指切りトンネル。(その30)
「終わったな…」
陽炎の言葉で、この土地にいた都市伝説が消えたことがわかった。
そして、薄暗い洞窟内に僅かな揺れが始まった。
それは、幽世の崩壊の始まりだった。
灯花は落ち葉の上に座り込んでは、その場でぼーとしていた。
山の神が崩れた直後だった。
オオカミが白装束の少女を喰い殺したのだ。
「………おい…おい朝峰!」
声をかけられ、はっとした。
「川村君…」
「気持ちはわかる、だが、今は我慢しろ…」
その言葉で灯花はゆっくり頷いた。
「うん」
オオカミは、犬のように人を傷つけないと甘く見ていた。
思ったより、ショックな出来事だ。
川村はぐったりしている山犬の腕を肩に担いでは、立ち上がった。
「早いとこ、ここから出ようぜ!」
「うん」
灯花もまた、山犬の腕を肩に担いだ。
崩壊の揺れは、次第に強くなっていった。
揺れる中、川村は振り返っては名を呼んだ。
「晃!」
茶色の毛並みを持つオオカミは口元を濡らしながら、ぽつりと言葉を出した。
「私はここまでだ…」
その言葉を聞いた川村は怒り出した。
「はあ!なに言ってんだよ!一緒に出るんだろうが!」
「…ありがとう、でも、私はとっくに死んでいる」
「…何言って…」
川村は驚いた顔をしたが、同時に苦虫を噛んだような顔をした。
川村もまた、どこかでわかっていた。
オオカミの姿は無残なものだった。
その姿を見たら、誰だって手遅れだと思うだろう。
「ぁあーくそ!くそったれ!いいから来い!」
駄々っ子のように言い出す川村に、灯花はショックのあまりに言葉を失っていた。
大口叩いただけで、何もできてない。
誰も、救えてない。
また、残していくのか…。
りんさんみたいに…。
灯花が下を向いて嘆いていると、川村は担いでいる山犬を離した。
「…かっ川村君!」
「つべこべ言わず、一緒に行くぞ!晃!」
川村はオオカミに手を伸ばした。
「…っ!!」
その時、ずっと動かなかったオオカミの瞳孔が動いた。
瞳にビー玉のような輝きが映った。
まるで、生きてるようだった。
山犬さんの命の重みを感じながら。
灯花はその重さで地面に倒れ込もうとした、だが、オタ面さんにすぐに支えられた。
「らしくないでござるよ、灯花たん」
わかっているよ…。
オタ面さんの言葉に灯花は唇を噛んだ。
川村はオオカミの元へ向かうと血まみれの毛並みを抱き寄せた。
「帰るぞ!」
オオカミは優しい目をしながら言葉を送った。
「…まったく…これだから少年は」
「うるせ、ガキじゃねーよ…」
二人の会話は、まるで親子だった。
洞窟の岩壁の一部が地震によって、崩れた。
「ここから出ようぞ」
陽炎の言葉で止まっていた足を灯花達は動かし始めた。
「でも、出口はどこだ?」
川村の言葉は、この場にいるみんなと同意見だった。
灯花は上を見た。
洞窟の天井は、割れ目があった。
その割れ目から、月明かりのような光が漏れていた。
「…………」
私達は、ここまで堕ちて来た。
堕ちて来たのが、ここだった。
「…………」
堕ちて、もう一度堕ちて…これ以上に堕ちる所はあるだろうか?
岩壁が崩れても穴が開くことはなく、積もるだけだった。
「……ないよね」
…そう、これ以上堕ちれないんだ。
灯花は漏れてくる月明かりに目を細めた。
幽世の明かりは、夕陽しか見ていなかった。
この明かりは、特別のように感じた。
地下へと堕ちているのに関わらず、月明かりが漏れている。
その違和感に、灯花は思いつく。
「上に向かいましょう…」
ぼそりと言った言葉がみんなの耳に届いた。
「上って、どこだよ」
川村の言葉に灯花は答える。
人先指を使って、行くべき方向を差した。
「あの割れ目よ」
あの月明かりに向かって…。
灯花の差し示した道に皆が頷いた。