指切りトンネル。(その32)
隼人は、己の仇である目の前にいる山姥を睨んだ。
睨む瞳には、黒い刃が宿っていた。
灯花はそんな彼の背を見て、もう止めなかった。
その場にできたことは、その後ろを見守ることだった。
灯花が息を呑んでいると、同じく山姥を退治しようとしていた陽炎が行動を始めた。
「拙者は、先に参るでござる」
その言葉を聞いて、灯花は振り返った。
そこには陽炎が、既に黒ロープを掴んでいた。
ロープがここにあるのは、先に引き上げたオオカミが、無事にたどり着いたということだ。
そのロープが陽炎が掴んでいるとなると…。
「おっ…オタ面さん?」
確か、上に登る順番は、隼人に、私に、そして、オタ面さんだったはず…。
「ああー!」
「大事ないでござるよ~硯鬼は拙者が持って行くでござる~ぐふふふっ」
陽炎はそう言って、片手に硯鬼を持って、上へと上がって行った。
灯花はその光景を口をあんぐりと開けては、呆れていた。
一番元気な人が、先に行ってしまうとは…。
この場に残っているのは、灯花と隼人だけとなった。
隼人は刀の塚と己の手をネクタイで縛ると、山姥に向ける刃を構えなおした。
すると、山姥は突然、奇声を上げた。
「ギィヤアアア!!」
山姥の指のない指からは、先が尖っている骨のようなものが伸びていた。
両指10本とも、かぎ爪のように鋭かった。
山姥は近くの岩壁を引っ搔いては、こちらを煽っているようだった。
「ギィイイヤァアア!!」
「…ふんっ来い、か…ならば、お望み通り斬って捨ててやる!」
隼人は山姥に向かって駆けた。
揺れる洞窟内での隼人の足は軽かった。
その足で強く地面を蹴り、山姥へと刃を振り下ろした。
だが、その攻撃は、一つの刃に10本の刃には敵わなかった。
山姥は隼人の攻撃の前に、隼人の身体に10本のかぎ爪を交差に突き刺したのだ。
「隼人さん!」
灯花はとっさに名を呼んだ。
すると、洞窟のどこからか、隼人の声がした。
「うるさい」
「えっ?」
どこからかと辺りを探した。
そして、見つけた時には、灯花はまたもや口を開けてはポカンとした。
隼人が二人いたのだ。
山姥の正面と真後ろに。
「ギイィイ……?」
「俺が堂々と真正面から斬りかかると思ったか?甘いな、俺は山犬の中でもひねくれものの卑怯者だ。そんでもって、後ろを獲るのが好きな男だ」
バサッ!!
隼人の振り下ろした刃は、山姥の首を落とした。
ドサッと首の嫌な音が地面に響いた。
悲鳴一つ上げることなく山姥は、首を失くした。
山姥を斬った隼人は言葉を出した。
「…戻れ、黒古」
山姥の前にいた隼人が突然、真っ黒く濁った。
真っ黒人間になっては、その身体を粘土のようにくねらせた。
小さいボール状になっては形を作り、そして、小さな黒鼠なった。
黒鼠は、本物の隼人の足元へと来ると影の池にするりと入って行った。
一部始終を見た灯花は、言葉を失くした。
「…………」
そんな灯花に隼人は言葉をかけた。
「終わったぞ」
「あ、はい…」
灯花がぽつりと返事をすると、山姥の亡骸が変形し、数体の白い芋蟲になった。
この白い芋蟲は、トンネルで見た芋蟲に間違いないだろう。
人に擬態する特性を持っている。
擬態が解けると攻撃性はなくなるみたいだ。
現に芋蟲達は、うねうねと体を動かし、必死に逃げ出していた。
それを許さなかったのは隼人だった。
一気に青い炎が芋蟲達を焼き払った。
芋蟲達の焼かれる悲鳴を聞きても、その顔は冷徹だった。
灯花は耳を塞ぎたくなった。
ギイィギイィと鳴く芋蟲達は、紛れなく生きているからだ。
灯花は芋蟲達に言葉をぽつりと出した。
「鳴かないでよ…誰も助けには来ないよ」
なぜなら、その前にあなた達を私が灰にするから…。
灯花は黒の扇子を握った。
洞窟の揺れが最高潮となった時、灯花達は黒ロープに掴まっていた。
黒ロープの数が二本になっていたからだ。
上で陽炎がロープを増やしてくれたようだった。
灯花はロープにしっかりと掴まっては、落ちないように必死だった。
「う、う…うぉ…」
上と上がるロープに胸を高鳴らせた。
落とさないでよ!頼むから!
そして、天井の割れ目から強い光を浴びた時、下から洞窟が崩れる音が強く響いて来た。
灯花は、その音は幽世が壊れる音だと思った。
その音を聞きながら、灯花は上へと手を伸ばした。
すると、自分の手より少し大きな手が伸びて来ては、灯花はその手を掴んだ。
「おせーよ朝峰!」
川村の声を聞いた。
灯花は笑みを浮かべながら言葉を出した。
「ごめん、お待たせ」