小さな波紋。(その8)最終。
道司は神座の前まで来ると、辺りを軽く見回した。
せっかくの捧げものがすべてひっくり返っており、荒れていた。
道司は神座に近づき、膝をついた。
姿勢を正しくし、目線を上げた。
本来ならば、目線を下げるべきだろう。
けれど、事が起きた原因は紛れもなく神座にいる神祖だ。
緊迫している状況の中、道司は恐れと怒りを隠しながら言葉を出した。
「道司です」
「…………」
神祖は何も答えない。
神座の前に敗れた几帳があり、そのお姿は伺えない。
道司は天狼が倒れたと聞いた。
そうだとすると、天狼の身に何かがあったということだ。
神祖が出て来たのが何よりの証拠だ。
あの温厚すぎる天狼がここまでの事をするわけがない。
神祖という人格が、天狼を乗っ取っているから事が起きた。
道司は、嫌な汗をかいていた。
この場に居るだけで、喰い殺されそうで、じりじりと追い込まれていた。
すると、道司の懐から、うんしょと亀が出て来た。
わお、出て来るの?
一瞬、すっぽん鍋を連想してしまった。
鍋にして持ってこいとか言われたら、どうしよう…。
道司が焦っている中、亀はのそのそと神座の方へと向かった。
おそっ!
張りつめた中で、この亀の行動はいかがなものか。
嫌なことしか、連想してしまう。
道司は心の中で、叫んでいた。
カメ!カンバック!!
亀はそんな道司の考えをよそにして、のそのそと神座に向かう。
亀が几帳の中へと入った時には、終わったと思った。
中に入った亀が声を荒げた。
「わあっ!なんてことを!」
ついに亀鍋か…
道司は腰を上げた。
一度、守ると決めた以上、それを実行するのみ。
それは、父から教わった人狼としての道だ。
小さき命とて、見逃せない。
道司は几帳をかきわけて、神座の中に入った。
「か、亀鍋はちょっと待ってください!せめて、黒和牛のすき焼きにしまっ!?」
目の前の光景は、道司が想像していた事と違っていた。
「道司さま!天狼さまがっ!」
亀の言葉ではっとした。
そこにいたのは、神祖ではなく。
亀を傍らにして、苦しげに胸を押さえ倒れている天狼であった。