指切りトンネル。(その19)川村視点。
川村は山犬・藤谷晃の話を聞いていた。
「我々は、地獄蟲を退治しに来たわけではない」
「は?」
川村は山犬の目的が蟲退治ではなかったことに驚く。
「じゃあ、何しに来たんだよ?心霊しに来たのかよ?」
茶色の毛並みを持つオオカミは川村を見上げながら答える。
「百鬼の封じだ」
「百鬼?なんだよ、それ…」
「百鬼は、日本各地に存在する悪鬼のことだ。悪鬼は、例えば…そう、一人の殺人者がいたとしよう。その殺人者は、十、二十の人を殺した者とする。その殺人者は、この世の裁きを受けずに死した。そして、その御霊は、還ることを許されず、この世を彷徨い、他者の命を欲する悪霊となる。命を貪った悪霊は悪鬼となる。悪鬼は日本各地に存在し、名がある鬼だ。それらが、百鬼いるとされている。正確には、百鬼以上いると思うのだがな…」
川村はオオカミ姿の晃に問い詰めるような言葉を出した。
「なら、その百鬼を封じに来たのなら、今さらだと思うぜ。遅いくらいだ。もう何十人、犠牲者が出てるのによ…どうかしてるぜ」
晃は少し間を置いてから言葉を出した。
「…………これは言い訳になるかもしれんが、悪鬼が棲む土地には必ず、封じや鎮める為の墓や祠があるはずだ。時代が変わり、都市開発が進むにつれ、そう言った物が無くなりつつある傾向がある。その土地に再び、犠牲者が出たとなるとその封じが弱まったのか、あるいは、本来鎮める為の墓や祠を失くしたという事だ。悪鬼がいつ暴れ出してもおかしくない話なのだ。そして、それが本当に悪鬼の仕業かどうかの見極めるのも難しい」
「人が起こした事件や事故だったのもあるってか」
「そうだ」
川村は晃が言っていることを理解した。
少しバツ悪そうに言葉を出した。
「その…なんだ、すまなかったな。つっかかった言い方してよ…」
晃は尻尾を振った。
「君はとても正義感があるのだな、真摯に伝わってくる」
「…悪く言えば、自己中だよ俺は」
「悪く思ったのなら、すまないな。だがな、他者の為に言葉を出すことはいいことだと私は思う。近頃の子は、何も言わない子ばかりだ。見て見ぬふりをしては、関わらないようにしている。些細なことでも、関わって救いになることもある。中には、関わらない方がいいこともあるが、残念ながら、そちらばかり関わってくる子ばかりだ。…それは、とても悲しいことだ」
含みがある言葉だった。
「…何かあったのか?」
川村が問うと晃は自嘲気味に言葉を出した。
「息子がいじめにあった」
「……それは、災難、だったな…」
「私も悪い…もっと早く、気づいてやればよかったものの…」
川村はますますバツが悪くなった。
「その、なんだ…力になれることがあったら、言ってくれ。こう見えて、俺はケンカは強い方からな。なんだったら、やった奴、殴りに行くぜ?」
「…その気持ちだけで…十分だ。その手は、誰かを傷つける為じゃなく、守る為に使ってくれ」
晃は自分の息子のように、言い聞かせるように言葉を送った。
川村はその言葉に少したじろいだ。
「お、おう…」
それは、川村にとっては女教師に諭されたような感覚だった。
川村達は洞窟内を奥深く進んで行く。
「にしても…ここは、どうなっているんだ?行くとこ、行くとこに似たような場所ばかりで、迷っちまったのかよ?それに、足場、悪過ぎるだろ?この落ち葉の下はどうなっているんだ?せめて、硬い枝木は省けよ、引っかかって、歩きにくいぜ」
川村は愚痴るように言葉を出す中、晃は少し考え込んでは、言葉を出した。
「…………ここが、百鬼にとっては家なのだろう」
「家…?ここが?俺ん家より、住みにくい所だぜ?」
川村がそう言葉を出すと晃はその場を嗅ぎ取っては落ち葉の絨毯を前足で避け始めた。
「……?穴掘りか?」
「…穴掘りして、小判でもあればいいのだが…残念ながらそうでもない」
晃は落ち葉の中から、ある物を次々と取り出した。
川村はそのある物を手で拾い上げては、ライトで照らした。
「なんだ…?これは、骨、か?」
「…そうであろうな」
「マジかよ!おいおい、まさか人骨ってわけないよな!」
慌て出す川村に晃は冷静に答えた。
「…落ち着け。そう決まってはないよ。これは、動物の骨だ。匂いでわかる」
「そ、そうなのか…焦ったぜ」
安堵する川村だったが、晃は言葉を続けた。
「だが、動物の骨だけでは済まない量だ」
川村は持っていた骨を落とした。
「…嘘だろ…じゃあ、この落ち葉の下にどれだけあんのかよ!俺、踏んじまったぞ!」
つまり、この落ち葉の下には動物の骨だけじゃなく、人骨も混じっているということだ。それも、大量に…。
川村は焦る気持ちを抑えながら、冷静に言葉を出した。
「それだけ、喰っているってことか…?」
晃は頷いた。
「間違いないだろう…それに、ここは奴の棲み家だ。それがあってもおかしくない」
「…………」
川村は言葉が出なかった。
ただの心霊かと思った。
地獄蟲なら、逃げれば大丈夫だと思っていた。
そして、ゆっくりと口から言葉を零した。
「…俺、甘く見ていた。ここは、本当に地獄なんだな…」
この場にいない、彼女を想いながら見上げた。
晃はすっかり落ち込んでしまった川村に身体を押し付けた。
「…進むのだろう?立ち止っては、これまで進んできた意味がなくなる」
そう言われて川村は頭を掻いては叫んだ。
「あああー!もう!後悔は後だ!ここまで来たんだ、最後までやってやる!」
「その意気だ、少年」
「…だから、少年じゃねーよ。いいかげん、幸夜って呼べよ」
「なら、幸夜。私も力を貸そう」
川村は晃の毛並みを撫でた。
晃はくすぐったそうに鳴いた。
それから、川村は晃からあることを教えてもらう。
それは、この幽世に棲む百鬼のことだった。