指切りトンネル。(その13)灯花視点。
灯花が落ち着いた頃、白が混じる黄土色のオオカミは言葉を出した。
「なぜ来た…」
思っていなかったことを急に言われて、灯花は驚いた。
「な、なぜって…」
オオカミの問いは続いた。
「帰れと言ったはずだ…なぜ来た?死にに来たのか?」
うわぁ…この人、怒ってる。
灯花は目を細めてオオカミに言った。
「そんな言い方、ないです。こっちだって…まさか、あなたがこんな風になってるなんて思わなかったんですけど…」
「……これは仕事だ」
「大怪我することですか?それとも、蟲に喰われることですか?」
仕返しのつもりで、オオカミに嫌味の言葉を送る。
すると、オオカミはバツが悪そうに答えた。
「…断じて、違う」
「なら、聞きます…怪我の方はどうですか?動けそうですか?これから、脱出の為に動かなきゃいけないんです。…どうなんですか?」
「…………」
オオカミは黙ってしまう。
灯花は気にせず言葉を続けた。
「動けなかったら、私があなたを負ぶって行きます」
灯花は扇子とリュックを前に持ち、オオカミを背中に背負っと手を伸ばした。
すると、伏せていたオオカミは起き上がり、灯花の手を避けた。
「あ」
「己の足でここまで来たんだ、自力で出られる」
オオカミはそのまま、廃トンネルをトコトコと歩いて行った。
灯花も歩こうとしたが、傍にある刀に気づき、それを拾っては後を追いかける。
「刀、置いて行ってるよー!」
オオカミに追いつくと、灯花は言葉を送った。
「素直じゃない奴」
オオカミはふんと鼻を鳴らした。
廃トンネルを進みながら、灯花はこれまでの経緯をオオカミ姿の山犬に伝えた。
それを聞いた山犬は、しばらく沈黙した。
なーんか、可愛くない。
天狼さんだったら、いろいろと気遣ってくれるのに。
その毛並みに触らせてくれて、安心させてくれるのに…。
ああー天狼さんに会いたい。
あの優しさに触れたい…。
てんろう…
「お前はなぜ、愁に会いたいんだ?」
山犬の言葉でぶち壊しにされた。
人が想いにふけっている時に…なんだ!この可愛くないオオカミは!
「山犬違いと聞きましたけど?」
「ああ…だが、愁に会うならやめておけ」
「…どうして、ですか?」
「今、組同士で派閥争いをしている。そのため、他の組との争いはおろか山犬同士で疑心まで出ている始末だ。愁は、我々が疑いを向ける組の一人だ」
山犬違いだけでも驚きなのに、山犬内でごたごたがあったのはもっと驚きだ。
「…それで、私達が会うのと関係ないのでは?」
灯花は問うが…。
山犬は、ちらりとこちらを見ては、何も言わず前を向く。
「…………」
「なんか、言ってくださいよ!なんですか?心配でもしてくれているんですか?」
「…………」
また、ちらっとこちらを向いては、何も言わず進む。
だから言えっつの!
ぶっきらぼうな肯定に灯花は呆れつつ、言葉を出した。
「大丈夫です!前にも言いましたが、以前、困っている時に助けていただいたんです。そんな人が悪い人なわけありません。それに…私達は…」
山犬は急に立ち止った。
「止まれ」
「はあ?」
灯花は言われた通りに立ち止ったが、プチと嫌な音を聞いた。
「あら、まあ…」
プチっと鳴った正体は、灯花自身、気を付けようと注意を払っていたヤツで、案の定踏んでしまった。
ねちゃりと赤黒い液体が靴裏を汚す。
「なんか…ごめんなさい」
灯花は山犬に向けて謝る。
「…ばか者」
「デレですか?」
「理解不能、とにかく走れ!」
灯花と山犬は襲い来る黒蟲の大群に追われる羽目になった。