三途の川の箱。
石を積み重ねて出来た鳥居を進んで行くと、古い小屋が見えて来た。
小屋は山道を挟んで静かに建っていた。
小屋の先にも、石の鳥居は続いているようだが、灯花は小屋の前で待つ陽炎を見つけた。
灯花は慌てて彼の元へ駆け寄った。
天狼と話し込んで、大分遅れてしまったからだ。
「すみません、遅れてしまって…」
オタ面さんは、オタクでもここの監視者だ。
舐めてはいい人ではない。
「おっそ~いでござる~もう~ちょんちょんしちゃうぞ☆」
「…………」
「拙者が悪かったでござる。灯花たんのおでこに川の字がっ!」
人がちゃんとしてんだから、そういうネタはやめてほしい。
あと、ちょんちょんって何だ?
そんな二人の様子を遠目で見ていた天狼が後から合流する。
天狼は何かの気配に気づき、小屋の方へと目を配る。
「この小屋は…」
灯花も天狼の様子に気づき、小屋の方に注目が行く。
見た所、古くなった小屋だ。
木材で出来ていて、貼り付けている板は大分傷んでいた。
風が吹くたびに、板が軋み、今でも崩れそうなくらいガタガタな小屋だった。
灯花は、物置としては設置している場所に違和感を覚えた。
まるで、突然現れたかのようで奇妙だ。
「まさか、ここが出口じゃないですよね……」
灯花が怪しこむと突然、小屋の扉から音が鳴った。
ギイィイと傷んだ扉を軋みさせながら独りでに勝手に開いた。
「…だい、じょうぶなんですか…」
音だけで軽くホラーだ。
灯花は妙な胸騒ぎして、一歩下がった。
天狼も灯花の前に出ては警戒をし、陽炎に言った。
「綾女は、道を用意すると言っていた。わかりにくい道でもあるまい。陽炎、少し図ったか?」
「う~ん、ただ運が悪かったと思うでござるよ~、コンビニのくじで3等が当たるくらいの確率でござる」
そうだとしたら、普段当たらない現象が今起きているということだ。
な~んか、嫌な予感。
てか、オタ面さん、そんな恰好でコンビニ行ったの?
灯花が心の内でつっこんでいると、小屋の中からゆっくり枯れた枝木ような長い腕が現れた。
その腕は、年寄りのような萎れた皮膚と鋭い爪を持っていた。
「…………」
灯花は言葉が出なかった。
小屋の中に化け物がいる。
腕だけ出しているが、にじみ出る殺気は嫌でもわかった。
灯花は天狼の後ろで、びくびく震えながら硯鬼を抱えていた。
硯鬼はガラス瓶の中でも、灯花の振動は伝わっていた。
震えている灯花を静かに見上げていた。
陽炎は天狼の前に出た。
「風のように走ることを、おすすめするでござる」
「言われなくとも」
天狼はすぐに行動に移した。
「…へ?うわあっ!」
いきなり身を引き寄せられ、抱き上げられた。
このスタイルは、逃げのスタイルだ。
「天狼さん!」
「硯鬼をしっかり持て、走るぞ!」
天狼さんの言葉で事の度合いが伝わる。
ただの化け物じゃないのだろう。
白猿同様に、何かある。
「はい!」
天狼さんが走る邪魔にならないように、できるだけじっとする。
変にジタバタすれば、よけいに重荷になるからだ。
自分は俵だと言い聞かせて、状況を見る。
天狼さんが山道を走り始め、オタ面さんも後に続いて走り、後ろを振り返っては鈴を鳴らした。
すると、小屋が崩れた音が響いた。
派手な音を鳴らして、こちらに向かって来たのは、蜘蛛のような六本の長い腕に長い脚、ぼろぼろの布切れを着ていて、目が黒く沈んだ白髪の老婆。
額には、二つの白い角にそのうちの片角は折れていた。
そんな化け物に天狼は呟いた。
「あの姿、堕鬼か……」
灯花は天狼の言葉に違和感を覚えた。
まるで、前の姿を知っているかのようだった。
天狼は灯花を抱えて、何十門と連なっている石の鳥居を飛ぶように駆けて行く。
風のように駆けると六本の腕の一つが、私達に向かって伸びて来た。
天狼はそれを高く跳んでかわし、その隙に陽炎は黒糸を使い老婆の動きを縛り上げる。
老婆の動きは黒糸によって止まったものの、すぐにでも解けてしまいそうだ。
身体に絡み付く黒糸を六本の腕と爪で引き千切って行く。
あの黒糸を簡単に引き千切るほど、老婆の力は相当なものだ。
どうりで、天狼さん達が逃げる訳だ。
今の天狼さんには折れた刀しかない。
それにオタ面さんだけじゃあ、力不足かもしれない。
私の心配しすぎかもしれないが、彼らは禁忌の箱に入ってから、連戦だ。
疲労だって重なってくる。
ここは、身を引いた方が賢い。
黒糸での逃亡の時間はそう稼げないが、距離は開けた。
オタ面さんは石の鳥居を使って、黒糸を張り巡らせては、黒糸の壁を作った。
なんとなくだが、ところどころ鳥居が崩れていた理由が分かった気がした。
老婆が石の鳥居を崩して通ったのではないだろうか?
そうだとしたら、老婆はこの場所に縁があるのではないだろうか。
灯花がそう思考を巡らせていると、天狼は急に立ち止った。
その反動が灯花に伝わり、乙女としては汚い声が出た。
「うげぇえぇ!」
「あ、すまない…」
天狼がすかさず詫びて来るが、それどころではないだろう。
今は、陽炎が老婆を足止めをしているが徐々に追って来ている。
灯花は少し咳き込みながら、天狼に問う。
「げほっげほ、ごほっ…で、てんろうさん!どうしたんですか?って…ええぇっ!!」
灯花は、目の前の光景に驚く。
天狼が立ち止った理由がそこにあった。
道が幾つにも別れていたのだ。
別れた道に沿うように幾つもの石の鳥居が、私達を囲むように建っていた。
どれが本当の道なのかわからない。
灯花は、叫んだ。
「綾女さまああーー!!!」
帰り道、わかりやすくしてるって言うたやん!
「ばかあああー!!」
綾女は、その叫びを聞いていた。
「誰が馬鹿だ!この蠅娘め!」
暗がりの畳み部屋の中で、燭台の青火が揺れる。
綾女は布団を被っていた。
滑らかな長い黒髪を広げて、枕元の手鏡を見ながら言葉を出す。
「ふんっ!我は、嘘など言わん。見えとらんお前が悪い!」
今度は枕に顎を乗せ、鏡に映る灯花たちを見ては悪態をついていた。
「馬鹿め!甘い道などないわ!精々、堕鬼に追い回されるがいい!あと、天狼!お前は大人しくしててくれよー頼むからー!壊すなよー!頼むからー!」
天狼に対してだけは、懇願する。
「くっくく…狼狽えておるな小娘」
灯花たちに動きがあると、逐一口に出しているようだ。
「鬼の導きは甘くはない、文句があるならば、道は己が開けよ。それに、日が昇る前にここから出なければ、迷い子のお前は道を外す。時はあと一刻もないぞ?さあ、どうする?くふっふふふ…」
綾女は笑いながら、続きを覗き込んだ。
霧が立ちこむ山道で、灯花たちは迷っていた。
山道は、複数に別れていた。
複数の道に沿うように石を積み重ねて出来た鳥居が、私達を囲うように建っていた。
この中に出口への道は、確かにあるのだろう。
これを一つ一つ確かめたら、そのうち出口は見つかるかもしれない。
だけど、追ってくる老婆に、それを相手する二人の人狼の事もある。
迷っている時間もなく、留まっている時間はない。
これって、大ピンチだよね!
綾女さまを恨みたくなるが、それどころではない。
道を選らねばならない。
灯花は焦る気持ちを押させながら、思考を巡らせ、周りを見渡した。
私達の周りにそびえ立つ、石の鳥居。
崩れている鳥居もあれば、きちんと建っている鳥居もある。
石を積み重ねて出来た鳥居は、一人で崩れたかもしれないが、そう簡単には崩れないように出来ているだろう。
だとしたら、崩れた鳥居は誰かが崩したという事になる。
しかも、その鳥居は、一度誰かが通ったことだ。
それも、力がある者、無慈悲で暴力を振る者。
すると、派手な音が鳴った。
大きな石が破裂する音だ。
粉々になった小石が鉄球の如く飛んで来る。
天狼は片手で青い火を放って、飛んで来た小石を弾いた。
例えば、鬼のような老婆だったら?
老婆が通る道とは?
それは、私達が求める道ではないことは確かだ。
派手な音と共に鬼のような老婆が、石の鳥居を破壊し、また私達に近づいた。
陽炎は再び、鈴を鳴らし、黒糸を張り巡らせる。
黒糸を使い、崩れた石を絡ませ、それを老婆に投げて当てる。
石のより、硬いものって何ですかね…
陽炎が投げた飛ばした石は、それなりに一人で抱えられないほどの大きさの石だ。
老婆の顔に当たったものの、あまり効いていない。
老婆の身体には強度がある、そう簡単に倒せないことがわかった。
崩れた鳥居は、誰かが通った道だと仮定する。
すると、一気に道は二つになる。
崩れた鳥居を通るか、崩れてない鳥居を通るか、そのどちらかになる。
崩れた鳥居が誰かが通った道ならば、同じ道を進めば出口まで出られるかもしれないが、今は違う。
天狼さんが言っていた、ここは時が経つ、そして変化もしている。
二度通ることは、全く違う道を進むことになるだろう。
そして、今を知っている綾女さまの言葉が、答えに近いことになる。
ここで、綾女さまの言葉を信じてみる。
彼は、この禁忌の箱の管理者だ。
天狼さんは、人狼たちにとって神に等しい存在だ。
そんな天狼さんをここで無下には出来ないだろう。
それを踏まえて考えてみる。
綾女さまは、わかりやすく道を用意しておくと言った。
わかりやすい道が崩れた鳥居のはずもない。
これで、崩れた鳥居は道ではなく、閉じられた道だと言えるだろう。
すると、道は絞られる。
崩れていない鳥居が新たな道となる。
一つの答えを出した時、鬼のような老婆が飢えた声を漏らした。
それは、私達を食べ物か何かだと思っているのだろうか。
天狼が立ち止って、数分が経つ。
突然、天狼は抱えていた灯花をゆっくり降ろした。
「天狼さん…?」
天狼さんの表情は、何かを覚悟した真剣な顔立ちだった。
「えっ…?」
自分の着物の襟を掴み、夜明けの瞳が怪しく光り出した。
まさか…!?
灯花は天狼が言っていた言葉を思い出して、すかさず天狼の動きを止めた。
天狼の着物の袖を掴んで、待ったをかけた。
「待ってください!天狼さん!」
天狼はじろりとこちらを見た。
まるで、蛙を睨む蛇のようだ。
「なぜ、止める?」
その視線と言葉に身体が痺れる。
それでも、言葉を絞り出す。
「あ、こ…壊しちゃ、駄目です…」
「もう限界だろう?あとは任せてくれ、すぐに出られる」
その言葉を聞いて、一層、駄目だと思った。
「駄目です!駄目!」
駄々っ子のように、着物の袖を必死に引っ張る。
灯花の言葉が伝わったのか、天狼は息を吐いた。
「もう時間がない、聞き分けてくれ」
そんなこと言われて、引き下がれない。
今度は、強く言葉を出した。
むきになったのかもしれない。
「天狼さんが言ったじゃないですか!お前は前を進めって!後ろは任せろと!」
「……灯花」
天狼はじっと灯花を見た。
同時に灯花は、天狼の瞳の中に刃が見えた。
ここで引き下がるわけにはいかない。
「だったら!……」
道は、まだ閉ざされていない。
「最後まで私に任せて!私があなた達を必ず導くから!」
「……っ!!」
その言葉を聞いた天狼は、目を見開き、そして笑い出した。
袖で口を押さえて、愉快そうに笑った。
「くっふふふっふ…」
「天狼さん!」
何を笑って!人が必死に…
「…くくっふふふ、そうだったな…」
天狼は、灯花に笑みを向けた。
そして、静かに言葉を出した。
「わかった…」
その笑みは、特別な笑みだった。
いつもの優しい笑みではない。
人を試すような笑みだ。
それは、私を初めて人として見た瞬間だった。




