幽世からの脱出、現世からの現実。最終
灯花は日の明るさに目を細めながら、天狼の誓いの言葉に静かに頷いた。
こんな時、なにか言葉を掛けた方がいいのだろう。
その方が恰好が付くだろうし、明確な意思表示なるから言った方がいい。
だが、私の小さな脳みそは、今、盛大に盛り上がっていて、この場で口を開くわけにはいかなかった。
やっべぇえ~ちょお~~かっこいいぃい~~~!
げっへへへぇ~~~~!!やっべぇえ~~~!
男の人が膝を着く所を見ると、興奮してしまう。
こういうのは姉譲りかもしれない。
「…灯花」
天狼さんは、じっと私を見ては意志を伺う。
頷いただけじゃ、判断がつかなかったのだろう。
私は、ニヤつく顔を隠しながら、なんとか言葉を絞り出す。
乙女的に…そう、恋愛ゲームの乙女的に…
「……はぁぃ…」
その言葉は、小鳥のような声だった。
ナイス!わ、た、し!
こういう時の乙女ゲーよ!
天狼は灯花の了承を得たと判断し、その場から立ち上がり言葉を出した。
「戻ろうか…」
「…はい」
もちろん、顔を隠しながら返事だ。
ニヤつきが止められない。
やっばあ~~い!
ぐっふふふ…
そして、ちらりと見る。
天狼さんの横顔は、最高だった。
そんな灯花の様子を、硯鬼は口を開けて見ていた。
帰り道は、再び、山道を通ることになった。
禁忌の箱から(蔵)から出て、すぐ近くの階段を下り、石畳みの道を通る。
そこで、石灯篭の青い火がまだ点いていることに気づく。
朝だとしても、まだ日が上がったばかりだ。
暗い所での明りはありがたい。
日が当たっていない所から、冷たい風をもらう。
白い息を吐きながら、朝を迎えたことを実感していた。
途中、天狼さんに言葉をかけられた。
ゆっくり歩けと言われたので、足元を気を付けながら歩む。
そのまま山道を戻って行くと、最後の鳥居の前にまで戻って来た。
「この鳥居…」
普通の鳥居ようだが、どこか重々しい雰囲気がある鳥居のようだ。
鮮やかな紅が漆を塗りたてのようで、立派だった。
門に名前が刻まれいた。
鬼門と書いてあった。
すると、硯鬼が急に言葉を出した。
「おれ様をどうするんだ?ぶす」
「ブスはよけいじゃない?…そうね、ひとまず保留」
てか、何も考えてない。
「だけど、あそこから出れて良かったでしょう?泣いてたし、ね」
「……うるせーばぁか~!」
「はいはい」
硯鬼の件は、ひとまず、後で考えよう。
拾った分、責任は取らないとね。
そう思いながら、紅い鳥居をくぐった。
「……ふぁっ!!」
頭がふらついた。
まるでエレベーターに乗った時のあの感覚。
倒れはしなかったものの、そのまま、その場に座り込んだ。
「え…なに、これ、気持ち悪い…」
天狼は灯花に近づき様子を伺う。
「大丈夫か?あまり無理をするな…」
少し前に、天狼さんがゆっくり歩けって言われた理由がわかった。
「境だ。鬼門との境にあたったんだ。禁忌の箱の中で、空間の行き違いが激しかったからな、よけい具合が悪かろう」
ああ、そう言えばあったな…
あの時は、オタ面さんが介抱してくれた。
確か、己の向かう場所を強く想えば、落ち着くとか言っていた。
だけど、ずっと前から帰りたい気持ちでいっぱいだ。
落ち着くどころじゃなかった。
もしかしたら、この酔いは疲れからも来ているのかもしれない。
「うえぇえ…」
硯鬼が瓶の中で、小さな手をぱたぱたと振って、慌てていた。
「うわっ吐くなよ!」
「うぇえ、気持ち悪…」
「おれみて、言うなっ!」
少しでも、気を紛らそうと上を向く。
鳥居の様子が変わっていることに気づく。
「…あ、れ?」
古びた鳥居となっていた。
漆が剥げて、色痩せてしまっていた。
あの立派な鳥居はいずこにと探すが見当たらなかった。
それに、周りの風景が変わっていた。
石畳みはそのままだが、石灯篭の青い火は消え、配置が換わっていた。
私達が通った来た長い山道はどこにもなく、ここからでも奥に社か何かが建っているのが見えた。
森林の雰囲気もなんだかガラリと変わったような気がした。
見間違い?
さっき通ったのに?
天狼さんはここを鬼門との境って言っていた。
鬼門って確か、幽世だ。
じゃあ、私がさっきまでいたところって、まだ、幽世だったんだ…ってきり、出れたんだと思っていた。
「天狼さん…」
「なんだ…?」
「私達、幽世から出れました?」
「ああ、ここはもう現世だ」
「そうですか…」
ようやくだった。
「だあぁああ~~~」
盛大に脱力した。
その場で、ぐでっていると。
「おや、二人ともこんな所で何してんの?」
軽い口調の男の声が聞こえた。
声の主は、言葉を続けた。
「あらら、大丈夫?」
灯花は声の主を見上げる。
「みち、つかささん?」
真白の短髪に深い青色の瞳を持ち、浮世離れした美男。
白地の着物に黒地の袴、その上に灰色の羽織。
首には藍色の毛糸のマフラーを巻き付けていた。
優男に見えて、彼は人狼であり、この土地の神使だそうだ。
「やぁ、灯花ちゃん」
道司は笑みを浮かべながら言葉をかけた。
「本当に大丈夫?」
「…まあ、なんとか…」
道司は腕を組んで、灯花達の様子を見ては言葉を続けた。
「そうぉ?…にしても、二人ともぼろぼろだねぇ~なんか、事件でもあった~?」
「その事件にあったのだが?」
天狼は怪しむように目を細めた。
「あらら~そうなの?あっもしかして、鬼門でも入った?あそこは鬼が住んでいる場所だよ~危なかったねぇ~」
道司は鳥居を見上げては言葉を続けた。
「昨夜、神さんが道を流したのなんだの言ってたし、まさか、鬼門が開いていたとはねぇー」
「えっと…」
どういうことだろう…
「滅多に開かないんだよ~あそこは、運が悪かったね☆」
「はあ…」
「そんなことより、今は灯花を休ませたい」
「うん、そうするといいよ~大変だったねぇ」
天狼は灯花に言葉をかけた。
「灯花、私の背に乗れ、おぶって行こう」
灯花は首を振った。
甘えたい所だけど、家に帰るまでが遠足と言うし、最後まで頑張りたい。
「…大丈夫です、歩けます…」
そう言って、灯花はふらつきながら立ち上がる。
「そこは、甘えた方が思うんだけどな~僕たちに比べて、幽世の往来は身に応えるものだよ」
道司さんはそう言って、気を使ってくれるが私は断った。
「いえ、ここまで来たんです…歩きます」
「そこまで言うのならいいんだけど…ふぅん、君は頑張り屋さんでいい子だね…いい子、いい子」
道司さんは笑みを浮かべてながら、灯花の頭を撫でた。
「…………」
なんだか、この人に褒められると、どうも落ち着かない。
天狼は言葉を出した。
「灯花、お前がそう言うのなら、無理にとは言わない…ゆっくり歩こう」
「…はい」
灯花は天狼の優しさには助かっている。
私のわがままに付き合ってくれて、本当にありがたい。
「ところで、道司。どこかに行くのか?」
「うん、ちょっと…」
道司の様子が少しそわそわしだした。
「……道司さん?」
道司は片目をつぶって言った。
「月ちゃんには内緒ね」
天狼は目を細めて言った。
「まさかと思うが、パチンコと言う娯楽に行くのではないのか?」
天狼がそう言うと、道司は手を振って早足でその場を立ち去った。
「朝パチに行ってきま~~す!」
「…………」
「………いいんですか…一応、聖職者なんじゃ…」
「言った所で、もう遅い…」
気づいたら、目を細めないと見えない、遠い所まで行っていた。
なんていう、足の速さ。
ちょっとした、ため息を吐いた。
私達は山道を道なりに戻って行った。
途中、古びた小屋を見つける。
それを見つけた時、驚いて飛び上がった。
あの老婆を思い出したからだった。
びくびくと天狼さんの後ろに隠れた。
そんな灯花の様子に天狼は言葉をかける。
「大丈夫だ」
天狼はその小屋に近づき、扉を開けた。
扉の向こうは、ただの汲み取り式のトイレだった。
「うわっ!くさっ!」
ハエがいるじゃん!
天狼は眉をしかめた。
ああ、そう言えば、人狼って鼻が利くんじゃなかった?
私の倍は臭うだろう。
天狼は扉を閉めた。
「随分、手入れが入っていないものだな…まいったものだ」
灯花は鼻を押さえながら、言葉を出した。
「誰も使ってないんですか?」
「ここは、人が滅多に通らない山道だ。見た通り、管理が行き届いていない」
「私が迷った所って、そんな所だったの!?」
下手したら遭難していた。
外灯とか電柱とか色々ないし、社の近くぽいけれど、人の気配も民家の気配もない。
あるのは、古びた公衆トイレ。
「私って、やばいわ…」
ガックリと肩を落とす。
「そう肩を落とすな、お前がここにいることが大事だ」
「天狼さん…」
やっぱり、いい人だ…
「さて、戻るか。ここまで来たら、もうすぐだ」
「はい」
そう返事をしたものの、灯花はあの公衆トイレの場所に見覚えがあった。
形は違えど、トイレという共通点はある。
今度、トイレ入る時。
マジで気を付けよう…
山道から、屋敷の敷地まで帰って来たが、このお屋敷はかなり広い。
塀が囲っているが、山奥まで広がっている。
屋敷の裏門があり、そこから屋敷の中に入る。
砂利道を通ると、牡丹畑が広がっていた。
赤や白、桃色に淡い色の牡丹が畑一面に咲いており、一つ一つ丁寧に剪定されていることから、よく管理されている花園だとわかった。
天狼さんに聞くと、この牡丹畑は奥方のために用意したものだとか。
そんな、花園を通ると、一匹のオオカミに出くわした。
黒と白のまだら模様のオオカミだった。
「お帰りなさいませ」
頭を下げ、お辞儀をする。
「斑、事はなかったか?」
「はい、天狼様がお耳に入れる事は起きておりません」
「そうか…」
天狼はオオカミにひと撫でした。
斑模様のオオカミは、灯花に近寄った。
「うおっ!」
「ご無事でなりよりです」
丁寧な言葉で使いでしゃべった。
「いち早く、お前の居所を教えてくれたのは、そのオオカミだ。斑と言う」
「斑です。お見知り置きを」
「あっはい、灯花です。よろしくお願いします。あぁあと、ありがとうございます」
「いえいえ、これも私めのお務めです。どうか気をお留めせず、お休めください」
「はあ…」
そんな柔らかな声と丁寧な口調で言われても、こっちも頭を下げたくなる。
天狼はそんな灯花をよそに先へと進んだ。
灯花は斑に軽く会釈して、慌てて後をついて行く。
斑は尻尾を振った。
まるで、いいですよーと言っているかのようだった。
花園を過ぎると屋敷の中に入れる裏口まで来れた。
そこに入ると、そこには藍色の着物の女性が立っていた。
私と同じくらいの身長で小柄の女性。
茶色の瞳で、いつも目を細めて、笑っている。
黒髪で短髪、肌が色白く藍色の着物が良く似合っていた。
「お帰りなさい」
月子さんだった。
「ああ、ただいま」
「…ただいまです」
やっと帰れた。
その場にするすると床に座る。
「お湯は沸かしております」
「ああ、助かる」
「……?」
天狼さんと月子さんの会話を聞いていなかった。
「灯花ちゃん、お風呂に入りましょう。その格好じゃあ、学校に行けないもの」
私はピタリと固まった。
ああ、知ってましたよ。
学校ね、学校。
追試のことなんて、とっくに諦めている。
「学校…行かなきゃだめ?」
子犬のような態度をとってみる。
「はい、だめです」
「~~~~~っ」
泣きそうだ。
ここで、具合が悪くなったとか、言い訳を…
「はい、だめです。倒れるなら、学校でね」
「……っ!!」
月子さん、エスパー!
「月子殿、灯花は…」
そこで、天狼さんの助け船が…………
「はい、だめです。天狼様も学校に行かないといけません。教師たるとも、生徒を導かなくてはいけません。さあ、学校に行く準備をなさってくださいまし」
……沈没船となった。
さすがは、月子さん。
天狼さんをぐうの音も出せないほど、打ちかました。
私は学校に行くために準備に取り掛かった。
風呂に入って、制服に着替えてとバタバタしながら準備を進める。
少しでも点数を上げる為に、教科書との睨み合いをしつつ、朝食を頂いた。
ここで、頭に入らないとか言っている場合じゃない。
一つでも覚えることが大事である。
泣きたくなるけど…
食事を取っていると、子供達の声が聴こえて来た。
バタバタと走る音が近づいて来て、部屋まで入って来た。
「ばああ~~!おおーー!ははー!よう!」
「おはあーようござーいまーす」
「………おはよう」
「おばようざいます」
「あばあばばっば^~~!」
「…うわああ~~~!」
元気よく入って来たのは、獣耳つきの子供たちだった。
五、六歳児ぐらいの子たちだ。
みんな、着物だったり、幼稚園児の制服着ていた。
とりあえず、挨拶をする。
「……おはよう、ございます」
てかっなんで入って来た?
私は子供は苦手なんだけど…
キラキラな目して近寄られても困る。
「なにたべてんの~~」
「わあ~あじ!あじ!」
「わかめ入りのみそしるしる~」
「もやしのおひたし~あははっもやし!」
元気よくはしゃぐ子供達。
ごめんそんな元気ないんだ…
ごめん…
あと、それ私の卵焼き。
「あれな~に?ひもの?」
「するめ?」
「かつおぶし?」
「みいらっじゃあない?」
「ツタンカーメン~!」
硯鬼入り瓶をぐるぐる回され、いじられていた。
あれだけいじられても、瓶の蓋は開かないようだ。
それだけ厳重に封じているのだろう。
開けたら開けたで、厄介なことになりそうだけど……まあ、そん時でいいか…。
すると、開いた襖から天狼さんがスーツ姿で現れた。
紺のネクタイを絞めながら来たので、きゅんとしてしまった。
わあおっ!
「お前たち、食事の邪魔をするのではないぞ」
「じぃじぃ~!」
「じい様!」
「おじい様~」
子供達は見るや否や、天狼さんに飛びついた。
天狼さんは、腕の中に二、三人抱き上げては、大人しくするよう降ろす。
「じぃじぃ~~!」
さすが天狼さん、子供達に好かれている。
みんな嬉しそうに、天狼さんにくっつてはじゃれ合う。
灯花には、その光景が微笑ましく、そして、(うらや)羨ましかった。
「すまんな、食事中に…」
「いえいえ、お気になさらず」
「そうか…さて、お前たちそろそろバスが来る時間だ」
「え~~!じぃじぃ、もっと遊ぼうよ~!」
「じい様じい様、もっともっとだっこ~!
「……だっこ」
天狼さんは子供達を抱き上げては、あやすように言った。
「ん~、幼稚園から帰ってきたら、いくらでもしよう。それまで、良い子にいるのだぞ」
「う~ん…」
「え~~!」
「うぅ…」
子供達は納得してないようだが、渋々幼稚園に行く準備し行った。
「灯花、私はこの子等を送って行く、お前はゆっくり朝食を取ってくれ」
天狼さんは子供達を送迎のバス停まで送るそうだ。
「わかりました…」
天狼が行った後、灯花は食事を続けた。
テーブルの下に気配を感じ、覗いて見ると…
「…………」
「…………」
幼女がいた。
その幼女は、私の煮物を食べながらじっとこちらを見ていた。
どう見ても、幼稚園児。
ついさっき、天狼さんが園児たちを送りに行ったはず…
「……あの~バス来るんじゃない?みんな行ったよ?」
「…………」
幼女は煮物のジャガイモをぽろりと落とした。
「………っぅ」
「はっ!」
幼女は顔をくしゃくしゃにして今にも泣きだしそうだった。
「ちょっお!泣かないで!わかった!わかったよっ!」
灯花は幼女に手を差し出した。
幼女は顔を歪ませてながら、灯花の手を取った。
テーブルの下から幼女を引っ張り出し、わたわた慌てながら灯花は準備をし始める。
転がっている硯鬼をかばんに入れ、教科書も適当に突っ込む。
なにか硯鬼が言っていたけれど、それどころではない。
幼女を連れて、廊下に出る。
そこから、玄関まで急ぐ。
そう言えば、この子のかばんは…
「えっと、かばんは…」
すると、幼女はぱたぱたと走り、玄関の隅の戸棚に置いてあるかばんを取った。
いつでも、出れるように用意してあったのだ。
なんだ、あそこにあったんだ…
ああっ感心している場合じゃない。
私も靴を履かないと。
わたわたと靴を履いていると後ろから声をかけられた。
「あら、もう行くの?」
後ろを振り返ると月子さんとまだ幼稚園に行けない子達がいた。
月子さんに抱っこしてもらっている子、どこかで…
「真澄くん、お姉ちゃん達にいってらっしゃいは?」
真澄君は手を上げ、ばいばいしながら言った。
「いってらっ!」
「いってきます」
幼女は小さく不器用な声で返事をした。
「…ぃってきまぅ」
「はい、勇ちゃん、灯花ちゃん、いってらっしゃい」
私達は玄関を出た。
朝日を浴びながら、道なりに進んだ。
途中から、道が違っていた。
私はここの土地をよく知らない。
バスがどこに来るのかわからない。
いつも私は駐車場の方へと行くのだが…
そうこうしていると、幼女は独りでに進んだ。
よかった、この子が道を知っていて…
幼女の後をついて行って、山道を抜け、不格好な石の階段を下がる。
すると、道路まで出て来れた。
道路の先にバス停があった。
「あっ!来てる!」
幼稚園バスは既に来ていて、他の幼稚園児はもう乗り込んでいた。
急いで、バス停まで走る。
一人足りてないことに気づいたのか、幼稚園の先生がバスから降りて待っててくれた。
天狼さんも気づいて、先生と何かしゃべっていた。
バス停にたどり着くと、幼女はバスに乗り込もうとしたが、何故か戻って来た。
「…!?」
皆が驚いていると私のそばに来ては私の手を取る。
「えっ?」
なにか柔らかいものを渡された。
幼女は渡し終えるとすぐにバスに乗り込み、バスは発車した。
「…………」
幼女から渡されたのは、煮物のにんじんだった。
何とも言えない気持ちになった。
バスが遠くなって行くと天狼さんから声をかけられた。
「灯花、助かった。置いて行ってしまう所だった」
「はあ…」
一つ聞きたい事があった。
「それより、天狼さん。そんな姿でよかったんですか?」
天狼の姿は獣の耳と尻尾を生やしている。
そんな姿を見られて、大丈夫なのだろうか。
「…?、ああそうか。あれはな、人外でも受け入れてくれる幼稚園なんだ。だから、人狼の姿を見られても平気だ」
「そう、なんですか…」
意外、色々と隠されていると思っていた。
「そろそろ、時間じゃないのか?」
「えっ?」
天狼さんの言葉に疑問を持つと…
「学校、遅刻するぞ」
「やばいっす!」
すぐさま、私達は来た道を戻ることになった。
道路から山道へと戻る途中、自転車のベルの音が鳴った。
すぐさま道を開けると、緑色の物体が通り過ぎた。
「マジ…」
緑色の肌に、頭の上に白い皿と背中には大きな甲羅。
河童だった。
その河童は、無駄にカッコいい聖剣エクスカリバーを自転車に取り付けて漕いでいた。
「…………」
「灯花、急がないと遅れるぞ?」
天狼さんは、アレを見ても何も感じないのだろうか。
「あ…はい」
なんだか、どっと疲れた。
学校までは、車で送ってくれることになった。
黒塗りの高級車。
相変わらずのちょぴりの不機嫌の国光さん。
性格まできっちりとした黒スーツと黒の短髪。
赤縁の眼鏡には紫の瞳がきつく覗かせていた。
泣きほくろって、よく泣く人のことを言うのかと思ったけれど、そうでもないね。
「おはようございます、天狼様、朝峰様」
「お、おはようございます…」
「その様子ですと、あまり追試の結果は期待できそうにありませんね」
グサッ
「朝から、そう言うのではない。大目に見てやってくれ」
「うっうっ…」
うなりながら車に乗り込み、教科書を開く。
うぐっ…
全然、頭の中に入らない。
すると、隣の座席に天狼が乗り込んできた。
「あれ…天狼さん?」
「私は一応、担任だが?」
「……先生、へるぷみーです」
「出来るだけのことをしよう」
「せんせぃい~~~!」
国光はその会話を聞きながら、運転席に座った。
「くれぐれも下ばかり見て、酔わないでくださいね」
国光は車を発進させた。
天狼は懐から白い布に包んでいる何かを取り出した。
「灯花、口を開けろ」
「…?」
言われた通りに口を開ける。
すると、口の中に何かを突っ込まれた。
「ぐむっ!」
それは、表面がちょっぴり苦いが、噛むと甘みが増し、口の中でとろけるものだった。
「急いで来たから、まともに食事ができなかっただろう?せめてこれを口に入れて腹の足しにしてくれ」
「………もぐもぐぅん」
「どうだ?」
「おいしいです」
灯花は良く噛んで、それを食べる。
「これ、禁忌の箱から持って来たんですか?」
「うん」
天狼は笑みを浮かべて頷いた。
それは、不思議で危険な箱で作られた干し柿だった。
詳しいことは分からないが、あの作られていた干し柿たちは、なんだか特別な意味があるような気がした。
禁忌の箱に入ってくる者たちの為に作っていたとか………まさかね。
灯花はその干し柿を味わって食べた。




