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第六話:変貌

「猛ろ炎よ、醜悪なる魔物を燃やし尽くせ。エクスバーニング」


 私の手から放たれた炎は、メイドさんと戦士風の男へ襲い掛かっていた触手を焼き払いながら、その発生源である蛇に向かった進んでいく。魔法で作られた炎は蛇をそのうちに呑みこむと、天に向かって高らかに燃え上がり塵も残さず蛇をこの世界から消し去ってしまう。

 激しい気圧の変化にコートの端がはためきますが、すでに内服は魔法で想像してあるので不測の事態になることはありません。


「嘘だろ!? あのタイラントスネークを一撃で?」

「え? どうなったんですか? もう目を開けてもいいんですか? ……あれ? あの魔物はどこに行ったんですか? 」

「俺もまだ信じられないが、あの怪しげな男の魔法で消し飛んだのさ」

「怪しげとは心外ですね。ああそういえば自己紹介がまだでした。私の名前はユニオ・コンドウ。ただの通りすがりの賢者です。どうか以後お見知りおきを」

「うおっ!? 」


 私が彼の肩に手を置いてそう言うと、ビクリと雷に打たれたかのように驚かれた。

 敵と戦っていた時は見事な剣さばきを披露していたのに、こうも簡単に背後を取られるなんてまだまだ修行が足りませんね。


「……取り乱してすまんな。俺はラーズだ。そしてこっちは」

「ミミルと申します。改めてお礼を言わせてください。二度も助けて頂きありがとうございました」


 メイドさん、もといミミルは一歩私の方へ進み出ると深々と頭を下げる。

 その所作は完ぺきであり思わず見とれるほどであった。


「気にしないでください。困っている人がいるなら助ける、当然のことじゃないですか」


 少し前の私はミミルが美少女だから助けようとしていたが、今考えればなんて愚かだったのだろう。

 顔の美醜や自分にとってのメリット、そんなものなんて関係ないじゃないか。目の前に救いを求める人が居て、私にはそれを成すだけの力がある。人を助ける理由なんて他に必要ないはずだ。


「なんて澄んだ目をしてやがるんだ。これが賢者……いやちょっとまて。ユニオなんて名前の賢者なんて聞いたことがないが。ミミルはどうだ?」

「うーん、私も記憶にはないですね」

「おっと失礼。私の故郷は遠い所にありましてこちらに来たのはつい最近なのです。だからお二人が思う賢者と私の故郷での賢者に齟齬があるようですね。そうでうすね、魔法使いが高みに至った境地とでも言いましょうか」

「すごい魔法使いってことですか? 」

「そのように受け取ってもらって構いません」


 女性に対して賢者とは何かを事細かく説明するなんてセクハラになりかねませんからね。

 嘘も方便ということで誤魔化しておくことにします。


「大した自信だ。だが魔力が回復しきっていない状態であれほどのものを撃てるのだからその通りなのだろう」

「そ、そうでした! あんな状態で魔法を使って体の方は大丈夫なんですか? 」


 ミミルが私を心配して体のあちこちを触ってきます。なんて優しい少女なのでしょうか。


「はい、非常にスッキリしています」

「スッキリ……ですか? 」

「ええ、とても晴れやかな気分です。今ならば世界の真理に手が届きそうだ! 」


 世界の成り立ち、宇宙の果て、人の生きる意味に争いの連鎖を止める方法。

 歴史に名を遺す偉大な知識人たちが追い求め、そしてたどり着けなかった人類に課せられた至上命題。

 あと少しでその解を得られるというのに私の意識は急速に薄れていく。

 私は……私……わた……。


「え、あ、あのどうしたんですか? って、え!? きゃ、うううう、重い。それになんで裸!? もうダメ、支えられそうにありません~イタッ」

「さっきまで着ていた服は魔法で作ってたということか。とんでもないことをするなこいつは。はあ、しょうがない。いまどかしてやるからちょっと待ってろ。あー、ダメだこりゃ完全に魔力を失ってやがる。どおりで言動がおかしい気がしてたんだよ」

「それって大丈夫なんですか? 」

「下手したら死ぬんじゃねーかな」

「マズイじゃないですかああああ!? え、どうしよう。ラーズさん魔力薬ってまだありますか? 」

「悪い、さっきので最後だ。待たせてる馬車にはまだあるからそこから持ってくればいいんだけど、果たしてそれまで生きてられるか」

「とととと、取ってきますううううう」


 え、俺、もしかして死ぬの? 嘘だろ!?

 まだやりたいことが山ほどあるっていうのに!

 美少女と付き合いたいし、デートしたいし、キスしたいし、セックスしたいし。元の世界では諦めていたことがこの世界でなら実現できるかもしれないのに!

 それがこんな序盤の森で野郎と二人っきりで死ぬだなんて真っ平ごめんだ。

 ミミルゥゥ! カムバーック! 早く戻ってきてくれーー! ああああ、なんか体から意識が離れて行っちゃううううううう。



「ふぅ、危なかった。危うく三途の川を渡るところだったぜ」


 俺はミミルに支えてもらいながら体を起こすと、掛けられていた上等そうなローブがハラリとズレ落ちる。ミミルが回復薬と一緒にもってきてくれたものだ。

 すぐ横には俺が飲み干した回復薬の空き瓶が三本転がっている。

 通常の魔法使いであれば一本飲めば十分らしいのだが、俺の場合は底が抜けたように魔力が回復しなかったらしい。その理由は至極当然。ふつうは限界を超える前に回復薬を飲んで魔力が戻るのを待つからだ。俺のようにぶっ倒れるまで魔法を使う奴はいない

 のだ。

 ラーズの見立てではミミルが戻ってくるのがあと数分遅れていたら死んでいたとのこと。生きてるって素晴らしいね。


「まったく。ラーズがミミルを探しに行ったっきりぜんぜん帰ってこないから馬を向かわせてみれば何やら面白いことになっているわね。いったいここで何があって、彼が誰なのか、私に説明して貰えないかしら? 」


 その人物は優雅な足取りで俺たちの元へ現れた。

 意志の強さを示すかのような真っ赤な髪をなびかせて、興味深そうな俺たちに向けるミミルと同い年くらいの美少女。


「ガーネットさま!? もう、馬車の中で待ってて下さいって言ったじゃないですか 」

「でもねミミル。あなたのあんなに焦ってる様子を見れば誰だって気になるものよ」

「それにしたって護衛も無しにやってくるのは感心しませんな。森には魔物がウヨウヨいることはご存知でしょう? もしものことがあったらどうするつもりですか」

「まさか私がそこらの魔物に遅れを取るとでも思っているのラーズ? 」

「ええ、そのまさかが起こりかけていたんですよ」

「それはそこにいる男に関係するのかしら? 」


 赤い髪の美少女は興味深そうな視線を俺を投げかける。


「あなた名前は? 」

「俺は近藤由仁雄。こっちで言うならユニオ・コンドウか? そういうあんたはいったい? 」

「あら、私のことを知らないの? ふふふ、あはははははははは。それも仕方のないことかもしれないわね。表舞台に出るのはいつもお兄様の方。私は地味な存在ですものね。私の名前はガーネット・セントラル。この国の王女をやっているわ」


 な、なんだってーーー!


「お、お、王女さまであらせられますか。これは失礼いたしました。なにぶん遠い場所からきたもので、俺、いや私はこの国の事情について疎いのです」

「王女だからと言って無理に言葉遣いを変えなくていいわ。あまり堅苦しいのは好きじゃないの。そんなことよりも、ここであった出来事の方が重要だわ、ねえ教えてもらえないかしら」


 話の分かる王女さまで良かったぜ。

 いちおう社会人として働いたこともあるから付け焼刃だけど敬語を喋ることができるが、王族と話すには不十分すぎてボロが出て酷いことになるからな。

 それに自分のことを私って言うのに未だ慣れなくて、私って言うたびに背筋がかゆくなって仕方ないんだ。


「もちろんいいですよ。とはいっても俺も全部知ってるわけじゃないんですけどね」


 俺は王女さまにこの世界に来てからのことを話す。

 もちろん元いた世界のことや能力の禁則事項、ミミルに対するセクハラなんかは隠しながら。


「なるほどねえ。貴方たちの見たタイラントスネイクは私を狙ったものかしら。どう思うラーズ」

「その可能性が高いと思いますよ。こんな人里近い森であんな魔物が出るなんて聞いたことないですからね。目撃情報があればとっくに騎士団が討伐に動いているはずだ。それに死体が動き出すなんてことはアンデッド以外は通常ありえない。おそらく強力な呪いや魔法道具を使って使役されていたと思われます。そこまでして姫さんを狙う理由は……」

「ふぅ、面倒なことね。でもある意味これは天啓だわ。私の危機に際して他に類を見ない優秀な人材と巡り合うのだから。そうは思わないかしらユニオ?」

「え!? え、ええ。うん、俺もそう思うわ」


 いやいきなり話を振られても困るんですけど? つい見栄を張って分かってるふりしたけど、正直何言ってるか分かりません。ラーズとガーネットは共通認識があるうえで話してるからこちらに伝わってくる情報は断片的だし。

 ミミルもさぞかし疎外感を味わってるのかなーと思って彼女を見るけど、なんか真面目な顔をして頷いているからこの場で分かってないのは俺だけ。よし、後でミミルに教えてもらおう。


「では決まりね。ふふふ、王都にいる黒幕たちが私の無事な姿を見て悔しがる姿が楽しみだわ」


 ガーネットはそう笑うと木々の向こうへ歩いていった。ラーズも彼女を護衛するようについていく。残ったのは俺とミミル。


「このローブって貰っていいと思う? 」

「ガーネットさまに許可を頂いてますから大丈夫ですよ。それは貴族さまからの贈り物なんですけれど、あまり気に入らないらしくて王都に戻ったら捨てる予定だったそうです」


 おいおい、これ捨てるとかどんだけよ。

 絹かシルクかそれとももっとすごい繊維で作られているのかめちゃくちゃ肌触りがいい。売ったら結構な額になりそうなものだけど王女にとってはお小遣い以下なのだろうか。

 まあ俺にとっては都合がいいんだけどね。

 魔法で服を作ることも出来るけど、また何かあって魔力切れたらその度に裸を晒すことになる。あの時は俺たち以外人のいない森だったからセーフだったけど、街中でマッパになったら確実にアウト。指名手配をかけられて豚箱の臭いメシを食うことになる。せっかく新しい人生を生きるのに前科を背負うことは御免被る。

 では、さっそく着させてもらおう。

 俺は真っ白い貫頭衣型のローブに首を通す。はは、こりゃ魔法使いのコスプレみたいだ。


「なんでも送り主の方が脂ぎった中年の男性で、渡す前に何をしていたか分からないから気持ち悪いとも言ってました」


 ええー。それ先に言ってよ。

 もう着ちゃったよ。

 もしかしてその気持ち悪い中年オッサンも袖通したりしてたの?

 ほのかに何かが香ると思ったらコレ加齢臭なんかい? 汗とかいろんなものが染み込んでたらやだなー。

 どの道ほかに着るものないから選択肢は他にないんだけどさ。言ってくれれば内側に縮れ毛がついてないか確認したのに。


「ユニオさん、似合ってますよ」

「え、そうかな」


 でもまあ、美少女に褒められるなら悪い気はしない。


「ミミルたちはこのあとどうするんだ? 」

「馬車で王都に戻った後は王宮に帰還の報告をして、ガーネットさまは公務、私とラーズさんはそのお手伝いでしょうか」

「俺もその王都ってところに連れてってくれないか?」


 俺はこの世界のことについて何も知らない。魔法の力はあるけれど生きてく上で重要になる常識を持ち合わせていない。幸いトラブルに巻き込まれる前にミミルたちと知り合いになることができ、その関係も悪くないことから彼らから学んでいきたいところなんだけど、ここで別れしてしまうと一から知り合いづくりをしなきゃならなくなる。

 それは避けたい。何よりせっかくできた美少女との縁が切れてしまうのがもったいない。


「え? そういう話じゃなかったんですか? 」


 ああ、そういう話だったのね。

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