番外編 オオカミ達のクリスマス。(その13)
正俊達は勝馬を先行にして、ある部屋へと向かっていた。
そんな中、青年はあることを勝馬に聞いていた。
「あの、こんな時になんですけど、膿蟲はどうなったんですか?」
「倒した」
「ええぇ!もう滅したんですか!」
さすがだ。
自分が迷っている間に、事は済ませていたようだ。
「さすがっす!」
「だいぶ、手こずったがな…ところで、幽世が崩れている時点で気付かなかったのか?」
「すみません、わからなかったです」
自分の勉強不足が恥ずかしい。
「いやいい、次からはこの状況を覚えておくことだな。幽世は膿蟲を媒体にしているから出来ていると前に言ったな?」
「はいっす」
「その膿蟲を柱だと思ったほうが考えやすい。現世を挟んで幽世は存在しているから、膿蟲と言う柱を失うと現世の圧に押しつぶされ、幽世は崩壊する。この状況はそれだ」
「わかりましたっす」
なるほど、幽世は家だとすると、大黒柱である膿蟲を失うと家は崩壊するってことか。
「でも、それって、膿蟲と出口との距離が離れていると俺ら、そのまま墜ちてしまいませんか?」
「そうだな…だが、それを踏まえてこその我々だ。山犬ならば、幽世から堕ちても、堕ちなくとも出口を見つけられる力があるし、幽世から出られる力がある」
「…………」
それを聞いた青年は押し黙って下を向いた。
自分には、そんな力がないと思ってしまった。
勝馬は青年に言葉を送った。
「だからこそ、今、お前は成長しているんだろう?お前はまだ、子犬だ。きちんと山犬なってから、下を向け」
青年は勝馬を見た。
立派な山犬だった。
「はいっす!」
がんばろう、頑張って強くなろう!
そして、先輩達のような強い山犬になろう!
青年は強く想った。
崩れて行く廊下を走って行きながら、青年は聞いた。
「ところで、勝馬さんは出口ってどこか分かるんっすか?」
その問いはすぐに返って来た。
「だいたいはな」
勝馬はある扉の前に止まった。
その扉のプレートには、205と書かれていた。
ここは、前に青年が入った場所だった。
騒音やテレビが点いたりして、この事件の原因というのがあった場所だ。
そんな所にもう一度入るなんて…
できるなら、もう入りたくはなかった。
青年は勝馬についで、その部屋に入って行った。
部屋は前に来たのと変わらなかったが、テレビは砂嵐のまま何も映ってはなかった。
オオカミ姿の正俊は慌てて部屋に入る。
「やっべえ~~もう、崩れて来ているぞ!」
幽世の崩壊は、間近までに迫っていた。
青年はこの状況で、不安を覚えた。
「勝馬さん」
不甲斐なく、つい言葉を出してしまう。
そんな青年の様子を見て、勝馬は言葉を出した。
「案ずるな、すぐに出られる」
そう言って、青年に優しく微笑んだ。
「…………」
青年はその顔をどこか天狼様に似ていると思った。
こうして緊迫している状況下で似ていると感じたのは、人狼としての血がそうさせているのだろう。
勝馬さんもその表情を不意に天狼様に似せているのかもしれない。
それはそれで、すごく安心感を覚えるからいいんだ。
それに、勝馬さんは勝馬さんなりの、励まし方だ。
大丈夫だと感じる。
だけど…心の奥底で、天狼様を想ってしまう。
青年は胸を押さえた。
それは、人狼達の中で共通として起きる現象だった。
勝馬は、オオカミになっている正俊に担いでいた男の死体を投げ渡した。
「持ってろ」
「ちょっまぁ!」
オオカミの大きさは、大型犬より一回り大きい、その上に大人の男が乗っかかって来た。
潰れはしなかったものの、正俊は不快そうだ。
「おっさん草」
その光景を見た青年はくすりとわらった。
故人には悪いけど、先輩の不快そうがちょっとうけた。
青年は正俊に乗っている男の死体を担いだ。
「俺が持つっす」
「いーの?」
「はいっす」
死の重みは思ったより、重く感じられた。
だが、これは自分が抱えなきゃいけない重みだと思った。
勝馬は砂嵐が鳴っているテレビを調べていた。
「えっと…何しているんすか?」
早くしないと、幽世が崩壊してしまう。
青年が問うと勝馬は答えた。
「出口だ」
「へっ?」
どこに?
「このテレビの先が出口だ」
「テレビですよ…」
考えられない言葉に青年は戸惑った。
ってきり、この部屋の扉が出口と繋がっていると思っていた。
扉によって、俺たちは幽世に入ったんだし。
勝馬は続けて言葉を出した。
「正確には、この鏡の向こうが出口だ」
「そんな~バナナ!」
正俊がノリで言葉を出すと勝馬は正俊に近づいた。
「えっ!なになに!ちょっと待ってください!勝馬さ~ん!」
勝馬は正俊の首根っこ掴んで、テレビの方へ投げ飛ばした。
言葉通り、正俊は吸い込まれるように、テレビの中へと入ってしまった。
青年は啞然とした。
「…マジっすか」
「お前も早くしろ。時間がないぞ?」
「はあ…」
青年は変な汗を搔きながら、テレビに近づき、男の死体をしっかりと持つ。
そして、意を決して、テレビの中へと飛び込んだ。
視界一杯に、砂嵐の世界と音が鳴り響く。
感覚は、落ちている感覚だった。
青年はぐっと目を閉じると、身体に衝撃が走った。
「ぶっ!」
正面に冷たい地面にぶつかった感覚だった。
青年は目を開けると、雪で薄く積もった街が広がっていた。
衝撃のせいで、少しぼーとしてしてしまったが、目の前に広がっている光景に焦った。
「えっ外!?…って!先輩!」
先輩の姿が無いことに焦った。
青年は慌てて後ろを振り返ろうとした時、後ろからどっぷりと重い物が乗っかって来た。
「うわっ!」
「……すまん、大丈夫か?」
後ろから勝馬が降って来た。
勝馬はすかさず、青年から離れて状況を読んでいた。
「だ、大丈夫っす。ところで先輩の姿が見えないっす…」
「正俊か、正俊なら…あそこだ」
「あっ!」
正俊は担いでいたはずの男の死体によって、ひっくり返って押しつぶされていた。
きっと、落ちて来た衝撃でひっくり返ってしまったのだろう。
そして、青年が見えなかったのは、死体によって姿が見えなかっただけであった。
「あはは、先輩すみませんっす…」
青年は申し訳なさそうに、ひっくり返っている正俊に謝罪した。