第五話:汚名を被る覚悟
頭が気持ちいい。
意識の戻った俺が最初に感じたのはそれだった。
文字に起こしてみれば何やらヤバそうな字面ではあるが、別に魔法の粉を使ったわけでも魔法のビールを飲んだわけでもない。
なんというか程よく弾力のある柔らかいものを枕にしているようなのだ。日本にいた頃ですら味わったことのない最上級の感触。
これが美少女の膝枕であれば最高なのだけど恐らくそうではない。
変質者の汚名を着せられ無様に倒れてしまった俺の体は蛇の死骸とともに大地に転がっているはずである。ならばこれは蛇の体のどこかしらだろう。
だからきっと、これは夢なのだ。
「目が覚めたんですね。 よかった、何度呼びかけても起きないから心配したんですよ」
金髪美少女が安心したかのように顔をほころばしている。微笑みながら俺を見つめている。それも手を伸ばせば柔らかそうな頬に触れられるほど近くに彼女はいるのだ。
やばい、めっちゃ肌が綺麗。モチモチのぷるるん。いまだ俺はこの名も知らぬ少女としか会っていないけど、この世界ではこれが標準なのだろうか。
「あの……、そんなにじっと見られると恥ずかしいんですけど」
夢なのに怒られてしまった。
だがまあいい。そろそろ俺もメインディッシュに向かいたかったからだ。
俺は彼女を見上げている。そして彼女は俺を見下ろしている。ではその間に
あるものは? そう、おっぱーーい。
清楚なメイド服を押し上げる魅惑の膨らみ。良いものを持っているぜ。
見た目や雰囲気は大人しいというか優し気な感じだけど体の方はなかなかに自己主張してやがるぜ。
あー、触りてー。めっちゃ触りてー。というか夢なんだし触ってもいいんじゃないか?
「あの、さっきは失礼なことを言ってしまってごめんなさい。せっかく私を助けてくれたのに。本当なら真っ先にお礼を言わなくちゃいけなかったのに私」
ダメだ。腕が動かない。必死に腕を持ち上げようと頑張ってみるがほんの少し地面から浮くのがやっとだ。
おっぱいはこんなにも触って欲しいと俺に囁きかけているのに、これじゃ蛇の生殺しじゃないか。……っ、まさか呪い? 蛇の呪いが金縛りとなって俺を苦しめているのか。
「ひゃっ、ああああの、あんまり動かれるとくすぐったいんですけど」
気合を入れろ俺! 体を揺すって肉体を目覚めさせるんだ! なんとしてもおっぱいを。
「だ、ダメです。そっちに顔を向けたらダメなんですう」
気力を振り絞っても動くのは頭だけであった。
踊り子さんには触れられないってか、なんて悪質な夢なんだ。まあいいや、視界は塞がったけどなんかいい香りがするし。くんくん。
「ひゃあああああ。臭いを嗅いじゃだめええええええ」
「無事か! ミミル! なっ、お前何をやっているこの変質者が! 」
ぐは!
横っ腹に衝撃が!
俺はその勢いのままゴロゴロと地面を転がることになった。
「大丈夫か? 俺が来たからにはもう安心してくれ。すぐにそいつをぶち殺して」
「ま、待って! 違うんです! あの人は私を助けてくれた人なんです! 」
「あん? どういうことだ? あいつに襲われたんじゃないのか? 」
痛みがものすごくリアルなんですけど? もしかして夢じゃなくて現実?
リアルで美少女に膝枕されて匂いをクンカクンカさせてもらったってこと?
あ、意識したら大きくなりそうだ。
静まれ、静まりたまえ、俺の荒ぶる御魂よ。せっかくメイドちゃんが俺の疑惑を晴らそうとしてくれているのに自分から変質者だと股間で証明してどうする。
いまこそ賢者の時へと至るんだ。ほら、メイドちゃんを心配している茶髪の男を見るんだ。
軽鎧の隙間から見える筋肉はムキムキしている。きっと常日頃から鍛えているんだろうな。鎧で見えないが腹筋とかなんて八つに割れているんじゃないか?
青い空の下、手に持っている剣で素振りする男。首筋を流れる汗は厚い胸板を通り、シックスパックの溝にそって流れ落ちる。俺のことを見るなり男くさい笑みを浮かべて一言「ヤ……。
ふう。落ち着いた。
吐き気に耐えながらの妄想は効果てきめんだった。男と母親の裸は性欲を減衰させるのにうってつけである。
「ほら、あれを見てください」
「なっ、こいつはタイラントスネイク。それもかなりの大物じゃないか。騎士団が討伐に向かうほどの魔物がどうしてこんなところに……」
男は俺が倒した蛇を見て驚いていた。どうやらかなりヤバめな蛇だったようである。
「それは分かりません。でもタイラントスネイクに襲われていた私を助けてくれたのが彼なんです」
「死体を目にしても俄かには信じられないな。できれば、もっと詳しい状況を教えてくれないか? 」
「く、詳しい……ですか? い、いえ、あの、私の口からは言えません! 」
メイドさんは顔を真っ赤にしている。ほほう、いったいナニを想像してたのでしょう?
「それもそうだな。真面目なお前が恩人の情報を勝手に話す訳がないか。これは俺が悪かった。知りたいのであれば本人から直接聞くのが筋という物だ」
「は、はい! 是非そうしてください」
「……」
「……」
何とも言えない表情で地面に横たわったままの俺を見つめる男。
メイドさんがコートのボタンを留めてくれていたからポロリはしてないはずである。
「……なあ、どうして彼はあそこから動かないんだ? 」
「あ! そうでした。彼は私を助けたあと気を失ってしまったんです。きっと魔力の使い過ぎによる欠乏症だと思います。ラーズさん、魔力の回復薬を持っていますよね? それを貸してもらえませんか 」
「そういうことなら使ってくれ」
「ありがとうございます」
メイドさんは男から液体の入った瓶を受け取ると、小走りで俺の元へと駆けてきた。
「これを飲んでください」
口に流し込まれる謎の液体。
(まっず!!!! )
良薬口に苦しというけれど、口の中に広がる青臭さにえづきそうなる。青汁だよこれ。異世界版青汁。できればもう少し飲みやすくしてくれた方が嬉しいかったりするのですが。
「……マズイ。もう一杯」
「す、すみません。足りなかったですか? ラーズさんに予備がないか聞いてきますからちょっと待っててください」
「ごめんごめん。冗談だから気にしないで。ってあれ? 声が出せる? 」
体の方も万全とは言い難いが動かせるようにはなっていた。青汁すごいな。
「よっと、ってうわあ」
いつまでも倒れたままでは恰好がつかないと思い、体を起こして立ち上がろうとしたのだが上手く力の制御ができずにバランスを崩してしまった。
俺ひとりであればまた地面に転がるところなのだが、
「無理をしないでください」
「ありがとう。助かったよ」
とっさにメイドさんが支えてくれたそうはならなかった。
だが、ここで思わぬ伏兵が俺の股間を襲う。
後ろから両肩を抱きかかえるように支えてくれているので発育の良い胸が俺の背中に当たっているのだ! ムギュっと。ムギューっと。大事なことだから二回言ったけど、おっぱいって潰れるんだぜ? 揺れることは知っていたけどまさか潰れるだなんて。驚天動地。青天の霹靂。目からうろこが落ちる気分である。
かの偉大なアルキメデスは、自分の名前のついちゃったアルキメデスの原理というなんかよく分からない原理を見つけた時にヘウレーカと叫んだそうな。ならば俺も叫ぼうではないかヘウレーカと。もちろん心の中でだけど。
ってダメだー。思考がおっぱいに固定されている。これじゃドツボにはまりそうだ。
いま重要なのは俺の股間がヘウレーカしそうなことなのだ。いちおうボタンで前が閉められているからすぐには気づかれないだろうが、一度ヘウレーカしてしまったらどうやったってバレてしまうに決まっている。
せっかく変質者扱いから命の恩人にクラスチェンジできたメイドさんの好感度を落とすわけにはいかないし、下手をしたら俺のことを見続けている男に成敗される恐れもある。それだけは避けたいところだ。
なんとしてもおっぱいから意識を逸らす必要がある。
頑張れ俺おっぱいのことなんて考えるな。絶対考えるな。おっぱいのことは考えちゃだめだ。……。
ああああああああああああああああああ。
頭から離れない! 考えないようにすればするほど意識がそっちに行ってしまう。
神よ、どうして私にこんな試練を与えるのですか? 無垢なる子羊に愛の手を。
はたして神は俺を見捨てなかった。
処刑台に赴く殉教者の気持ちで歩いていると、俺の方を向いていた男が突然けわしい表情になり森の一角を鋭い目つきで睨みつけたのだ。彼が見ていたのは頭部を失い横たわったままの蛇の死骸。なぜと思うが、答えはすぐに示された。
動き出したのだ蛇の死体が。
もちろん、そのまま森の奥へ逃げていくなんてことにはならず、まるで目がついてるかのように俺たちの方に近づいてきた。
「くるぞ、気を付けろ」
男は腰に佩いていた剣を抜き放ち身構える。
蛇はこちらに対して失った頭部の断面図を晒すとそこから無数の触手を伸ばしてきた。
「うおおおおおおおお」
男は押し寄せる触手を目にもとまらぬ剣技で防ぐ。
しかしその顔は険しくとてもじゃないが攻勢に出る余裕はなさそうである。
一方メイドさんといえば目の前の触手を見たくないのか目を瞑ったまま結界の魔法を使っている。
拮抗しているように見えるがこの状況、ハッキリ言ってじり貧だ。
物量に任せた攻撃を仕掛ける相手にこちらは耐えるしかなく、男の体力やメイドさんの魔力が尽きたら呆気なく飲み込まれるはずだ。メイドさんの触手プレイには心動く物があるけど薄い本のようなエロイ展開にはならずにグロ一直線のはず。
だから俺は提案をするしかない。
「少し時間を稼いでもらえませんか」
「何をするつもりだ! 」
「もう一度、俺の魔法でアイツを黄泉の世界へ送って見せます」
「無茶です。まだ魔力も回復しきっていないのに。また魔法を使うだなんて自殺行為です。今度は本当に死んじゃいますよ」
「ですが、このままではどのみち奴に殺されてしまう。だったら賭けるしかないんです俺の命を」
「ミミル。俺からも頼む。あれは俺たちを殺してそれで終わるようなものじゃない。きっと新たな生贄を求めて森から出ていくはずだ。そうなれば民間人やなにより姫さんの身が危ない」
「……分かりました」
メイドさんの結界から外へ出た俺は二人に気づかれないように慎重に後ろへ下がっていく。
彼らは戦いに集中しているため、こちらを振り返る余裕はなさそうである。いいぞ蛇、グッジョブだ。もう少しの間、彼らを引き付けていてくれ。俺は心の中で蛇にエールを送ると共にある行動を起こす覚悟を決めた。それは最低な行いかもしれない。もし必死に戦っている彼らがそのことに気づいたら罵倒の限りを尽くされるのは間違いない。俺に好意的だったメイドさんも今回ばかりは冷たい目を向けるはずだ。でも、それでも、窮地を脱するにはこうするしかないんだ。
ごめん、メイドさん。




