第七話:王宮へ
一行の馬車は豪華だった。まさに王族が乗るのに相応しいものである。
中の椅子はクッションが効いていてフッカフカ。王都までどのくらいの距離があるかは分からないが、これなら長い間乗っていてもお尻が痛くはならないだろう。
電車でいうボックス席みたいな馬車に乗り込んでみたのだけど、俺と対面に座る人はいない。いや、ハブられたわけじゃないよ。ちゃんと俺以外の面子も乗ってはいるのだ。俺の左右に。
「うふふ、こんな風に誰かのとなりに座ったのはいつ以来かしら」
俺の右側には笑顔のガーネット。
「うううう、ごめんなさい」
左側には申し訳なさそうにしているミミル。
ちなみにラーズはここにはいない。護衛でもあり御者でもある彼は馬車の外で馬の手綱を握っている。剣だけの男かと思いきや意外と何でもこなせる有能な奴らしい。
そのことを本人に伝えてみたけど、あくまで護衛の一環としてやってはいるが本分は剣士なのだと嫌そうな顔をしていた。
三人が座るように作られていないためか俺たちの距離はかなり近い。
具体的にいうと俺の太ももとと女性陣の太ももがくっつく位には。着ているローブが少し厚手なため体温やら感触やらが伝わってこないことは残念ではあるが、それを除けばこの状況は非常に快適だ。座る椅子は高級品で両隣には美少女が。酒池肉林のハーレムとはこのことかと思う位にはテンションが上がる。
だからミミルには居心地悪そうにはしてほしくないのよね。
真面目で優しい性格の彼女は自分がいることで主やその客である俺に窮屈な思いをさせていると誤解しているのだ。何度も言うけど美少女に挟まれてこの狭さこそが俺のベストプレイス。快感ではあっても不快ではない。
もちろんそんなことを面と向かって言う訳にはいかないから、ミミルはまったくそのことに気づかない。ああ、もどかしい。
道中、精神的呵責に耐えかねてた彼女が荷馬車のほうに移るとを申し出たときは、この世の終わりかと思ったが、彼女の主であるガーネットが却下してくれた。身の回りの世話をするメイドが主を置いてどこかに行くなど認められないという理由だ。そう言われてしまうとミミルも移ることはできず、なるべく俺たち二人の迷惑にならないよう体を縮こませている。
だが俺は声を大にして言いたい。
主であるガーネットのことを思うならばここはもっと俺に身体を寄せてくるのが正解なのだと。だって、メイドがいなくなることが問題ならば空いている対面の席に座らせてもいいはずなのだが彼女はそのことに言及しなかった。
というかこの並びで座ることを指示したのはガーネットなのだ。必然的にそこには理由があると考えるべきだろう。少なくとも俺はそう思う。色仕掛けで遠慮してちゃダメでしょ。もっとガンガン来てくれないと。俺はウェルカムだよ?
ふむ、ここはガーネットの不興をミミルが買わないように意図を伝えるべきなのだろうか。しかし女の子に向かって、もっと俺に密着してくれと言うのは好感度が下がりそうな気がする。
「難しい顔をして何か考え事かしら? 」
俺が悩んでいるとガーネットが顔を覗き込むようにして聞いてくる。
って近い!近い!近い!
いまだこの世界の人間の容姿レベルに慣れていないのにそんな近距離で見つめないで!
透き通る白い肌、きめの細かい肌、大きい瞳に長いまつ毛、視界の大半がそんな光景で埋め尽くされてしまったらうっかり射爆了しちゃうだろ!
窓がついているといってもこんな密室でスルメを焼いたらモロバレだろう。そうならない為にもせめて心の準備をさせてほしい。
「これから行くは王都はどんなところなのかなーって」
「ユニオさんは遠い国から来たんですよね」
「そうそう、かなり遠いとこだから文化や風習もこことは結構違うと思うんだよね。だからギャップ? とかもあるだろうし馴染めるか少し不安なんだ。虫を殺したら罰金とか、一日一回面白いことを言わなきゃ罰金とか、街中で笑ったらケツバットとか」
「私の国をそんな変な国にしないでもらえるかしら」
やべ、ちょっと怒ってる。目付きがじゃっかん鋭くなったぞこのお姫様。
「ま、まあ、そういうことだから。この国のこととか教えて欲しいんだよね。俺のことは、そう何も知らない赤ちゃんだと思って一から事細かにさ」
「ふふふ、大きい赤ちゃんね。まあいいわミミル、教えてあげなさい」
「え、わ、私ですかー? えっと、はい出来る限り頑張ってみます」
「ばぶー(ありがとう) 」
「その喋り方は止めてもらえるかしら? 癇に障って仕方ないの」
「あ、はい。ごめんなさい」
そういうことで王都につくまで俺はミミルにこの世界のことについて教わるのであった。
森を出発してふたつほど村を経由したさきに王都はあった。
大きな門を潜るとヨーロッパを思わせる石造りの街並みが広がっていた。
俺たちを乗せた馬車は石畳の敷かれた大通りを真っすぐ進み、商業地区や貴族の居住域を通り抜け、やがてこの王都の心臓部である王宮にたどり着いた。
「さあ、行きましょう」
俺とミミルは馬車を降りてガーネットの後を付いていく。
宮殿の内部は別世界とでもいえばいいのかとにかく豪華絢爛だった。
高そうな絵が飾られていたり、高そうな壺が置かれていたり、でっかいシャンデリアが何個も吊り下げられていたり、とすごいのなんの。
「ミミルはガーネットのお付きってことは、ここのメイドでもあるんだよね? 掃除するの大変じゃない? うっかり調度品を落っことしたりしたらヤバイでしょ? 」
「慣れてしまえばどうってことないですよ」
「ミミルを甘く見ないでもらえるかしら? 私の専属侍女がそんなつまらないミスをするわけがないでしょう? 」
いつの間にか前を歩いていたガーネットが近くにまで来ていた。
「雰囲気や性格から軽んじられやすいけれど、ここで働いている中じゃトップクラスで優秀なのよ? 」
「え、そうなの? 」
「えーと、他の人よりも長く勤めているだけで私なんてそんな大したことありませんよ」
「はあ、謙遜もすぎれば嫌味になるのを理解してほしいのだけれど。だからあの時も勘違いしたメイドたちに……」
困ったように笑うミミルに呆れた感じのガーネット。
単なる主従というよりも仲の良い友達や姉妹のような関係性にちょっと意外性を感じる。いかにも王女さまっぽいガーネットがこうも親し気にメイドと接するなんてね。
どうやらかなりフレンドリーなお姫様のようである。
そんな風に感心していると廊下の向こう側から若い男がやってきた。
「あまり廊下で騒ぐものじゃないよガーネット。お前もいちおう王家の血を引くものなのだからそれ相応の振る舞いをしてもらわないと困るのだよ」
「それは申し訳ありませんでしたお兄様」
金色の髪をかき上げてキザったらしく話しかけてくるこいつはどうやらガーネットの兄のようだ。容姿はあまり言いたくないがかなりの美形である。さすが美形の多い世界である頼んでないのに男までとは。まあラーズもイケメンだったんだけどさ。
服装も相まって貴公子っぽいこいつが外を歩けば街の女が入れ食い状態なんだろうなー階段から転げ落ちて頭打って死なないかなーこのヤリチン王子。
「なんだいそのみすぼらしい顔の男は? 」
ヤリチン王子は俺に目を止めると蔑みの色を隠そうともせずそう言ってくる。
「私が新たに雇い入れた護衛ですわ」
「いくら人材が足りないからと言ってそんな素性の定かではないものを拾ってくるとは。ここをどこだと思っているんだい? 王族としての自覚が足りていないのではないか? まったくもって嘆かわしい」
「私としましては家柄や出自に囚われて有能な人材を逃すことこそ王国の損失だと思っております。いくら肩書が素晴らしくても能力がそれに満たない者たちが国を運営していけば王国は滅びの道を辿ることになる。王家に連なるものとして有能な人材をより多く受け入れることが私の責務と考えておりますわ」
「大きな口を叩くようになったじゃないか。そこまで言うのならその実力とやらを見せてもらおうじゃないか。問題はないよなガーネット? 」
「ええ、もちろんですわ」
話が纏まったらしい。俺が決闘をする方向で。
場所は宮殿の中庭である。練兵場が離れた場所にあるらしいからちょっと歩いて、そこでやればいいのにと思うが王子さまは我慢ができないようだ。何人もの庭師が精魂込めて整えたんだろうなという中庭は色とりどりの花が咲き誇り、木や草は刈り揃えられていて庭そのものが芸術と言われても過言ではないのに。ここで本当にやるの? 庭師の人涙目じゃない?
「残念だったな。どうやって王族に取り入ったか分からないがその結果がここで死ぬことになるのだから」
俺の前に対峙している王子の護衛が、その主と同じように侮蔑の視線をよこしてくる。話の流れからするとこいつは貴族の子弟かなんかなのだろうか。ってことは下手に強力な魔法を使って殺してしまったら処刑?
ガーネットが俺を庇ってくれればいいのだけど、なんか立場はそこまで強くはなさそうだし、ここは抑えめでいこう。あ、でも後からぎゃーぎゃー言われるのもヤダし、まずは言質を取っておくとしよう。
「あのー、ちょっといいですか? 俺って村の皆からこの村一番の魔法使いとか言われてて、自分でも魔法の腕はかなりのもんだと自負してるんですがね。この人、王子様の部下なわけでしょ? 怪我させてしまったらと思うと本気を出せないんですよねー」
「おい、ガーネット聞いたかい? この田舎者、自分が負ける心配ではなく、こともあろうに私の部下に怪我を負わせることのほうが心配だそうだ。ふふふ、ははははは。ガーネット一つ訂正しておこう。たしかにお前の護衛は才能があるようだ。道化としてだがな」
「私も意外な才能を持っていて驚きです。それでお兄様、どうなさるのですか? このままでは私の護衛は全力を出せないようですが」
「いいだろう。私、トパーズ・セントラルの名において、この決闘で起きるいかなる結果に対しても咎めることなく不問にいたすことを宣言しよう」
よし、言質は取った。
あの王子はプライド高そうだし自分が言ったことを反故にはしないだろう。
これで心置きなく目の前の奴をぼこれるぜ。
「思い上がりも甚だしいぞ平民が。武官の名門であるカルダモン家の俺に勝つだと? 苦しまないよう一息に殺してやろうと思っていたが気が変わった。徹底的に痛めつけ身の程を分からせたうえで殺してやる」
そう言うと護衛の男は一直線に俺に向かって走り出す。
どうやら決闘の合図はとくにないらしい。
「炎よ敵を穿て」
小手調べとして、ピンポン玉サイズの火の玉を魔法で作って男に発射してみる。
威力は抑えてあるから骨まで燃やすことはないと思うが。
「その程度かお前の本気は」
だが火の玉は着弾することなく男が振るった剣にかき消されてしまった。
「言い忘れていたが俺の剣も鎧も対魔法のコーティングが施されいる。お前がどんな攻撃をしてこようが俺には効かない」
へー、そんなものがあるのか。
そうなると魔法で直接攻撃する手は取れないか。弱い魔法は弾かれて、コーティングを突破できると威力の魔法を使うと相手は死んでしまうだろうし。
「お前如きが俺に勝てるわけがないんだよ! 」
でも今ので分かったことがある。
こいつはあまり強くないな。蛇の魔物と戦っていた時のラーズの剣技と比べたら天と地の差がある。あいつだったらコーティングなんて物を使わなくとも今の炎くらい消し飛ばせる気がするし。
「植物よ、我が敵を絡めとれ」
「なっ!?」
ということで一流の剣士なら効かないであろう魔法を使うことにしました。
足元の芝生や草に魔力を込めて護衛の男の足に絡みつかせて、無様に転倒した男をさらにきつく締め上げる。直接の魔法を弾かれても実際の物を介した間接的な魔法なら問題なく効力を発揮した。
これで決闘は俺の勝ちだろう。だけど勝った代わりに大事なものを失った気がする。まさか初めての亀甲縛りの相手が男だなんて。
「あら、お兄様。どうやら決着がついたようですね。ふふふ、第一王子の護衛ですから内心私も勝てるか不安でしたけど、案外大したことがない。もう少し優秀な護衛に変えることをおススメしますわ」
「くっ」
満面の笑みで勝ち誇るガーネットと歯ぎしりしかねない王子は非常に対照的だった。




