第八話:求婚
上機嫌なガーネットに案内された場所は彼女の私室であった。
ガーネットは俺にここで待つよう伝えたあと、ミミルを伴って隣に併設されている寝室に入っていった。
やることもないので上等な椅子に座って時間を潰していると、隣の部屋の扉が開き二人が出てくる。
俺が最初にガーネットと出会った時から彼女はずっと動きやすい服装だった。いわゆる典型的なお姫様といったドレス、ともすれば元いた世界でも通用する感じのカジュアルさだったのだが。
俺の目のまえにいる彼女は絵本の中のお姫様像をそのまま取りだしかのような姿である。裾の長いフレア状のドレスを纏い、化粧を済ませたガーネットは華やかであった。思わずぼーっと魅入っていると、彼女は俺の元に近づいてきて、俺の真正面に立つと優雅な一礼とともに
「あらためて自己紹介致しましょう。私はガーネット・セントラル。このセントラル王国の第一王女ですわ。 ユニオさま、遠路遥々あなたにお越しいただいたのはお願いしたいことがあってのこと。それは、」
そこで一旦言葉を区切ると俺の耳元にまで顔近づけて、
「私の夫になってくださいます? 」
そんな衝撃的な言葉を口にするのだった。
彼女の言葉を俺の耳をくすぐり、脳に伝わり、頭から空へ抜けて行ってしまった。
おっと。おっと? ああ、お菓子の……ってそれはおっとっと。
ダメだ思考がうまく纏まらない。夫ってあれだよな。結婚した夫婦の片翼。
え、彼女すらできたことがないのにいきなり夫ですか? え、それって子作りを前提としたお付き合いですか? ちょっといきなりハードすぎません? まずは色んな女性と付き合っては別れてを繰り返し、男を磨きながらそろそろ腰を据えるかって気になってからするもんじゃないの?
それをそんな急に言われても、
「はい。喜んで」
昔はお見合い結婚なんてのはザラにあったしね。
まあ、現代社会では性に自由なところもあって、貞淑こそが美徳って考えは古いと思われがちだけど、俺はそこに古き良き日本があると思うんだ。
俺が彼女にとって最初で最後の男であり、彼女が俺にとって最初で最後の女である。これぞ純愛だよね。
俺ってそういう話が大好きだ。生涯一人の人を愛し続けるとか最高。
もちろん好みのタイプは大和なでしこ。撫でにシコって響きがもうエロいじゃん。やっぱりさ、清純派こそが正統ヒロインだと思う訳ですよ。
「ガ、ガーネットさま!? 」
「何を驚いているのミミル。もちろんあなたも一緒によ」
「えええええええ」
「当たり前でしょ? 子供の頃からずっと一緒だったのだから」
マジっすか! 今ご注文の方にはもれなくオッパイもう一セット付くんですか?
甲高い声の社長も驚く大盤振る舞い。これは買うしかないのだが、でも俺には古き良き日本が……いや、待てよ。もっと時代をさかのぼって考えてみようじゃないか。
昭和、大正、明治……そして戦国時代。
名前からして物騒なこの時代ってのはさ、正室に加え側室ってのが当たり前にあったんだよね。
斬って斬られての戦争真っただ中。しかも医療技術も高くない。そんな状態だと産んだ子供が成人まで生きられるかは分からない訳で、そうなるといざという時の為に何人も産んだ方がいいわけで、でも奥さん一人にそんな無理はさせられないでしょう?
赤ちゃんを産むのって相当辛いってよく聞くし、一人や二人ならまだしも四人五人ともなるとやっぱり側室の助けを得る必要が出てくるのは当然の帰結だよね。
少子高齢化が問題となる現代で俺は常々思ってたことがあるんだ。それは側室制度を復活させるべきだと。夫婦は一組という構図はシンプルで分かりやすいけれど、どうしたって生まれる子供の数は少なくなる。そして行きつく先は超超超超少子高齢化社会。その破滅的な未来を防ぐための方法こそが側室制度だ。経済的豊かな男性が数多の魅力的な女性と子を作り育てればもうベビーブームの到来ですよ。
つまり何が言いたいかいというと、ハーレム大歓迎です。
ひゃっほー、異世界にきて早々ハーレム完成だー。やっぱ男の夢と言ったら一国一城の主かハーレムの主かって相場が決まってるものだ。
一般的にヒロインが二人というとハーレムというよりダブルヒロインとか言われがちだけどいいんだよ細かいことは。
「私がミミルと離れたくないと言うの理由の半分で、本当のところはユニオを繋ぎとめて置く鎖が多ければ多いほどいいから。それだけの価値があなたの魔法にはあるもの。ミミルたちの話を聞いた時は冗談かとも思ったわ。でも実際に見てその考えは変わった。
魔力の練度、詠唱の短さ、発動した魔法の制御力。どれをとっても一級品。あなたを何としてでもつなぎとめておきたいの。だからあなたを私の物にしたいわ」
彼女は俺を真っすぐに見つめている。
俺の中の浮かれていた心が徐々に静まっていく。そして冷静さを取り戻した俺は、
「……やっぱり保留ってことでいいかな」
そう言うしかなかった。
彼女は俺を見ていない。彼女は俺の魔法の力だけを見ているのだ。
そんな状態で夫婦になったとしても絶対に幸せになることなんてできはしないのだ。
なぜなら、俺は、ガーネットと初夜を迎えた時点でチートを失うからだ。
正直ね、別に愛情が欲しいとかじゃないわけよ。まあ愛があった方がいいに決まっているが、愛のないセックスもそれはそれで乙な感じがするわけよ。
でも彼女は魔法の対価として自分を捧げると言った。
ではもし俺が魔法を失ったとしたら?
用済みとして離婚され王都から追い出されるだろうな。下手すりゃ王女を襲ったとかで吊るされるんじゃないか?
そんな未来は断じて御免である。
「私はそんな魅力がないかしら? これでも容姿には自信があった方なのだけれど」
そうじゃないんです。めっちゃ魅力的なんです。
本音では今すぐ婚約してそのままベッドインしたい気持ちは山々なんです。
「もちろんガーネットは魅力的だ。でも、こっちにもちょっと事情があってね。それが片付くまでは結婚することはできないんだ。だから保留ということにしてくれないだろうか」
「それでも十分だわ。あなたは私という餌に興味を抱いている。たとえ今は釣り上げることができなくても、チャンスがくる時まで私に釘付けにしておけばいいのだから。ふふふ、そのときが楽しみだわ。じゃあちょっとお父様のところへ報告に行ってくるわ」
ガーネットはドレスを翻して部屋の外へ出て行ってしまった。
台風のような人だなってのが俺の感想。この場にいる俺たちの感情をかき乱しまくってあっという間にいなくなる。
残された俺たちはというと。
「……」
「……」
気まずいです。
だって心構えが何もない状態で三人プレイしようぜって言われたようなものだよ? 意識するなってのが無理ってもんだ。
特にミミルはそういうのに免疫なさそうだし、ほら、顔は真っ赤に染まって目がぐるぐると回っている。
体も左右に揺れており、そのうちのぼせて倒れるんじゃないかというくらい危なっかしい。
「なあ、ミミル」
「ひゃ、ひゃい!? な、な、な、ななんでふか?」
「はあー、いったん落ち着こうぜ。そんなところで立ってないでソファーに座ったらどうだ? 」
扉の前で立ちっぱなしの彼女の手を取って備え付けられているソファーに座らせる。
「これで少しはリラックスできるだろう。そうだ、深呼吸もしてみるのいいかもな。目を瞑ってー、そして大きく吸ってー、吐いてー」
「スーハー」
「はい、そのままそのまま。よいしょっと」
「スー、って何しているんですか!?」
「え? なにって膝枕してもらおうと思っただけだど? 」
「そんな意外そうな顔されても困ります」
あの森で初めて膝枕された時も思ったけど、太ももが程よい弾力を持っていてすごく安らぐ。
「ガーネットにも言ったけどさ。俺は当分誰かとそういう関係になるつもりはない。だからさっきの話は聞かなかったことにして自然な感じでいこうよ。じゃないと体が持たないぞ? これから一緒にいること多いんだし」
「分かってはいるんですが」
「それに、もしどうしても嫌っていうなら俺がガーネットを説得する」
一応これはマジな話ね。
煩悩まみれな俺だけど、無理やり女の子を手籠めにするほど落ちぶれてはいない。
寝取られや凌辱系統みたいな女の子がひどい目にあうのはゲームの中だけで十分だ。
「そ、そうなんですか? 」
「そこ驚くところかな? もしかして俺ってそんなゲスな人間に思われていたの? 割とショック 」
「ごめんなさい。そういうわけじゃないんですけど、男のひとがそういう反応するのは意外だなって」
「結婚ってお互いが納得してからするものだろ? もしミミルと夫婦になるなら俺のことを好きになって貰わないと」
「え……それって」
人の温もりに包まれてるうちにウトウトとしてくる。
「……ちょっとこのまま寝かせてもらうわ」
気持ちのいい微睡みに逆らうことなく睡魔に身を任せることにした。
◇◇
そう言って寝入ってしまった由仁雄を恨めしい気持ちでミミルは眺める。
規則正しい寝息を立ててることから狸寝入りではなさそうだ。
――思わせぶりなことだけ言うんだから。
黒い髪をなでると彼はくすぐったそうにしている。
(私を困らせる罰です)
今度は頬を指でつついてみる。
こんなにも自分に無防備な姿をさらす青年が、強大な魔物であるタイラントスネイクを一撃で倒してしまう凄腕の魔法使いだなんて誰が信じるだろうか。
あのときミミルは死を覚悟した。
逃げる場所もなく、助けてくれる人もおらず、そして大切な人に危険を伝えることもできず、ひとり惨たらしく殺されるものだと絶望した。
でも助かった。
上空から突然現れた由仁雄が逃れられない死の象徴を呆気なく吹き飛ばしてしまったのだ。
それはまるでおとぎ話に出てくるヒーローであった。
(なぜか服を着てませんでしたけど)
あまり恰好良いヒーローではなかったけれど、ミミルにとっては紛れもないヒーローであった。
(そんな彼と結婚? )
彼の力を知り、彼を森から連れ帰ったガーネットが自身との結婚を持ち出すことは当然のことであった。
自分やラーズがいるといっても、有力な貴族のほとんどが彼女の兄につき支援をしている状況で彼女が王になる可能性が限りなく低い。ほぼゼロだ。
彼女が逆転できるとしたらこの状況を根底からひっくり返すほどの圧倒的な力が必要になる。
それにミミルは反対することはない。
(で、でも私もだなんて……)
ついさっきまでは彼のことを特に意識はしていなかった。
感謝もしてるし好意も持っているけれども、それはあくまで人としてであって恋愛感情ではないとミミルは思っていた。
しかし、今は違う。
ガーネットの言葉によって彼と結婚する想像を描いてしまった。
手を繋ぎ、愛を語らい、口づけをし、やがては子を育む自分を。
一度そう思ってしまったらダメだった。彼のことが気になって仕方がない。
「くー、かー」
「もう」
自分の気持ちも知らず呑気に寝ている由仁雄の頬を引っ張ってガーネットが戻ってくるのを待つのであった。




