天狼さんがいない教室。(その4)
いつもの学校の裏庭で灯花は、川村君の話を聞いていた。
川村君は学校に来る前、病院で抜糸をしていたらしい。
そして、教室に来た時には、クラスの様子が違うことに気がづいたらしい。
異常なきゃあきゃあが陰険なガヤガヤに戻ったって…。
それは、私が感じたものと同じなものだった。
誰も天狼さん(久遠先生)のことを知らない。
「でも、どうして川村君は天狼さんのこと覚えていたんだろう?」
「てんろう?」
「あ」
川村君は天狼さんのこと知らなかったんだった。
「えっと、天狼さんは…」
「スカしたセンコーのことだろ?大体のことは知ってから、ただお前があのセンコーのこと、天狼って呼ぶんだなと思っただけだ」
「あ、うん……」
なんだか特別感が湧いて、ちょっと照れくさくなった。
「川村君は天狼さんのこと、どこまで知っているの?」
川村君はそっぽを向いた。
「答える気ねぇ」
「えっなんで…!」
川村は自嘲めいて、ゆっくりと答えた。
「…俺さ、いっつもケンカばっかやっているから、センコーから目をつけられてるんだわ。前にみたいに、お前等が言われないことを言われて、疑われる」
「…川村君」
それは、追試が終わった後、この裏庭での出来事だった。
生徒指導の先生から川村君と一緒にいるだけで色々と言われてしまった。
それで、真夜といざこざが起きて、そのまま3人はバラバラになってしまった。
「あの時は、センコーから睨まれてイラついていた。お前等に迷惑かけたと思っている。…本当に悪かった、嫌な思いさせちまった。本当にごめん!」
そんな川村に灯花は戸惑った。
「そんな、川村君のせいじゃあ…」
「今日…お前に会ったのは、これを返そうと思っただけだ」
渡されたのは、筆記用具だった。
シャーペンと消しゴム。
以前、私が川村君に貸した物だった。
「それ、本当にサンキューな」
川村君は私が受け取るを見た後、その場から去ろうとしていた。
「……それじゃあな」
「か、川村君!」
灯花は慌てて川村君の腕の袖を掴んだ。
これは、引き留めないと駄目だと思った。
川村君のせいじゃない。
「離せって!」
「離さないよっ!」
「俺と一緒にいると悪い事が起きるぞっ!」
「そんなの私に比べらたらマシでしょ!!」
「はあ!?」
「わ、わたしなんてっ!地獄蟲に何度も遭遇している!私こそ、危ない奴だよっ!」
「お前のそれは、ただ巻き込まれただけだっ!」
灯花は川村の襟首を掴んだ。
「うおっおまっ!」
「もう両足突っ込んでる!」
あの初夢で自分の状況はひしひしと伝わっている。
灯花の真剣なまなざしを向けられて、川村はうろたえる。
灯花がずっとそうしていると川村は言葉を出した。
「…わかったよ、俺が居てもいいんだな…?」
「うん!むしろ、川村君がいて本当に良かった!ありがとう!」
川村は少し照れくさそうに言葉を出す。
「そ、そこまで言われると…困るな」
灯花もまた、川村に告げた。
「私も謝らないと…川村君。私もあの時、自分の保身ばかり気にしていた。一緒にされたくない気持ちは確かにあったの…だから、川村君、ごめんなさい」
灯花は頭を下げ、心からの謝罪をした。
それを聞いた川村は、驚いた顔になっては、次第に笑みを零し始めた。
「しゃーねーなー!許してやるよ!」
「うわっ!」
川村は灯花の下げた頭を掴んでは、ぐしゃぐしゃに撫でた。
「うわっひでー頭っ!」
「ぐしゃぐしゃにしたの、川村君でしょう!」
「あははっ!」
「もう…ふふっ!」
それは、自然と笑いが出た。
灯花は改めて、川村君に問うた。
「川村君はどこまで、天狼さんのことを知っているの?」
川村はゆっくりと思い出しながら答えた。
「俺は正直、あの廃ビルで起きたことしか知らないな。お前に突き落とされて、オオカミの群れに囲まれて、その時に久遠に会った。顔とか、似てるからてっきり、コスプレしてるんじゃないかと思ったんだよ。そのことを言ったんだ…そしたら、私は天狼だって、さ」
灯花は川村の話にぎょっとした。
自分がしでかしたこと、すっかり忘れていた。
「か、川村君…怒っている?その、突き落としたこと…」
「マジでキチっている事だったからな~どうしょうかな~」
「ごめんなさい~!」
「いいよ、過ぎたことだしな」
灯花は顔を上げづらかった。
う~~。
「ところで、なんでクラス…いや、学校中の奴らは、その久遠のことを覚えていないんだ?」
川村君が話を変えたことで、気持ちがすぐに切り替わった。
灯花は顔を下げたまま答えた。
「…私にもわからない、急だったから…」
「久遠から、何も聞いてないのか?」
そう聞かれて、頷くしかない。
「真夜は?」
「年越し以来会ってないの…」
「連絡は…?」
「私、携帯失くしたままなの…」
「マジかよ」
天狼さんの手がかりさえ掴めない。
「じゃあなんで、俺らは覚えているんだ?」
「それは…きっと、私達が地獄蟲を知っているからじゃない?」
「そうだったら、そうだったで普通、忘れさせるだろ?知っていても危ないしな。むしろ、とっくに学校中の奴らと一緒になっていると思うぞ」
それもそうか…川村君の言う通りだ。
「それにしても、どうやって学校中の奴らを忘れさせたんだよ?」
「えっとね、それはきっと術をかけているせいだと思う」
「術?」
「忘れさせる術。私の家族にもかかっている」
「マジかよ!」
川村は驚いていた。
「お前、そんなんでいいのかよ!」
「…よくないよ。でも、家族に迷惑かけられないし、心配もかけさせたくない」
「だんだん、それを聞くとやばいな」
「えっ?」
「これ以上、関わると命まで取られるってことだよ」
「そ、そんなこと…」
「そうだろ、実際地獄蟲に関わって、ヤバかっただろ?これは、そういう意味じゃないのか?」
それは、もう関わるなと言われているようだった。
この学校を忘れさせたということは、そういうことだろうか。
「…………」
灯花は言葉を失くした。
私は術が効かない…だから、覚えている。
だから、わざと遠回しで告げられていのだろうか?
私を突き放す為に…。
「それで、お前はそれで納得すんのか?」
川村君の言葉に灯花は、顔を上げた。
それは、もちろん…。
「納得できない」
「じゃあ決まりだ。何をしてでも久遠を探すぞ!」
「いいの?危ないよ…」
「お前を一人にする方が、危ない。廊下で泣いていたしな」
灯花は顔を赤らめた。
「あ、ああれはっ!」
すごく恥ずかしいとこ見られてた。
むしろ、蒸し返したくないことだ。
「だったら、なんだ?」
川村君は私の顔をぐっと覗き込んだ。
有無を言わせない状況だった。
「~~~!!」
近いとわかって、離れる。
泣きっ面をこれ以上は見せたくなく、顔を両手で隠した。
「わかったからっ!見ないでー!」
川村は笑いながら告げた。
「決まりだな…」
それは、灯花の中でまた一歩と踏み出した。