ここは、どこ?(その2)
パッリーン!
「あんた!また皿を割って!」
「すっすみません…」
あれから私は、流されるように働かされていた。
お風呂並みの大きな浴槽にお皿を入れて洗っていた。
結構な人数が食事をしたんだ。
これくらいの洗い方をしないとはかどらないのだろう。
滑って落としたお皿を拾い上げながら、立てかけてある古時計を見た。お昼をとっくに超えていた。
「痛!」
破片で指を切ってしまった。
にじみ出る血を舐めながら少し驚いていた。
まだ朝かと思ったからだ。
「あんた!指を切ったんか!」
さっきから化け物じみた藍の着物のおばさんが叫んでいた。
「ほら!そこの棚にカットバンあっから!」
指差された棚の中からカットバンを取り出して切った指に貼った。
「はあ、あんた先にごはん済ましておいで」
「…え?」
「そんな!ふらふらで働いたんじゃこっちが困るんだよ!さっさと行きな!」
「あっはい、あっでも…どこに?」
「たく!ゆず子さん!あんたも先食べておいで!あとこっちやっとくから!」
いちょう色の着物を着ている女性が反応した。
大広間からお膳を下げてきたみたいだった。
「はーい!じゃあお先にいただくよ!あんたも行くよ!」
「あっ割れた皿…」
「そんなもん、早く片つけな!」
割れたものって書いている木箱に割れた皿を入れて女性について行った。
和風な廊下が続いた。
ここは旅館か!
道中、日本庭園があった。
日本庭園には、いちょうや楓が鮮やかに紅葉していた。
今の時期はもう散っているはずなのにここはまだ散らずにいた。
なんだか不思議な所…
とても空気が澄んでいるような気がした。
廊下を進むにつれて子供の声が聞こえた。
「きゃあはは!あはは!」
床を蹴り上げる音が廊下に響き渡った。
ドタドタドタドタ!
「ままー!」
「っ!?」
小さな獣耳と尻尾をはやした子供が廊下を走って来た。
「まーくん!」
ちっさな尻尾をふりふりしながら女性に甘えていた。
えっ!ちっさ!
女性はそのままその子を抱っこして、襖が大ぴらに開いている部屋に入った。
その部屋からおいしそうな匂いがした。
入ってみると、テーブルに今朝のおかずがずらっと並んでいた。
「ほらあんた!ずっと立ってないで、ご飯ついでやるから座んな。」
「あっはい…」
言われてテーブルに着いた。
その間、獣耳付き子供にじーっと見られていた。
どう反応していいか分からなかった。
ご飯とお味噌汁がテーブルに乗った。
「ままー!ぼくも!」
「まーちゃんはさっき食べたでしょーままたちのー!」
「むうー!」
「そういえば、あんた名前は?」
「えっ」
ご飯を一口食べようとして、ポロリと箸からこぼした。
「あーこぼしたー!」
「……朝峰灯花です。」
「そう、灯花というのね。私は東雲ゆず子って言うの。この子は真澄。」
「…えっと、東雲さん?」
「ゆず子でいい」
「ゆず子さん、えっとそのここはいったい…どこですか…」
「はい?あんた、ここがどこか分からずにいるってこと!」
「…はい」
身が縮こまる思いだった。
「千鶴さんからあんたのこと新しく入った手伝いの子だと聞かされていたけど?」
「ちずるさん?って…。」
「あんたを起こしに行ったおばさんだよ。」
あの化け物じみたおばさんが千鶴さん!
「私、起きたらここにいたんですけど…」
いつから私はここで働くことになったんだろう…
話が全くみえない。
「あたしにはちょっとあんたのことは、さっぱりだわ!後で千鶴さんに聞きな!」
「はあ」
「でも、ここにはそう簡単に入れるわけないし。あんた山犬に惚れられたんか?」
「やっやまいぬ?ほれた?」
一体何のこと?
「オオカミことだよ!ほら、ここの男らみんなオオカミだって知ってるだろう!」
「ああの、知らないですけど…」
「じゃあ、りんと知り合いじゃないの?」
りん。
あの金髪の青年ことだろう。名前は何度も聞いているけど実際はきちんと話したことは無い。
「知りません」
ゆず子さんは少しポカンとしていたが、次第に笑い出した。
「あっははは!じゃあ、あんたは誘拐でもされたんか!あははは!」
そうかもしれない!
でも、笑えない冗談だ。
「…………。」
「まあ、分からなくもないし…今のあんたの状況」
「えっ?」
「あたしもここに始めてきた時、そうだったのよ」
「えーと…」
「あたしの場合は、この子の父親が山犬だったの。この子を宿している時に父親が死んでここに連れて来られたのよ」
「!?っ」
真澄君はゆず子さんの膝の上で白米のご飯をぱくぱく食べていた。
「最初は右も左も分かんなかったわよ、なにもかもいきなりだったから。でも、この子を産むって決めたからは何があってもこの子と一緒に頑張って生きよう、何が何でも父親が私に残してくれた大事なこの子を守るって誓ったの」
「…強いんですね…とても…」
「よく言われる、でもその分いっぱい泣いたわ。だから、あんたもいっぱい泣いて強くなりな!」
「…はい」
ゆず子さんはそう言って真澄君を抱きしめて笑っていた。
「ほら、あんた箸が止まってる!ちゃんと食べないと倒れるよ!」
正直、今の私は倒れそうになってる。
今まで我慢していたが紺の着物の帯が苦しくてご飯どころではない。
何せ千鶴さんに遠慮なく絞めつけられたから。
「ってあんた大丈夫?帯、緩めようか?」
「…おねがいします。」
「あの千鶴さんに着付けされたんじゃあね、そらきついわ!」
知ってたんですね!
「ここだけの話、千鶴さん元プロレスやってたらしいから」
「!!!」
どおりで化け物じみてる体格してたわ。
「初めてにしては動けてたんじゃない?着物、最初はきつくて動けなかったし、まあ、あたしの場合は妊娠してたけど」
そう言いながら帯を外してくれた。
一気に空気を入れて自分があまり息してなかったじゃないかと思ったぐらいだった。
くほおおお!
「ご飯食べた後に着付けしてあげるから、いっぱい食べな!」
「はい。あの、その、ありがとうございます。」
「ん」
返事は適当だけど少し笑っていた。