第十二話:何でも屋
「掃除をしようと思う」
朝食を食べ終えた俺がそう宣言するとガーネットとミミルが不思議そうな顔をしている。
「どこか掃除の行き届いていない箇所があったかしら? 」
「私が見た限りでは問題ないと思いますが、もしかしたら窓枠の察しの一部に拭き残しがあったのかもしれません」
「俺は姑か! そんな細かいとこなんて気にならねーよ。……ガーネットが昨日言ってただろ? 他の部屋は物置になってるってさ。そこを片付けて俺の部屋を作ろうと思うんだ」
「そんなに私たちと一緒に寝るの嫌? 」
嫌じゃないから困ってるんだよ。昨日は無事乗り切れたからいいけど、いつ性欲に負けてしまうか分からない。だから部屋を分けて不測の事態が起こらないようにしなければならないんだ。もし事が起きてしまったら俺は何の力も持たない一般人に成り下がってしまう。
俺のためだけじゃなくガーネットたちのためにも部屋分けは重要なのだ。
「自分でいうのもあれだけど俺ってわりとすごい魔法使うでしょ? 実はあれ、寝る前に行う特別なトレーニングのおかげなんだけどさ、それは誰にも見られちゃいけない秘中の儀なわけよ。力を維持するには定期的にしなきゃいけないんだが今の部屋だとそうはいかないだろ? だから新しく俺の部屋がいるんだ」
「それは私たちが席を外すだけじゃダメなのかしら」
「どのくらい時間がかかるかは決まってないからな。早くいくこともあれば中々いけないこともある。時には一回では済まないこともあるし」
「? 想像がつかないわね。いったいどんなことをするの? 」
「悪いがそれはガーネットにも言えないな」
「まあとうぜんね。そういうことなら仕方ないわね。階段の脇にある部屋を使うといいわ。あそこは元は客室だったから中の物を整理して掃除をすればすぐに使えるようになるし。ミミル、あなたも手伝ってあげなさい」
「はい、わかりました」
ふぅ、誤魔化すことができた。
下手に本当のことを話すと元の世界のことや、チートを失う条件まで喋ることになりそうだし、生活基盤が固まってない今は不用意なことは言わない方がいいだろう。
ミミルを連れて訪れた部屋は色んなものが転がっていた。
無造作に置かれた本に、何を象ったのかよく分からない置物、鮮やかな刺繍の施された絨毯なんかがうず高く積まれていてちょっとした山のようになっている。そのどれもがホコリを被っていて使われた形跡はない。不要な物をまとめて押し込んだといった感じだ。
「ガーネットって意外と浪費家なのか? 」
使わないものを手当たり次第に買う姿はあまり想像がつかない。
どちらかといえば必要なものしか買わなそうなイメージなんだが。
「違いますよ。これらはすべて贈り物なんです。ガーネットさまはお綺麗ですから貴族の方からの贈り物をよく受け取っているんですよ」
そして行きつく先が物置部屋ね。
哀れというかもったいないというか。
「どうせ使わないなら売っちゃえばいいんじゃない? 」
「そうしたいのは山々なんですけど、もし売った物が送り主の耳に入るのは困りますからね。王都周辺で売るのは難しいんです」
あー、たしかにね。
嬢にプレゼントしたものが翌日フリマアプリに流れていたとか悲しいにもほどがあるものな。友人の一人が女に貢ぐタイプだったからよくそういう話を聞かされたのだ。まあ、お前はなんで渡した次の日にフリマアプリで検索してたんだって疑問はあったが、泣き崩れる友人を前にその問いは飲み込むしかなかったな。懐かしい。
「じゃあこれらはどうするんだ? 」
「捨てるしかないですね」
「え? 」
ちょっとこの子何言ってるの?
捨てるだって? ここにあるもの全部を?
貴族からの贈り物ってことは一つ一つが値の張る代物だろ?
それを捨てるとか、もったない文化の根付く日本人としてはちょっと信じられない。
「なあミミル。たとえばなんだが、このペンダントっていくらぐらいする? 」
「それはたしか、有名な彫金師の方に依頼して作られた一点物でしたので金貨200枚ほどじゃないかと」
「ほうほう、ではこの本は? 」
「若くして亡くなった悲劇の恋愛小説家の絶版本ですから金貨100枚くらい」
えーっと、この世界の通貨はおおよそ、金貨一枚で一万円。
金貨200枚とかになると……
「それを捨てるなんてとんでもない! 」
「あ、でも安心してください。国宝級の物はここにはありませんから」
「そんな心配してないから! 」
マジブルジョワ。
一般人とかけ離れた金銭感覚に格差社会のゆがみを感じます。
「ですがそうでもしないとユニオさんのお部屋を作れませんし」
「わかった。いったん保留しよう。ちょっと何かいい案がないか考えてみるから捨てるのは中止で」
「それはかまいませんけど、どちらへ行かれるんですか? 」
「冒険者ギルドだよ」
さて、なにか考えてみるとは言ったもののどうするべきか悩むな。
まず頭に浮かぶのは別のところに移動させること。
他の空いてる部屋にでも移せればいいんだが、既にそこら辺も満杯らしくて無理らしい。どこにも置き場がないのだ。
では新しく倉庫を作るという手はどうか? しかしこれは土地の取得や建築に費用がかかるので本末転倒な結果になる。もったいないから捨てられないのにそこに多額の金をつぎ込んでは何の意味もない。そもそも俺は無一文だからどの道不可能だ。
となればやはり売るという手段を取るしかない。
近場で売ると元の持ち主に知られるかもしれない。だったら遠く、そうだな、隣国まで売りに行けばいいんじゃないか?
そうなると誰が売るかが問題になるな。俺が自分でやるか、それとも他の誰かか。
俺がやるのは論外だ。当り前のことだが俺には行商の経験なんてないし、馬車を買う金もない。なにより面倒くさい。
「冒険者ギルドにでも依頼すっかな」
隣国への不用品の売却依頼。依頼料はない代わりに売った金額を報酬に当てるとか。
こちらの利益にはならないが捨てるよりはマシだろう。
「うんうん。我ながらいいアイデアじゃないか……ってここはどこだ? 」
知らない場所だった。
考え事をしながら歩いていたせいで道に迷ってしまったようだ。
誰かに道を尋ねようにも人の姿はない。まだ昼前だってのに不思議なもんだ。
まあでも、ここは森でも山でもなく街なのだ。来た道を引き返せばすぐに知ってる道にでるはず。
「そこのにいさん。なんやお困りのようですね」
「っ! 」
キツネのお面をつけた男が横の路地からぬうっと現れた。
誰もいないと思っていたからかなりビビった。夜だったら絶叫あげてたね。
「お前は誰だ? 」
「わいは何でも屋を営んでおる者です」
「何でも屋? 」
「ええ、そう。掃除洗たくなどの家事から暗殺まで。何でも依頼されればやってます」
「え? 聞き間違いかもしれないが今暗殺って言った? 」
「若いのにもう耳が悪うなってるんですか? 暗殺ですよ暗殺。誰か殺した相手でもおりますか? 今なら特別価格で請け負いますよ? 」
顔を隠しているせいで冗談なのか本気なのかよく分からない。
「ああうん。そういうのはいいや。俺は行くところがあるんでこれで」
「そりゃそうですよね。暗殺を請け負いながら失敗したんだから信用されなくて当然ですって。まさかタイラントスネイクを倒されるとは思いもしませんでしたよ」
なんか聞き覚えがあるワードが出たぞ。
えーっとたしか……そう。森に出たあの巨大ヘビのことをガーネットたちがタイラントスネイクだと……
「って、あの蛇けしかけたのはお前か! 」
「いやー、にいさんお強いんですもの。魔物の目を介して見させてもらいましたけど理不尽ちゅうものはああいうことを言うんですな」
あっけらかんと自分の犯行であると語る男に俺は警戒する。
こいつが接触してきた目的はなんだ? まさか冥土の土産に語っているとでも言うのだろうか。
「それでお前は復讐しにきたわけか? 」
「ちゃいます、ちゃいます。わいはそんな命知らずじゃありませんて。むしろ助けて欲しいってとこが本音ですわ」
「どういうことだ? 」
「いやね、わいはとある組織に所属していたんですけどね。ある日、組織にガーネット王女の暗殺依頼が舞い込んできたんですわ。国の王族を殺すだなんてえらいこっちゃ、下っ端にはやらせられんってことで、わいが担当したんですが。にいさんもご存知のように大失敗。王女は無事に王都に戻り組織の面子は丸つぶれ。責任問題ってことになると見せしめが必要になるわけですよ。そんで口封じも兼ねてわいを殺そうと追手を差し向けてきたんですわ。組織のために汗水垂らして働いていたのにこの仕打ち。堪ったもんじゃありません」
「憤慨しているとこ悪いんだけどさ、お前がやろうとしてたこと暗殺だよ? 」
「仕事に貴賤なんてありません。働くことは尊いのです。王族だろうと兵士だろうと商人だろうと暗殺者だろうとそこに何の変わりがありますか? 」
「大ありだろ」
「はあ」
なんでそこで「やれやれ」みたいな感じで首をふるんだよ。違うよね? おかしいのはお前の方だよね?
「……そんで組織にいられなくなったのでこうやって逃げ回っているんですがね、逃走のための資金が底をつきかけて困ってるんですよ」
「それで俺に金をよこせと」
「いやいやそこまで厚かましくないですわ。タダより高いものはないですしちゃんとしたお仕事ですて。わいは何でも屋、にいさんのお困りごとを解決して対価としてお金を頂こうと」
困りごとねー。
じゃああれをこいつにやってもらうのはどうだろう。
「ふむふむ、貴族の贈り物の処分ですかー。そんなことならお安い御用。隣国にまで行かなくても裏のルートに流せばどうにでもなりますて。これでもそっちにはかなりの顔が効きますから」
「俺にはキツネのお面しか見えないがな」
「え、わいの顔が気になります? どうしてもっていうなら見せてもかまいませんですけど」
何でも屋はキツネのお面のふちに手をあてて、もう片方の手をこちらに差し出す。
「……金はとるってか」
「分かってらっしゃる。裏稼業をやってますと命を狙われやすいですからね。素顔を晒すにはそれなりのお代を頂かないと」
「だったら見せなくていい。美少女の顔ならともかく男の顔を見たところで嬉しくもなともない」
「そうですか。それは残念」
「処分はなるべく早い方がいい。出来れば今日中にでも」
「こちらにも準備ってもんがありますから早くて明朝になります」
「わかった。それで来てもらう場所なんだが」
「ガーネットさまのお屋敷については知ってますからご安心を。明日の朝、荷物を引き取りにいきますんでよろしゅう頼みますわ」
「いや安心できねーよ。なんで俺の住んでる場所を知ってんだよ」
「これでもその道のプロなもんで。ああそうそう、この道まーっすぐ行って十字路を右にすすんだ先にギルドがありますんで。お気をつけて」
そう言い残して何でも屋は路地裏の闇に消えてしまった。
俺の目的地まで知っているとは偶然ばったり会ったとは考えにくいな。
奴はいったいいつから俺のことを見ていたのやら。




