指切りトンネル。(その23)灯花視点。
灯花と山犬はトンネル内をよく見渡しては進んで行った。
よく整備されたトンネルは通りやすく、電気も通っていた。
まるで、開通したばかりのトンネルのようだった。
もし、ここが葛切りのトンネルの過去の姿だとしたら、今のトンネルは相当荒れている。
今のトンネルは所々崩れていてとても危険な状態だった。
我ながらよく通れたと思う。
私と川村君はそのせいで落ちてしまったのだ。
地獄蟲がいる過去の方が安全性があるとはなんとも皮肉な話だ。
「それで、お前から見てこのトンネルはどう見る?」
山犬のいきなりの問いに灯花は正直に答えた。
「なんもないです」
いたって普通のトンネルだ。
いくら歩いたって一本道なのは変わらない。
「そうだな」
山犬は嘆息交じりに言葉を出した。
「この先を進んでも、ずっと同じ景色だろうし、このトンネルからは出られん」
「私もそう思います。先がないと言うべきでしょうか?」
「そうだ」
だとすると…。
このまま進んでも、埒が明かないということだ。
私達は踵を返しては、来た道を戻ることにした。
「何かあればいいのですけど…」
灯花は来た道もよく注意良く周りを見渡した。
コンクリートの壁ばかりで、特に変わった所はないが…。
念のために探して見ることにする。
私達が探しているのは、歪みだ。
幽世には、歪みがある。
空間と空間には不安定な場所がある。
そこが道となったり、出口となったりするのだ。
開いている道が出口とは限らないのだ。
灯花はふとあることを思い出した。
あの白装束の少女の都市伝説のことだ。
結局のところ、白装束の女性(偽物)は出てきても、その都市伝説の本物が出てない。
ニセ山犬は百鬼とかなんとか、言っていたけれど…。
いったい…何だったのだろう?
それを解決しないと出られない?
そんなことはないと思うのだが……。
「はあ……わっ!!」
ため息をした時、何かを踏んだ。
何か、もにもにした柔らかくて芯が固いものを足の裏で踏んだ。
山犬は灯花の驚きに言葉を出した。
「どうしたんだ?急に…」
「なんか…踏んだ」
すぐさま、それをライトで確かめる。
足をゆっくりと上げるとそれは、人間の手首があった。
「……っ!」
その手首は、胴体とは繋がってはなく、手首がポツンと置いてあった。
「わたし…なんてことを…」
仮にも手首だけでも、死体を踏むなんてこと。
灯花は自分の不注意に後悔した。
灯花が落ち込んでいると、山犬はそんな灯花を気にも留めずに、手首の前に屈んでは様子を見た。
「男性の右手だな…指にたこがある。鉛筆たこと言うものだろう。他に、たこがないということは、まだ学生だったのだろうな…」
「そ、そこまでいいますか…!」
その追及ぷり、なんともSを感じる。
最近、SMのアニメ見たからだろうか、色々と想像してしまう。
さぞかし、女性を追い詰めるのが好きなんだろう…。
なんて奴だ…。
「おい、そんな目で見るな。人をなんだと思っているんだ?」
「S」
「は?」
山犬は何を言っているだと呆れた様子になった。
「……とにかく、これを鑑識に回す。お前のそのリュックの中に入れてくれないか?」
「ドS!」
「言っておくが、お前が私のことをどう思っているのか知らんが、これは捜査の一環だ」
「…………」
灯花は引きつった顔をすると山犬は言葉を付け足した。
「お前は先ほど私に言ったな、協力しろと、それは嘘か?」
「…ず、ずるい…!」
何事も脱出のためだ。
ここは、山犬さんに協力しなければならない。
灯花は渋々、リュックを背中から降ろした。
「うっう…う…」
「お前な、黒蟲の餌食になるのとそれを持つのとどっちがマシだと思う?」
「どっちも嫌ですぅ!」
「そうか、私は黒蟲が体の中にまで入っては内臓を食い荒らす方が一番性質悪いんだと思うんだが?」
じっと見られて、灯花は押し黙り、そして、謝った。
「…………ごめんなさい」
「わかればいい」
山犬の言いたいことはわかっている。
その体を黒蟲達に食い荒らされても、それでも戦わなくてはならない。
そんな状況より、死体を持ったほうがマシだと言いたいのだろう。
「山犬さん、一つ聞いても?」
「なんだ?」
「この死体を持って帰ると被害者の身元とかわかるんですか…?」
山犬さんの刑事ぽい発言から、そういうことがわかるんじゃないかと思った。
山犬さんはこの手首の持ち主を学生と言っていた。
きっと、あの四人組の大学生の一人なのだろう。
この死体が表に出た時、この幽世で亡くなった人たちはどう対応するのだろうか?
気になるところだ。
すると、山犬は灯花の言葉にきょとんとしては次第に目をそらした。
「なんですか?その反応…」
「とにかく、お前はそのリュックを私が良しと言うまで開けるなよ」
「え…」
既にリュックの中に入っているそれは、ゴソゴソと動き出していた。
「あれ…」
「私がしたことが…まさか、やり損いがあったとはな…」
「は?」
灯花は次第に顔色を青くした。
「ままま、まさか、蟲を入れたわけないですよね…!」
「協力すると言ったよな…お前」
「卑怯ですぅー!!」
あの白い芋虫が生きていた。
この白い芋虫は擬態ができるらしい。
死体に擬態しては、私に踏まれ、リュックの中に入れたのだ。
「うぅうう~~~」
リュックを背負ると、もそもそと動くのがわかる。
灯花は観念しては、山犬に問う。
「しかし、蟲を持って帰っても、被害者を特定できるんですか?蟲の成分しか出ないじゃないですか?」
「それは、調べてみないとわからない。だが、こいつらは死体に擬態にできる。それができるなら、それなりに条件があるのだろう。例えば、死体を食さないとそれに擬態にできないとかな…それに、何を食っているのかは、それくらいはわかるだろう。とにかく、私は専門家じゃない。詳しい奴に任せるさ」
「そうですか…」
そこまで言われては、食い下がるしかない。
灯花はリュックを背負いながら被害者の重みを感じた。
来た道を戻っていると灯花は山犬と目を合わせた。
山犬はトンネルの様子を見ては言葉を出した。
「閉じ込められたな」
何にとは、もちろんこのトンネルにだ。
いくら歩いてもこのトンネル内からは出られない。
灯花は最初、トンネルの入り口にいた。
そこにたどり着けないとなると確実にこれは、閉じ込められたと言うことだ。
「何だか、無駄足ばかり稼いでいますね…」
「そうだな…」
行く所行く所同じ景色ばかりで、何も変化がない。
あったのは、被害者の手首(白い毛虫)だけだった。
脱出に向けての行動にあまり進展がない。
「はあ…」
ため息をつくと山犬は言葉を出した。
「少し休もう」
「えっ?」
「…………」
山犬はコンクリートの壁に腕を組んでは背持たれた。
ずっと、歩き詰めの私に気を使ったのだろう。
灯花は地面にお尻をつけた。
廃トンネルと違って、地面は雨漏りで濡れてない。
だが、地面は氷の上に座っているような冷たさだった。
その冷たさで、お尻から身体が冷めてくるのがわかった。
それでも、お尻を上げないのは、冷たさより疲労のほうが回っていた。
「はあ…」
灯花は疲労からか、ため息が漏れた。
かれこれ、幽世に入ってから数時間は立っている。
自然と疲労が溜まり、体力が減るのもうなずける。
外と幽世の時間はずれているらしい。
幽世でどれだけ時間が経っても、外ではそんなに時間が経っていないことがある。
しかも、ここは閉じ込められた空間だ。
長い時間、幽世に居続けるとどうなるのか。
想像しただけで、過酷だ。
食料の備蓄がありようが、底をつけば、このままでは力尽きるだろう。
早く、幽世から出ないと…。
だが、そう思っても、身体は言うこと聞かない。
思っている以上に体力が減っている。
灯花はまたため息をついた。
ふと山犬の様子を見た。
彼もまた、疲労が溜まっているだろうし、なにより、大怪我をしている。
山犬はコンクリートの壁に背漏れたままびくとしない。
それどころか、青白い顔にうっすらと汗をかいているようだった。
「あの、大丈夫ですか…?」
「……何がだ?」
「顔色が悪いです」
「気にするな」
「しますよ」
「するな」
「やせ我慢」
「黙れ」
山犬さんはぶっきらぼうに答えたが、当の本人は辛いだろう。
早いとこ、病院に行って適切な処置をしてもらなければ…。
だけど、どう脱出する?
前も後ろも同じ景色で、どこにもたどり着けない。
同じところを何度もループしていると言っていい。
トンネル内も一面にコンクリートの壁、電気は一応通っているが薄暗い明りだ。
いたって、おかしな点はない。
歪みがあると思ったが、見渡す限りそれはない。
だとすると、私たちはこのトンネルに閉じ込められたということだ。
かつてないほどの、手詰まりだった。
灯花は頭を抱えた。
こうもヒントもないと出ようがない。
前の廃ビルも禁忌の箱も何かしらのヒントがあった。
灯花は過去に在った経験を思い出す。
まず、廃ビルの幽世は、屋上からの人の転落から始まったのだ。
要は自殺だ。
そして、脱出方法は、屋上からの落ちることだった。
特定の場所に落ちるか否かで、生死を分ける形となった。
私と真夜は女性山犬さんがいたから助かったけれど、下手をしたら助からなかった。
次に、禁忌の箱だ。
あそこは、未だにわからない所があるけれど…大体は同じだ。
私が迷い込んだ鬼の門のことは今は省いておこう。
分かりやすい、禁忌の箱のことを考えよう。
最初に天狼さん、私とオタ面さん、禁忌の箱と言われる蔵に入った。
そして、脱出方法は、禁忌の箱の管理者、綾女様による導きによって出られた。
導きはかなり意地悪なものだったが、最終的にたどり着いた場所は、禁忌の箱に似た蔵だった。
その蔵に入ると禁忌の箱から出られたのだ。
そのことを踏まえて、今回のことを考えると…。
廃トンネルを入る前、私と川村君は被害者の亡霊が乗った車に追われた。
追われるまま廃トンネルに入ったのだ。
私と川村君は、被害者の亡霊が乗った車は誘導だと判断し、そこで、まだ幽世に入っていないということがわかった。
ということは…幽世の入り口は…。
「穴だ…」
「あな?」
山犬は灯花が突然発言した言葉を反芻した。
「穴がどうした…?」
灯花は立ち上がると地面を見渡した。
ライトで地面を照らしては穴を探す。
そんな灯花の行動に山犬は問うた。
「猫みたいに這って、何をしている?」
「私と川村君は穴に落ちて、幽世に入ったの。もしかして、もう一度穴に落ちれば、出られるかも…」
山犬は少し考えては言葉を出した。
「……崩落」
山犬はコンクリートの壁から離れては、足を高く上げては蹴った。
「ふわっつ!えっなんでっ!」
いきなり壁を蹴りだす山犬に灯花は取り乱した。
「ええぇーー!!」
なんなの!
なんかキレるとこあった!?
山犬は壁に蹴っては、壁をじっと見た。
「ちっ…」
「舌打ち…Sの極みっすね」
「いちいちうるさいぞ」
山犬はもう一度、蹴った。
今度は強く蹴ったようだった。
壁は亀裂が入ったようだが、すぐさま、塗りたての壁のように修復した。
「駄目か」
蹴った衝撃のせいで、天井からパラパラと土屑が落ちて来ていた。
灯花は山犬の行動におずおずと聞いた。
「あの~どうしたんですか?」
山犬は今度は天井を見ては答えた。
「このトンネルは元々、崩落によって廃坑となった。ならば、トンネルを崩せば、お前が言う穴が現れるはずだ」
「そうなんですか!」
灯花は飛び上がった。
これで出られる!
灯花達はトンネルの天井を見た。