指切りトンネル。(その27)
何度目だろう…この絶体絶命。
いつだって、追い詰められる。
だけど、前回と比べて、私の後ろには川村君がいる。
その奥には、山犬さんもいる。
「…………」
くちゃりくちゃりと音を立てながら、口を動かす白装束の少女。
少女が何を食べているのか、知りたくもないし、知る必要もない。
先ほど、茶色い毛並みのオオカミが戦って、そして、敗れた。
今度は、灯花を見ては血で汚れた口を見せた。
ニヤリと鋭い歯を見せては、今度はお前だと言っているようだった。
灯花はゆっくりと立ち上がった。
思い出す。
あの大学生…指を食べられて化粧品を失くした女性。
百鬼に模倣された女性。
膿蟲になった大学生達。
「もう、犠牲は出さない…出させない!」
灯花は扇子を広げ、白装束の少女に向けては言葉を出した。
「終わりにしましょう」
紅い花びらが舞った。
白装束の少女は声を荒げて笑った。
「くひゃひゃひゃひゃあ!」
それは、悦に浸った笑いだった。
灯花はその笑いに怯みそうになった。
だけど、後ろにいる川村君の存在に背中を押された。
扇子を握る手に力が入った。
白装束の少女は、じりじりと灯花に近づくと一気に襲い掛かった。
口を大きく開いては、首に喰らいつこうとしていた。
灯花は扇子を扇いで、紅い花びらを送る。
白装束に花びらが点いたが、襲い掛かる勢いは止まらなかった。
「…っ!」
火は威力を失い、消えてしまった。
こっちがおしまいなの…!?
灯花はぐっと目を瞑った。
来るだろう衝撃に備えたが、一向に来る気配がなかった。
瞼を開いてみると、視界に黒霧が舞った。
「……?」
「ぐぎゃ、ぎ、ぎい…ぎい」
黒霧を纏う巨大な黒い手が少女を握っていた。
苦しそうに喘ぐ少女。
「硯鬼…?」
「ふんっオレ様は、ととっとこのカビ臭いところから出てぇんだよ」
唇が震えた。
「…うん!一緒に、帰ろう!」
すると、白装束の少女は、奇怪な笑いをし始めた。
「きっへ…きへきへへっへきへっへ…」
硯鬼が握っている黒手から逃れようと、身体の関節を外し始めたのだ。
バキバキと骨が折れる音が鳴った。
「きっけへ…きへきへきへへっへ…」
「こいつ、マジきめぇ…」
硯鬼がドン引きしている間にも、少女は黒手の隙間から這い出てこようとしていた。
硯鬼でも長くは捕らえられないのだろう。
本格的に倒さなくては、この狂気は終わらない。
灯花は、硯鬼が押さえている間に何かできることを考えた。
まず、燃やすものを考えた。
直接、白装束に火をつけても、燃える威力がなく、すぐに消えてしまう。
膿蟲みたいに火がすぐに回るわけがないようだ。
だったら、何かに点けて火力を上げるしかない。
山犬さんの言う通り、私の火はタバコの火だ。
燃える物よって、威力が違う。
「威力があって、燃えるもの…」
この洞窟にガソリンや火薬があるわけでもない。
ふと足元を見ると落ち葉が大量にあった。
「落ち葉だけでは……あ」
落ち葉の絨毯に突き刺さっている刀を見た。
先ほど、山犬さんが戦い、手放してしまったものだ。
「…………」
山犬の戦い方は、青い炎で周りを焼いては、とどめにその刀で斬っていた。
刀は、どんなに炎を浴びても、その切っ先は全くぶれない。
火が弱点とする地獄蟲に、確実に致命傷を与えられるもの。
「やるしかない…」
灯花は刀に近づいた。
柄に指で触れては、手の全体で掴んだ。
最初掴んだ時、重くて使えきれなかったけれど…。
灯花は刀を持ち上げた。
「重い…やっぱり引きずっちゃう。それに…これにどうやって、火をつけるの?」
山犬さんが刀を持っていたから、出来たこと。
「のわあぁ…やばい…つんだかも…」
そう嘆いていると後ろから、ある声が上がった。
「やろう…やってくれんじゃん!」
「この声、川村君!」
川村はふらつきがらも、その場から立ち上がった。
頭から血が溢れ、顔のほほにまで流れていた。
「くそっ!後ろからガツキやがって!ざけんな!」
川村は悪態をついては、頭を押さえていた。
灯花はそんな彼の名を呼んだ。
「川村君!」
「おう!朝峰!」
「おう…じゃない!こっちに来て手伝って!」
「おうっあ、ああ…!」
川村はよたよたと灯花に近づいた。
「川村君!この刀を持ってて!」
「おう!じゃなかった、わかった!」
川村に刀を持たせては、灯花は扇子をもう一度広げた。
すると、硯鬼の方から声が上がった。
「やべぇ…ドジョウかよ!」
白装束の少女は、身体をびちびちとくねらせては、握り絞める黒手から逃れた。
「来るぞ!」
硯鬼の言葉に灯花は急いで、扇子を扇いだ。
火元は私!
火種は刀の刀身に!
風を呼んでは、紅い花びらが舞った。
「てらあ…!」
「うあ!あっつぅう…!!」
刀の刀身だけじゃなく、刀を持っている川村君まで花びらが点いたようだった。
「あっ!」
「朝峰!大丈夫だ!こんなの屁じゃないぜ!」
「川村君…ごめん!後で、薬塗ってあげる…!」
「それで、ちゃらだな!」
「うん!」
白装束の少女は笑いながら、飛ぶようにこちらに向かって来ていた。
「くひゃひゃひゃひゃああー!!」
「うるせーぞクソガキ!」
白装束の少女はその言葉に反応して、川村に向かって襲い掛かった。
その勢いで、川村は後ろへと押し倒された。
灯花が叫ぶ。
「川村君!」
白装束の少女は今度こそ首を噛みちぎろうと首に喰ってかかっていた。
だが、その勢いは紅い炎によって、弱まった。
刀は白装束の少女の胸に貫かれていた。
「うぎゃあああーー!!」
少女の悲鳴が上がった。
「前みてぇにはいかねーよ!」
川村は白装束の少女の胴体を蹴っては、己から引き剝がした。
「ととっとどけろ!」
川村から離れた白装束の少女は、紅い炎に巻かれて、のたうち回った。
「ぐぎゃああ、ぎあぎゃああ!!」
火を消そうと岩壁に身体を叩きつけては、暴れ出す。
「…………」
灯花達は光景に黙って見ることしかできなかった。
これで、終わってくれればいい…。
そう思いつつも、そううまくはいかなかった。
白装束の少女に纏う炎が消えた後、少女はふらつきながらも、その小さな足を動かした。
小さな足が向いた場所は、白骨した鹿の頭だった。
少女はもう笑わなかった。
笑わないどころか、泣いているすら感じられた。
「…………うっ」
小さな手が鹿の頭に触れた。