第十八話:スーパー奴隷ちゃんタイム
大地が削れ、岩が舞う。
幼女の腕はドラゴンのそれと同じ威力を持つらしく地面を軽々とうがつ。
だがその場所にすでに俺はいない。魔力で強化している体と知覚は幼女の攻撃が届く前に反応し大きく跳び退ったからだ。
「おいおい、今の攻撃って、俺じゃなかったら死んでいたぞ。危ないなー」
「ちっ、逃したか。ふん、人間を相手にするのが久しぶりすぎて加減を忘れてしまったわ」
「あ、それ認知症かも」
「妾を老人扱いするな! これでもピチピチ……ではないかもしれんが、それでも十分結婚適齢期じゃわ!! 」
「いやロリ婆っての一種のステータスだぞ。需要はかなりあるはずだ。しかしどうして語尾がのじゃではないのか解せん。そこは妾を老人扱いするな……のじゃ? しないでのじゃ? やべ、なんかしっくりこないわ」
「さっきから意味の分からないことを言いよって。そのピーチクさえずる口を塞いでくれる」
再び猛スピードで接近してくる幼女に牽制として魔法を撃ちこむ。
「どうせ塞ぐならチューでやってくんない? 実は俺……初めてなんだ。ポッ」
「そんなこと聞いとらんわ! 頬を染めるな気持ち悪い! 」
「ひどっ!? まあ口を近づけたら噛み切られそうだから諦めるよっと! 」
炎、水、土、風。
ゲームみたいに弱点はないかなーと思って色んな魔法を使っているけどどれも効果がなかった。強靭なドラゴンの肉体はそれ自体が魔法のようで、俺の撃った魔法をことごとく弾いて耐える。龍殺しの武器でもない限り、彼女に一撃を食らわすにはその耐久力を上回るダメージを与えるしかないようだ。
「しっかし、ドラゴンって頑丈だな。タイラントスネークなら一瞬で消し飛ぶ魔法なのに」
「その程度の雑魚と一緒にするでない。妾はドラゴン。魔物の頂点に位置する絶対的強者。人ごときが傷ひとつ付けることすら出来ぬに決まっておろう」
俺を馬鹿にするようにそう言う幼女。
しかし、俺の記憶が確かなら、
「え、でも、昔はドラゴンスレイヤーとかいたらしいじゃん」
「おおかた、レッサードラゴンを本物のドラゴンと勘違いしていたのだろう。奴らは妾たちに似ても似つかぬ劣化品だが見た目だけは近いからな」
衝撃の事実。
過去の冒険者たちが倒してきたのはドラゴンだけどドラゴンじゃなかった。
パンダという言葉は、本来レッサーパンダのことを指していたこと並みの衝撃。
これには風太くんもびっくりして立ち上がる。
だけどそうか。そうなるとドラゴンスレイヤーって今までいなかったことになるのか。
「じゃあ俺が人類初のドラゴンスレイヤーになるってことか」
「……ほう。ほざきよる。妾を倒すとそう言うのか。……ふふふ、ここまでコケにされたのはいつ以来か。これからは手加減せぬぞ! 人間! 」
俺の言葉に幼女は不快感を示すと宙に羽ばたき高度をあげる。
いったい何をするつもりなのだろう、と身構える俺に意味ありげな視線を送る幼女はすぅっと大きく息を吸い込むと一気に吐き出した。
それはドラゴンの魔法なのか、吐き出されたブレスは炎を纏って迫ってきた。
まるで炎の津波だ。
「炎に対抗するには水。俺汁ブシャーー! 」
俺は即座に魔法で大量の水を作り出すと、それを押し寄せる炎に向けて解き放った。
炎と水が激しく衝突する。ジューっと急激に熱せられた水が気化する音が辺りに響いた。
魔法の鍔迫り合いは俺の水が炎を呑みこんだことで収まったが、代わりに立ちあがった水蒸気が洞窟を覆って辺りを包み込む。
「何も見えないな」
視界が塞がってしまったせいで幼女の姿を見失うがそれは向こうも同じ。
幼女も俺の姿を確認できないはずだ。ならば不用意に動くよりも相手の出方を窺った方がいいだろう。
高鳴る胸の鼓動を抑えて待っていると視界を塞いでいたモヤが晴れ、ドラゴンがその姿を現わした。
そうドラゴンだ。幼女ではない。
「なん……だと……」
「妾の本当の姿を見て恐れおののいたか」
「バカな。そこは大人バージョンになるところだろ! 」
俺は期待していたのだ。
湯気の中からおっぱいの豊かな大人の女が現れるのを。
だけどどうしたことだ!
やわらかい白肌とは真逆のザラザラとしたウロコをまとった黒い皮膚。
ボディービルダー顔負けの強靭な筋肉のついた四肢。
幼さの抜けた顔は人類を通り越して爬虫類。
美女とは似ても似つかぬバカデカいドラゴンがそこにいたのだ!
「減らず口をいつまで叩けるか見物だな。ゆくぞ」
その巨体で突進してくるドラゴン。
質量に任せた攻撃とはそれだけ脅威である。人間なんてトラックにはねられただけで死亡するのだ。トラックどころかドラゴンにぶつかりでもしたら、原型残さずひき肉になるんじゃないか?
まあ、当たればの話だけど。
「ぬう、ちょこまかと」
俺も翼を生やして空へ飛び立つ。
体当たりを躱されたドラゴンは追撃としてシッポを振り回してくるが、そんなのに当たる俺ではない。
楽々と回避して無防備な背中に向けて光の魔法を放つ。
「せい! 」
「ぐはっ」
大量に魔力によってほぼレーザーと化した極光はドラゴンの身を貫いた。
「お、おのれ……グルルルアアアアア」
「おっと危ない」
飛んできた火球を避けてお返しに光弾を数発お見舞いする。
まともにそれを食らったドラゴンはバランスを崩して大地に伏した。
「ぐううううう」
「なあ、もうやめないか? なし崩し的に戦ってたけど俺の目的ってお前を倒すことじゃないんだよ」
元が幼女だったせいでドラゴンの苦しむ声を聞いていると罪悪感が湧いてきた。
というか俺が幼女にボディープレスしたことが原因でもある。
「今さら何を言うか」
「ウロコの一枚でも貰えればそれでいいんだ」
「……嫌だ」
「そこをなんとか」
「絶対嫌だ」
「先っちょだけでいいから」
「嫌だ嫌だ嫌だいーやーだー」
手足をばたつかせて子供のように駄々をこねるドラゴン。
ものすごい光景を見ている気がする。
幼女形態が長かったから思考まで子供になっているのだろうか。
「俺の魔法の威力は分かったろ? やろうと思えばお前の命だって奪えるんだぞ? 」
「ふん、お前のへなちょこな攻撃。まったく効いておらんわ」
「いやいやいや、嘘つくなって、ほら腕のところとか怪我……消えてる? え、どういうこと? 」
光弾によって作られた傷口がいつのまにか塞がっていた。
もしかしてドラゴンには再生能力でもあるのか?
「そのとおり。少しばかり魔法が使えるからって粋がりおって! 持久戦になれば妾の圧倒的有利。負けることなどありえんわ! 」
もしドラゴンの再生能力が無限だとしたら厄介だ。
お願いを聞いてくれるまでボコる手も考えていたが片っ端から回復されてしまったらどれだけの時間がかかることになるんだ? 前みたいに魔力が切れる心配もあるし、何より王位継承までに戻らなければならない。長期戦は避けるべきだ。
そうなると回復が追いつく前に攻撃を浴びせて倒すしかないのだが、殺してしまうにはこのドラゴンは人間臭すぎた。ぶっちゃけ、からかいがあるから嫌いじゃない。
殺さずに俺の言うことを聞かせるにはどうするべきか……。
「妾は何度でも立ち上がる。不死鳥のように」
「お前はドラゴンだろ」
仕方ない。
できるかどうか分からないがやってみるか。
「我が内に眠りし魔力よ。その力を持って全童貞の夢を顕現させよ」
「ぬぐっ、なんだこれは!? 」
俺の腕から黒い帯状のものが飛んでいきドラゴンの首にまとわりつく。
「クリエイト! スーパー奴隷ちゃんターイム! 」
「ぐううううう」
体中から力が奪われていく。
黒い帯によって俺からドラゴンへと流れていくのだ。
あのドラゴンは規格外な存在だ。俺と同じようにこの世界の神から加護でも受けているんだろう。そんな奴を支配するにはそれ相応の代償という物が必要になる。
ドラゴンの力を抑え込むために俺の能力の半分を注ぐ必要がある。力の割譲とでも言うべきか。
時間が経てば回復する魔力とは違い、一度切り離した能力は戻ってはこない。
それでもこの世界の一般的な魔法使いよりは強いだろうが、以前のように空を飛ぶことはできないかもしれない。でも、飛びたくなったらこいつの背中に乗せてもらえばいいか。
「お、おのれええええええええ」
苦悶の声をあげるドラゴン。
その首に巻き付いた黒い帯が徐々にチョーカーへと変わっていく。
やがて完全にチョーカーに変貌すると、ドラゴンはポンっと煙をあげる。
煙が消えたあとには一匹の、いや一人の幼女がそこにいた。
始めに出会った時の姿。唯一の違いは首元に黒いチョーカーが巻かれてることだけ。
「うまくいったか」
安堵に額の汗をぬぐう。
正直、可能性は五十パーセントくらいだった。失敗すれば無駄に弱体するだけなのでかなりの賭けであった。
しかし、ハハハ、魔法を使った甲斐はあった。その結果が俺の前にいる。
「妾に何をした! 人間! 」
「こら。奴隷の癖に口の利き方がなってないぞ? 俺のことはご主人様と呼ぶんだ」
「はあ? ご主人様は何を言っているん……っ!? なななな、なぜ妾の口が勝手に」
「お前にかけたの奴隷魔法。だから俺の言う事には逆らえないんだよ」
「そんなバカなことがあってたまるか! 妾がご主人様の奴隷などなるはずがないわ」
「でもほら、ちゃんと効果は出てるだろ? 」
「これか。これが原因か。こんなもの斬ってくれる」
幼女は首のチョーカーを外そうとするけどそいつは無理ってものだ。何せ俺のチートの半分を費やしてるんだからな。ただでさえ力の抑えられてるお前じゃ不可能である。
「ぜーはー、ぜーはー」
「諦めた? 」
「う」
「う? 」
「うわああああああん、嫌だ嫌だ。こんなやつの奴隷になんてなりたくないぃぃぃ」
手足をばたつかせて泣き出してしまった。
うーむ、どうしよう。泣くなと命じることは出来るがそれをやったら人間としておしまいな気がする。あ、そうだ確かポケットのなかに。
「アメちゃん食べる? 」
「いらんわ! 」
俺の差し出した飴を奪い取ると投げ捨ててしまった。あーあ、もったいない。
「わかった。わかった。俺の用事が済んだらお前を山に返してやるからそれでいいだろ? 」
「む? それはほんとうか?」
「ああ、本当だ」
俺は幼女にここに至るまでのいきさつと目的を話すにした。




