番外編 オオカミ達のクリスマス。(その9)
一方、青年は誰もいないカラオケボックスにいた。
「本当に広いカラオケボックスっすね~」
エレベーターまで設置されてるから、結構でかい建物なのだろう。
6階建てみたいだし…
エレベーターの近くに案内板があった。
それを見てみると、1~3階までカラオケボックス、4、5階はスポーツジム、6階はカマガマバー(居酒屋)。
4~6階層は想像ついているので、行かないっす。
とにかく、まずはこのカラオケボックスの階層を調べて回って見るっす。
青年はこつこつと靴を鳴らしながら、廊下を歩いた。
やけに響く廊下だった。
1階の様子は、特に目立った様子はなかった。
普通のカラオケボックスと変わりない。
この1階の部屋は、5部屋あるようだ。
ぞれぞれの扉に番号が振ったプレートがつけられている。
101から105の順だ。
青年は101の部屋の扉に手を掛けた。
ドアノブを捻ったまではいいが、扉をいくら押しても引いてもびくともしなかった。
「開かない…」
普通に開くと思っていた。
青年は扉の小窓を覗いて見た。
真っ暗で何も見えなかった。
他の扉でも調べてみたが、どれも同じようだ。
だとすると、最初に出た扉、105の扉に手を掛ける。
「開かなくなっているっす」
中の方も同じく暗くて見えない。
どうやら、この1階は何もなさそうだ。
「次は2階っすね…」
上に向かうには、通路の先にある階段を使うことにした。
エレベーターを使うのは、気が引けた。
一応、電気は通っているみたいだが…
もし、エレベータ内で蟲にでも襲われたら対処しようがない。
延べ棒である紅桜を使うには狭すぎるし、退路も確保できない。
よって、エレベーターを使うのはやめた。
そして、青年は階段を使って2階へと足を運んだ。
「一人だと、結構心細いっすね…先輩たち大丈夫かな~」
一刻も早く、合流したい所だが、この幽世は複雑だ。
行ける所が限られているし、そこから道を見つけるのも難しくなってくる。
青年が2階の廊下へと出るとそこにも、5つほどの部屋が並んでいた。
201から205と順に並んでいた。
「ここも、似たような場所っすね」
違っているとしたら、カウンターは無く、トイレが設置されていた。
青年は一部屋ずつまた調べ回った。
結果は、同じ。
青年は持っていた携帯を見た。
圏外だった。
「ま、わかっていたっすけどね…」
幽世は隔離されている世界だと習ったから、こうなるってわかっていた。
むしろ隔離された世界で、携帯が使えるのが異常だということだ。
携帯の時間は、深夜に入っていたが、この時間も正しくないんだろう。
本来の時間と幽世の時間はずれている。
幽世の時間は、固定された時間でもある。
幽世が夜なら、現世はとっくに朝になっていることもある。
隔離された世界なら尚更、正確な時間がわからないということだ。
青年は上を見上げた。
3階へと進む階段を見つめた。
3階まで、何もなかったら本格的に道を探さないといけない。
青年は3階へと足をかけた時。
2階の廊下のどこかで壁を叩く音がした。
「音したっす…まさかのホラー展開っす~」
青年は地味染み思った。
一人はやっぱ怖い…
「せんぱ~い~どこすか~俺もう泣きそうっす~」
ぼそぼそと言っているとまた音がした。
「うわ~ん」
壁を叩く音は部屋の中で叩いているようだ。
つまり、どこかの部屋で誰かが叩いているということだ。
「先輩、帰っていいすか…俺、実はホラーもの駄目でして…」
すると、女性の叫び声が聴こえた。
「マジでっす!!」
青年は半泣きながら、壁音が鳴る場所へと向かった。
それは、案外近くで鳴っていた。
女性の叫び声もここからだった。
205、プレートの番号がそう告げていた。
青年は扉のドアノブに手をかけ、傾けた。
少し押すと動いたのである。
さっきまで、動かなかったのにだ。
小窓を覗き込んでみたが、暗闇でわからない。
ここは入って確かめないといけなかった。
青年は唾を飲み込んで、勢いよく扉を開けた。
ドンッ
「……誰も、いない」
そこに広がっていたのは、誰もいないカラオケ部屋だった。
おかしなことに明かりも点いていて、周りがよく見渡せた。
誰もいないのに、音が鳴っていた。
勘違いか…?
「……なんだったっすか…?びびったっす…」
カラオケの機材も雑誌も特に荒らされた様子はなかった。
部屋はきれいに掃除されていて、いつでも客を入れそうな部屋だった。
「…はあ」
青年はドサッと黒いソファーに座った。
女性の声といい、壁の音といい、てっきり女性が襲われたんじゃないかと思った。
「何だってんすか…」
青年が脱力していると急にテレビが点き、画面が砂嵐となった。
「…………」
青年は言葉が出なかった。
これって、アレすか…
アレっすよね…?
助けてください…せんぱ~い!
青年が心の中で助けを呼んだ所で、テレビの画面は砂嵐から別の画面となった。
「……っ!!」
テレビから女性の叫び声と壁を叩く音が鳴った。
それも、この部屋と同じ場所を映していた。
青年はテレビから来る情報にただじっと耐えるしかなかった。
その内容は、事件の始まりを示していた。
これは、女性と映っている男性に聞けば、全てがわかる。
青年は頭を抱えた。
「なんすか…これ…これが現場すか…?思っていたのと違うっす!」
頭を掻きながら、青年は立ち上がった。
ここで立ち止ってはいけないと思ったからである。
テレビから流れる悲劇を絶ち斬るために、青年は部屋を後にした。