番外編 オオカミ達のクリスマス。(その8)
正俊が再び立ち上がった時には、ウシの着ぐるみはいなかった。
「くっ…やるじゃん、あのウシ…今度あったらステーキにしてやる。…勝馬、無事か?」
勝馬はあの爆発によって吹き飛ばされた。
返事が無くて正俊は焦った。
「勝馬!」
「…なんだ」
「なんだ…じゃないよー!もうぉ~~!」
「うるさい」
勝馬は少しふらつきながら立ち上がった。
とっさに鬼火で防御をし、ダメージを軽減したのだろう。
その影響でスーツが少し焦げていた。
「人が心配してんのに~~!」
勝馬の素っ気ない態度に正俊はぶすくれたが、近くにいた男が目に入った。
男は先ほどの爆発で椅子から落ちて、腰を抜かして怯えていた。
「…な、んだ、お前たち、は…」
正俊が近づくと男は半ば発狂寸前になった。
「く、来るなっ!来るなぁあ!!」
正俊は目を細めた。
「なんだよ…あんた」
さっきのウシといい、こいつも契約者か…
「なあ、あんた…無理にとも言わない、今すぐ彼女を止めた方がいい。じゃないと、彼女が彼女ではなくなるよ」
「うるさいっ!あいつはもう化け物だっ!」
「おのさぁーあんたがやったんだろ?あんな風にしたんだろ?人のこと殺した何の言っといて、一体何なの?」
「うるさいうるさいうるさい…!!俺は何も悪くない!悪くないんだ!」
正俊は問うのやめた。
保身に走った時点でこの男は終わっていた。
この男がウシの着ぐるみと会っていたってことは、こいつはもう切られていると判断していいだろう。
ウシを取り逃がしたのは、痛かったな…
あのウシは蟲を使役できるほどの力を持っていた。
密売者、媒介者、蟲使いなどと呼ばれる、地獄蟲を取り扱う組織の一人なのだろう。
正俊は頭を切り替えて、男に向かって言葉を出した。
「あんた、とにかくここから出よう。死にたくなかったら、さっさと立つんだな」
膿蟲は孵化直前だ。
彼女の縁があるこの男が一番の獲物だ。
今まで、襲わなかったのは利用価値があったからだ。
膿蟲が孵化してしまえば、本格的に彼女は蟲として生まれ変わり、そうなったら確実に襲いに来る。
あまり時間はない。
とっとこの男を連れ出さなければいけない。
だが、男はこちらの言葉など聞かなかった。
「う、う…くっ来るなっ!俺は悪くないんだっ!全てあいつが悪いんだっ!」
天井から、ぼとぼとと黒蟲が降って来た。
「うわあぁああ!!」
男は黒蟲に驚き叫び出し、服に着いた蟲を払った。
「蟲!蟲っ!俺は餌じゃない!俺は餌じゃない!」
正俊は再び刀を取った。
喫茶店の天井は、既に黒蟲の海となっていた。
湧き出した黒蟲は、雨の如く落ち始めた。
勝馬は床に落ちた黒蟲を踏みしめながら、正俊と並んだ。
「次は、へまするなよ」
「わーてる」
正俊は肩に乗った黒蟲なんて気にも留めず、刀を構え直した。
男が黒蟲達に齧られ始め、バタバタと暴れ出した。
そんな時、黒蟲の海から渦が起き、そこから白く尖ったモノが現れた。
「ビリビリ…ビリ…ビリビリ」
布を破く音が聞こえ来ては、その顔を覗かせていた。
肩まである茶髪を男に向かって垂れ流しては、男を誘うように手招きをした。
「あっあ、あ…」
黒蟲の渦の中から彼女が現れた時には、男は魅了されたように彼女に向かって手を伸ばし始めた。
正俊達には彼女の姿は異様な姿に見て取れるが、男にはかつての彼女の姿が見えているのだろうか。
孵化の進行はもはや止めることが出来ない。
彼女の目は既に螳螂のような目をしていた。
そんな彼女に男は喰われようとしていた。
「このまま、いちゃつかれても困るんだよね。…だからさ、俺に乗り換えない?」
正俊は彼女と男の間に入っては、刀を突き出した。
突き出した所は、彼女の目を突き刺した。
「ウギャアアアアアアア!!」
彼女の奇声が鋭く響いた。
膿蟲の孵化が始まっては、もはやその弱点はない。
膿蟲自体が蟲となる。
そうなれば、自然と戦い方は変わってくる。
「いい声じゃん、もっと聴かせてよ…おねーちゃん❤」
正俊はにんまりと笑った。