番外編 オオカミ達のクリスマス。(その11)
彼女の言葉は、痛みの言葉だった。
「たす、け、て…たすけ、て…いや、いやぁ…」
正俊と勝馬は静かにそれを聞いていた。
「たすけて、わたし…わたし、だれか…だれか、きいてよ…だれか、、、をたすけ…、、、とらないで、やめて、、たすけて、たすけて………」
繰り返す彼女の叫びに正俊は言葉を送った。
それは、たった一言。
「わかった」
その言葉が届いたのか、わからない。
だが、彼女の痛みの言葉は止まった。
止まったまま、そのまま静かに灰となった。
あっけない終わり方だが、これで良かったのだろう。
正俊はあえて助けるとは言わなかった。
助けられなかったから、彼女はこうなってしまったのだ。
だから、その言葉が伝わったことを知らせるにはあの言葉で十分であろう。
傍から見たら、ひどいとかもっとあるだろうとか思われるだろうが、正俊には重い一言だった。
むしろ、それしか言えなかった。
正俊は勝馬に肩を叩かれるまで、その場で立ち尽くしていた。
刀に付いた赤黒い液体を払い、鞘に納めた。
店内に灰が静かに舞った。
その中で、空気が読めない物音が響いた。
それは足音ともに遠ざかる。
「逃げたか…」
「みたいだね~奴さん。今、どんな気分なんだろう~」
正俊はべっとりと手についた赤黒い液体を舐め取った。
すると突然、店内に地響きが鳴った。
柱である膿蟲を失った今、幽世は崩壊する。
勝馬は揺れる世界に下がりながら言葉を出した。
「急いだほうがよさそうだ…!」
天井から電球が落ちて破片が飛び散った。
「そだね~~」
正俊はそう言いながら、奥へと走った。
勝馬もその後を追った。
男は、レンガ模様の壁紙に爪を立てながら、廊下を進んでいた。
「こ、こん、な所で、終わってたまるか!」
焦っているせいからか息を切らせていた。
そして、ある場所へと向かっていた。
黒い扉を強引に開けては、入って行く。
再び、レンガ模様の廊下出るとまた別の扉へと入って行った。
男は、扉を通ると別の空間になっていることを知っていた。
カラオケボックスへとたどり着くと男はある部屋へと入って行った。
その部屋の扉のプレートには、105と書かれてあった。
105の部屋は、カラオケ部屋ではなかった。
そこには、事務室のような所だった。
机に資料やパソコン、カメラの機材などが置いてあった。
男は急いでパソコンをカバンの中に入れていた。
「全部、全部、あいつのせいだ!俺は悪くないんだ!あいつが勝手に死んだから悪いんだ!」
男がそう憤っていると後ろから言葉をかけられた。
「…誰が悪いんすか?」
「……ひっ!!」
青年は男の後ろにいた。
男がカラオケボックスに来た時点で、青年は男を尾行していた。
男は怯えながら、カバンを抱きかかえていた。
「こ、ここは!おれの世界だ!誰が勝手に入っていいって言った!」
青年は男を見据えてながら言葉を出した。
「…なんすか?むしろこっちが聞きたいっす、ここで何してたんすか?」
「うるさいっ!お前も奴らと同じなんだろっ!この化け物!」
「…化け物?」
青年は延べ棒である紅桜を男の方へ突き刺した。
「うわああぁ!!」
「ギイイイィイー!!」
男と別の叫び声が上がった。
男の後ろには蟲がいた。
1メートルくらいの足長蜘蛛の地獄蟲だった。
青年はその足長蜘蛛の胴体に紅桜を突き刺していた。
紅桜の術で足長蜘蛛はいきなり発火した。
足長蜘蛛は叫びながら燃え上がった。
男は真後ろで起きたことを、傍観しては、尻餅をついた。
「こっちの方が、よっぽど化け物だと思うっすけど…?」
「なんでだ…なんで、蟲が俺の…」
「後ろにいたのか?…そんなの決まっているっす、あんたが悪人だからっすよ。いい加減、堪忍するっす」
青年は今度は男の首元に紅桜を向けた。
男は、その言葉を聞いて愕然とした。
もう男には、蟲を扱う事が出来ないのだ。
膿蟲を失った時点で、もしくは、膿蟲が孵化した時点で男の命運は決まっていたのだろう。
男は力なくうなだれた。
青年が紅桜を降ろした時、男を追っていた正俊達が追いついていた。
「おいっ!」
正俊が叫んだ時、青年は正俊達の方に振り返ってしまった。
「えっ?」
青年が振り返った瞬間。
力なくうなだれていた男はパタリと倒れた。
「えっ!?」
青年はいきなりのことで、判断がつかなかった。
「伏せろ!!」
正俊は青年に飛びついた。
勝馬は鬼火を放って、周りを燃やした。
その鬼火の使い方は、防御の炎だった。
青年は正俊に押し倒される形となった。
「馬鹿!油断すんな!」
「せん、ぱい…?」
正俊の焦りが青年にまで響いた。
「いったい何が…?」
青年が把握する前に、事は終わっていた。
何かが潜んでいただろうか?
黒蟲達の死骸を残して、男は殺されていた。
一体どうやって?
「くそっ!蜂にやられた!」
正俊の言葉に蟲の仕業だとわかった。
「えっ…蟲の気配はあの蜘蛛だけで…」
「おいっ大丈夫か?毒針に当たってないか?」
「へっ?いやっちょっと!」
正俊は青年の身体をまさぐりったり、シャツを脱がそうとしたりしていた。
「だだっ大丈夫っすよ!やめてください!あっ!」
正俊と青年がじゃれ合っている間、勝馬は男の鼓動を確かめていた。
心肺停止が確認された。
蘇生は不可能ほど、瞬殺だった。
首に黒くて太い針が刺さっていた。
勝馬は目を細めた。
青年は声を荒げた。
「とっとにかく!ここから出ましょうっす!俺、ここでBL展開なんて嫌っすぅ!純潔は守りたい!」
そんな青年に正俊は、はっとして頬を少し赤らめた。
「やだな~もう、俺とお前はそんな仲だろ?」
「やめてくださいっす!!誤解を招くことはやめてくださいっす!気持ち悪いってさっきから言っているんす!」
「ちっ」
「舌打ち!?」
「お前たち、そろそろ出ないと出られなくなるぞ?」
勝馬は男が持っていたカバンごと男を担ぎ上げては、スタスタとその場から離れた。
「あっちょお!拗ねないで~~!」
正俊は勝馬の後を追いかけた。
青年は、正俊にああ言ったが、内心は動揺していた。
この事件の犯人をみすみす死なせてしまったのだから。
青年は苦虫を嚙み潰した顔になった。