指切りトンネル。(その25)川村視点最終。
川村は、晃に今まで起きた出来事とここに来た理由を話した。
「……これでわかっただろ?俺達は、天狼に会いたいだけで敵じゃねーよ」
その言葉を聞いた晃は深く頷いた。
「なるほど、納得する話だ。まさか、術にかからなかった子がいたとは…」
晃の言葉に川村は確信した。
「やっぱりお前らがやったんだな?」
「ああ…私と数人の山犬でやった」
今度は川村が疑う番だった。
学校の連中が突然、最初からいなかったように天狼(久遠)のことを覚えていなかった。
覚えていたのは、朝峰と俺だけ。
なぜ、こいつらが天狼(久遠)の存在を消したのか、未だにわからない。
だが、想像はできる。
「…天狼に何かあったのか?」
直球の言葉に晃は何も答えない。
「…………」
「無言は肯定と捉えていいんだな?」
オオカミ姿の晃は尻尾をだらりと落としては、顔を背けた。
「……私からは何も言えない。この件は、天狼様直属の命だ」
「ってことは、何かがあったから、天狼はお前らに消すように指示を出したんだな」
「…………」
また、無言。
それは、肯定と捉えていいのだろう。
そして、それが本当だとすると…。
「じゃあ、なんで俺は覚えていたんだ?」
朝峰は、あいつは術は効かないと言っていた。
じゃあ、俺は…?
その答えは晃が出した。
「君が、その子と関わっているのなら…何かしらの意図があっての事だろう…」
「なんだ、お前らにもわからねぇの?」
「我々は命を従っただけだ」
「ふぅん…」
あくまで、指示を受けただけで、俺達のことは知らなかったらしい。
だとすると、これは、すべての原因…天狼に直接聞くしかないな。
川村はライトと硯鬼瓶を片手に持ち、もう片方で首を揉んでは言葉を出した。
「ま、俺は天狼に文句の一つ二つ言えらりゃあそれでいい」
例え、俺が覚えても覚えてなくとも、天狼がいけ好かない奴だということは変わらない。
「……クーン」
晃は小さく鳴いた。
それは、俺らに気にして鳴いているように聞こえた。
「とくにかく、ここから出ないと何も始められねぇ。とっとと、出ちまおうぜ」
晃は尻尾を高く振った。
川村達は落ち葉の絨毯が広がる洞窟内を進んで行く。
「だあぁああーー!!」
行くども行くども、同じ所をぐるぐるぐるぐる!
「俺ら、ずっと迷ってるぞ!いっそのこと壁を壊すか!」
川村は思いっきり石壁を殴った。
「ってぇー!かってぇー!!」
石壁の表面を削っただけで、壁はびくともしてない。
川村は痺れた手を振った。
「くっそ!俺らこのままだと、野垂れ死にしちまう!」
「そう焦るな。閉じ込められた空間でも、必ず、一歩前進している」
晃の言葉に川村は食って掛かった。
「はあ…?これがどこか前進しているんだよ!どう考えても行き詰っているだろ!」
晃は冷静に答えた。
「何事も知ることが大事だ。例えば今、壁を殴って、これは壊れないと知った。お前の中でこれは壊れないとわかったはずだ」
「それがなんだよ…?」
「壁じゃなく、他の物なら壊せるんじゃないかという次へと移せる思考を持てと言ってるんだ」
「なんだよ、それ…」
「幽世は不安定な世界だ。必ず、どこか綻びや歪みがあるはずだ。それは、果たして壁か?地面か?もしかすると物かもしれない」
「…つまり、見えている世界が正しいわけではないということか?」
「そういうことだ」
晃は頷いた。
川村は晃の言葉からヒントを得た。
「なるほど、そうかよ…何事も試してみないとわかんねーなら、やってみないとな!」
やる気を出した川村に、晃は申し訳ないそうに言葉を出した。
「すまない…本来なら、私がお前達を導かねばならないのに…私は…」
「なーに言っているんだ?怪我人はおとなしくしとけよ。俺がここから出してやる!……それから、悪かったな、強く言いちまってよ。お前が言う通り、焦っていた」
晃はふと笑い言葉を出した。
「何かを見出したのなら、それでいい…」
川村はその言葉に安堵した。
「さーて、どこを壊すかだな…」
洞窟は薄暗く、トンネルの様に長く伸びていた。
だが、どんなに歩いても、その先へとたどり着かない。
ぐるぐると同じ景色ばかりで、ループしているような感覚だ。
川村は後ろを向いた。
後戻りをしてもいい…もしかしたら、このループも抜け出せるかもしれねぇ…。
だが、白装束の少女がいる。
今の所は、追って来てはないが…。
どうもおかしい…。
あいつなら、すぐに追って来てもおかしくないはずだ。
なぜなら、ここはあいつの棲み処だ。
俺らが、ここで迷っていることを知っているんじゃないか?
いや、知っているはずだ。
知っていて、追ってこないとしたら…それはなぜだ?
「何かあるのか…?ここに…」
川村はこの空間を怪しむ。
その様子を見た晃は川村に問う。
「どうしんたんだ?」
「ここになんかあるのかなーと思って…」
川村は腰を下ろしては落ち葉を掻き分けた。
なんかあんのか…。
落ち葉の絨毯を掻き分け、動物の骨らしきものを拾ってはほた投げる。
「私も手伝おう」
川村の行動に晃も落ち葉を掻き分けて行った。
よく見たら、あちこちに、落ち葉の山があるのを気づく。
「しかし、こんなに落ち葉があると焚き火とかやんのかね…」
「寝台代わりだったのでは…?」
「バカに広いベットだこと」
山姥ってより、獣が住んでいたって感じだな…。
熊とか出そうな洞窟だし。
川村達は落ち葉の山を掻き分けてくとあるものを見つける。
「なんだ、これ…」
岩壁に沿って平たい石が積み重ねてあった。
これは、人の手じゃないと出来ないものだ。
「石を積み重ねて、遊んでいたのか?」
「墓ではないのか?昔は現代の墓石と違って彫っては名を入れることはしなかった。貧しかったからな、川で拾った石を暮石としていた。それも、土葬が主流の時代ならなおさらだな」
「なるほど…」
「他にも、死者を鎮めるための慰霊のためのものや、山神に捧げるためのもの、親より死んでしまった子供達は地獄で石を積み重ねる刑があるらしく、その代行のためだったり慰めのためだったり、ただの道しるべとでも使われている」
「色々あんだな」
「そうだ。これもまた、積み重ねる意味があったのだろう」
晃の言葉が本当ならこの石は意味がある。
岩壁に沿って積み重なってあるから、何かを祀っているような気はしなくもない。
「ま、どっちみち、この落ち葉をどかしてみないとわかんねーな」
他にも落ち葉の山はある。
山の一角をどかしただけでは、判断はできない。
「そうだな…」
川村と晃は石壁に沿って落ち葉をどかし始めた。
それを見ていた硯鬼は喚きだした。
「おい、おいコラ!オレ様が埋もれてんじゃねーか!!」
硯鬼は隅に置いていたが、いつの間にか埋もれてしまったらしい。
「うるせーぞ、お前も手伝え」
「なんでオレ様がそんなことしなきゃあならんのだ!」
「ならいいぞ、お前を置いて帰るだけだ」
「ぐううぅうう…」
硯鬼は渋々、手を貸し出した。
しばらく、落ち葉の山を崩しては、どかしては、手で掃いてはと繰り返して行った。
そして、それは露になった。
石壁に沿って石が積み重なっていたが…どうやらそれは、道しるべだったらしい。
石が積み重なっている石壁を沿って道を進むと新たな道を見つけた。
今まで洞窟の暗さと落ち葉の山で見つけることができなかった。
どうりで、ぐるぐると道に迷っていたわけだ。
新しい道は前の道より、だいぶ狭い道となる。
屈んで行かないと頭を打ちそうだ。
新しい道を進もうとすると晃は言葉を出した。
「私が先行しよう。この手の道は私の方が動きやすい」
オオカミの姿である晃はこうした狭い道はすんなりと通れる。
「ああ頼むぜ」
川村は頼りないライトとぶつくさ文句を言っている硯鬼を抱えては、その道を進んで行った。
そして、長くて狭い道を進んだ後、ある広い空間に出た。
その広場は何故か、天井から光が漏れていた。
月の光のような明りだった。
川村はその広場を見ては、感想を述べた。
「マジでだりーな…これは」
そこにあったのは、祭壇。
いや、そこは墓だと言うべきか…。
広場の中心には、落ち葉を囲って、大理石のような平たい石があった。
その上には、白骨した一つの頭蓋骨があった。
「鹿か…?」
晃が言葉を漏らすと川村は大きく言葉を出した。
「でけー鹿だな!」
その頭蓋骨は鹿のようだが、額から伸びる角は樹木のように伸びていた。
その立派な角は、山の主のようだと思わせた。
「山の話は、あながち間違ってはいないようだな…」
晃が静かに言葉を出していると、川村は広場の中心にずがずがと近づいた。
晃はその時、小さな揺れを感じた。
「……?」
川村が鹿に手を伸ばしたその時だった。
大きな地響きが地面から鳴った。
「…なんだっ!」
「……っ!!」
急な地響きに川村達は焦った。