第6話―「単騎確殺・白灰」
カストル・バークランドが骸を倒した。この事は人類側にとって非常に大きな物だ。敵の情報は手に入れられるし士気も上がる。だが彼のある事情によってそれらは叶わない。
(ウェルカムトゥプライストシーン……こレェ魔力はそれほど使わないけドォ、フルマラソンを常に全力で走りきったのと同じくらい動けなくなルゥ……)
そう、彼の切り札とも言える魔術のデメリットだ。
(アァヤバい、眠イィ……でもせめて双子に連絡しないとナァ)
そうして彼が二進数モードと心の中で唱えると、入力画面がヘルメットに表示された。先ほどと同じように送りたい言葉を念じれば勝手に入力、しばらく操作がないか規定以上の衝撃があれば勝手に送信される優れものだ。
『倒した 俺寝る 幻覚頼む』
そうして彼は送信して、倒れた。我慢の限界だった。
1秒もせず幻覚が展開された。確かにこの時代のメール送信速度はまばたきと同じくらい速いが、それでも速い。アリーシャとフィオナの幻覚双子は今は戦闘中に違いない。それでもこれほど速く展開できたのは最強の1人、いや2人に数えられるほどの並列思考能力と彼女らの戦闘スタイルのためだろう。流石だネェと呟き、彼は土のように眠った。
ジースは油断していた。もちろん人類最強とも呼ばれるカストルに骸の魔術が決まった事もあるが、今見ている者、ウォーレンに注意を向けすぎた事が大きい。そうでもなければ確実にカストルは致命傷を負っていた。そこまでウォーレンを気にしていたその理由は、ウォーレンの魔力切れだった。
(ウォーレン・マクレーン……こやつが最強と呼ばれるようになった2年間、魔力切れになったのを見たことが無い……底知れなさだけで言えば人類最強のカストルより怖いな)
ウォーレンは現人類最大の魔力量を持つ。それは現最強最古参であるインよりも多いということ。世界最強の異名を持つガイの両親よりも多いということ。手数において、最大なのは確実にウォーレンである。
彼に注目している事は悪い事だけではなかった。彼の足元を注視してみると、本当に小さな魔術陣が見えた。
「むっウォーレンの足下に魔術陣があるぞ……やはり貴様も切り札を……!」
「全力を出します……!」
その言葉がきっかけとなり、彼の体の内にある魔力が放出される。想像も絶する光景。意味不明な表現だが、まさに土と水の粒子が炎によって混ざりあって、そして乱気流にも似た風で再び土と水に分かれていると言うしかない。
いくら魔術が既存の法則を無視しているような代物だとしても、魔術によって生成された物は基本的に物理法則に従う。ただし真空空間で炎や風が生成されたとしても魔力が原料の物は威力が減退するだけで存在することが可能だ。しかしそれ以外にも既存法則を無視する方法がある。ある一定の基準を越える魔力を籠めることだ。下級から最上級までが確認されている魔術だが、この状況のようになるのは最上級に近いほど少ない魔術で可能だ。しかし逆に下級魔術、それもただの少量の土や水を生成するようなものは1000万Cが必要となる。
ウォーレンはそれをまさに今行っている。それほどの魔力を費やして何か意味があるのか。それが示される瞬間が来た。
「爆ぜろ」
彼の言葉と共に、先ほどの意味不明な状況が砂塵の爆発の中に包まれる。下級魔術に魔力を大量に込めれば、巨大な爆発が起きる。しかし大量の魔術を使うのに対し、自分もそれでダメージを負う。予備動作、いや予備現象が分かりやすいなどの理由で使う者は少ない。しかし彼にとって1000万Cは10分もあれば自然と回復する程度のものでしかない。予備現象が分かりやすかろうが避けられないほどに広い爆発を発生させるだけだ。自分もダメージを負うならそれを瞬時に回復すれば良い。
骸は皮膚の表面がただれ、月面の砂で細かな傷がついた。魔獣特有の異常な再生能力をもってしても強大な威力だった。しかし逆に言えば魔獣にとってその程度の威力だったということ。
ジースは考える。仮にも最強と呼ばれる人物がその程度で終わるのかと。
「骸、視界確保だ!」
そんなはずはない。これは確実に次への布石だ。骸はジースの命令に直ぐ様応じた。タングステンをも融かす炎を吐き、更に腕を刀のように振り下ろして砂塵を吹き飛ばす。
彼の予想は的中した。ウォーレンは頭上に無数の刃を生成していた。属性がそれぞれ違って炎もあれば風もある。中には使い手が限定されすぎて無属性に分類されることとなった金属の刃もあった。
彼は詠唱を連ねていく。
「心壊れて、この手に成る物無し。絆結びて、この身に成るものあり」
それら全てが彼の膨大な魔力を注がれ、鋭利なミサイルとも言うべき物と化した。
「闇に泪が落つる時、我は往かん」
それらはスコールのように骸のもとに降りかかる。タングステンをも融かす炎を吐いたが、少々勢いが落ちるだけで未だ骸に近づいてくる。
「その身に成るモノ在りし時、汝逝かん」
腕を切り離して盾にするも、鋭く重い痛みと共に身体中に大きな穴が開いた。なんとか穴を埋めようとしても息もつかせぬ速業で埋まるどころか広がるばかり。
ついに雨が止んだと思えば眼前にはウォーレンの姿。影ひとつ射さない真っ白な流体を両手に纏い、骸の穴に突っ込めば、彼はこのように呟いた。
「単騎確殺・白灰」
まさしくその言葉の直後である。今まで動揺する素振りを見せなかった骸の眼球があちらこちらに動いて遂には崩れ始めたではないか。いいや、眼球だけではない。身体中が白く変色し崩れていく。
この非常に気分の悪い光景を一瞬も見逃さずに見ていたジースは既に答えを導きだしていた。
「なるほど、無数の刃はあくまで起点……! 本質はその後のあの白い流体による内部からの破壊であったか……!」
このままでは他の最強に合流しかねない。骸の対応をしている他の最強を確認すると、カストルの骸は相討ちになったのか血溜まりと周囲に浮かぶ赤い雫しか見当たらない。幻術双子は健在で、未だ決着が着いていない。
(この調子では……いや、骸一体で人類最強を殺せたなら十分か、それに我らの勝利条件はただ勝つことではない……)
ジースは水晶に月面基地の内部を映した。縦長の2つの大きなカプセルに、女郎蜘蛛のような魔獣が入っている。女性の背中から蜘蛛の8本足が突き出ていて、もはや絵画を見ている気分になるほど美しい。
(そろそろ妖怪魔獣第2号『乱』が送られる……生物の転移は現在でも転移にかなりの時間を要するが……乱はそれに見合うだけの制圧力を有する魔獣だ、十分最強を始末できるだろう)
カプセル周囲にアラートが流れる。生物転移装置は時間がかかる上に転移の瞬間周囲に巨大な衝撃を与えてしまうためだ。
「さぁ、最強たちを絡めとるのだ」
いつの間にか失踪してから一年経ちましたね……あと1話で月面戦は終わる予定です、台詞と戦闘プロットは完璧なので後は地の文だけです。
お楽しみに。
2022/0209 詠唱がいまいちだったので以前考えていたものに変更
2022/0211 再び詠唱変更、技名もついでに変更。以前は「崩死乃命野離」でした。
2022/0304 詠唱をまた変更




