番外編 オオカミ達のクリスマス。(その5)
青年は、暗闇の中で身動き一つ出来なかった。
このままじゃあ、終わる!
青年が思ったその時、青い閃光が暗闇の中で走った。
その閃光は、炎の閃光だった。
青い炎は波となって広がり、暗闇を燃やし尽くした。
青年はいきなり腕を掴まれ、一気に引き上げられた。
引き上げられた先には、背の高い男が立っていた。
「よっ!元気か?」
「……げんき、じゃない、っす…」
「あはっ!口が聞けれりゃあ、上等だ」
正俊はにんまり笑いながら、青年を降ろした。
片手で青年を引き上げたことから、正俊は相当筋力があるとみた。
青年は呼吸を整えようとしたが、返って灰を吸い込んだ。
長い廊下は、黒蟲を焼いたせいで灰が舞っていた。
しばらく、咳き込んでいると勝馬から言葉をかけられた。
「これでわかったか?」
「…えっ…何を…」
先ほどのことを言っているだろうが、さっぱりだった。
危うく、死にかけたし…
二人は、あの黒蟲の群れに押しつぶされても平気だったのだろうか?
肩に灰が降り積もるだけで、状況が読めなかった。
青年が困惑していると勝馬は説明を始めた。
「正俊が踏んだ黒蟲は、触覚のようなものだ。あれに何かあれば、即座に黒蟲達が動く仕組みになっている。今のがいい例だった」
「俺…やばかったっす…」
「覚悟しておけと言っただろう?」
そんなこと言われても、ヤバかったことは変わりない。
天井に湧いていた黒蟲達は、あの青い炎によって灰にとなったようだ。
廊下は先ほどの静けさに戻った。
すると、正俊が頭に着いた灰を落しながら言葉を出した。
「そろそろ、俺たちも動いた方がいいんじゃない?奴さん、こっちに気づいたっぽいし」
「えっ?」
青年が問う前に、それは起きた。
ビリビリビリ…
ビリビリビリビリ…
それは、布を破く音に近かった。
ビリビリビリッビリビリッビリリイィイ…
ビリッビリビリ…
それは廊下中に響き渡った。
「なんすか…この音…」
青年がそう問うと正俊は、人差し指を口に置いて小さく言葉を出した。
「膿蟲」
青年が言葉を出せずにいるとそれはゆっくりと表れた。
廊下に扉の開く音が響いた。
正俊達はその開いた扉の方に注目した。
扉は一つ、番号はわからなかった。
だが、そこから何かが現れることはわかった。
青年は身を引き締めた。
来る…
こつん、こつんと外れたヒールの音を鳴らして、それは廊下に出て来た。
それは、茶髪の女性だった。
白いシャツに青のジーンズと普段着と似た格好だった。
顔は、肩までの茶髪が邪魔をして見えなかった。
普通の人と変わらない姿だが、女性から来るそのにおいは膿蟲だと確信した。
青年は灰の苦さと唾を一緒に飲み込んだ。
女性は、奇妙な音を口から出していた。
「ビリッビリビリ…ビリビリビリッ…」
先ほどの布を破く音と似た音は彼女からだった。
「ビリッビリビッビリビリビリ…」
青年は勉強したことを思い出していた。
その女性が一定の言葉しか喋らないのは、膿蟲の依り代の強い意志、記憶がそうさせているそうだ。
生前、女性がどんな目にあったかわからない。
だが、女性がこんな目にあったのは生前に何かあったのだろう。
女性が刻み込んだ意志が廊下に響いた。
すると、ぼと、ぼと、ぼとぼとと天井から再び湧いて来ては床に落ちて来ていた。
正俊は、持っていた刀に力を入れた。
勝馬はいつでも、青い炎を出せるように身体の中で炎を練り込んだ。
そうして、じりじりと緊張感を高めていく。
茶髪の女性は、廊下に出ると正俊達の方にゆっくりと向いた。
その時、女性の口元がにっこりと笑っていた。
まるで、見つけたと言わんばかりに弧を描いていた。
黒蟲の蠢く音が鳴った時、正俊が一気に跳ぶように前へ駆けた。
態勢を低くし、鞘から刀身を抜く、居合をかけた。
その一瞬は、普通の人ならば簡単に首が飛ぶ。
だが、女性の首は飛んでいなかった。
正俊の刃は、女性の首で止まっていた。
「かたぁっ!!」
正俊がびっくりするほどの硬さだった。
女性の首は、血が通った首ではなく、金属の延べ棒のように白かった。
正俊の刃を受けながら、女性は口を大きく開いた。
「……っ!」
正俊は女性から跳ぶように離れた。
「何をするつもりだ?」
女性の口から、赤黒い液体を吐き散らしながら、真っ白い鎌が二つ出て来た。
白い鎌は、まるで螳螂のような形状をしていた。
「女の子がそんなもん出すんじゃありません!」
それを見た正俊がつっこんだ。
すると、白い鎌は長く伸ばしては、こちらに向かって襲って来た。
「うわぁっ!」
正俊は刀を盾に受け身を取った。
鉄を弾く音が響いた。
女性は白い鎌を駆使して、こちらを追い詰めようとしていた。
一つの白い鎌は、正俊に向かって刃を降ろし、もう一つは、青年の方へと向かった。
青年は瞬時に、懐から武器を取り出した。
それは、何かの金属の棒が織りたたんだもので、それを繋げると一つの延べ棒となった。
青年はその延べ棒を鎌に当てて、攻撃を回避した。
青年が持つ、その延べ棒は、漆黒を纏う棒状で、ちらほらと紅色の花模様が施されていた。
青年は漆黒の延べ棒を回しては、降ってくる黒蟲を薙ぎ払った。
「俺を舐めないでくださいっす!」
「わお、かっこいいー!」
正俊は鎌の攻撃を受け流しながら青年を褒めた。
「ちょおっ!茶化さないでくださいっす!」
青年はそう言っても、内心は照れていた。
「いいんじゃないの~!本当の事だから~!俺嘘つかな~い!」
「やめてくださいっす!集中しているんすから!」
青年は目の前の膿蟲と対峙する。
その間、勝馬は後ろで彼らの補助に回っていた。
天井から無数の黒蟲の群れが溢れ出しているのを青い炎の波で抑えつつ、彼らが膿蟲に集中できるように黒蟲達をけん制をしていた。
「やれやれ、お前たちは…」
勝馬はそんな彼らを少し呆れながら青い炎を出し応戦する。
すると、女性の様子が突如として変わった。
苦しそうに唸り出し、頭を抱え始めた。
そのはず、女性の背骨から、また何かが出て来ようとしていたからだ。
それを見た勝馬は、渋い顔した。
「まさか、孵化か?」
「急いだ方がいいかもっ!」
正俊は、もう一度女性に斬りかかった。
だが、女性の背骨からの何かの方が早かった。
正俊は、その何かに投げ出された。
その何かは、膿蟲を産んだ親蟲の形状。
螳螂の頭が覗き出ていた。
背骨からのもう一つの鎌によって、正俊は投げ出されたのである。
正俊は廊下にひっくり返っていて、身動き一つしなかった。
「ヤバいっす…!」
青年は正俊が投げ出されたことで、ひるんでしまった。
その隙を突かれて、鎌の攻撃を受けてしまった。
青年は扉の方へと叩き付けられた。
衝撃でうめいたが、すぐに起き上がろう足に力を入れた時、扉の方から、黒蟲があふれ出した。
青年はすぐに身動き取れなくなった。
「……っうぐ!」
必死にもがくが、より一層絡み取られていく。
青年は沈むような感覚に襲われた。
「なんだ、これっ…うっぐ…」
「おいっ!待ってろ!すぐにっ…くっ」
勝馬の声が廊下に響いた。
勝馬は女性と対峙していた。
三本の鎌の攻撃を避けつつ、青い炎を大量に出していた。
勝馬の必死の対応に、青年はそのまま黒蟲達に飲み込められた。
青年の視界は、再び暗闇の中へと落ちた。