番外編 オオカミ達のクリスマス。(その4)
正俊達は、長い廊下を進んで行った。
廊下には、幾つもの扉が並んでいた。
扉にはプレートがつけられており、それぞれ番号が振られていた。
正俊は、扉の小窓から中の様子を覗いたり、聴いたりしていた。
一方、勝馬と青年は、幽世のことを話し始めた。
「お前は、幽世はどうやって出来てるか、知っているか?」
「え~と、幽世は異世界っすよね……異世界は、異世界っす!………すいません」
ボケをかましても、通用しなかった。
勝馬は、少し呆れた様子になりつつ、一から説明した。
「幽世は、まず思念が足りないと開かない。思念は人の想い、念だ。思念がこもる場所が幽世が開きやすい、自殺スポットとかいい例だ。死を連想する場所は思念がこもりやすい。思念が溜まれば、架空空間が出来る。架空空間は、人の思想の世界。自殺のスポットなら、もう一つの自殺スポットの世界、架空空間が出来る。その架空空間に、人の魂が現れるようになる。死霊ってやつだな。写真とかカメラに幽霊が映るのはその架空空間と死霊を映しているからだ。ここまでは、普通に現世で起きることだ。そして、現世とその架空空間を繋げることで、その架空空間は初めて幽世と呼ばれる」
勝馬の言葉で、青年は頷いた。
「俺、その架空空間が幽世と思っていたっす。違うんっすね…」
「認識の問題だ。架空空間は生者が立ち入ることはできない場所だ。そこは、死霊がいる場所と言ったほうがいい。その世界に入ることは死を意味する。ここは、幽世だと死霊が喋るか?」
「喋らないっす…」
つまり、架空空間は無と死者の世界だと言う事だ。
現世と架空空間を繋げて、そこに生者が入ればそこは幽世と呼ぶ。
「現世と架空空間を繋げる方法は、媒体を用いる。現世のモノと架空空間のモノを一つにするもの。わかりやすくここは、地獄蟲を使おう。地獄蟲は、地獄からの使者。地獄の存在だ。現世のモノではない、ここで、地獄蟲を架空空間のモノとしよう。現世のモノは人間としよう。それらを繋げることで幽世が出来る」
「その繋げたモノって、まさか…」
「そうだ、現世を繋げる媒介、膿蟲だ。俺たちがいるこの幽世は、その膿蟲が開いたことになる。そうなれば、その媒体を壊せば、この幽世は崩壊する」
「なんなら、その膿蟲を倒せば、この仕事は終わりっすね」
「そう簡単に行けばの話だが…」
勝馬は上を見上げた。
「えっ?」
青年も釣られて上を見上げた。
するとそこには、廊下の天井を隙間なく埋め尽くす黒蟲達がいた。
「……っ!!」
青年は驚いて、身を引いた。
黒蟲達は、無数の群れとなって蠢いていた。
えげつない程の黒に、身体が拒否反応をする。
「いつ、の、間に…」
蟲の蠢く音も気配も何もなかった。
幽世は地獄蟲のにおいで充満している。
そのせいか、黒蟲のにおいにも気づかなかった。
この黒蟲達は、まるで天井から湧いて出たように静かに現れた。
「奴らは、我々のことを気づいていると思うか?」
「…こんな、時に何を…!」
急いで対処しなければ、喰われてしまうのに…!
「これも勉強だ。冷静になって、答えて見ろ」
焦る気持ち押さえながら、青年は答えた。
「気づいて、いるんじゃ、ないですか?…」
勝馬は静かに蠢く黒蟲をじっと見ながら答えた。
「いいや、気づいてない」
「そんなの…」
「嘘だと思うか?よく奴らを観察してみろ、気づいているなら、今頃は襲って来ている」
「あっ…」
言われてみれば、そうだ。
青年は一拍置いて、落ち着いてから、冷静になって考えて見た。
黒蟲は地獄蟲の下級の存在だ。
この幽世を展開した膿蟲を核として動いている。
幽世が無いと、この黒蟲達は棲む場所がない。
こちら側に存在することができないのだ。
どうにかして、ここの膿蟲を守ろうとするだろう。
では、なぜ、気づいていない?
そうこう考えていると勝馬は言葉を出した。
「黒蟲を上手く利用しているからだろう」
「それって、黒蟲を利用している奴がいるってことっすか…それって、膿蟲っすか?」
「そうだ」
膿蟲が黒蟲を利用する。
これは、現場を何度も経験しないと分からない話だ。
勝馬はそのまま言葉を続けた。
「一人だけで狩りをするよりも、黒蟲達を利用すればより多く獲物を狩れる。この黒蟲達はそのためのものだろう。例えば、獲物を探るための触覚とか、な」
「触覚?」
「実際に、やってみればわかる。…ここからは、本番だ。覚悟しておけ」
「あっはい!って何するんですか?」
「正俊」
正俊は、扉の小窓を覗いている最中だった。
「うお~すげぇ~!」
勝馬は正俊に近寄るとそのまま頭を殴った。
「…っいってぇー!」
正俊は頭をさすりながら、言葉を出した。
「なんだよ!今、いいところなのに!」
「ほお、いい所なのか。なんならそれを踏め、丁度いいから」
「うおぉ…ごめんなさい、そんな目で見ないでください…」
勝馬の目は、凄むような目をしていた。
「わあったよ!踏めばいいだろ!」
正俊の足元には、一匹の黒蟲がいた。
黒蟲は黒い毛虫のような生体だ。
何でも噛み砕く鋭い牙と黒い剛毛と血臭が特徴的だ。
一般の毛虫と比べて大きく、最大で3メートル級まで大きくなることもある。
群れで行動することが多く、よく膿蟲や親蟲の元で蠢いている。
そんな、黒蟲が正俊の足元に一匹だけ落ちていた。
青年が言葉をかける前に、正俊は黒蟲を踏んだ。
ぷちっと嫌な音が響いた。
正俊が靴底を上げると、赤黒い液体が流れた。
何とも言えない、感情が流れた。
蟲を踏むのはやはり、気が引くし、あまり見たくはない。
だが、その考えは一瞬で無くなった。
「……っ!!!」
静かに蠢いていた黒蟲達が一斉に鳴き出し、天井から剥がれるように落ちて来たのだ。
洪水のような重みが一気に身体に受けた。
こうなれば、身動き一つすらできない。
窒息するか、黒蟲に喰われるか、それとも膿蟲か親蟲の元へ連れて行かれて、喰われるか、産み付けられるか、そうした最悪のパターンが広がる。
やばいっ!!
青年は必死にもがくが重みに負けてしまう。
このままじゃあ!!終わってしまう!
暗闇の中で青年はそう思った。




