鬼の道。
私は、自分が幽世に堕ちてしまう原因を知った。
原因は、天狼さんが私に契り(婚約)をしたらしい。
本人曰く、単なる一夜限りの契りだったらしいが…
私の、術を無効化する謎の力によって、天狼さんがかけた術が効かず、契りが解消せず結んだままになっているらしい。
そのせいで、迷い子として、私は絶賛幽世の中にいる。
天狼さんに迎いに行くまではいいとして、後半はきつい思いをしています。
そして、現在進行形で、天狼さんに振られているという究極の最悪ルートを選んだとさ、おしまい。
今、天狼さん、私の頭を撫でてる。
正直言っていいですか?
振った相手に、優しくするなよ。
私に、殴る力があったら天狼さんに腹パンしている。
落ち着けって?
私の顔見て言ってください。
涙でぐしょぐしょです。
これが、失恋の痛みか…
その場に座り込んで心を閉じてしまいたい。
でも、そうはできない。
ここは幽世、ここから出なくては…
私は、着物の袖で涙をぬぐった。
「行きましょう…」
私は、天狼さんから離れて、落ちている硯鬼を拾った。
硯鬼は、意外と空気を読む鬼だった。
何も言わずに大人しく、私の腕の中にいる。
天狼は、そんな灯花の後ろを静かに見つめ、一呼吸を置いてから、後を追った。
森林の中の山道。
山道には、石灯篭が道沿いに並べてあり、私達を導くように青い火が灯っていた。
石畳の上を歩きながら、辺りを見渡していた。
月明かりで、この森の中でも多少は見えるのだ。
そうだ、ここは私が最初に入った山道に似ている。
山道を行き進むと、灰色の鳥居を見つける。
その灰色の鳥居は、普通の鳥居と違って、不格好な鳥居だった。
そのはず、平たい石を幾つも積んで出来た鳥居なのだ。
整備して加工された石畳みがあるのに、鳥居に使っている石は加工を一切しておらず、自然のまま積み重ねて立っていた。
そんな石で出来た鳥居は、一つだけではなく。
奥に連れて、何十門と連なっていた。
私達は、鳥居の前で歩みを止めた。
鳥居のそばに、鬼がいたからだ。
鬼の面をした黒髪の人狼がそこに立っていた。
黒の生地に白の曼珠沙華の刺繍が施されている着物に紅い帯を巻いていた。
背には、刀を差しており、その姿はまるで棍棒を背負った鬼ようだ。
私は、彼のあだ名を言葉に出した。
「オタ面さん」
鬼の面をしている彼の表情は伺えないが、面の下はきっと笑っているだろう。
「遅いでござるよ~拙者、置いて帰ろうかと思ったでござる」
やれやれと困った者たちだと雰囲気でも伺えた。
こっちから見たら、困った人はあなただと言いたくなる。
黙っていれば、厳格で格式ある雰囲気がある人なのに、本当に残念だ。
「無事だったんですね。急にはぐれたので、心配しました」
天狼さんから大丈夫だと聞いていたが、心の中では不安はあった。
無事合流出来て、よかったと胸を撫でおろす。
すると、オタ面さんがいきなり笑い出した。
「ぐっふふふっ!」
「え?」
「灯花たんがそんなに拙者のことを……拙者、感激でござる!その乙女の涙、頂戴いたすうぅううー!!」
オタ面さんは、私の泣き顔を見て、そう判断したのだろうか。
突然、両手を広げて向かって来たのだ。
「え!」
自分でも驚く拒否の声を出た。
私は、その場を動けなかった。
とうとう変態の餌食になるのか…
そう思った時、風を切るほどの素早さで動く人狼がいた。
その人狼は、問答無用でオタ面さんの腹に見事に決めた。
重い音が鳴った。
「ぶえっほっ!」
オタ面さんは、冷たい石畳の上に膝を着き、そして、倒れた。
「え…」
灯花は、呆気にとられた。
「起きよ、陽炎。お前には聞きたい事がある」
天狼さんの容赦ない言葉に、背筋がぞくりとした。
オタ面さんを見下ろす天狼さん、マジでこわい。
「優しく、、ないで、ござる…」
オタ面さんは、息絶え絶えで答えた。
「当然だ」
「う~ん~~」
「次は、骨を外そうか?」
オタ面さんは、その言葉を聞いて、スッと起き上がった。
陽炎は、特に何もなかったように、着物に着いた土埃を払った。
天狼は、その様子を半目になって見ていた。
「お前は、丈夫だけが取り柄だな」
私は、驚いていた。
重い音がしたのに、けろっとしている。
「起きろと言ったのは、天狼坊ちゃんでござるよ~!」
ひどいでござる!とオタ面さんは自分を抱きしめる。
「灯花たんも、拙者にそんな目を!……ご褒美?」
「違います」
とは言ったのの、彼の丈夫さは、褒めるべきだろう。
オタ面さんは、すねた様子でずれた鬼の面を直し、言葉を続けた。
「冷たいでござる………天狼坊ちゃん、綾女殿には会えましたかな?」
天狼は、頷いた。
「ああ、会って来た。だが、来る時が悪かったな…」
「それはそれはでござる…」
「それでだな、陽炎」
灯花が次の言葉を出した。
「どうして、嘘をついたんですか?小鬼たち盗人だと聞いたんですけど!」
オタ面さんから、くすっと笑う声が聞こえた。
「綾女殿は、真面目で困るでござる」
天狼は、陽炎に追及した。
「事実を隠すことでもあるまい?」
「これも、主の命でござる」
主の命って…
オタ面さんは、誰かに仕えているのかな?
禁忌の箱の監視者なのに、仕事が多い。
「…確かに、小鬼たちの件、拙者は嘘をついたでござる。そうでもしないと、お主たちはここに参らなかったでござろう?」
はい、陰謀確定。
「一体、何の為に私達をここに?」
「さて、どうでござろうな~拙者は、命に従っただけでござるし、それに……」
陽炎は、天狼と灯花を交互に見渡す。
「…ここに来て、いい経験になったと思わんか?」
「それ、どういう意味ですか?」
灯花が追及するが、陽炎は踵を返した。
「拙者の任務時間は、とっくに過ぎているのでござるぞよ。帰って朝ごはんの用意をしなければ、最近、朝カレーにはまっているでござるでな~」
陽炎はそう言って、石の鳥居をくぐった。
「オタ面さん!」
勝手に先に行くオタ面さんに、灯花は苛立ちを覚える。
ごまかしてばっかり!
「もうっ!」
憤りを見せていると後ろから肩を叩かれた。
天狼は、顔を横に振った。
口に出さなくても分かった。
これ以上、深入りをするな、と。
灯花は、引っ張る気持ちがあるものの、ここは大人しく引き下がった。
釈然としないが…これは、人狼たちの裏側の話だ。
関わっていいことではないとわかっている。
だけど、その裏側に片足を突っ込んだような気がしてならない。
灯花は、不安を感じつつ、前へと足を動かした。
私達は、陽炎の後を追って、石の鳥居をくぐった。
幾つもの門をくぐり抜けて、霧が出始めていることに気づく。
奥へと進むにつれて、霧が深くなり、山道を囲う森林が白く濁って行くのを見て取れた。
私の視界は、次第に青い火を灯す石灯篭と石の鳥居しか映らなくなっていた。
これらを見失えば、確実に迷ってしまうだろう。
素直に、道なりに進むべきだと思った。
オタ面さんの格好は、黒の生地の着物だ。
霧の中でも、その黒色が目立ち、私達と肉眼で確認できる距離で先導していた。
なんだ、ちゃんとしてる…
なんやかんやで、私達のことを気を使っている。
私達が遅れても、きっと待っててくれるのだろう。
でも、変な人…
そう思っていたら、石の鳥居が崩れている所まで来ていた。
やっぱ、壊れやすいのかな…この鳥居。
通ってなんだけど、いきなり崩れたりとかしないよね。
道の上に石がバラバラに散らばっていて、歩きづらい。
箪笥の床より、マシかな~。
そう思いつつ、できるだけ踏まないように歩いていく。
途中、崩れた石が山になって道を塞いでいた所があった。
そこは、仕方なく崩れた石に登って超える。
こういう山登りは、やっぱ、しんどいわ。
「大丈夫か?なんなら担ごうか?」
天狼さんが私に気を利かせて、手を差し伸べる。
「い、いいえ。ここまで来たんです。最後まで歩きます」
「わかった…だが、無理だと思ったらすぐに言ってくれ」
「はい…」
本当にここまで来たら、意地というものだ。
がんばろう…
崩れている石の鳥居の道を進んだ時。
水の流れる音が聞こえた。
近くに、川があるのかな?
ふと、音が聞こえる方向を振り向く。
私達が通る山道の脇に崩れた鳥居の石が重なっていて、身を屈めば通れるほどの隙間。
パッと見て、ただの崩れた石の石との隙間だ。
私は、そのまま素通りしようとしていた。
「…………」
歩んだ足を巻き戻して、もう一度その隙間を伺う。
「……これって、もしかして…」
隙間の向こう。
微かだが、蜃気楼のような歪みが見えた。
霧のせいかもしれないと、一度は思う。
だが、水面を揺らしたような波紋が見えてしまったのは、見過ごせなかった。
灯花の様子に天狼が言葉を出した。
「どうした?何か見つけたのか?」
私の目が節穴でなければ、あれは…
「天狼さん、私達は最初、歪みを探していましたね」
「ああ」
「その歪みって、あれじゃないですか?」
灯花は指を指した。
「……そうだな、あれかもしれん」
天狼の傾げながら答えた。
その様子に、灯花は問うた。
「…覚えていないんですか?」
答えはすぐに出た。
「幽世に無理やり傷をつけて、道を開けたものだ。時が立って、どんな風になっているか、どう変化したのかは、正直わからん」
「そうなんですか」
「ああ…だが、どうする?あの歪みの中に入るか?」
最初に、天狼さんが考えた脱出方法だ。
後から、禁忌の物が外に漏れだすからと却下した案でもある。
まさか、今頃になって見つかるなんて…
口惜しいけれど、今は素直にこの道を進もう。
「いいえ、このままこの道を歩きます」
「そうか…」
「でも、一つ聞いてもいいですか?」
「うん、なんだ?」
「もし、あの中に入ったら、どこに通じているんですか?」
「………………………………」
「…天狼さん?」
天狼さんは、また傾げた。
「…………蟻の巣だったか?」
「えーと…蟻ですか?」
「いや、違うな…確か、蜘蛛の巣だったか?」
「天狼さん、何かの巣なのは確かなんですね」
蟻に蜘蛛と言う単語。
きっと、地獄蟲のことだろう。
だとしたら…
「必ずしも、出口に通じているわけじゃないんですね」
天狼さんは、こくりと頷いた。
「灯花の言う通り、必ずしも、出口ではない。出られたとしても、次の幽世があるからだ。この禁忌の箱は、幾つもの幽世が存在している。幽世と言う部屋が幾つもあると思った方がいい。私は以前、何十層の幽世に傷をつけ、道を開き、ここから出ている。簡単に言えば、壁に穴を開けて回ったとでも言った方がいいかな」
つまり、前回の天狼さんはマンションの壁をぶち壊して回って、脱出している。
そりゃ、マンションの管理人、綾女さまが怒るわけだ。
「ん?幽世をぶち破るほどの力があるのなら、歪みを探さなくてもいいのでは?」
「歪みは、空間が緩い。土壁よりも障子紙を破いたほうが良いだろう?それに、私は壊さなくてもよいものまで、壊してしまいそうだ。それこそ、綾女に叱られる」
「一応、気にしておられるようで…」
気にしてないと思っていた。
「そう分かっているなら、強引なやり方は控えた方がいいですよ」
灯花はそう答えたが、天狼の言葉は思ったより違って帰って来た。
「いや、違うな。私はいつだって、強引な手を使っても、幽世から出るぞ」
「え…?」
「命に関わる場面なら、どんな場所だろうとも破壊する。禁忌があろうとも遺産あろうとも、私は壊す。それは、私の優先としていることだ。いざとなったら私は動く」
「…………」
言葉が出なかったのは、言うまでもない。
考えが深すぎる。
天狼さんは、もし、私が命の危機になった時、ここを壊すと言っている。
今、私達が通る道は、あくまで一つの脱出経路であること。
脱出に失敗したならば、すぐにでも禁忌の箱を破壊するとのこと。
「灯花、それを踏まえて進んでほしい。方法はいくらでもある、ゆっくり考えていい」
「…はい」
天狼さんは、やっぱり凄いな…
考え方が全く違う。
私がそう思っていると、天狼さんは言葉を続けた。
「だが、やり過ぎは気を付けなければな…前の私は、恥を知らぬ愚か者だったのでな、叱られて当然だ」
天狼は、自嘲した。
「あっ7歳でしたっけ?天狼さんにも、やんちゃな時期があったんですね」
天狼さんの幼少期、尊いわ。
灯花がそう思っていると、笑みを浮かべる天狼に気づく。
「ああ…そうだな」
あれっ…?
天狼さんは優しい微笑みを見せているが、瞳には陰りが映った。
「天狼さん…?」
「さて、先を急ごうか。歪みがあるなら、出口は近いのかもしれぬ」
天狼さんは、急に話を変えてきた。
それは、触れてほしくないと言う事だろうか?
灯花は静かに理解し、頷いた。
私達は歪みの向こうには進まず、そのまま山道を進むことした。
歪みを通り過ぎても、水の流れる音は未だに聞こえており、この空間に川が存在していることを何となく想像できた。
深い霧と積み重ねた石、そして川。
連想するのは、三途の川。
灯花は、想像したことを後悔した。
天狼さんがいるし、大丈夫だろうと思うけれど…
これは、ぞっとする。
灯花は、歩く速さを早めた。
とっとと、ここから抜けよう。




