小さな波紋。(その5)
社の灯が消える数時間前、久遠道司は、現世で子供達と一緒にマシュマロを焼いていた。
「やけた~」
「焼けたね~」
道司は、子供達が上手にマシュマロを焼いているのを見ては、微笑みながら見守っていた。
水神を祀る社で初詣が行われる中、参拝者に甘酒や焚火などを提供をしていた。
山犬や奥方達は、その提供の為に働いていた。
そんな中、道司は山犬の子供達を連れて、くじを引いたり、焚火でマシュマロや餅などを焼いては、過ごしていた。
断じて、サボっているわけではない。
子守りと言う仕事をしている。
一応、道司はここの宮司だが、断じて、サボりではない。
色々と宮司として、やらないといけないが…
難いことは、適任している人がいるのでその人に任せている。
そんでもって道司は、のほほんと正月を楽しんでいた。
そんな道司に言葉をかける老人がいた。
「こんばんは、久遠さん」
「ああこれはこれは、頼本さんじゃないですか。こんばんは」
「今年もいい賑わいですな」
「おかげ様です、これも頼本さんがお力を貸していただいたおかげです。たくさんのお米、本当にありがとうございます」
「いえいえ、こうして参拝の人たちが楽しんでいくれたなら、この上ない喜びです」
「そんなそんな」
「いえいえ」
「ところで、頼本さんご入院されていたとか」
「ええ、もうこの年ですしお迎えが近いかもしれません」
「そんなこと、おっしゃらないでください。まだまだ、これからではありませんか」
「そうですねぇ……でも、今年もまた、こうして来られただけでも、嬉しいものです」
「いい事でもあったんですか?」
「孫が遊びに来てくれたんですよ」
「それはそれは」
「都会と比べて何にもない田舎なのに、言ってくれたんですよ、じいちゃんの餅が食べたいって、そう言ってくれただけでも、生きたかいがあったもんです」
「良かったじゃないですか、お孫さん結構、喜ばれたんじゃないですか?」
「はいそれはもう…初詣も一緒に来てるんですよ」
「そうなんですか」
「はい」
老人は嬉しそうに語り、お孫さん達と一緒にそのまま帰って行った。
道司はそんな彼らを眩しそうに微笑みながら見送った。
深夜の初詣の中、疲れたのか子供達の中で眠たそうにしていた子が出て来ていた。
そろそろ限界だろう。
屋敷に居ても、誰もいないから連れて来たけれど、さすがに疲れがピークだ。
道司は、子供達を屋敷に帰すことにした。
もう十分遊んだし、満足だろう。
明日には、明日の楽しみが待っている。
きっと、またはしゃいでくれる。
それは、道司なりの楽しみの一つだ。
道司は、子供達を寝かしつけた後、屋敷内を少し見回った。
山犬達のほとんどが出払っていて、静けさだけが残っていた。
すると、明日の準備をしていた国光と出くわした。
外で炊き出しをする為であろう。
国光は大きな鍋を抱えていた。
それに足して、真面目な彼に似つかない恰好が目についた。
スーツの上にピンクのフリル付きのエプロンを身に付けていた。
「愉快なエプロンだね」
「これしかなかったんです。何かご用ですか?」
「いえいえ、なーんにもありません。とにかく、国みっちゃん」
「なんです?」
「ことよろ~」
「…そうですね」
国光は持っていた鍋を降ろしては、膝をついて挨拶をした。
「今年もどうぞ宜しくお願い致します。灰山の山犬、久遠国光」
「堅いよ~」
道司の軽さに国光はすぐに立ち上がり、いつも通りの対応をした。
「貴方一応、灰山の頭領でしょう。いつまでも、ちゃらんぽらんでいる方が駄目です」
「ええー」
「それに、喪中ですし」
「難しいよね~そこんところ。うちの神さんと天狼ちゃんは祀らないといけないし、灰山の山犬の方は喪中って、なんかヤバくない?」
一応、山犬内だけは、喪中をしている。
「神使である貴方が言ってどうするんです。大事な神事でしょう?山犬に関しては、こればっかりは仕方ないことです。それに、こうして借り出されるのは明らかに山犬不足が原因です。年を越す前にきちんと話合いましたよね?」
「そうだっけ?」
「そうです。もう少し、しっかりなさってください。貴方は肩書ばかりが立派過ぎます。その肩書が相応しい貴方になるべきです」
道司は国光に叱られながら、そうだったと思い出した。
「年を越しても、国みっちゃんは国みっちゃんだよね」
「その呼び方は、いい加減やめなさい!」
道司はその場から逃げた。
姑のように、いつまでも言われそうだったからだ。
道司は、ある部屋へと入り込んだ。
それは、明日の為に準備した料理が並んでいた。
厨房に入りきれなかったからか、この部屋に並べてあった。
白の布の下は、美味しそうな料理が覗いていた。
「不用心だね~」
道司はそうっと覗いている料理に手を出そうとした。
すると、先客だろうか。
テーブルの下に、小さな人影が見えた。
「おやおや」
道司は、テーブルの下を覗き込み言葉を出した。
「貴方もつまみ食いですか?」
「もぐ、もぐもぐ…ごくん。…月子には内緒だぞ?」
銀髪の子共が饅頭を食べながら答えてくれた。
「ええ、もちろんです」
道司もまた、つまみ食いをしに来たのだ。
かまぼこをひとつまみして、口に入れる。
「深夜のつまみ食いは、ひと味違いますね」
道司がそう感想を述べると銀髪の子共は、いきなりテーブルの下から這い出しては廊下出ては、庭の方へと向かった。
「おやぁ?」
その時、銀髪の子供の両手には、紅い盃が乗ってあった。
そのことに道司は疑問に思い後を追った。
道司が庭に出ると、すっかり寂しくなったお庭に銀髪の子共が座り込んでいた。
紅い盃をじっと見て、微動だにしなかった。
道司は言葉をかけた。
「いきなり、どうしたんです?」
「…………」
銀髪の子共は黙ったままだった。
だが、道司は言葉を続けた。
「駄目ですよ~その姿で酒なんて飲んだら、僕が怒られるんですから~」
道司はその紅い盃を取り上げようとした時。
銀色の子共は、盃に入っていた酒を勢いよく捨てた。
「……っ!」
道司は驚き、銀髪の子共はようやく言葉を出した。
「黒水だ、道司」
その言葉を聞いたとたん、山犬の遠吠えが聴こえた。
「……っ!!」
道司は何事だと問う前に、一匹の山犬が庭に現れ、それは伝わった。
天狼が倒れた、と…。