ここは、どこ?(その6)最終。
私は、天狼さんとお茶をしていた。
美味しい芋ようかんをごちそうになっていた。
私は今朝、叩き起こされたこと、ここが旅館のようだったこととか話した。
天狼さんはそうかと言って聞いてくれた。
ここはどこかも私は聞いた。
ここは、水源の森と言うところで、そこの水神の加護の下で森に屋敷を構えて、山犬の住処にしていた。
その水神様の神使である、道司さんがここの土地を守っていることも知った。
りんさんのことを私は話した。
金髪の青年の事だ。
りんさんは、本当に蟲退治に出かけているらしい。基本、山犬たちはお昼から朝まで仕事に出かけて、蟲が活発する時間帯を狙っているらしい。
お昼時に朝食のような食事をしていたのは、山犬たちに合わせて食事を出しているためであった。
山犬たちは仕事に出るまで、各々稽古しているらしい。
私が会った時、山犬たちが道着姿だったのは稽古のあとだったからだった。
次に月子さんたちのことだ。
聞いた通り、ここの女性は山犬の奥さんらしい。
家事全般をこなしているらしくて日々大変らしい。私が借り出されるのはうなずける。
そんな山犬の妻たちのほかに、理由があって山犬の保護を求める人がいるらしい。
蟲によって襲われて、家族を亡くした人たちがいるらしくて詳しいことはわからないけど、その人たちも一緒に暮らしているらしい。
どうして彼らは身を寄せ合って暮らしているのかは、やはり蟲によるものだった。
蟲は死体を使う、そしてその蟲を利用する保健の先生のような人がいると山犬は狙われるらしい。
山犬の仲間も家族もみんな狙われるらしい。
だからこそ、天狼さんは言った。
「ここの掟がある」
「おきて、ですか?」
「そうだ」
その場に一緒に芋ようかんを食していた道司さんが口を開いた。
「まあールールみたいなものだよ」
「ルール」
「そう、ルール。これだけはなにがあっても守ること」
「そのルールってなんですか?」
天狼さんと道司さんが同時に言った。
「「この土地を決して口外してはならない」」
「…………。」
いきなりの事で黙ってしまった。
二人とも真剣な面持ちで答えるんだもの、少しびびってしまった。
道司さんが続けた。
「どうしてかわかるよね?」
「…えっと、蟲を利用している人にここのことをばれないようにするため…?」
「そいうこと。もし、バレたらここは蟲たちに襲来されちゃうし、戦えない女子供がいるし大変なことになっちゃう!だからこそ、絶対に他言は無用でお願いね!」
「……はい」
たぶん今言われなかったら、おねーちゃんにベラベラしゃべりそうになったけど…私大丈夫かな?
「なんだか、とっても不安そうだね」
不安しかないと言えばそうだ。
刃物で切り付けられそうになったら喋りそう…
今度は天狼さんが言い出した。
「本来、他者からも己からも口を割れぬように術をかけるが…術が効かないお前だ。用心してくれ。」
「そっそんな…」
言われても困る。
知ってしまった以上はどうしょうもない。
「じゃあーこうしようよ!喋ったら首をはねるとか」
物騒過ぎる!
満面の笑みで口走るよこの人!
「だってー!こうでもしないと!やばいもん!」
この人は!
天狼さんは少し考えていた。
「いや、元はと言えば私が灯花を連れて来たのが悪いのだ。私に考えさせてくれ」
天狼さんはそう言うけど…やっぱり、首はねる?
喋りそう…
脅されたら喋りそう。
「ならば、私が責任を取って腹を切る」
「ちょおお!何言っているのですか!冗談でもダメです!」
何言っているんだ!ほんとに!
「僕も灯花ちゃんに言う通りかな、天狼ちゃんはここの山犬にとって大事なんだよ」
道司さんの雰囲気がピリピリとしていた。
「たとえ、あなたが責任を取ろうとして、その前に僕はこの子を斬る」
表情が伺えないのは扇子で顔を隠しているからだ。
だけど、道司さんが本気だってことを全身で感じた。
「道司。」
「なーんてね!そんなんしないよー!喋ってもどうしようもないけどねー!奴らが入り込む前に僕がささっと片付けるけどねー!」
一気に冷めた空気が和らいだが、私にかかった冷気はしっかりと受け止めてしまった。
事の重大さがしみじみとわかった。
それぐらい大事なことなんだと。
「灯花」
天狼さんは柔らかく私の名前を呼んだ。
「灯花、喋ってよいと私は思う」
「!?っ」
「道司の言う通り、この地のことを喋った所で何も変わらん。なぜなら、私達が全力でこの地を守り通すからだ」
天狼さんはそう決心したようだった。
「天狼さん、私…頑張って喋らないようにします。出来るだけの事はしたいんです。出来るだけ危ないことはしないように、私頑張ります」
震える手をぎゅっと拳を作った。
これは大事なことなんだと自分に刻み込むように。
その手を包み込むように、天狼さんの大きな手が重なった。
「私は、お前のことも守る。それだけは忘れないでくれ」
「はい」
天狼さんのぬくもりを感じた。
「でっ二人ともほんと仲がいいよねー!」
道司さんのその言葉を聞いて、びくっとなった。
そういえば、天狼さん私の担任だ。
先生と生徒の関係ってまずいんじゃあ…
「灯花は私の生徒だ。守って当然こと」
ほら、天狼さんはそう言っているし。
ちょっと、残念だけど。
「ふーん」
怪しむように道司さんが青の瞳を細めていたが、気にしないでおこう。
あっと気づいたことがある。
一晩泊まったってことは、家に帰らなかったってことである。
やっばあー!
「天狼さん!天狼さん!私!家に連絡してない!」
とんだ、不良娘だ。
きっと心配してる!
だけど、人が慌てている時に天狼さんは平然としていた。
「そうか、それは大変だな」
ちょっと!天狼さん!
「私!親に連絡します!きっと心配してると思いますので!ああ、そうだ!携帯どこだろう!」
あわわ!
確かカバンの中にあるはず、だけどカバンはどこにー!
「それなら、国光」
「はっ」
襖が開いた。廊下に控えていたのだろう、国光さんが現れた。
「既に、親元に連絡が入っています」
「えっ!」
どうやって?
「だそうだ、安心するといい」
天狼さんはお茶をすすってゆっくりしていた。
「ででも、私、お泊りなんて中学の修学旅行以来ですし、きっと心配してます!かっ帰らなきゃ!」
そう、帰る。
私はもとより帰るつもりだった。
お家に帰って、布団に入ってゲームしてアニメ見てとやることがたくさんある。
天狼さんはきょとんとしていた。
「帰るのか?」
「はい!帰ります!」
「……そうか、帰るのか…」
なんだかすねたような感じになってるけど、まさかね。
ずっと、天狼さんのそばにいたいけど、そう言ってはいられないし。
私は学生で、天狼さんは先生だ。
これ以上はダメだろう。
「私、帰ります」
私は、帰る準備を始めた。
最初に目覚めた部屋に戻っていた。
月子さんに部屋を教えてもらい、途中、出会ったゆず子さんに制服を返してもらった。
ゆず子さんには、あんな態度をしてしまった事を謝った。
そしたら、私もきついことを言ってしまったと言ってゆず子さんも謝って来たのだ。
こちらも、なんだか申し訳がなかったな。泣いてばかりだったし役にも立てなかったし。
月子さんとゆず子さんも本当に優しい人なんだなと思った。
紺の着物を一人で脱げなかったから、脱ぐ手伝いをしてくれた。
お腹あたりは、絞めていたから汗でびっしょりだった。
うわ、湿ってる!
ちょっと恥ずかしかったけど。
なにより、ずっと絞めていたからお腹がスッとしていた。
なんだか、軽かった。
制服に着替えると、すぐにカバンを探した。
国光さんに聞いてカバンは部屋に置いてると聞いたから探した。
案外すぐ近くにあって、自分はバカかと思った。
そういえば、痛めていた怪我は治療してあったことを思い出した。
しっかり、治療してあったからあれだけ着物で動いても痛くなかった。
きっと、国光さんが治してくれたんだろう。
変に逃げたから、きっと気にしてるかもしれない。
会ったら謝らないと思った。
カバンから携帯を取り出すと。
オーマイガー!
携帯の電池が無かった。
仕方ないのでそのまま帰るしかなかった。
カバンを持って、廊下を出ると千鶴さんが立っていた。
おっと!
いきなり、お弁当箱のような包みを受け取った。
そして、千鶴さんは何も言わずに去ってしまった。
包みの中を見ると、木箱だった。中にはおはぎが入っていた。
月子さん曰く、千鶴さんの手作りだそうだ。
なんてありがたいんだ。
ありがとうございます。
千鶴さん。
お屋敷の玄関まで、ゆず子さんに案内してもらった。
実の所、子供は苦手だけど真澄君のような可愛い子はいいと思う。
そのことをゆず子さんに話すと真澄君も私の事を気にいってくれたぽいだと言っていた。
人前で、人になったりオオカミになったりしないんだって。
やっぱり、裸になるのだからかな?
天狼さんも脱ぎそうだったし!
玄関を出るともう夕方だった。
ほんとにお山に囲まれた場所だった。
森の合間に夕陽の光が差し込んできた。
お屋敷から少し離れた所に神社によくある門があった。
そこから、石畳の階段を下るぽい。
それが急な階段だ。
さすが山。
ゆず子さんは慣れているんだな、着物でもすいすいと下っている。
後から、月子さんもゆっくりだけど下ってる。
夕陽に照らされる森はとてもきれいだった。
とても新鮮で素敵な気持ちだった。
携帯が生きていたら写真でも撮ればよかった。
あっでもここの事を喋ったりしたらダメだから、きっと写真もダメなんだろうか?
山犬たちのとっては大事な場所だ。
そう簡単に話したらダメなんだ。
しっかりしないといけないな。
だけど、今日の事はしっかり心に焼き付けよう、この夕陽と共に。
階段を下って行って、広い荒野があった。
そこを進むと車が置ける場所があった。
エンジン音でわかった。
あの車は動くこともそれが私を乗せてくれることもわかった。
黒塗りの高級車の前に国光さんが待機していた。
「あの、国光さん!」
「はい、何でしょう」
「えっと、その、変に逃げてしまってすみませんでした。そして、怪我を治してくれてありがとうございます!」
「いいえ、貴方に失礼なことをしたのは私です。申し訳ありません」
国光さんは腰を曲げて頭を下げた。
「あっわわわあ!」
困ってる私に月子さんは言ってくれた。
「なら、この子をしっかり守らんとね」
優しく微笑みながら国光さんに諭した。
「はい」
国光さんはそう返事をして、車の後座席の扉を開けた。
「どうぞ、私が責任を持って貴方を家まで送りましょう」
今度は少し柔らかそうな表情だった。
「はい、お願いします」
と私は頭を下げた。
車に乗り込むとめっちゃシートが柔らかったし、座りやすかった。
やば!これがメスセデスベンツ!
初めて乗った!
ちょっと興奮してたら、月子さんとゆず子さんは言った。
「また、遊びにいらっしゃい!」
「来たら、またしごいてやるから覚悟はしておきな!」
月子さんはおばあちゃん家に来るみたいに言ってくれるが、ゆず子さんは相変わらず旅館スタイルだ。
「はい、わかりました。あの、短い間でしたがお世話になりました」
そう言うと合図となり、扉が閉まった。
国光さんが車に乗り込むと発進した。
二人はずっと見えなくなるまで見送ってくれた。
なんだか、短い神隠しあったようだ。
なんだか本当に笑えて来る。
こんな日はいいと思う。
案外、悪くないな。
嫌なことがあっても悪くない。
今の自分は、きっと優しい笑みを浮かべているのだろう。
今宵の月夜を眺めて天狼は想う。
引き寄せた さだめの糸は はかなしく 君を思えば 刹那に切れぬ
最後の和歌は、天狼が灯花へを想った歌です。
※初めて作った和歌なので、間違っていたら指摘お願いします。