指切りトンネル。(その26)
いい匂いがする。
血の匂いに混じって、すぅーとする爽やかな香りがした。
これって、香水…?
それに、絨毯の上で寝ているような柔らかい感触がする。
なんか、あったけぇ…。
スリスリとその爽やか絨毯に擦り付けていると絨毯から呻き声が上がった。
「…うぐっ」
「えっ?」
起き上がるが、暗くてよく見えない。
灯花はライトを探した。
手だぐりで、辺りをまさぐっては探す。
「うっ…」
「…?」
さっきから、人の声が聞こえる…。
だけど、こうも真っ暗だと何もわからない。
探っていると、手先に硬いものを見つける。
運よく、近くに落ちてあるものだ。
よかった…。
この感触はライトだ。
灯花はライトを点けた。
「むっ…!」
「…………」
パっと眩しい光が視界に入る。
瞬きさせながら、霞む視界を整えた後。
妙な声をあげる声元を見ると、そこには、山犬さんが私の下敷きになっていた。
しかも、じろりと睨みつけながらこちらを見ていた。
「ぎゃ、だっ大丈夫ですか…?」
「声をかける前に、さっさと降りてくれ…」
灯花はするりと山犬の身体から降りた。
山犬は腹を押さえながら、起き上がった。
「くっ…」
「ごめんなさい……」
どうやら、山犬さんは私を庇いながら落ちたようだ。
「山犬さん…」
「私はいい…今は状況を見てくれ」
「わ、わかりました…」
灯花は慌てて周りを見渡した。
私達はトンネルを崩し、陥没させ、そして、落ちた。
果たして、幽世から出れたのだろうか?
「…………」
灯花は唇を噛んだ。
そこは、洞窟のような空間で、幾つもの石があちこちで高く積み重なっていた。
足元には落ち葉が絨毯のように敷き詰められていた。
「どうなんだ…?」
山犬の問いに灯花は力みながら言葉を出した。
「幽世です…」
「そうか…」
私達がやったことは失敗だった。
余計、深く幽世へと落ちただけだった。
悔しさが身体の奥深くから湧き上がった。
下を向いて、悔しがっていると頭に軽い衝撃が走った。
「…!」
頭を軽く叩かれたようだった。
「こんな時もあるさ…」
山犬さんからの慰めだった。
「だけど…!山犬さん!」
「私はまだ、動ける」
山犬はそう言葉を出しては、ふらつきながらも立ち上がった。
「……っ」
なんて人だ。
もう限界のはずだ。
地獄蟲で開けられた傷は既に開いている。
「…嫌です」
「なに?」
「だって…!山犬さんこのままじゃあ…死んじゃう!」
灯花は涙目になりながらも訴えた。
すると、山犬は目を細めては笑った。
「ふっ、お前に少しでも優しくするとろくなものじゃないな…調子に乗る」
「なっ!あっ痛!」
不意をつけられ、額にデコピンされた。
「う~~!!」
痛みにこらえていると山犬は足を動かした。
「ぐずぐずするな、置いていくぞ」
ふらつくだろうと思っていたその足取りは、真っすぐだった。
デコピンの痛みに堪えていると、うねうねと逃げ出そうとしていた芋蟲を見つけた。
「どこ行くの…?」
「……!!」
「逃がさない」
灯花はひょいと芋蟲を捕まえては、リュックに詰めた。
大人しくしててね…。
リュックのチャックをしっかりと閉めて、急いで山犬の後を追った。
洞窟内は薄暗く、足元もおぼつかなかった。
なぜなら、足元には大量の落ち葉が敷いてあり、それに混ざって枝木など硬いものが入っていて、歩きにくかった。
「なんて、やな所…」
こうも足場が悪い所ばかり歩かされる。
軽くため息をつくと、山犬さんは岩壁にある石に注目していた。
平たい石が何段も積み重なっていた。
それも幾つも岩壁に沿っては並んでいた。
「どうしたんですか…?」
「落ち葉を掃いた跡がある、人がやったものだろう。それに、匂いが残っている」
「匂い…?」
「お前と一緒にいた…」
「もしかして、川村君!」
この近くに川村君がいる!
「どこですか!どこにいるんですか?」
山犬に詰め寄ると軽く肩を押された。
「落ち着け、匂いは岩壁に沿って残っている。きっとこの先にいるはずだ。だが、用心しろ…蟲の匂いもしている」
「……はい」
灯花は頷き、扇子を握りしめた。
ライトは落としても、扇子はちゃんと握っていたのだ。
灯花達は、互いに相打ちをしては、岩壁に沿って歩み出した。
そして、私達は川村君達と合流を果たした。
狭い洞窟内を進んで行くと広い空間に出ると月明かりのような明りに照らされて、川村君は都市伝説の元で倒れていた。
「川村君…!!」
都市伝説、白装束の少女が川村君の手首を掴んだ。
「指を食べる気!?」
灯花が扇子を広げる前に、山犬が動いた。
刀を素早く抜いては、白装束の少女に斬りかかった。
その時、男の声が上がった。
「……よせっ!隼人!」
その言葉は、山犬の耳には届かなかった。
白装束の少女は斬りかかって来た山犬に見えない力で吹き飛ばした。
「ぐはっ!…がぁ!!」
その速さは一瞬の出来事だった。
気づけば、山犬の身体は岩壁に叩きつけられていた。
山犬の顔は苦痛で歪んだ。
山犬はずるずるとそのまま岩壁に野垂れた。
「山犬さんっ!……っ!!」
灯花は駆け寄ろうとしたが、やめた。
なぜなら、白装束の少女がこちらをじっと見ていたからだ。
少女はくすくすと笑い出す。
「なんなの…あなたは…」
今までの膿蟲と何かが違っていた。
「けけっそいつは、蟲じゃねーよ」
その声に灯花は反応した。
「その声は硯鬼!あなたいったいどこに?」
辺りを見渡すと硯鬼入り瓶は、岩壁の隅の方へと転がっていた。
「硯鬼!蟲じゃないってどういう意味なの…!」
「セツメイする前に、そいつをどうにかした方がいいんじゃねーの?喰ワレチマウゼ?」
「……っ」
気づけば、白装束の少女はすぐ近くまで迫って来ていた。
灯花が焦っていると、茶色の毛並みを持つオオカミが前に出た。
よく見ると片腕を失っていた。
「百鬼よ、私が相手をしょう」
オオカミは優しい声音で灯花に言葉を出した。
「君は、隼人を頼む」
「はやとって…」
「幸夜のために戦ってくれた彼のことだ」
「…あ、あなたは…」
「いいから行くんだ」
オオカミの強い言葉に灯花は戸惑いながら頷いた。
「わ、わかりました」
灯花は山犬さんの元へと駆け寄ろうとした時、白装束の少女は襲い掛かって来た。
「……っ!!」
瞬時にオオカミが割って入って来てくれたおかげで、難は逃れた。
オオカミは白装束の少女の首に喰らいついては、離さなかった。
「グルルル…」
「きひっきひっひひひ…」
奇怪な笑い声をあげる少女。
そんな中、灯花は動いた。
山犬の元に向かうと彼はぐったりとしていた。
「うそ…!」
灯花は急いで、山犬の安否を確かめた。
「山犬さん!山犬さん!しっかりして!」
何度も呼んでは、息があるのか確かめる。
呼吸は微かにあった。
だが、とても弱弱しいものだった。
「ああ、あああ、どうしたらいいの…!」
灯花が焦っていると山犬に動きがあった。
「…ごほっごほっ…げほっ」
山犬は血を吐きながら咳き込んだのだ。
「山犬さん…」
ひとまず、安堵した。
よかった、生きている…。
だが、予断は許されない状態だった。
山犬さんは息があるだけで、もう指一本動けないだろう。
灯花は今度は川村君を見た。
彼もまたぐったりと倒れていた。
灯花は隙を見ては川村君のそばに行く。
川村君は頭から血を流していた。
どこかで頭を打ったのだろうか?
「川村君!しっかりして!」
灯花が彼を介抱すると、オオカミの鳴き声が上がった。
「………っ!!」
鳴き声が上がった方を見ると途端に血の線が舞った。
オオカミは白装束の少女に首を嚙み千切られたのだ。
そして、そのままグシャリと音を立てて地面に転がり落ちた。
「そんなっ…!!」
この場で動けるのは私だけになった。
灯花は息を呑んだ。
一次選考も応募も落ちてしまったぜぇ!
だが、地獄蟲になっても書籍化目指すぜ!きゃほい!
カサカサカサカサ…。
ばーい、ゴキ…落田プリン。