指切りトンネル。(その17)灯花視点。
灯花は目の前の光景に息を呑んだ。
これからどうするか、そんなの決まっている。
逃げるが一番。
天井にへばり付く白装束の女性から壁ギリギリまで距離を取り、そこから、壁を伝って通る。
私はゴキブリ…私はゴキブリ…。
出来るだけ蟲ぽく、ゴキブリぽく、移動する。
そうして、気づかせないように先を進むと…。
何事もなく白装束の女性をやり過ごせた。
やればできるじゃん!
内心ガッツポーズ。
だけど、耳障りな骨を掻く音がいつまでも鳴っていた。
灯花は地面をライトで照らしながら進んだ。
もしかしたら、他にも落ちているかもしれない。
あの扇子さえあれば、襲われてもワンチャンスある。
今考えたら、私ものすっごいことしてたんだな…。
扇子から火の粉が出ては、膿蟲を焼いたのだから、驚きだ。
それに…。
まさか、私の右目が四次元ポケットだったとは…恐るべし。
今度、綾女さまにお礼いっとこ。
白装束の女性とかなり距離を取れた所で、靴音が鳴った。
革靴の甲高い音だった。
「…誰か、いるの?」
灯花はライトを遠くに向けた。
すると、男性の声が聞こえた。
「……生きていたのね、運がいいこと」
「……?」
灯花は耳を潜ませた。
ライトを左右に動かし、声の居場所を探した。
探していると真後ろに気配を感じて、後ろを振り返ると黒スーツを着た男性が立っていた。
「………ひゃ!むぐっ!むぅう…」
驚いて叫び声を上げそうになった時、いきなり、口を塞がれた。
「死にたくなかったら、口は閉じることだ…」
灯花の口を塞いだのは、眼鏡をかけた男性だった。
この人、確か…もう一人の山犬さん…?
喪服のような黒スーツ、腰には刀を差していることから、間違いなく山犬だ。
そうとわかれば、灯花は返事をするため首を縦に振った。
山犬はゆっくりと灯花を離した。
彼は前に会った時と同じ、厳しい態度のままだった。
無理もない、こんな所に高校生がいるんだ。
自然と叱りつけるように厳しくなるのは当たり前だ。
「それで、一人なのか?もう一人いただろ?」
…川村君の事だろう。
灯花は正直に言葉を出した。
「その、川村君とははぐれちゃって…」
「そうか…なら、私と同行してもらう。ここは危険だ」
そう言葉を出して、灯花の腕を掴んだ。
「わっ!」
掴まれて驚く、まさかこうなるとは思っていなかった。
山犬はこれ以上の事を灯花に問い詰めることなく、先へと歩き出した。
引きずられるように連れて行かれ、灯花は不安を覚えた。
山犬にどこへ向かうのかと問う。
「あ、あっあの!」
「……なんだ?」
じろりと睨み付けられ、灯花は怯えるように言葉を出してしまう。
「い、いえ…」
なんだろう…この人、怖い。
灯花はが怖気つき、そのまま、連れられて行った。
しばらくすると、トンネル内に再び、地面を引っ掻く音が鳴った。
灯花は引っ張られながら上を見上げた。
また、あの女の人が引っ掻いているの…?
ガリガリガリ…。
ガリガリガリガリ。
すると、山犬の口から言葉が漏れた。
「そろそろ潮時ね…」
「…?」
口調が変わった気がした。
山犬の顔つきも雰囲気も至って厳しいままだ。
気のせいよね…でも、なんか違和感がある人だな…。
灯花はそう思っていると山犬は、突然立ち止った。
「…むぐっ!」
上を見ていたせいで、山犬の背中に顔をぶつけてしまった。
「すみまっひゃあ!…なっ!なに!?」
灯花は慌てて謝ろうとした時、頭に何かの雫が降って来た。
それを触れるとぬるりとした透明な液体だった。
灯花はもう一度上を見上げるとそこには…低い音と共に現れた。
「ああ…ああ、、、ああ、ああ…ああ、あ…」
膿蟲だ。
白装束の女性と同様に大学生くらいの男が、天井に張り付いていた。
だが、その見た目だけが違っていた。
異様に首を長くぶら下げ、四つに裂けた口を大きく開いていた。
透明な液体は、その口から零れたものだった。
灯花はその正体にあまり驚きはしなかったが、身を危険を感じた。
「あ、ああ、あ…あああ、ああ、ああ…」
「…ああ、、、ああ…あああ…あああ、、、あ…」
「ああ、あああ、、、ああ…あああ、、ああ…」
「…うそ、何体いる、の…?」
白装束の女性と真上にいる男の他に、奥に何体かいるようだった。
ガリガリガリと骨を引っ掻きながら、こちらに近づいて来ているようだった。
そして、膿蟲達の前にも全く反応しない、灯花の前にいる山犬。
それはそれは、奇妙で悪寒を覚えるものだった。
「…まだまだ、試作段階だったのよね。形だけを模試しても、やっぱり、オリジナルとかけ離れている」
「…何を、話しているのですか…?」
灯花はつい言葉を滑らせてしまった。
すると、腕を掴んでいる手に震えがあった。
…笑っているの…?
山犬は肩を震わせながら笑っていた。
そして、こちらを向き直っては愉快そうに言葉を出し始めた。
「ふふっふっふ…ごめんなさいねぇ、こっちの話なの。けど…あなた、蟲を見てもあまり驚かないのね。縁がある子かしら?」
灯花は的を射止めらて動けなくなった。
冷たい汗が這った。
普通は泣き叫んでもおかしくない状況だ。
ここでの私の反応は、普通じゃない。
「ワンちゃん達の家族かしら?」
山犬は問う。
灯花は唇を震えながら答えた。
ここでのだんまりは、やめた方がいいと思ったからだ。
真上にいる膿蟲がじっと私を見ている。
「ちがう…」
「そう…」
山犬は女性のような振る舞いをした。
灯花は気づく。
山犬の口調がオカマ口調だと。
そして、山犬の姿をしているけれど、中身は違う人だという事を。