指切りトンネル。(その28)
白装束の少女が亡骸に触れた。
すると、視界が悪くなるほどの突風が吹いた。
空間を埋め尽くしていた落ち葉が一気に舞い上がった。
「……くっ!」
「うわっ!」
灯花と川村は吹き飛ばされないように地面にしがみついた。
枝木や葉先が身体中に当たって、痛い。
痛みに耐えていると風は時が止まったようにやんだ。
そして、灯花達は驚く光景を見ることになった。
「なんだ、よ…あれ」
「…………」
川村は言葉を漏らす中、灯花は言葉さえ出せなかった。
それは、山の主であり、神。
白骨した鹿の頭を被った少女がいた。
見た目はそれだけでよかった。
だが、少女が被る鹿の被り物は異常だった。
樹木のように伸びていた角は、そのまま樹木となったのだ。
紅葉した木を持つ鹿。
灯花達がそれを目にした時、再び、大量の落ち葉が舞った。
それは、神秘的な光景だった。
白装束の少女に首を齧られたオオカミがゆっくりと言葉を出した。
「君達は逃げるんだ…」
「……っ!なんだよ晃!」
何を言っているんだと川村は叫ぶ。
「なら、神相手に何ができる?」
オオカミの言葉に灯花はぞっとした。
「これが、神様?」
「しいて言うなら、山の主だ。力がある主は、死してもなお存在できるのだ。むしろ君達は、あれを何と呼ぶのだ?」
オオカミの問いに川村は吠えた。
「ざっけんな!こっちは、妖怪とか山姥だと思ったんだが!」
「それは、こちらの見解。女が山に長く住めば、何とやらだ」
つまりそれは、他者から見れば山姥に似ていたから、そう呼ばれただけだった。
「真実は、実際にこの目で見ないとわからないものだ」
オオカミの言葉で灯花は息を呑んだ。
目の前にある光景が真実だということを。
灯花達はまた、危機に陥っていた。
白装束の少女は獣のような振舞だった。
だから、隙ができ、ここまで立ち回れた。
だが、目の前にいる神様はなんだ?
人から怪物になったのなら、まだ容量の余地があった。
だけど、人ではないモノが神へとなったのなら、それは、いったいなんだ?
灯花は恐怖した。
得体の知れないモノに恐怖した。
「こわい…」
灯花の口から自然とその言葉が零れた。
そのたった一言で、積み重ねて来た勇気が崩れた。
「怖いよう…」
灯花が恐怖を覚えたところで、川村もまた、怖気づき始めた。
「なんだよ…お前まで…」
川村もまた、その場に動けなくなった。
そして、山の神は動き始めた。
小さな右足をゆっくりと前へと動かした。
動いた時、その場の空気も地面も揺れた。
樹木が動いているような揺れだった。
樹木から紅葉した葉が散る。
散った葉は、また風に舞った。
山の神は今度は、左足を前へと動かした。
灯花達は思った。
殺しに来ると。
白装束の少女を傷つけた報いを受けさせるために。
灯花が恐怖で瞳を濡らした時、声が上がった。
「けけっこんな時の鏡だろうが…」
「えっ?」
その声は硯鬼…?
「なんなら、その右目…オレ様に喰わせろ」
灯花の視界が真っ黒になった。
「……っ!」
硯鬼が何を言っているのか、わからない。
わからないんだけど…!
だけど!
「悪いことするとまた、瓶を振るわよ!」
灯花は目の前の真っ暗に平手打ちをした。
パチンと手と手が弾いた音が鳴り、真っ暗が一気に晴れた。
灯花は真っ暗の正体がわかった。
それは、硯鬼の黒手だった。
黒霧が散った今、目の前には硯鬼入り瓶があった。
「硯鬼…」
「けけっ」
灯花は瓶の中で笑う硯鬼を見た。
そういえば、このミイラもまた、得体の知れないモノだった。
「くすっ…」
硯鬼を見ていると自然と笑ってしまう。
灯花は言葉を出した。
「わかったわ!右目を使えばいいのね!」
右目って、どうやって使うのって言いたいけれど…。
そこは、頑張るしかない。
灯花は右目を押さえては、色々と考えた。
この右目に入っているのは、綾女様から頂いた鏡だ。
それは、いったい何に使うのかはわからないが、何かのヒントになるだろう。
禁忌の箱には、白猿という巨大な猿がいた。
いや、白猿という鏡があった。
その白猿は、禁忌の箱の目録をしていた。
目録の意味すらわからないが、禁忌の箱の管理をしていた。
だったら、この鏡を使って何か出せるのだろうか?
白猿も鏡を使って、武器を出していたわけだし…。
「武器って…確か、悪い武器だったような…うーん、この際、オタ面さん出てこないかな?」
オタ面さんの姿を想像する。
黒の着物を着た鬼の面をつけた人狼の姿を。
すると…右目がかっと熱くなった。
「んっ!」
右目が何かを映した。
水の中にいるような、あるいは水の上にいるような空間を見ては、そこから円を描くような波紋を見た。
「はっ!」
灯花が気が付くと、先ほどの視界に戻っていた。
右目の違和感に目をこすっては、ぱっと目を見開く。
すると、下駄を履いた人物が見えた。
「…………呼んだか?」
聞いたことがある声に灯花はビビる。
「灯花たん」
「いやいやいや…まさか、あの変態が出てくるわけが…」
すると、そばにいた川村が声を上げた。
「なんだよ!おっさん!」
鳥肌が立った。
「………まじで」
灯花は目の前で起きた出来事に驚いた。
顔を上げると、目の前には鬼の面をしたオタ面さん…陽炎がいた。
「時間勤務中でごさる!」
灯花は顔を一気に青ざめた。