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第二話:欲望の宴

「ふぉふぉふぉ。全員揃ったようだな。ヤリポー諸君よ」


突然、あの得体のしれないオッサンの声がしたと思ったらボロボロの服を身に(まと)ったみすぼらしいオッサンが現れた。

俺も何を言ってるのかよく分からないが。とにかくそうなのだ。

杖をつき、髪もボサボサで見るからに浮浪者っぽい格好だが、体から立ち上るオーラと呼べるなんかが存在感を与えていた。


「もしやあなたが恵まれない童貞に愛の手を授けてくれる神様ですか? 」


さっきの浮かれポンチが声をあげる。


「さよう。私が全知全能、奇跡の星と呼ばれる地球を統べる神である」

「ハハー」


オッサンが杖を掲げて宣言すると、童貞たちが一斉に(こうべ)を垂れる。

おっと、俺だけ立ってるのも目立ってマズイよな。俺も周りに合わせて地面に頭をつける。いわゆる土下座スタイルだ。


「面をあげなさい。私は君たちを傅かせるために現れたのではないのだ」


その声には慈愛が込められていて聞く者を安心させる声音だった。まるで自分の母親に話かけられているかのように錯覚してしまうほどに。見た目汚いオッサンなのに。


「ではいったい? 」


俺としては、ヤリポーがなんなのかが気になるのだが。他の奴らはそうでもないのか。


「察しの良い者は気づいていると思うが、童貞が三十を超えると魔法使いになるという都市伝説。あれは本当だ」

「やっぱり! 」

「俺、童貞でよかった」


オッサンの言葉に童貞どもは歓喜に震えている。


「お前たちに集まってもらったのはほかでもない。魔法の力を授けるためなのだ」


オッサンに後光が差したと思ったら、目が眩むような光となって俺の視界を焼く。目がー目がー。一度やってみたかったんだよね。

一時的な失明のせいで何も見えないが、身体の中心、ヘソのちょっと下にある丹田(たんでん)と呼ばれる部分に何かが吸い込まれる感覚がした。

たぶんこれは魔力と呼ばれるものだ。俺の体がそう教えてくれる。

魔力は仄かな熱を帯びおり、その温もりは丹田から指先、足先、体中へと広がっていき、俺の体を魔力の器へと変えていく。


「まじかよコレ」


回復した視界に映る変化は顕著(けんちょ)だった。三十を超えてハリの失われていた肌が、たるんでいたお腹がみるみるうちに全盛期の若い頃へと戻っていく。

それは他の奴らも同じようで歓喜は狂喜に変わっていった。


「お前たちに宿った力は万能の力。地上で使えば神のごとき振舞いができよう。時を止めることも相手を意のままに操ることも感情や思考を書き換えることも可能だ。その力で新しい人生を楽しむといい」


そう言ってオッサンもとい神は消えてしまった。現れた時も唐突だが消える時も唐突だ。あっさりしすぎて幻聴幻覚の類かと思ってしまうがこの若返った肉体それを否定する。

これはもう信じるしかなかった。人類の夢の一つである若返りなど現代科学ですら不可能だ。それを可能にするのは魔法でしかあり得ない。

試しに手の平を広げ、火よおこれと念じてみると小さな火種がボウっと現れる。


「うおお、すっげー」


まわりを見れば俺と同じように魔法を使っている。ある者は空を飛び、ある者は金を生み出し、またある者は豚に変わっていた。

みんな子供のようにはしゃいでいる。その気持ちは俺にも痛いほどわかった。まるで童心に返ったかのように楽しくてしかたがない。

なにかもっと面白いことができないかと頭をフル回転させていると、


「みんな聞いてくれ」


俺に話かけてきた浮かれチンポが声をあげる。


「俺たちはこれまで陰キャだのキモオタだのと不当に虐げられ人生のどん底を歩いてきた。だけどようやく報われるときが来たのだ。この魔法の力を使えばなんだってできる」


そう言って、百万円くらいはありそうな札束をいくつも作り出す。


「お金だって、ほら。このとおりいくらでも手に入る。不自由な暮らしとはおさらばだ。食べ物だってこれまで手が届かなかった高級品を腹いっぱい食える。そして」


奴はそこでいったん言葉を切り、自分を見つめる童貞たちを見回し、


「そして、この力を使えば俺たちを蔑んできた奴らに復讐できるんだ。みんなも覚えがあるだろ。ちょっと顔が良いからって女を侍らして、童貞であることを女子の前でからかう奴らを。女子にしても害虫を見るような目付きをして、肩が触れただけで騒ぎ立てる。そんな俺たちをオモチャにしてきた奴らを今度は俺たちがオモチャにできるんだ」


悦に入ってるなー。こりゃ浮かれじゃなくイキリだ。イキリチンポだ。

その熱が入りまくってる演説に俺はちょっと引き気味なのだが他の奴らはそうではなかったようだ。

いつの間にかチンポを囲み、目から涙を流して聞き入っている。

まるで宗教だ。


「きっと奴らは何食わぬ顔で幸せな生活を送っているはずだ。自分のしてきたことをすっかり忘れて! だから壊してやるんだ! 俺たちにはそれができる! 立ち上がれ同士たちよ! 今こそリア充に鉄槌を! 」

「「おおおおおおおおおお」」


正義は我らにありとかなんとか言ってるけど、どいつもこいつも頭の中はセックスすることだ。

要約するとみんなでして童貞卒業しようぜって誘っているだけだだろ? 根がびびりな奴らはエロイことに魔法を使いたいけどノミのごとき心臓では踏ん切りがつかない。だから赤信号みんなで渡れば怖くないってノリでレイプをしに行くのだ。

我ら生まれし日は違えど、童貞の契りを結びしからには、同年同月同日に卒業せんこと願わんってか。


童貞集団はひとしきり盛り上がったあと、俺を残してこの空間から消え去ってしまった。

きっと空間転移したんだろう。魔法の力を使えばそのくらいはできるはずだ。さあて、飢えた野獣たちが野に放たれてしまったけど世の中どうなるんかな。

まあ俺には関係の無いことだ。



「気持ちいい」


俺はいま空を飛んでいる。比喩ではなくそのままの意味で白い世界をどこまでもどこまで上に向かって昇っている。

敏感な肌を風が駆け抜けていく感覚はこそばゆいようなそれでいて包まれているような得も言えぬ気持ちさである。

有史以来、人々が夢見た飛行を俺は機械に頼らず生身で行っているのだ。


「さながら俺はイカロスってところだな」


きっかけは些細なことだ。

漫画のキャラになりきる遊びをひとしきりやり終えたところで、ふと、この空間はどこまで続いているのか確かめたくなったのだ。

偉大な登山家は言った。そこに山があるからだと。

俺の目のまえにはこの白い空間があった。だから飛んでみたそれだけである。


「ひゃっほぉぉぉぉぉ。俺はいま風になっているぜぇぇぇぇぇ」


空へと飛び立ってから数時間、すでに自分が立っていた場所は見えなくなっていた。自分すらも見失いかけている。

そもそも床すらも白色なのだから、空を飛んだらあっという間に地面をロスト。前後左右すべてが真っ白で平衡感覚も狂いに狂いもはや戻る方向すら分からない。ならば進むしかない。

俺は魔法を使ってグングンと加速していく。いまの俺には空気抵抗など関係がないのでどこまで速度は上がる。風を操作すれば向かい風すら即席のブースター替わりに早変わり。

音速を越え、光速を越え、やがて体も意識も光となって無限の宇宙へと……。


「こんなところでお前は何をやっているのだ? 」


おっと、意識が絶頂しかけたところで第三者の乱入だ。

気が付けば俺は空ではなく真っ白い地面に立っていた。光の速度で移動していた俺をここまで連れてこれるのは一人しかいない。


「自分の限界に挑戦していました」

「裸でか? 」

「ええ、なるべく空気抵抗をなくそうと思ったので全部脱ぎました」


嘘である。なんとなく裸になりたかったからだ。


「他の者たちは欲望の限りを尽くしているのにどうしてお前はひとり遊びに耽っているのだ? まさか倫理的、道徳的に許されないからだとか言わないだろうな」

「それはまあ」


マナー、法律、モラルなんてものは人の世界で人を縛る為のものでしかない。魔法の力を得て人の領分を越えてしまった俺たちを縛れるものなど存在はしない。


「ではなぜ? 」

「だって世の中、偽物ばかりじゃないですか」


もし俺を縛れるものがあるとすればそれは俺自身のプライド。三十年日の当たらない道を歩んできた俺にも譲れないものがあるのだ。


「偽物? なにが偽物だというのか 」

「街を歩く女の子もテレビに映る女の子ぜーんぶどこかしか弄ってるじゃないですか。目を大きくしたり、鼻を高くしたり、胸を大きくしたり、そんな偽物たちは俺の趣味じゃないんですよ。混じりっけのない本物美人じゃないとやる気が起きません」


イエス、イエスと整形を勧めるコマーシャルが流れているが俺は断固ノーを叩きつける。整形反対!

たとえそのせいで死ぬまで童貞であろうとこれが俺の揺るがない信念である。


「気持ち悪いなおまえ」

「仕方ないじゃないですか! 偽物なのが分かっちゃうんですから! テレビ見てても、あっこのアイドル鼻が変だなとか、目がちょっと切れすぎだよねって、つい見つけてしまうんですよ。一度気になったらもうそこにしか目が行かなくなるんだから当然でしょ! 」


ちなみにこの難儀な特技は俺の趣味と仕事に活かされている。

この世に生まれてはすぐ消える創作物の数々。その中で模倣(トレース)と思わしき物を探し出し、パクリ元と合わせて自分のサイトに晒しあげ炎上させる正体不明の絵師殺し、通称ユニコーンこそ俺なのである。俺の用意した哀れな子羊が瞬く間に燃え上がり大火になることは何物にも勝る快感なのだ。ネット上には生贄を求める亡者どもがわんさかいるからサイトのアクセス数はうなぎのぼり。ちょっとした小金持ちなのである。だから実のところ金には困っていない。そんな俺には魔法でやりたいことなどゴッコ遊びくらいなのである。


「ちっ、面倒な奴もいたものだ」


いまこのオッサン舌打ちしたぞ。


「自分でも面倒な性癖だとは自覚していますですはい。ですがそれがどうして神様であるアナタの不満につながるんですか? 」

「お前も実物を見た方が分かるだろう。ほれ」


そう言うと神は中空にモニターのようなものを作り出した。アンテナもケーブルもないけど、これで一体なにを見ようというのだろうか。

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