番外編 オオカミ達のクリスマス。(その10)
正俊は笑いながら突き刺した刀を奥へと押し出した。
足元にいる男性から彼女を引き離さないといけなかったからだ。
「ギャアアアーーー!!!」
彼女は叫びながら、刺さった刀を抜き、後ろへと後退した。
すると、渦を作っていた黒蟲の群れが急に正俊達を襲って来た。
それを見た勝馬はすかさず、鬼火で焼き払う。
周りにいた黒蟲が一斉に灰になった。
彼女は傷つけられた螳螂の目を押さえながら、口から二つの白い鎌を長く伸ばし、鎌を鋭く尖らせた。
店内に再び、布が破く音が響いた。
「ビリビリ、ビリビリビリ…」
その音は彼女の口から発せられていた。
正俊は怯えて動けないでいる男の襟を掴んでは、店内の奥の方へと投げた。
「邪魔」
その言葉は、冷たくあしらったようなものだった。
正俊は男の事などと、どうでも良かったのだ。
目の前の獲物(彼女)を早く喰らいたくて、たまらなかったのだろう。
正俊の緑の瞳は、鋭い刃が映っていた。
正俊の笑みは釣ったまま、下がらない。
彼女は、そんな目の前の人狼に慄き、二つの白い鎌を使って一斉に攻撃をした。
正俊はその攻撃を一振りで弾いた。
鉄をこする甲高い音が響いた。
響くわりに、彼女の鎌による攻撃は、軽く感じられた。
負傷しているからと言うのは言い訳にはならない。
彼女も必死だ、手加減などしていない。
彼女は、次々と攻撃を繰り出すが正俊の前には容易くあしらわれた。
前の正俊とどこか違っていた。
それは、彼女を本気で獲物として捉えているからだろう。
今の正俊はまさしく獲物を狩る狼だった。
勝馬は黒の手袋を取り出し、それを付けては拳を作った。
拳は青い火が宿っていた。
正俊が二つの鎌を相手している間、勝馬もまた攻撃の準備をしていた。
もちろん、黒蟲へのけん制もしながら。
正俊が大きく、白い鎌を跳ね返すとその隙に勝馬は彼女に迫った。
彼女は背中からもう一つの鎌を取り出し、勝馬に斬りかかった。
どちらが早いか、それはすぐにわかる。
「青拳」
勝馬がそうつぶやいた時には、背中の鎌は砕け、彼女は殴り飛ばされていた。
彼女は壁に叩き付けられ、衝撃によって砕けた瓦礫に埋もれた。
それを見ていた正俊は口笛を吹いて言葉を贈った。
「お~怖い怖い、勝馬の鉄拳はやっぱすごいねぇ~」
「遊んでないでさっさと終わらせろ」
「あいよ~」
正俊は、刀身を鞘に直し、腰を深く屈んだ。
前回はその首に刃が通らなかったが、次は斬るつもりだ。
埋もれた瓦礫の中から、彼女とその背中から螳螂の頭が出て来た。
螳螂の頭は雪のように白く、まだ生まれたてのように伺えた。
彼女は口から再び、布を破る音を響かせた。
「ビリビリビリ、ビリ、ビリビリ…」
その音によって、彼女の周りに黒蟲が集まって行く。
螳螂は彼女の背中から、八本の白い鎌を一気に取り出した。
孵化はだいぶ進んでいた。
身体のほとんどが蟲へと変異していた。
蟲まで、あと一歩ってところか。
すると、彼女は両手を広げて、紅い血を流した。
「……っ!!」
まるでそれは、助けを乞うているように見えた。
「わかった…」
正俊はその意志を受け取った。
螳螂は渾身の力を振り絞って、八本白い鎌を正俊へと襲いかかった。
長く伸びる力を利用して、ハサミのように挟んで斬る動きを取り、正俊を追い込もうとしていた。
正俊は正面から来る最初のハサミを態勢をうんと低くして避けた。
次のハサミは縦に斬りかかって来たので、横に反らして避ける。
その次のハサミは、横に反らした正俊を床に向かって斬ろうとした。
正俊は床を蹴って、高く飛び上がって避けた。
正俊の脚力は天井まで届いた。
正俊は、天井を強く蹴った。
その反動を駆使して、最後に天井へと斬りかかってくるハサミの攻撃を、正俊は身体をくるりと一回転させて交わした。
そして、彼女と螳螂の元へ迫った時。
鞘から刀身を抜いた。
「抜刀」
斬れる音もなく、それは静かに斬れた。
金属のような硬さを持っていた膿蟲だった。
だが、正俊が放った一線は、どんな金属であろうとも鋼のような硬さでも、一瞬で斬れる。
簡単なことではない、滅する相手の一瞬の隙と、刀との鍛錬が必要とする技である。
それによって、彼女の首と螳螂の首は同時に斬れ、そして緩やかに床に落ちた。
正俊は静かに佇んでいた。
彼女に集まっていた黒蟲達は裏を返したように自然と消えて行き、膿蟲であった彼女は静かに青く燃え上がり、その身体を灰にしていた。
本来、地獄蟲は普通の刀で斬っても灰にはならない。
死骸は死骸、やがては他の蟲によって共喰いが起きる。
地獄蟲を灰にすることは、人狼達がやっていることだ。
御霊を救う方法の一つは、地獄蟲を滅すること。
共喰いが起きると喰われた御霊は永遠に捕らわれたまま、蟲として永遠になるということだ。
人狼達は地獄蟲を滅するために術を使う。
鬼火や氷鬼などを使って、滅する。
そして、彼らが持つ武器、刀や武具にはそうした術が施されている。
正俊は、彼女を斬った。
完全に地獄蟲としてならずに済んだのだ。
いつも、読んでくださりありがとうございます。
物語が進んで連れ、わからない点や誤字脱字があると思います。
この文章が読みにくいとかございましたら、気軽に教えてください。
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辛口コースでも甘口コースでもいいです!(*- -)(*_ _)ペコリ
出来れば、中辛を!いや、チキンカレーの方を…