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助けてください!天狼さん。  作者: 落田プリン
第一章 助けてください!天狼さん。
10/310

あの日の再来と再会。

 知ってる?

あの事件。

知ってる知ってる!

カッター男また出たってね!

ニュースにもなってるし!

そうそう!今度も近かったよー!

駅の近くの自動販売機だってー!

マジでやばくない!

ヤバ過ぎー!

しかもー!両腕また無いってよー!

いーやー!

マジで怖すぎ!

 

 女子高生のそんな話を聞きながら、登校する羽目になった。

いつも使っている無人駅に、殺人事件がまた起きた。

今度も若い女性が殺害されていた。

女性は、帰宅途中だったのだろう。

駅の前に設置している、自動販売機を背にして亡くなっていた。

前回の殺人と同様に体中にカッターで切り刻んで、両腕を切り取っている。

その両腕は、今でも見つかっておらず、警察は猟奇殺人と断定して捜査している。

 

 姉と一緒に駅に行った時には、今日は学校休もうかと思った。

死体はさすがになかったが、血痕とか残っていてこれが現実なんだと思い知らされた。

警察官の視線が怖くて、姉に抱き着いて電車に乗り込んだ。

昨日のあの公園に行ったことを後悔した。

見るからに怪しい男の人と会ってしまったこと。

その場の空気で恐怖して逃げてしまったけど、私の勘違いで終わってほしい。

関わりたくない気持ちがいっぱいになった。


 学校に着くと集会があった。

今回の事件のことでの注意事項だった。


 気分が落ち込む私に、このクラスときたら…。

一人のやんちゃな男子生徒が暇だー!なんか楽しいことしたい!と言い出したきっかけで、そのノリに乗っかる男子もいれば女子もいる。

なんかやりたいと決まれば、パーティーがしたい。

その流れでこのクラスみんなで、先生の歓迎会をすることになった。

普通の先生にはしないだろう、この企画は単に久遠先生が生徒からの人気が高いからである。

そりゃあそうだ…あれだけイケメンだったら誰だって惚れる。

一目見てモデルかなんかだと直ぐに言うだろう。

それで、いつする?

そういえば、もうすぐ球技大会あるよねー

球技大会のあとにしょうかー!

冬休みの前にそんな行事あったねぇー!

そんなこんなんで…

球技大会おつかれ&久遠先生歓迎会をすることになった。

もちろんクラス全員参加。

私からしたら地獄の行事。

空気読んで学校休むしかない。

その日の私の日程が決まった。

ゲームクリアしょう!


 今日は体育がある。

あの体育である。

赤いジャージに着替えてグランドに出る。

肌寒い風が身体にしみつつ集合場所へと集まる。

途中、日の当たる方へと身を寄せるのは言うまでもない。

このドキドキ感は決して、久遠先生の授業を受けられるからではない。

これから待ち受ける醜態に、ドキドキしてるからである。

集合場所に着くと久遠先生が待っていた。

とたんに、クラスの女子がわめき立つ。

体育の先生の格好は、ジャージ姿が通例である。

田中先生は、赤の短パンに白シャツだったけど…しかも年中。

久遠先生は袴姿だった。

あれって、道着って言うやつ!

スーツ姿もいいけど、着物姿も天狼さんらしいくてとてもいい。

立ち振る舞いが、武道に徹してなおいい。

そういえば、天狼さんはいつも稽古してるって言っていたけどほんとだったな…

チャイム通りに始まると、準備体操が始まった。

「皆しっかりするように!」

念を押して、久遠先生は言った。

準備体操が終わると、いよいよと地獄が始まる。

持久走だ。

グランドを男子は7周、女子は5周となる。

先に軽くウオーミングアップしてから走ることとなった。

この時私は既に息切れ状態であった。

日頃運動していないのが一目瞭然であった。

クラスのみんなは全然息切れしてなかった。

それどころか、誰かと競い合いたいとか、担任と走りたいだとか言っていた。

そういえば、クラスのほとんどが運動部だったような…

陸上部を筆頭に走り出した。

次々と、体力に自信がある生徒が順に前を走り出す。

クラスに一人はいる、ぽっちゃり系男子と私は同じ走りとなった。

終盤になると、続々と私たちを置いて走り終えている生徒がいる。

走り終えた生徒はなにかと応援してくれるが、こっちはありがたくも何ともない。

こっち見ないでくれ!情けは無用だ!

恥ずかしさがこみ上げる。

ああー天狼さんもこっち見ないでー!

全開で鼻水でているからー!

隣に並んでいるぽっちゃり系男子を見てくれ!

私はもうすぐゴールだが彼はあと2周残っているんだ!

彼を応援してくれ!頼むから!

そう思ったら、足がもつれて転んでしまった。

ゴール手前で転んで恥ずかしすぎて起きれなかった。

ぽっちゃり系男子は、そんな私を一目見て少し動揺していたがそのまま走っていった。

彼の走りは、軽やかで爽やかに楽しそうだった。

なんて言うのだろう、無駄に太っていてそれでいて軽やかに動ける奴。

ああこれが…動けるデブ。

動けなくなっている、私を見て担任と生徒が駆けつけてくれた。

色々と声かけられたけど、もう恥ずかしくて何を言っているのかわからなくなってしまった。

だた言えたことは「保健室に行きます」だけだった。


 「自分のペースで走っていいのよ!こんなにバテるまで走って…確かあなたのクラスって運動部ばかりの子でペース早かったじゃない?無理することないわ!もう!朝峰さん聞いているの?」

「は…い聞いています…。」

保健の先生に注意を受けながら捻った右足を治療してもらっていた。

軽い捻挫で湿布を張るだけですんだ。

私は鼻にティッシュを当てて鼻水が出ないように押さえていた。

「ずみません…。」

保健の先生の言う通りだ。

今想えばぽっちゃり系男子は相撲部だったことに思い出した。

やけに体力あるなと思ったら!

負けたくないなと思ってペース合わせちゃったよ!

しばらくするとチャイムが鳴り授業が終わってしまった。

これだから体育を言うのは嫌いなんだ。

醜態をさらしながら走るのがどんなにつらいことか!おかげで全身筋肉痛だよ!

ぶつぶつと心の中で愚痴っていると保健室にノックの音がした。

「はーいどうぞ!」

保健の先生が返事をすると保健室の扉が開いた。

「あら、久遠先生!」

「うげっ」

まさかの担任。

「失礼する、生徒が一人来なかったか?」

「ええ来てますよ、体育の授業で怪我した子なら大丈夫ですよ軽くひねっただけですので湿布を貼るだけで済みました。朝峰さーん担任来てますよ!」

ああそんな大声で…今天狼さんに会いたくなかったのに…

天狼さんは、私を見つけては近づいた。

「大丈夫か?」

「あっはい…」

「そうか大事無くてよかった……あまり無理をしないようにな」

……その顔やばい。

天狼さんの安堵の様子に心を打たれてしまう。

「次の授業は出られそうか?うん?どうした?」

これこそ見とれていたと言うべきだろう。

だって、道着姿の天狼さんはとても素敵だったから、さっきまで考えていたことなんて吹き飛んでしまったから。

そんな私に天狼さんは伺ってきた。

「顔が赤いがほんとに大丈夫か?」

「ほっほんとにだいじょうぶです!」

うわああん!顔を見られた!

顔を隠すように俯く。

「そう…か……なら私は戻るとしよう…ではな。先生、私の生徒が世話になった」

「はーい!」

あっちょまって!

この機会逃しては!

あまりにも短い会話に焦った。

「あっえっとてってん天狼さんですよね!」

私の大声に静まり返った。

間が持たずに私は続けた。

「天狼さんですよね!あの時!合コンのとむぐっう!」

言葉を続く間もなく天狼さんに大きな手で塞がれてしまった。

「あら?どうしたのですか?」

「ああすまない!私の生徒が吐きそうと言っているのだ!袋か何か取ってきてほしい!」

「まあ!大変!」

ちょおお!天狼さん!

保健の先生が紙袋を用意している間、私は天狼さんの威圧を感じていた。

にっこり笑っているけど紫の瞳は全く笑っていない。

天狼さん!?

「朝峰さん!はい吐いて!」

吐き気なんてないんだけど!

えっえっえっ天狼さん?その指はなに?え?ちょ待って!

いぃーーやああ!

口の中に指を突っ込まれ私は、吐いた。

朝からカップラーメンなんて食べるじゃないな!

「朝峰、次の授業は出なくていい」

「ええそうね、そうしたほうがいいわ。急に具合が悪くなるんだもの少し休んだ方がいいわよ!」

「………………………は、い」

胃液の苦さを感じながら私もそう思った。

まさかそう来るとはだれも思わなかっただろう。

天狼さんのあの反応は何かがあっての事だと思いたい、そうでなかったらショックで死にそうだ。

そうして私は保健室で休むことになった。

天狼さんというと私をベットに寝かせるとそのまま出て行ってしまった。


 顔面に強い日差しを感じて目を覚ます。

カーテンの隙間から緋色の光が漏れていた。

……あれ?

私どれぐらい寝ていたんだろう?

………あれぇ…

なんでお天道様があんなに傾いているのだろう…

「朝峰さん起きた?」

保健の先生がカーテンからぬっと出てきた。

「あっはい…」

「そろそろ起こそうと思ったから丁度良かった。体調はどうかしら?」

身体が重いのは寝すぎたのもので特に何もない、しいて言うと天狼さんにしてやられた心だけは痛む。

「大丈夫です」

ふと足を動かしたらひねった右足が痛んだ。

「いっぅ」

「新しい湿布貼りなおしましょうか、寝相でめくれちゃっただろうし」

先生が湿布を貼りなおししている間、私は時計を見た。

とっくに放課後だった。

寝すぎた!

寝すぎた感はあったけど自分でもびっくり!

「あまりにもぐっすり寝ていたから起こすの可哀そうだし、ね!」

ねって…先生。

「そうそう、朝峰さんにいいものをあげるね!」

それは小さな紅い巾着だった。

「甘くていい匂いがしますね…」

「匂い袋なの、金木犀って知っている?」

「はい、家の近所に植えてあって…」

「そう……先生の家にもあってね、もう散っちゃったけど…でもこうして匂い袋にしたり、入浴剤とかしているの…」

「いいですね!」

先生は、本当に乙女だ。

ここの保健室は先生の私物が多い、ほとんどが可愛らしいものばかりで乙女心をくすぐるものばかりだ。

「先生、ありがとうございます!」

「どういたしまして、気を付けて帰ってね!」

先生の笑い方がなんだか暗く見えた。

きっと夕陽の影になっているせいだろうと思った。

私は、金木犀の甘い香りをかぎながら、保健室を後にした。


 更衣室が開いていたのは、運が良かった。

地味だが、いつもの制服に着替えられてほっとつく。

更衣室が開いていたとなると、閉めないといけなかった。

面倒だが職員室までカギを取りに行かないと、あとでなにか言われるのは勘弁してほしい。

体重をかけると、右足が痛むけど仕方がない。

職員室に行く道中、いつもの廊下が夕方のせいかどこか暗かった。

人一人誰もすれ違わずに、私は長い廊下を歩いてい行った。

放課後は、部活動で人が賑やかだったのにやたら静かだった。

窓の外を見ると、いつも運動部が走る掛け声が運動場にあったのに誰もいなかった。

開いている教室を見ると、大抵誰かが残っているはずの生徒が誰一人おらず人の気配も感じられなかった。

だけど、さっきまでいた跡はあった。

カバンが置いてあったり、机の上に教科書とノートが開いて置いてあったりしてさっきまでいた?跡があった。

確かあの事件のせいで、部活動の時間帯が変わっただけで部活が中止ではなかったはず、それに今の時間は普通にしていい時間帯だったはずなのだが…?

おかしな雰囲気が漂っていた。

もしかして、自分がおかしいのかもしれない。

朝の集会の時、よく先生の話を聞いていなかったかもしれない。

もしかして、本当は部活中止で即刻みんな帰宅しているのかもしれない。

じゃないと、この妙な不気味差は出ないだろう。

不安がこみ上げてくる。

そうこうしているうちに、職員室の前に来た。

扉越しに先生の話声はしないのが、また不気味だった。   

意を決してノックをして扉を開けようとするが、開かない。

うそ!マジで!

だって電気ついているんだよ!いるはずだよね!

扉越しでも電気の明かりが漏れているから誰かがいるはずなんだ。

突然の職員会議か!

その後も、何度もノックしたり声を出したりして見たが、目の前の扉が開くことはなかった。

誰もいないの?

まさかさっきまで…

あっ保健の先生!

金木犀の香りがする巾着を握りしめる。

甘い香りが全身に回るのがわかる。

私は、その巾着を制服のポケットに入れて急いで保健室へと向かった。

これは、ただの日常だと思いたかった。

私以外誰もいないなんて!あり得ない!

もう一度先生に会えば、ただの私の勘違いになるはずだ。

そして、このおかしな出来事も夢で終わるはずだ。

誰もいない廊下を痛い右足を引きずりながら小走りしていた。

走れば走るほど焦ってくるようで、できるだけ落ち着かせるように歩いた。

来た道と変わらない夕陽の廊下。

まるで、自分だけ夕陽の世界に取り残された気分だった。


 保健室に戻ると扉は、開いていた。

「先生!いらっしゃいますか!」

私が出たあとすぐに帰るなんて考えられない、少なくとも何かしらの仕事は残っているはずだ。

「先生!せん…!?」

保健室に先生はいなかった。

でも、一人の生徒が立っていた。

他校の生徒だろうか?制服が違った。

黒のセーラー服の女の子だった。

真っ黒い髪の長くて生気がないような真っ白な肌、どこを見つめているのかわからない虚ろな瞳。

まるで等身大のマネキン。

見た一瞬で動けなくなった。

強い金縛りにあったようだった。

ああ…

この感じ、身に覚えがあった。

前にも似たような人を、私は知っている。

そして、そうゆう人はとても危ない人だってことも知っている。


「どうして…

どうして……どうして」


口をピクリとも動かさずそれはしゃべった。

ひどく澄んでいて冷たい声だった。

「どうして…どうして…どうして…どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして…」


息づぎ無しのその言葉はまるで呪文のようだ。


「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてぇー

…わたしなの…」

「!?」

一瞬で私の目の前に来ていた。

声をあげる暇なんかなかった。


ボタっボタっと彼女のスカートから真っ黒な液体が流れていた。

彼女の足元が黒い池が出来てしまうほどに。


あ、あぁあ、あ

私…死ぬの?


そう思った時だった。

青い閃光が見えた。

目の前の彼女は、胴体と下半身がずれるように崩れた。

その様子をあっけに取られてたら腕を引っ張られた。

「無事か!」

力強い腕に抱き留められ、腕の主を見た。

そこには、彼女と対峙する天狼さんもとい、担任の先生だった。

紫の瞳が怪しく光り短髪の黒髪がなびく。

黒のスーツがしわになるほど引っ張る腕の先には、大太刀が握りしめられていた。

「てんろうさん?」

「今のうちに引くぞ!」

手首を掴まれて逃げるように、保健室を出た。

誰もいない夕陽の廊下を天狼さんに引きずられながら走ることとなった。

だが、さっきまで身動きできないほどの恐怖を浴びているせいかそれとも足を痛めたせいかうまく走ることができなかった。

つまずいて尻餅を着いた時には、涙目になっていた。

正直泣きたかった。

なんでこんなことに…

そんな様子を見た天狼さんは、私をいきなり抱き上げた。

「わぁ!」

「すまん灯花、もう少し頑張ってくれ!」

そう優しく微笑まれたら、がんばるしかないじゃないか!

「…はい」

涙ぐみながらの返事だった。

天狼さんは、片手で抱き上げて歩き出した。

「灯花、私が言う事をしっかり聞けるか?」

じっと紫の瞳が私を見た。

私は頷いた。

私の反応に天狼さんは続けた。

「まず、またお前を巻き込んですまない」

ふと、あのパーティー会場に現れた花嫁ことを思い出した。

あの時も異常だった。

「………また、あの化け物が」

「やはり、お前は覚えているのだな…」

「えっ?」

「私の名を呼んだろう」

その言葉で察した。

「…やっぱり天狼さんだったんですね」

「ああそうだ」

また会えて嬉しさがこみ上げてきた。

天狼さんで間違いなかった。

「天狼さん!天狼さん!天狼さん!」

私は天狼さんに抱き着いた。

天狼は少し驚いたが灯花の様子に安堵し、一度頭を撫でた。

「怖い思いしただろう…本当にすまなかった」

「いいんです!また会えたから!いいんです!」

「そうか…」

「でも…なんで…なんで言ってくれなかったんですか?」

あの保健室のことといい…なぜ?

「……知らない方がいいこともある…が…」

「えっ天狼さん?」

「…灯花、この世界はどう思う?」

「…天狼さんが来るまでだれもいなかったですよ?みんな帰っちゃったみたい?」

「灯花の言う通り誰もいない、誰もいない世界。人がいた痕跡があってもそこには誰もいない、人影があっても何も映らない世界。幽世かくりよとも言うべき所だ」

「かくりよ?」

「そう、幽世。鏡の中と言えば分かりやすいか。鏡は人を映すが人ではないものまで映ることもあるだろう。例えば、カメラとかな」

「もしかして、あの世とかですか!」

「あの世とは少し違うな、あちらは行ってしまったら二度と帰ってこれなくなる。こちらは、迷い込みやすく戻って来れるが…」

「そっそうなんですね…あっじゃあ!ここから私達出られるんですよね?早く出ましょうよ!こんなとこ!」

普通に玄関から帰れるんじゃあ、そう思ったが…

「そう簡単にここから出られんぞ」

「えっ!」

「この世界の玄関は開かなくなっている。当然裏口もだ。そして、学校ここから出れてしてもそこは誰もおらん、永遠の逢魔の間をさまようぞ」

「…はい?どいうこと?」

「言った通り、ここは幽世だが?」

正真正銘の異世界に迷い込んでしまったようだ。

「嘘をついていると思うなら、試しに玄関まで行こうか?」

「…いや…いいです。それに、扉が開かなかったのは経験済みです」

でも、そういえば開く所があった。

「あの、開かなかった所は開くようになったりして?」

「それも幽世の特徴だ。普段人の行き来がしない所、あるべき道が塞がっている所など幽世では開く。そして、大半がそれが幽世の入り口となっている」

「…あの私…更衣室、開いていたんですけど…」

普通に制服に着替えたんだけど!

「ふむ、そこが入り口とは考えにくいが、可能性はあるかもしれんな」

「そんなぁ!」

「だが、幽世でも普段開いている所は開くぞ」

天狼は近くの閉まっている、教室を軽々と開けた。

教室は電機は点いていて、今さっき誰かいた様な気がするけど誰もいない。

「天狼さーん!」

変にびびったじゃん!

「ふっこれも幽世の特徴だ。幽世の世界でも人の往来によって変わる時がある」

少し笑われた感じがしたが気にならなかったが…

天狼は夕陽の廊下を歩きだした。

「随分不安定なんですね。」

「そう、ここは常に不安定だ。道が歪む」

「…それじゃあ、どうやって出れば…」

下手したら一生出られなくなるんじゃあ…

「案ずるな、この天狼が必ずお前を元の世界に必ず返す」

天狼さんの真剣な紫の瞳と、その言葉を聞いて顔が赤くなるを感じた。

夕陽のせいだと思ってほしい。

恥ずかしさとうれしさで顔を塞ぎたくなる。

今は抱えられて、腕を回しているから塞げないから。

少しでも、そらして私は話を続けた。

「…あの化け物はいったい?」

天狼さんは答えてくれた。

「あれは…異形なモノだ」

「異形?」

「人に害をなすモノ…と今はそう理解するといい、悪いものだと…」

天狼さんが言いにくそうにしていた。

とても、一括りにできないような異形なモノ。

「でも、天狼さんはあれと戦っていましたよね?」

今思い出すと怖くて寒気がするけど、天狼さんはあれと戦っていた。

「そうだ…これが私のさだめだからな」

淡々と天狼さんは、そう答えた。

まるで、自分に言い聞かせるような言葉に聞こえた。

天狼さんが、はっとしたように立ち止った。

「灯花!しっかり掴まっていろ!来るぞ!」

廊下の奥から、真っ黒い塊が地面を這いずるように、こちらに向かってきた。

「ああっあれって!倒したはずじゃあ!」

真っ黒い塊の正体は、セーラー服の彼女だった。

上半身だけとなって、はいながらこちらに来ていた。

まるでテケテケお化けじゃないか!

都市伝説のテケテケ。

「ぎぃぃいいいいいーーー!!!」

強い歯ぎしりをしながら、爪を長く伸ばしこちらに跳びかかった。

おもわず天狼さんにしがみついた。

「ぎぎぃぃいいいい!ぎやあああああ!!」

悲鳴めいた声が廊下に響き渡った。

目を見開いた時には、彼女の両腕が無くなっていた。

天狼さんの太刀で切られたんだ。

真っ黒い血が、どろりと零れ落ちるのを見てしまった。

「うっ!」

気持ち悪い!

目をぎゅっとつぶって、気持ち悪さをこらえる。

すると、ぎちぎちっと音が響いた。

「湧き出したな…」

天狼さんのぼやきに目を見開くと、うねうねと黒い毛虫の群れが彼女に群がっていた。

「ギチギチギチギチギチギチギチギチー」

仲間を呼ぶように黒い毛虫が鳴き出していた。

黒い毛虫が群れと成してこちらに襲いかかってきた。

ひい!

天狼さんは、私ごと抱えてひょいっと後ろにかわした。

毛虫の群れが地面に当たり飛び散った。

飛び散った毛虫が私めがけて飛んで来て、肩にくっついた。

「ひいい!くっついた!ついた!ついたよ!」

真っ黒い毛虫は、普通の毛虫とさほど変わらないが鋭い口元があった。

パックリとした口元が今でも肉を食わんばかりであった。

「ちょお!てて天狼さん!毛虫が!」

天狼は、灯花についた毛虫を指で弾いた。

「灯花、口を閉じてろ舌を噛むぞ」

天狼さんの冷静さが、どきりとした。

この後も、何度も毛虫の群れが襲いかかっては、天狼さんは避け続けた。

天狼さんは、毛虫の群れを避けつつ階段を上がっていた。

その階段の上がり方が、天狼さんは凄かった。

駆け上がると言うより飛ぶに近かった。

何段飛ばして、上がっているんだ!

私を抱えて重いはずなのに、軽々と動いていた。

1階から3階まで、一気に登ってきた。

その間、黒い毛虫の群れがずっと追ってきている。

4階に上がる手前に上から毛虫の群れが落ちてきた。

「先回りか……」

3階の廊下へ駆け出した。

その時、犬の遠吠え声が聞こえた。

それも一匹だけではなく、複数いるような声だった。

だんだんと遠吠えが、すぐ近くに聞こえた。


パッシャーーン!


 すぐ近くの窓が割れた。

窓ガラスと共に、大型の白っぽい亜麻色の犬が出てきた。

飛び散ったガラスが私に当たらないように、天狼さんが片腕で防いでくれた。

「来たか!」

「じいちゃああん!」

「!?」

今犬が、しゃべってなかった?

「じいちゃん!じいちゃん!聞いてくれよ!」

大型の亜麻色の犬は、長い尻尾をふりふりしながら近寄って来た。

「りん。ゆっくり聞く暇がないのだ、手短に頼む」

「おう!じいちゃん!こっちの使い手やっぱクロ!前の学校で行方不明者いたって、そんで今回で4人目!」

「それで押さえたのか?」

「もちろん!」

撫でてくれ!と言わんばかりのご機嫌さだった。

天狼は持っていた太刀を置き、毛並みを撫でた。

その間、追ってくる毛虫の群れが廊下に躍り出た。

「なにアイツけっこう腹減ってるんじゃん!」

「逃すつもりはないみたいだな…」

「そんでっその子なに?じいちゃんのヨメ?」

「な!」

まだそんな関係ではないのに!

この…

「案外ブスだね!」

…くそ犬ぅ!

「こら、私の生徒だ。悪く言う者には許さんぞ」

天狼さんが制すると、亜麻色の犬がきゅうんと鳴いた。

わっ犬だ!

「いま!犬と思ったでしょ!言っておくけど、犬じゃねーから!狼だから!お・お・か・み!これかなり失礼だから!」

「りん!」

「わーったよ!じいちゃん、オレ先行ってくるから!」

私達の倍の速さで廊下を駆けて行った。

何なの、あの犬!

「すまんな、思ったことをすぐに口に出すものでな、根は悪くはないんだが…」

私は犬がしゃべったことが驚いているなんだけど…

ぎいいいいいーーー!!

黒毛虫の群れが、だんだんと近寄ってくる。

「そろそろ、追い駆けっこも終わりしなければな…灯花、もう少しの辛抱だ」

天狼さんは、そう言うと私を抱えなおした。

今度は、少し痛いくらい抱き込まれたけど、痛いと言っていられない状況だと分かっていた。

天狼さんは、再び太刀を持って割れた窓に近寄った。

「あの、天狼さん?」

そっち窓。

「近道だ」

「ちょお!」

追ってくる毛虫の群れを、背後に私たちは窓から外に出た。

夕陽に焼かれている校舎が見えて、うわあ!私達本当に落ちているんだなっと悠長に思ってしまった。

逃した毛虫の群れが、窓から飛んでパラパラと毛虫も落ちて来ていた。

ああぁー天狼さんが骨折するーそう思った一瞬。

天狼が地面に脚を着いた瞬間に、それは変わった。


赤く彩っていた景色が青く光ったのだ。


青く燃え上がるように。


 どこか暗かった影が消し飛ぶように、青くそして白く輝いていた。

その輝きは、落下していた風を持ち上げるような勢いで校舎を駆け上がった。

気づけば、一気に校舎の屋上まで上がっていた。

白い輝きは、真っ白な狼の姿を現していた。

狼は、虚ろな空に向かって音を出した。

天に届くような、真っすぐな青の風を纏う遠吠えだった。

真っ白な毛並みに囲まれながら、私はその光景を目にしていた。

言葉にできない感情になった。

今の私は、影を生む夕陽よりもこの光景を目に焼き付けるくらいしかできなかった。

ふと周りを見渡した。

屋上には、異様な物体がいた。人の腹から下の下半身があった。

誰の持ち主か黒のスカートですぐにわかった。

「あれが、本体だな」

後ろから、たくましい人の手に肩を抱かれて天狼さんを見た。

白銀の長い髪が風に乗ってはらはらとなびいて、人の耳とは違う獣の耳が晒されていた。

「天狼さん…」

そこには、あの時と同じ天狼さんがいた。

コスプレじゃなかった!

前は袴姿だったけど、スーツ姿もとてもいい。

天狼さんに見とれていると、また悲鳴めいた声が響いて来た。

校舎を這って来たきた、毛虫の群れが飛び出してきた。

そして、下半身を守るように真っ黒な毛虫の群れがたかるように囲んだ。

うねうねとしていくと中から上半身だけの彼女が現れた。

どうやら切られた腕は、そのままだったが、腕自体を毛虫の群れが操っていた。


「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてぇーーーーーー!!」

泣いているような叫びだった。

「ぎぃあああーー!わたしなのわたしなのわたしなのわたしなのわたしなの!」

まるで問いかけるような言葉だ。

彼女はありったけの黒毛虫を一つに集めて一気に私たちを喰うつもりだ。

屋上は真っ黒に染めて、まるで夕陽の影のように広げた。

天狼さんは彼女を言葉をかけた。

「今、終わらせてやる」

天狼は、私の前に出た。

銀色に染まる大太刀を構えなおした。

紫の瞳が冷たく鋭い刃に変わる。

「血はすすれ、肉はかじれ、骨は絶て、御霊は死に帰れ」

「ぎいいいいいーーー!!」

キーーン

一振りで、彼女の首と毛虫の群れが一気にが切れた。

そして、もう一振りで奥に鎮座している彼女の下半身を裂いた。

それは、彼女の膿蟲うじを斬った瞬間であった。

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