番外編 オオカミ達のクリスマス。(その3)
従業員入り口と書かれた扉の先は、従業員の作業部屋でも事務所でもなかった。
もちろん、喫茶店の店内でもない。
正俊達の目の前に広がっていたのは、カラオケがあるシックな部屋だった。
レンガ模様の壁紙に黒のソファー、カラオケが出来る機材に盛り上げる為のマラカスやタンバリンなどが用意されていた。
どうやらここは、カラオケボックスで間違いないようだ。
部屋は特に荒れてはなく、誰かが使った形跡もない。
テーブルの上に埃が無いことにきちんと掃除が行き届いているようで、客を入れる前の部屋のようにも伺える。
「いやっほーい!何歌おうかな~?」
正俊は目の前のソファーにダイブした。
普通はいきなりの場所に驚くが、彼らは驚かない。
勝馬はカラオケの機材に近づき言葉を出した。
「テレビは分かるが、なんだこれは?」
「えっ!?」
青年は勝馬の言葉に驚く。
「カラオケだよ~勝馬君。それ使って歌うんだよ~あっ短歌とか俳句の詩じゃないほうだからね。音楽の方の歌だからね」
「歌か、なるほど…」
正俊の説明で勝馬は納得したようだ。
青年は二人の会話を聞いて勝馬に尋ねた。
「まさか、勝馬さん。カラオケ始めてっすか?」
「うん」
正俊は傍にあった雑誌を手にとってはそれを広げた。
「あぁこいつ、元は神使だったんだよねーだから、ちょっと時代遅れっていうか、世間知らずというかぁ」
勝馬はマイクにスイッチが入っていない状態で答えた。
「ん、パソコンと携帯は使えるぞ?」
「ちなみに、使え方は俺が教えましたー抜かりなく裏サイト見る方法を」
「…そ、そうすか」
青年は神使という言葉を聞いたことがあった。
「神使って、神に仕える者のことっすよね?確か、神に仕えると不老不死になれると聞いたことがあるっす。実際どうなんっすか?無敵っすか?」
「無敵ねぇ…」
正俊はずっと雑誌の方を見ていた視線を勝馬の方へと向けた。
勝馬はカラオケの機械を触わりながら答えた。
「どうだろうな…不老不死にまでなったことがないからな。私にはわからん」
「だ、そうだ」
期待した言葉が来なかったせいか青年は少し残念そうだった。
「そうなんすか…」
「えっなに?興味あんの?」
「そうなんじゃないっすよ、ただ俺の親戚が神使なもんで…滅多になれないものだって聞いて、いいものなのかなと思った…だけっす」
「ふーん」
正俊は青年を様子を伺いつつ、雑誌のページをめくった。
「ま、名前だけも堅苦しそうだし…禁欲しろと言われたら、その場で毛がずり剥けそう」
「ずり剥けた奴いたな…」
「まじですか…」
青年は自分の身体を少しさすった。
青年も二人同様に人狼である。
毛の話になると鳥肌が立つ。
身体をさすっていると、この部屋の温度が下がっているのを気づく。
「エアコンついてないっすよね?やたら寒いっす」
青年の吐く息が白い。
この部屋にはエアコンもついている。
青年はエアコンの温度を確かめたが、どうやらエアコン自体動いていないようだ。
「この空間、もう幽世っすね…」
急激な気温の変化は幽世の特徴でもある。
部屋を見渡し、自分たちが入って来た扉を見てみる。
従業員入り口と書かれた扉ではなく、小窓がついた扉だった。
小窓から外の様子が窺えた。
外は、一般のカラオケボックスと大差ない空間だった。
長い廊下があり、部屋が幾つもあると察する。
この部屋と向かい側にも部屋があるようで、扉にはプレートがつけられていた。
その部屋の番号なのだろう。
103と番号がつけられていた。
だとしたら、この部屋の番号は自然と想像できた。
102か104かどちらだろう…
青年が外の様子を窺っていると、正俊は雑誌を閉じ、ソファーから立ち上がった。
「さて、仕事を始めましょうね。下調べもしたし、そろそろあちらさんも動き始めたし」
「えっ奴らの動き、わかるんすか?」
「んー?カンってやつ?」
「カンすか…」
青年が拍子抜けする言葉を聞いて、勝馬が付け加えのような言葉を出した。
「経験でわかるようになる」
「…何となくわかりましたっす」
それは、五感をフルで使うってことだ。
青年はまだ、経験が浅い。
だが、自身がないわけではない。
青年は新米だが山犬になった。
山犬になるのは、地獄蟲を退治するため何年も修行こなし、力をつけなければならない。
こうして、山犬として立てているのは、そうした積み重ねた努力があったからである。
先ほどの先輩方の能天気ぷりは、正直驚かされたが、実力がある人狼だと知っている。
青年は緊張を抱えつつ、気を引き締めた。
正俊が先行して、この部屋から出ることになった。
ゆっくりと扉を開け、廊下に出る。
磨かれた床に革靴の音が鳴った。
正俊の合図に部屋から出る。
廊下の様子は部屋の中で見た様子と同じだったが、廊下の長さと部屋の数までは視野に入れてなかった。
「多いっすね…」
長い廊下に部屋が無数に並べられていた。
おまけに、予想していた扉の番号も違っていた。
たった今、出て来た扉の番号は、205となっていた。
その隣は、304、その隣は201とでたらめの番号となっていた。
「これは、当てろってことかな~」
正俊がそう言うと勝馬が口を開いた。
「においは辿れるか?」
「う~ん、ちょっと別のが混じってて、ちょい難しいかな~?」
「そうか。なら、こっちでやるか」
「そだね」
「…何するんすか?」
青年が聞くと勝馬が答えた。
「幽世には、ある程度の法則があることは知っているか?」
「えっと、一応は勉強はしたんですが…」
勉強の関しては、あまり自信ない。
「なら、覚えておけ。正俊みたいに感覚だけでは、幽世の攻略はできん。頭と身体にしっかり刻み付けろ」
「はいっす!」
「ねぇ君たち、俺のことなんだと思ってんの?」
「移動しながら、説明するがいいか?」
「はいっす!」
「ねぇ聞いてんの?お兄さんのことバカだと思ってるでしょ」
「はいっす!」
「…ん?正俊さん、どうしたんっすか?壁に手をついて、何してんすか?」
「そいつは、放っていい…行くぞ」
「あっはいっす!」
今度は、勝馬が先頭に立って長い廊下を進んで行った。




