬は、互いに膿蟲になった相棒を処罰する決まりになっている。
だが、例外はある。
天狼とその八羽織とその関係者は、適応されない。
理由は簡単。
山犬達を束ねる長とその神だからだ。
関係者はその親族達。
一度も二度も同じ、仲間殺しを良しとしない。
こうした仲間殺し…処罰は、山犬の仕事だ。
老朽化している割れたコンクリートの上で伏せている茶色のオオカミがいた。
月夜に照らされながら、静かに風を感じているようだった。
隼人はそのオオカミのそばに腰を下ろした。
オオカミの頭をガシガシと掻いては、言葉を出した。
「嫌な役回りだ…なあ相棒」
「すまないな…隼人」
目を瞑ってはびくともしないオオカミに、隼人は重い息を吐いたが、すべてを吐き切ることはできなかった。
「隼人、本当にすまない…」
「謝るな…!なんだ?俺は、ずっとあんたの子供か?いい加減俺を見ろ!」
「…………見てるさ、隼人」
「……っ」
「日に日に大きくなって行くお前を、ずっと見ていた」
「だったら…!」
「だからこそ、父親らしくお前の前を歩きたい」
「……うぐっ…くっぅ…」
「なんだ、泣いているのか?まだまだ子供だな…」
「うる、さい……くそ父親」
「…まだ反抗期か…?まだまだ…だな………………は、やと……はや、と…は、やと…は、、、や、と」
彼のリフレインは、息子の名前だった。
「とっと行けよ…親父…」
隼人は、最後の青い火を灯した。
読んでくれてありがとうございます!
評価してくれた方、ブックマークしてくれた方、星を一つでもつけてくれた方、とてもとても感謝しています!
誤字脱字や文章間違え、小説のここら辺おかしいぞとかありましたら、気兼ねなく教えてください。
自身の成長のため、とても励みになります。
これからも、マイペースではありますが、がんばって投稿していきたいと思います。
by落田プリン